やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年,オーラルケアに関し,「誤嚥性肺炎を予防する」,「ICUでの人工呼吸器性肺炎を予防する」,「終末期の諸症状からの解放に有用である」などのほか,「インフルエンザの発症率を1/10にまで減少させる」,「化学放射線療法による口腔内副作用を軽減する」などの論文,学会報告などから,その重要性が広く医療関係者に認識されるようになりだしました.
 また,2005年7月26日付で厚生労働省医政局長から,口腔内刷掃・清拭の一部の行為には資格を必要としないことが通達(医政発第0726005号)されたこともあり,多くの病院・施設がオーラルケア・マネジメント*に取り組み始めています.しかしながら,オーラルケアについては,定義さえ統一見解が出ておらず,オーラルケア・マネジメントの実際的な方策・手法に関しては,歯科関係者単独,病院看護師単独で作成した出版物は存在するものの,多職種がそれぞれの立場から,協働するすべての医療関係者を対象として作成した,最も必要とされるマニュアルはまだ存在しないのが現状です.
 すでにオーラルケア・マネジメントに取り組み始めている多くの当科関連病院では,指針となるものがなく暗中模索状態であり,独自に自己流で進めているか,単に他病院の模倣を行うという状況で,労力のみが割かれ,成果が得られていないか,もしくは評価さえ行うに至っていない所がほとんどでした.それらの成果が上がっていない病院での取り組みの共通点は,口腔内を清潔に保つための口腔清掃のみが行われているという点でした.つまり,口腔内をただかき回すだけで,口腔内細菌を清掃時に歯や粘膜から引き剥がし,その引き剥がした細菌を十分に回収せず,食道や気道を通して胃や肺に押し込むばかりか,摂食・嚥下機能訓練も満足に行わず,誤嚥させるようなことが行われているのではないでしょうか.
 そんな状況下にあり,本書を執筆いただいた京丹後市立久美浜病院では,病院スタッフ全員にオーラルケアの重要性の認識が行き渡っており,オーラルケア・マネジメントの実践が,職種の壁を乗り越えてというよりも壁を感じさせず,見事なまでに質の高い多職種協働で行われており,それに見合う成果を上げられていたことに感動を覚えずにはいられませんでした(デンタルハイジーン,30:744〜749,2010).そして,久美浜病院のスタッフ諸氏への「この成果が上がっているオーラルケア・マネジメントを狭い地域に留めておかず,もっと広い範囲に普及させ,多くの人のために役立つようにしたいと思うのだが,協力していただけないだろうか」という私からの提案に対しても,ただでさえ「地域医療のために」という強い思いから日常臨床業務に多忙をきわめているにもかかわらず,快く引き受けて下さいました.
 本書では,歯科関係者以外の医療従事者にオーラルケアの重要性を認識していただく以上に,すでにオーラルケアの重要性を認識していただいている医療従事者に対し,オーラルケア・マネジメントを実践するにあたり,参考となる基本的な手法を具体的に提示し,臨床で即役立つ平易なマニュアルとすることを目指しました.本文中(2,99頁)にも記しましたように,PDCAサイクルを廻し続けることは多職種協働型オーラルケア・マネジメントに不可欠です.各病院・施設で限られた人的資源(歯科の存在する病院が,病院全体のわずか13%程度にすぎず,歯科医師・歯科衛生士が十分に配置されていない現状も含め)や社会資源の中で,それぞれの状況に合わせた質の高い多職種協働のオーラルケア・マネジメントを確立するには,医師・歯科医師・薬剤師・看護師・管理栄養士・臨床検査技師・作業療法士・理学療法士・言語聴覚士・歯科衛生士・臨床工学技士・医療事務職員などの連携,特に,毎日一番頻繁に患者・高齢者に接する看護師や介護士(本書では介護を行うすべての人を指す)の理解・協力が不可欠です.また,オーラルケアは栄養支援チーム(NST)などと重なるところも多く,NSTとの連携はもちろんのこと,それぞれの病院・施設にすでに設置されている褥瘡対策チーム・生活習慣病対策チーム・がんサポートチーム・緩和ケアチーム・呼吸療法チーム・感染症対策チーム・病院食改善チームなどとの連携も必要なことは言うまでもありません.
 職種間(大病院では診療科間も)の壁は,スタッフのひとりひとりが無意識に作ってしまっているもので,そのひとりひとりが集まって病院・施設の中の壁を作り上げてしまっているのだと思います.本書をご一読いただき,多職種(多診療科)協働の必要性を認識していないこと,病状進行状態でのあきらめ,オーラルケアの手法を知らないことや病状を十分に理解できていないための遠慮などに起因する壁が取り払われ,限られた労力の中での有効かつ安全なオーラルケア・マネジメントの方策を,各病院・施設で一日も早く確立されることを期待致します.

 2010年9月
 監修者 別所和久

 * オーラルケアの定義は本書において,狭義には「口腔清掃による気道感染予防と摂食・嚥下機能の維持・向上による口腔機能の向上」,広義には「気道感染予防・口腔機能の向上により,低栄養を予防し,食べることの楽しみを向上し,体力・意欲・行動力の向上,生きる楽しみ・QOLの向上を目指すもの」とさせていただきました.
 はじめに (別所和久)
序章 今求められるオーラルケア・マネジメント──口から食べる楽しみと健康を支えるシームレスなオーラルケア・マネジメント
  I “オーラルケア・マネジメント”とは (武井典子/別所和久)
  II 病院・施設・在宅におけるオーラルケア・マネジメントの重要性 (奥田聖介/堀 信介)
  III 地域包括医療(病院-施設-在宅)におけるオーラルケア・マネジメントの効果 (奥田聖介)
  IV オーラルケア・マネジメントとNST (赤木重典)
I編 オーラルケア・マネジメント実習マニュアル
 1章 オーラルケア・マネジメントを行う前に (山口 馨/中川千絵/岸本浩子)
  I 患者・高齢者とのかかわりにおける留意点
   1・病院入院患者とのかかわりにおける留意点
   2・介護施設入所者とのかかわりにおける留意点
   3・在宅生活高齢者(通所リハビリテーション利用者)とのかかわりにおける留意点
  II 誤嚥の予防および発生時の対処法
 2章 口腔清掃のマネジメント (武井典子/山口 馨/中川千絵/岸本浩子)
  I 口腔清掃分類表に沿った口腔清掃の考え方
   1・口腔清掃分類表とは
    COLUMN 通所リハビリテーションにおいて「口腔清掃分類表」を活用している例
   2・口腔清掃の共通要件
  II 口腔清掃分類表に基づく口腔清掃
   1・口腔内の清掃
    COLUMN “清拭“と“清掃”の比較
   2・義歯の清掃
 3章 摂食・嚥下機能訓練のマネジメント
  I 病院における摂食・嚥下機能の評価 (堀 信介)
   1・入院から摂食・嚥下機能評価まで
   2・摂食・嚥下機能評価の内容
   3・ベッドサイドで行う主な摂食・嚥下機能評価
   4・病棟での摂食・嚥下機能評価の実際
  II 摂食・嚥下機能訓練の考え方 (堀 信介)
  III 摂食・嚥下機能の間接訓練 (山口 馨/中川千絵/岸本浩子)
   1・介護を必要とする高齢者への摂食・嚥下機能の間接訓練
   2・自立高齢者への摂食・嚥下機能の間接訓練
    COLUMN パ・タ・カ・ラ発声訓練と口腔機能不全の関係
  IV 摂食・嚥下機能の直接訓練 (安達 徹 山口 馨/岸本裕子/中川千絵)
   1・摂食・嚥下機能の直接訓練と座位姿勢およびシーティング
   2・摂食・嚥下機能の直接訓練
II編 オーラルケア・マネジメント実践にあたっての留意点
 1章 口腔清掃 こんなときどうする?──症例対応例にみる口腔清掃マネジメントの留意点 (武井典子/山口 馨/岸本浩子/中川千絵/田中絵美)
  I 口腔内の炎症が著しい場合の口腔清掃
  II 口腔内に食物残渣が多い場合の口腔清掃
  III 舌苔および口蓋痂皮の多い場合の口腔清掃
  IV 開口困難者の口腔清掃
  V 口腔乾燥がみられる場合の口腔清掃
  VI 経口挿管中の口腔清掃
  VII 口腔外科手術後の口腔清掃
  VIII 顎間固定中・固定後の口腔清掃
    COLUMN 患者・高齢者の安全・効率的な口腔ケア
 2章 口腔清掃分類表に基づく口腔清掃の相互実習 (武井典子/山口 馨/岸本浩子/中川千絵)
  I ロールプレイングを活用した相互実習
  II 要介護高齢者(AIII〜BIII〜CIII)の口腔清掃の相互実習・ロールプレイング
 3章 摂食・嚥下機能訓練 こんなときどうする?――症例対応例にみる摂食・嚥下機能訓練マネジメントの留意点 (山口 馨/岸本浩子/中川千絵)
  I 食事に時間がかかる場合の摂食・嚥下機能訓練の留意点
  II 自身で摂食用具を持てない場合の摂食・嚥下機能訓練の留意点
    COLUMN 聴診方法と評価
  III 呼吸状態が悪い人への対応
  IV 介護施設における摂食・嚥下機能訓練メニュー例
III編 多職種協働オーラルケア・マネジメントをスムーズに展開するために
 1章 地域包括医療・ケアと多職種連携――地域医療の輝く未来のために (赤木重典)
  I 人材確保への取り組み;「医師間の支えあい」
  II 訪問看護の活性化への取り組み;「職種間の共通認識」
  III 誤嚥性肺炎予防への取り組み;「病院と施設の協働」
  IV コミュニティへの地域包括医療・ケアの理念の浸透
 2章 入院から退院,その後までの多職種連携 (越江康代/田中文子)
  I 入院時から退院後を想定した地域包括医療・ケアの実現
  II 退院時カンファレンスにみる多職種連携
 3章 各職種とオーラルケア・マネジメント
  I 歯科医師と多職種連携オーラルケア・マネジメント (堀 信介)
  II 看護師と多職種連携オーラルケア・マネジメント (藤本江見)
  III 介護士と多職種連携オーラルケア・マネジメント (木下幸江)
  IV 歯科衛生士と多職種連携オーラルケア・マネジメント
   1・病棟担当歯科衛生士の立場から (山口 馨)
   2・介護施設担当歯科衛生士の立場から (中川千絵)
   3・在宅支援(通所リハビリテーション)担当歯科衛生士の立場から (岸本浩子)

 おわりに――病院・施設・在宅へのオーラルケア・マネジメント導入を振り返って (奥田聖介/別所和久)
 Reference
 索引