やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに 「メインテナンスこそ成功の鍵」
・「メインテナンス」とは?
 読者の皆さんは,「メインテナンス」という語を見たり聞いたりすると,どのようなことをイメージしますか?たぶん多くの方は,「お肌のメインテナンス」,車好きな方なら「カーメインテナンス」,あるいは,最近の不幸な事故を想った方は,「エレーベーターのメインテナンス」などと,メインテナンスという語とさまざまなことを関連づけてイメージするでしょう.おそらく歯科衛生士の皆さんは,「口の中のメインテナンス」を第一にイメージしたと思います.
 一般的にメインテナンス(maintenance)とは,保つ(保たれる)こと,維持,保存,保持,保守などと訳され,日常生活用語としても「◯◯のメンテ」などと略して使われることが多いようです.「お肌のメンテ」とは,「いつまでも肌を美しく,きれいに保つこと」とでもいえるでしょうか.
 ここで考えなければいけないことは,何もしなくても「いつまでも肌を美しくきれいに保つこと」はできるのかということです.答えは,「No」です.おそらく筆舌に尽くせぬほどの涙ぐましい努力をし,加えて膨大な費用をつぎ込まなければ,長期にわたって美肌を保つことは不可能に近いことは,皆さんのほうがよくご存じでしょう.
 最新歯科衛生士教本『歯周疾患』(医歯薬出版刊)では,歯周治療におけるメインテナンスを「メインテナンスは,健康な歯周組織を維持する予防的治療法なので,歯科医師のもとで歯科衛生士が主体に行うべきものである.高齢社会を迎えたわが国では,特に長期にわたる定期的な患者管理,指導が重要となる.なお,メインテナンスをSPT(supportive periodontal therapy)とよぶこともある」と定義しています.
 また,最近発刊された特定非営利活動法人日本歯周病学会編『歯周病専門用語集』(医歯薬出版刊)では,メインテナンスとは「歯周基本治療,歯周外科治療,修復・補綴治療により治癒した歯周組織を長期間維持するための健康管理.歯周病は,プラークコントロールが不十分だと容易に再発することから,定期的なメインテナンスが必須である.メインテナンスは,患者本人が行うセルフケア(ホームケア)と歯科医師,歯科衛生士によるプロフェッショナルケア(専門的ケア)からなる」と定義されています.ここでは,「……により治癒した歯周組織を長期間維持するための健康管理」と謳っていますので,まず「健康」と「治癒」について理解しておく必要があります.
・「健康」と「治癒」
 「治癒」とは,身体にできた傷や病気などが治ることをいいます.狭義では「よくなった」ことをさし,「完全に治った」場合を完治ということもあります.また,「治る」ことを「健康に戻ること」あるいは「元の状態に戻ること」と定義すると,けがが治っても傷痕が残る,機能障害などの後遺症がでることもあるため,治療が終了した場合であっても,それを治癒とよんでよいかどうか,疑問をもつ方も多いでしょう.このことは歯周病を治療した後の結果を見てみるとよく理解できます.
 また,遺伝的な原因で発症した病気やいわゆる不治の病である場合は,治癒は存在しないことになります.歯周病も,一度かかると治らない,どんどん進行して歯が抜けてしまう恐ろしい病気である,すなわち不治の病であると考えられていた時代もありました.
 WHOでは,「健康」を「完全に身体的,精神的,社会的に良好な状態をいい,単に疾病あるいは病弱でないということではない」と定義しています.この定義は,社会的な側面を取り入れた画期的かつ簡潔で要領を得た概念として近年まで医療従事者に受け入れられてきました.しかし,「健康」の概念は時代の要求や人々の価値観によって変化します.近年の医療技術の急速な発展や慢性疾患の増加などの疾病構造の変化とともに,病気をもっている人々が生活していくうえで,いかに生活の質(QOL: quality of life)を高め,自己実現していくかが大きな課題となってきています.すなわち,「病気でない状態」という消極的な意味から,より積極的な意味で「病気と対比した理想的な状態」に変化し,健康の質が問われる時代になってきているのです.
・セルフケアとプロフェッショナルケア
 メインテナンスを行ううえで,セルフケアやプロフェッショナルケアについても理解しておくことが大切です.セルフケア(self-care)とは,「自身が,自分の責任のもとに健康のためになる習慣や慣習などを取り入れ,自己管理を実践すること」と定義されます.一般的には,個人的セルフケア(自分自身で健康のためになんらかの取り組みを実践すること)をさすことが多いようです.一方,プロフェッショナルケア(professional care)とは,「保健・医療の専門家によるケアで,主として西洋医学による保健・医療に関するサービスのことをいい,セルフケアのなかには,プロフェッショナルケアへの参加も含まれる」と定義されています.
 さらに考えなければいけないのは,患者さんの教育や指導ということです.患者教育とは,「病気を前提として,医師などの専門家が,患者がしなければならないことを決定し,それらを実行するように教育するもので,患者の専門家への依存を減少する方向のものではない」といわれています.それに対して,セルフケア教育は,「専門家への依存を減少する方向のものとなる」ことを理解しておくことが肝要です.健康教育は,よいセルフケアを目ざしており,一〜三次予防および個人,家庭,集団各々の場面に働きかける健康教育が存在することを本別冊を通して確認しましょう.
 <歯周病の予防>
 一次予防:歯周病が起こる前にその発病を防ぐこと
 二次予防:歯周病が重症になることを防ぐことから,治療=予防となる
 三次予防:歯周病が回復し健康になった状態を長期間良好に維持し再発を防止すること
・「メインテナンス」から「サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)」へ
 最近では「メインテナンス」という用語に代わって「サポーティブペリオドンタルセラピー(supportive periodontal therapy:SPT)」という用語を使うことが,国内外の歯周病学会から提唱されはじめています.SPTとは,「歯周基本治療,歯周外科治療,修復・補綴治療により病状安定となった歯周組織を維持するための治療.プラークコントロール,スケーリング,ルートプレーニング,咬合調整などの治療が主体となる」と先の用語集で定義されています.メインテナンスとSPTは類義語として使われることが多いのですが,「メインテナンスは治癒した歯周組織の健康管理」,「SPTは病状安定した歯周組織を維持するための治療」と分けて理解することが,歯周治療におけるメインテナンスやSPTを成功させる臨床上のポイントになるでしょう.
 本別冊が,患者さんの健康と,よりよいメインテナンスやSPTを目ざす歯科衛生士の皆さんのお役に立てば,こんなに嬉しいことはありません.
 2007年4月 伊藤公一・内山 茂・品田和美
 はじめに「メインテナンスこそ成功の鍵」
 用語解説
1章 知識編 もう一度確認!歯周病学と歯周治療学
 日本歯周病学会による歯周病分類システム(2006)
 (1) 歯周病とは?(伊藤公一)
 (2) 歯周病の原因(伊藤公一)
 (3) 口腔から全身へ―歯周病と全身とのかかわり(伊藤公一)
 (4) 歯周治療の目的と流れ(伊藤公一)
 (5) メインテナンスとは(伊藤公一)
 (6) データにみるメインテナンスの効果―“支える医療”の時代へ(伊藤公一)
 Q&A(1) 歯周外科治療前だけの禁煙も効果はありますか?(品田和美・伊藤公一)
 Q&A(2) 歯周病を治療すれば糖尿病もよくなるのですか?(品田和美・伊藤公一)
 Q&A(3) 細菌検査と抗菌療法の考え方を教えてください(品田和美・伊藤公一)
2章 知識編 見てわかる!歯肉・歯・歯根面の構造と役割
 (1) 歯肉の構造と役割(橋本貞充・井上 孝)
 (2) プロケアによる歯肉への影響(橋本貞充・井上 孝)
 (3) プロケアによるエナメル質・セメント質への影響(稲葉大輔)
 (4) プロケアによる象牙質への影響(稲葉大輔)
3章 臨床編 SPTにおける歯肉縁上・縁下のプラークコントロール
 (1) 歯肉縁上のプラークコントロール(内山 茂・波多野映子)
 (2) 歯肉縁下のプラークコントロール(内山 茂・波多野映子)
 コラム 禁煙支援(茂木美保)
 コラム 音波歯ブラシのブラッシング指導(茂木美保・島谷和恵)
4章 臨床編 歯科衛生士が行う診査・観察・評価
 (1) 全身状態の確認(村上恵子・村上 充)
 (2) プロービング(品田和美)
 (3) 歯肉の状態と性状を読む(品田和美)
 (4) X線写真を読む(品田和美)
 (5) プラークの付着状況を読む(村上恵子)
 (6) セルフケアを評価する(村上恵子)
5章 症例編 長期メインテナンス症例から見えてくるもの
 (1) 歯周治療はメインテナンスを通して継続していく(鍵和田優佳里)
 (2) メインテナンスにおけるプラークコントロール(鍵和田優佳里)
 (3) メインテナンスにおけるインスツルメンテーション(鍵和田優佳里)
 (4) 唾液量の変化―根面齲蝕の原因は?(松本絹子)
 (5) 歯根面の探知の大切さを痛感した症例(川崎律子)
 (6) 定年後にはじめて歯科を受診した患者さん(小野加代)
 (7) 体調と服薬の影響が口腔内に表れた症例(松本絹子)
 (8) 更年期障害にともなう変化―来院中断の理由は?(小野加代)
 (9) 加齢にともなう変化―全人的医療を目ざして(川崎律子)
 
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 編集後記