やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 医療の目的は人の健康維持であり,その中にあって歯科医療の役割は顎口腔系の疾病予防,そして歯列をはじめとする顎口腔系諸組織の再建と保全による機能維持である.維持される機能は,咀嚼,嚥下,呼吸,発音,口腔感覚,姿勢維持,そして審美も含めたもので,これらはいずれも日々の生活の質を左右し,心身の健康に,さらには人生の満足度にまで影響を及ぼす.歯科医療の果たす役割はきわめて大きく,歯科医療人にとってやり甲斐があり,大きな生き甲斐につながる.しかし,そこには同時に重い責任が課せられていることを十分に認識していなければならない.
 歯科治療の原則は,残存諸組織保全と機能回復率向上の両立を図ることであり,歯科臨床で大切なことは患者さん一人一人の顎口腔系と形態ならびに機能のいずれにおいても調和した安全な治療を行うことである.顎口腔系の調和が崩れると,種々様々な問題が顎口腔系構成要素の各所に生じてくる.すなわち,顎口腔系筋群,顎関節,咬合(歯冠部,歯根部,歯根膜,歯槽突起部骨,歯肉)へのメカニカルストレスが増大し,生理的限界を越えた所に障害をもたらすことになる.
 そして,このメカニカルストレスを増大させる大きな要因が“咬合”である.たとえば,咬頭嵌合位でのクレンチングでは,その咬頭嵌合位が顆頭安定位と調和しているか否かによって為害性に著明な差が生じる.また,偏心位のガイドが患者さんの顎口腔系と調和していないと,これに関連する顎関節,筋,咬合に障害をもたらすことになる.
 そのために歯科医療人に求められていることは,まず歯科の対象である顎口腔系の調和に関する診断が的確にできることである.そして,その診断と治療の基準となる顎口腔系の基本的重要事項を認識していること,これこそ歯科医療人としての土台であり,治療能力を高めて行く鍵となる.
 しかし,臨床に直結し顎口腔系の診断基準となる基本的重要事項の多くが,現在の歯科医学におけるアンダーグラジュエートのコアカリキュラムには含まれていない.また,現代は国内外で種々の情報が氾濫しており,実際に各自で診断と治療に必要な基本的重要事項の洗い出しを行い治療システムを構築することは,きわめて困難な状況にある.
 そこで本書では顎口腔系の診断,特に咬合の診断と治療に必要な基本的重要事項を“咬合の7要素“として整理し,臨床に即してできるだけ具体的に示すようこころがけた.また,実際に“咬合の7要素”により診査・診断し,咬合構成を行った症例も供覧する.
 より適正な歯科治療システム実現のために,また,歯科医師と歯科技工士,歯科衛生士が,互いの信頼と円滑な連携のもとに,臨床の現場で患者さんの役に立つ治療を着実に具現化していくうえで,本書が少しでもお役に立つことができればと心から願っている.
 2009年12月
 日本歯科大学新潟生命歯学部歯科補綴学第1講座主任教授
 日本歯科大学大学院新潟生命歯学研究科機能性咬合治療学教授
 小出 馨
 目次
 著者一覧
 診断と治療の原則と“咬合の7要素”
Part1 顎口腔系の構成(形態・構造・機能)
 Section1. 顎口腔系の構成と機能維持
 Section2. 顎口腔機能評価の重要性
 Section3. 顎口腔系の機能解剖
  3-1 顎関節の形態・構造・機能
  3-2 歯の形態・構造・機能
 Section4. 顎口腔系の解剖学的基準
  4-1 ボンウィル三角(Bonwill triangle)
  4-2 バルクウィル角(Balkwill angle)
  4-3 咬合彎曲(Occlusal curve)
  4-4 基準平面(Reference plane)
Part2 臼歯の形態的連続性17項目
 Section1. 臼歯の形態的連続性の捉え方
 Section2. 臼歯の形態的連続性17項目
Part3 顎機能の検査
 Section1. 歯科治療に必要な3つの診断
 Section2. 筋の触診法
 Section3. 顎関節の触診法
 Section4. 咬合の検査
 column:アンテの法則(Ante''s law)
Part4 顎機能の診断
 Section1. 正常像と各種病態の徴候
 Section2. 各種病態に対応したマニピュレーションの実際
Part5 咬合の7要素
 Section1. 咬合の7要素とは
 Section2. 咬合の7要素を具現化する咬合器
Part6 咬合の7要素・I―中心咬合位の位置
 Section1. 咬合高径の決定基準
 Section2. 中心位への適正な誘導法
  2-1 クラッチ(Cluch)を用いる方法
  2-2 アンテリアジグ(Anterior jig)を用いる方法
  2-3 Dawsonテクニック(bilateral manipulation technique)
 column:ゴシックアーチ口外描記法について
 Section3. 中心位に影響を及ぼす因子
 Section4. 咬合器による中心咬合位の再現機能
 column:噛み締めが顎口腔系に及ぼす影響と力の適正配分
Part7 咬合の7要素・II―中心咬合位の接触関係
 Section1. 有歯顎の咬合接触点の設定
  1-1 咬頭対辺縁隆線の関係(cusp to ridge)
  1-2 咬頭対窩の関係(cusp to fossa)
 Section2. 有床義歯の咬合様式の設定
  2-1 フルバランスドオクルージョン
  2-2 リンガライズドオクルージョン
  2-3 モノプレーンオクルージョン 無咬頭(0度)人工歯
  2-4 交叉咬合
 column:Kennedyの分類とEichnerの分類
Part8 咬合の7要素・III―中心咬合位の安定性
 Section1. 各種方法による安定性の検査
Part9 咬合の7要素・IV―偏心位でのガイドの部位
 Section1. 有歯顎におけるアンテリアガイダンスの部位と設定基準
 Section2. 有歯顎の側方偏心位における臼歯部咬合接触に関する診断基準
  2-1 偏心位で噛み締めても臼歯部の咬合接触は認められない場合
  2-2 平衡側に噛み締めると咬合接触が認められる場合
  2-3 平衡側に噛み締めなくとも咬合接触が認められる場合
  2-4 平衡側に咬頭干渉が認められ他の歯は離開する場合
  2-5 作業側に噛み締めると咬合接触が認められる場合
  2-6 作業側に噛み締めなくとも咬合接触が認められる場合
  2-7 作業側側に咬頭干渉が認められ他の歯は離開する場合
  2-8 作業側舌側に咬頭干渉が認められ他の歯は離開する場合
 Section3. 有床義歯におけるアンテリアガイダンスの部位設定基準
 column:ハノウクイント(Hanau quint) フルバランスのための咬合の5要素
Part10 咬合の7要素・V―偏心位でのガイドの方向
 Section1. 付与すべき側方ガイド
 Section2. Lateral Protrusive Tooth Guidance(M型ガイド,後方へのブレーシングイコライザー)と作業側顆頭運動経路との関係
 Section3. 下顎運動の再現
  3-1 フェイスボウトランスファーの効果
  3-2 チェックバイト法による顆路調節
  3-3 作業側側方顆路角調節機構の有効性
Part11 咬合の7要素・VI―咬合平面の位置
 Section1. 咬合平面の位置の評価
 Section2. 蝋堤の製作基準
 column:ワズワース咬合器
Part12 咬合の7要素・VII―咬合平面の彎曲度
 Section1. 咬合平面の位置と彎曲度の設定
  1-1 矢状彎曲の設定
  1-2 側方彎曲の設定
  1-3 Proarch occlusal plane analyzer
 Section2. 診断用ワックスアップとプロビジョナルレストレーション
 Section3. 支台歯形成
 Section4. 実践的ワックスコーンテクニック
Part13 咬合器の特徴と要件
 Section1. 各種咬合器の特徴
 Section2. 咬合器の型式と顆路指導機構
 Section3. 倒位式顆路調節の優位性と調節法
 Section4. 下顎運動の再現
Part14 スプリント
 Section1. スプリント療法の目的
 Section2. スプリントの製作基準
Part15 臨床例
 Case1 上顎全部床義歯,下顎パーシャルデンチャー症例
 Case2 上顎全部床義歯,下顎インプラント症例
 Case3 上下顎インプラント症例
 Case4 矯正症例
 Case5 顎関節症症例

 参考文献