やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

Complete denture

序 Introduction

 歯科の二大疾患である歯周疾患や齲蝕においては,それまでの対症療法から検査と診断に基づいた科学的な治療を行うことが一般化してきている.そのため,誰が治療を担当しようとも,治療の目的・目標が明確化し,当然,それに伴う処置を最小限とすることも可能となった.同時に,治療と同じ病因論に基づいた考え方は,予防と治療後のメンテンスの確立にも寄与した.言い換えれば,発症リスクを整理・把握することなしに,適切な予防も治療も,メンテナンスも行うことができないことが当然と考えられている.21世紀の歯科治療は,このように,かなりの程度に整理をされた科学的なバックグラウンドに基づく検査と診断・再評価に基づくものとなってきている.
 一方,無歯顎者に対して行われる総義歯による治療は,「形を採って,それに基づいて入れ歯を作る」という,「入れ歯作り」と同義語の処置が行われていることが,未だに多いようである.そのため,一般マスコミにおいても総義歯の問題をテーマとして取り上げられることが少なくない.
 しかし,術者誰もが同じような方法論で検査をし,同じような根拠に基づいて診断を行ったうえで治療指針を立てて治療を行うシステムが必要であることは,実は,高齢患者が増加する,高齢患者の年齢が高齢化するという二つの高齢化に伴う口腔環境の悪化,あるいは歯周治療やインプラント治療を経験した無歯顎患者の増加等により,かつての難症例の一般化がすでに始まっている状況からも,火急の課題となってきている.
 総義歯による無歯顎治療の診断を行ううえで必要なことは,第一に治療対象となる生体を理解することである.それも,動かない生体ではなく機能している状態を理解することである.これには,「機能解剖」を習得する必要がある.そうすると,必然的に,どのような状況下で印象を採得すればよいかわかってくる.そして,採得された印象から製作された模型――診断のための上下顎診断用規格模型を,機能解剖の知識を基に詳細に検査する.これを私たちは形態学的検査と呼んでいるが,この,生体を診断するうえで必要な基本的な知識を下敷きとして,問診から総義歯を完成・装着するまでのステップは検査と精査を繰り返す.使用する材料は,目に見えない温度管理も含めて正確に計量し,正しい物性を得ることによって各ステップにおいての誤差を最小限とする.したがって総義歯が完成する段階では,ほとんど調整を必要としない総義歯を得ることができるのである.
 本別冊では,私たちが共同で行っている,これまでの「入れ歯作り」とは異なる「検査と診断に基づいたうえで行っている総義歯治療」に関する考え方やその臨床での応用の仕方を整理したものである.ここで紹介をされている内容は,現在の大学教育には含まれているものではないが,極めてシステマチックなものであり,また,概形印象採得と一次咬合採得の段階で,完成する総義歯の概形を推測することが可能なシステムである.おそらく,大学を卒業したばかりの歯科医師にも修得がしやすい内容であると考えている.なお,本別冊で取り上げられている患者さんの顔貌に目ふせがないものは,患者さんの了解を得て掲載をしたものである.

 2003年10月
 静岡県三ヶ日町・近藤歯科医院 近藤 弘
 兵庫県芦屋市・PTD LABO 堤 嵩詞
補綴臨床 別冊 検査・診断・治療計画にもとづく基本総義歯治療 CONTENTS




編集委員・執筆者略歴

OPENING CASE 総義歯治療例ア卜ラス
 CASE1 顎変形症患者の総義歯治療例
 CASE2 下顎骨左右非対称患者の総義歯治療例
 CASE3 上顎前歯部左右非対称患者の局部床義歯・総義歯治療例
 CASE4 上顎前突患者の総義歯治療例
 CASE5 下顎前突患者の総義歯治療例
 CASE6 下顎歯槽骨の吸収が重度な患者の総義歯治療例
 CASE7 上下顎左右非対称患者の総義歯治療例
 CASE8 機能障害患者の総義歯治療例

PART1 総義歯治療に不可欠な機能解剖
 Q1 歯の喪失・加齢により骨格はどのように変化するのか?
 Q2 吸収した歯槽堤の中で,有歯顎時と比較して変化が少ない部位はどれか?
 Q3 なぜ,粘膜は義歯床を介して機能圧を負担することができるのか?
 Q4 機能時に上下顎義歯の安定に寄与する組織は何か?
 Q5 機能時に上下顎義歯の安定を妨げる組織は何か?
 Q6 レトロモラーパッドおよびその周囲組織の構造はどのようになっているのか?
 Q7 舌機能を考慮した印象とは?

PART2 診断のために必要な検査・精査
 総義歯治療の基本的な流れ
 検査と診断の前に――剖学的指標を獲得するための臨床的な2つの方法
  1.解剖学的基準点――「水準点」「三角点」
  2.規格模型とその製作
 1.把握すべき症状・病歴
 2.口腔の症状において把握すべき要素
 3.検査
 4.形態学的検査(概形印象,一次咬合採得)

PART3 検査・精査と診断に基づく総義歯治療のプロセス
 1.基礎データの収集
 2.概形印象採得
 3.一次咬合採得
 4.診断用規格模型の製作
 5.個人トレーの製作
 6.個人トレーの試適・修正
 7.最終印象採得
 8.ゴシックアーチの描記
 9.作業用規格模型の製作
 10.人工歯の選択と排列
 11.完成義歯の精査・評価・装着・メンテナンス

PART4 印象と模型の観方・視え方――どのような情報をラボに伝達したらよいか

PART5 人工歯排列の基準と方法

主要器材一覧