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〜10歯前後欠損症例をとりあげる意味〜
 1988年の『補綴臨床』で,本別冊と同一のテーマ「10歯前後の欠損の症例」という誌上ポリクリが企画されている.今回の企画は,映画でいえばリメイクということになる.当然,なぜ今リメイクするのかが問われるだろう.
 現在の読者が25年前に話題になった欠損歯列の基本的な枠組みを目にすることができなくなり,これから欠損歯列を学んでいくときにその25年前の枠組みを理解しておく必要があるというのがリメイクの理由の一つかもしれない.いわば若い歯科医の土台固めとして.
 もう一方で,当時まだ気づかず,見過ごされてきた要素が浮かび上がってきて,同じテーマをよりグレードアップした目で再整理してみたいという前向きな意図も強いのかもしれない.臨床はいつでも多様性のなかで動いていることを思えば,どちらかではなく,2つの理由の真ん中あたりに回答があるのだろう.
 つまり,基本的で普遍性のある欠損歯列のベースの話題を再録し,さらに25年間に何が積み上げられ,今,臨床の視線がどちらに向いてきているか,その先に何を見ようとしているかを確認してみたいという思いが,リメイクの原動力なのではないか.それでは,25年前はどのような視点でディスカッションされたのだろう.
 そもそも当時,「10歯前後の欠損」という表現それ自体が斬新だった.補綴の基本はケネディ(Kennedy)分類であり,そのケネディ分類は上下顎別々に捉えるため,健全歯列は14歯であると頭に刷り込まれていた.10歯という上下顎合計の歯数がタイトルに示されたことは,まさにケネディ分類を足場にした補綴思考から,アイヒナー(Eichner)分類のような立体的な視点の導入への大きな変換だった.
 さらに10歯前後の欠損は,18歯前後の現存歯を有する歯列でもある.現存歯の抱える病態と欠損歯列の抱える問題が複雑に錯綜している厄介な状況なのだ.そうした複雑さに向かって診断から治療へと進むときの各術者の思考プロセスに少しでも光があたれば,「歯と歯列」という次元の異なる2つをどう捉えているかが浮かび上がるのではないか,浮かび上がらせたいという思いが主旨のなかで述べられていた.
 それでは25年後の今,どんな視点が追加されたのだろう.ケネディ分類からアイヒナー分類へ,そして今カマー(Cummer)分類という欠損パターンが追加されたことによって,アイヒナー分類が無視した上下顎の喪失方向が加わった.喪失方向には喪失進行という「時間の要素」がセットになっていて,その意味は大きい.
 本別冊では病態を静止した一断面として捉えるのではなく,連続した流れのなかで症例をどのように診,そしてどのように継続対応していくかという視点に関心が集まっている.そのため,6年以上の経過がある症例を厳選している.歯の治療方針と歯列の処置方針の決定を導き出す意思決定をアウトカムとするのではなく,ここではもう一歩踏み込んで,その意思決定が術後どのように病態推移と関連しているのか,術後結果を踏まえ意思決定方法の癖や偏りを浮かび上がらせることが,一つのアウトカムになっている.
 各術者は患者を前にしてどのような「リスク」や「進むコース」を予想し,どのような要素を取捨選択しながら「リスクやコースのコントロール」を考えているのだろう.そして,その思考プロセスは果たして次代に伝えることができるのだろうか.
 すべての症例が初診・補綴終了時・経過時という時間軸に沿って提示されている.若い読者諸氏はぜひ,初診時の資料から各欠損歯列のレベル・スピード・パターン・コースを想像し,欠損補綴の設計を自身で試行錯誤してもらいたい.解答ではないが,後段に時間経過を提示することによって術者や患者の思いにできるかぎり触れてみようと試みている.
 本来,「欠損歯列の評価」は,若い術者が症例を目の前にして誤った欠損歯列の読み方や誤った欠損補綴の選択をしないことを目的にしている.その手段はさまざまあるだろうが,目標を異にすることはないであろう.疑似体験を通じて症例を見る眼を養ってくれることを願ってやまない.
 2013年5月
 編集委員 鷹岡竜一
      倉嶋敏明
      松田光正
      宮地建夫
Chapter 1 なぜ10歯前後の欠損歯列に注目すべきなのか?
 なぜ10歯前後の欠損歯列に注目すべきなのか?(宮地建夫)
 用語解説(宮地建夫)
Chapter 2 データからみる欠損歯列の臨床像
 データにみる10歯前後欠損症例のリスク因子(牛島 隆)
 部分欠損症例における各種補綴装置の生存率(鮎川保則)
Chapter 3 10歯前後欠損症例の治療計画を考える
 Case 1(倉嶋敏明)
 Case 2(倉嶋敏明)
 Case 3(牧野 明)
 Case 4(壬生秀明)
 Case 5(牧野 明)
 Case 6(牧野 明)
 Case 7(松田光正)
 Case 8(鷹岡竜一)
 Case 9(山崎史晃)
 Case 10(川上清志)
 Case 11(河井 聡)
 Case 12(斉藤秋人)
 Case 13(野村雄一)
 Case 14(熊谷真一)
 Case 15(山口英司)
 Case 16(内藤尊文)
 Case 17(吉田剛人)
 Case 18(日高大次郎)
 Case 19(川瀬恵子)
 Case 20(岸本英之)
 Case 21(牧 宏佳)
 補綴時の歯列条件から21症例の傾向を探ってみて (宮地建夫)
Chapter 4 座談会:10歯前後欠損歯列改変の効果
 (倉嶋敏明・松田光正・藤関雅嗣・鷹岡竜一(司会))

 奥付