やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 同定の容易でない消化管を,ガスに弱い超音波でわざわざ見る必要があるのか?答えは簡単,もちろん必要である.内視鏡の施行困難な消化管の疾患や病態は数多く存在し,そのような時こそ早急な診断が要求されることが多い.その際にわが国ではCTが一般的に頻用されているが,X線被曝,造影剤の副作用,空間分解能の限界という問題点があるのも事実である.また,内視鏡やCTを施行しようと思わない状況,言い換えれば消化管疾患と無関係にみえる症状でありながら実際には消化管疾患であったということも珍しくはない.これらの手法や状況に対し,超音波はハンディーで大きな侵襲もなく,かつ高い空間的分解能とリアルタイム性を有するユニークな存在であり,スクリーニングと精査両面で消化管疾患における高い診断能を有する.また,急性腹症の多くは消化管疾患に起因しており,超音波で消化管をみることは超音波というモダリティの急性腹症における有用性を飛躍的に向上させる.
 消化管に対する超音波の応用そのものはさほど新しいことではなく,過去には消化管壁層構造の超音波像に関する研究をはじめとして多くの報告がなされていた.ただ残念なことに,当時はin vitroや超音波内視鏡で観察されるような画像が体外式では得難かったことや,また消化器医の「エコーで消化管が見えるわけがない」という根深い先入観などにより,普及するどころか関心の対象外であった.しかしながら,その後機器の著しい改良と知見の蓄積に伴い,今や腹部超音波に従事する者にとって消化管は必須の対象臓器となるに至っており,超音波検査士や専門医の試験にも多くの消化管疾患が出題されている.一方大きな問題として,何事も普及するにつれてその技術格差は拡がる傾向にあり,消化管超音波も例外ではないことが挙げられる.また,各地で頻回に消化管超音波に関する講習会やセミナーが開催されているが,その内容には学会でコンセンサスが得られている,あるいは理論的に妥当とは必ずしも言えないものもみられており,さらに混乱や診断能の格差を招く原因となることも危惧される.
 では,消化管超音波において高い診断能を支えるものとは何か?臨床の場において普遍性をもった検査法として定着するには,職人芸のようなコツやカン,ではなく,「解剖を理解した系統的走査」と「病変における組織の変化や病態を意識した画像解析」,さらに「各種疾患に関する知識」に尽きる.その点を十分に理解し,長年消化管超音波の研究と普及に尽力されている長谷川雄一氏を中心に企画され,厳選された第一線の執筆陣により完成したのが本書である.説得力のある画像と妥当な(つまり大きな間違いのない)記述により構成されており,これから消化管超音波を始めてみようという医師や技師はもちろん,ベテランの方々の日頃の疑問にもお答えできる内容であると自負している.
 本書は未経験の症例に遭遇した際のアトラスとして,また消化管超音波検査のスタンダードテキストとしても役立つ内容となっており,机上に常備して,ことあるごとにひもといていただきたい.各施設において多くの患者が非侵襲的かつ速やかに診断され,最適な治療を享受することに本書が少しでも役立てば,我々にとっても望外の喜びである.
 2013年7月
 川崎医科大学 畠 二郎



 「超音波エキスパート5 消化管超音波検査−描出のコツと判読のポイント」の発行から7年が経過し,この間における消化管超音波検査の普及と装置の進歩を肌で感じています.しかしながら消化管領域の検査に関しては,その難易度から有用性を認識しながらも敬遠されがちな領域であるのも事実であります.従来,消化管の超音波診断は,腸管内ガスの影響を受けるため対象領域としては不向きとされてきました.
 しかし,消化管ガスより浅い前壁部分や,正常でガスの少ない部分は無理なく評価を行うことができ,肝心な病変部についてはガスが少ないなど,消化管領域にも超音波検査が適応するということが広く認識されてきたこと,さらには診断装置の改良などにより消化管病変の診断には不可欠な検査法となってきています.
 本書は前版に続き,消化管超音波検査にこれから取り組む臨床検査技師,診療放射線技師をはじめ研修医の方々を対象に,消化管超音波検査の全般的な知識としての解剖と基本走査,描出のコツや判読のポイントなどの走査技術や読影能力について,継続的なステップアップをはかることのできる新たな視点にたった実践的な内容として企画しました.また,すでに日常検査で多用されているエキスパートの方々が欲する最新の知見までを,できるかぎり網羅することにしました.
 執筆には,消化管エコー研究会で活躍される全国幹事を中心に,第一線で活躍される先生方に,長年の経験のなかで培ってきた実際に役立つ知識や技術などのエッセンスを加えていただきました.まず,消化管超音波検査が必要な背景やその意義,消化管の解剖の知識,基本走査と装置の設定法などについて解説していただき,消化管超音波検査の全体像が把握できるように配慮しました.続いて,各々の消化管疾患について,その所見と特徴,鑑別すべき疾患,描出のテクニックなど,日常検査に役立つよう,より実践的な内容となるように重点をおいて,わかりやすく執筆していただきました.
 前版に続き,本書が消化管超音波検査の技術書として検査に携わる皆様のお役に立ち,さらには消化管超音波検査の正しい普及と発展に少しでも貢献できるよう願っています.
 2013年7月
 成田赤十字病院 長谷川 雄一
 序
  (畠 二郎)
  (長谷川雄一)
1 消化管超音波検査に必要な解剖の知識,消化管の正常像
 (関根智紀)
 1.消化管の解剖
 2.超音波装置の設定法
 3.良好な超音波像を得るために
 4.消化管の正常像と異常像の見分け方
2 消化管超音波検査の基本走査法
 (廣辻和子,本田伸行)
 1.上部消化管の系統的走査法
 2.下部消化管の系統的走査法
 3.虫垂の系統的走査法
3 上部消化管腫瘍
 (倉重佳子)
 1.食道
 2.胃
 3.十二指腸
4 下部消化管腫瘍
 (山下安夫)
 1.スクリーニング検査として
 2.精査として
 3.検査のコツと注意点
 4.上皮性腫瘍
 5.非上皮性腫瘍および腫瘍様病変
5 炎症性腸疾患−潰瘍性大腸炎,クローン病を中心に−
 (西田 睦,和田妙子,間部克裕,桂田武彦,畑中佳奈子,加藤元嗣,清水 力)
 1.潰瘍性大腸炎
 2.クローン病
 3.IBD診断におけるUSの有用性と限界
6 感染性腸炎と薬剤性腸炎
 (ア田靖人)
 1.感染性腸炎の分類
 2.患者情報収集
 3.超音波検査の進め方
 4.内視鏡検査
 5.代表的感染性腸炎の特徴と超音波像
7 その他の消化管疾患−ヘルニア,異物,腹膜垂炎−
 (大石武彦)
 1.ヘルニア
 2.消化管異物
 3.腹膜垂炎
8 消化管の急性腹症
 (浅野幸宏,長谷川雄一)
 1.上部消化管疾患の代表症例
 2.下部消化管疾患の代表症例
 3.急性虫垂炎
9 小児科領域の消化管疾患
 (余田 篤)
 1.小児期消化管疾患の超音波検査時の注意点
 2.小児期消化管疾患における感度,特異度
 3.小児期消化管疾患と超音波像の特徴
10 3D (4D)の消化管超音波検査
 (長谷川雄一,浅野幸宏)
 1.三次元データの取得と4Dプローブ
 2.三次元情報の表現(レンダリング)
 3.表示法
 4.透視投影法による3D画像作成アプリケーション“Fly Thru”
 5.症例提示
 6.3D(4D)カラードプラ
11 機能性胃腸症
 (眞部紀明,畠 二郎,楠 裕明,今村祐志,春間 賢)
 1.FDの概念
 2.FDの診断基準
 3.FDの診断法
 4.FDと胃・十二指腸運動機能
 5.FDと内臓知覚
 6.FDと脳腸相関−消化管運動の観点からみた自律神経機能検査−