やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

●序
 循環器領域で必須となっている心エコー図検査の依頼目的の大部分は心機能評価である.心機能評価はMモード法から始まり左室収縮能を中心に行われていたが,断層法やドプラ法などの登場により信頼性の向上と拡張能の評価が可能となった.とくに左室流入血流に代表される左室拡張能の評価は,心不全に対する新しい治療法の登場や考え方とマッチし,多くの施設でルーチン化されている.しかし,一方では新技術とともに続々と登場する心機能評価指標に知識,技術が追いつかず,理解不足のまま記録や計測を行っている検査担当者が意外と多いのも事実である.
 心エコー図法から算出される心機能評価の指標はほとんどが数値データである.数値情報は誰が見てもわかりやすいという利点がある反面,数値であるがゆえに結果が一人歩きをするという欠点もある.たとえば,Mモードのビームが斜めにしか投入できない場合の左室容積,血流速波形が明瞭でない場合の圧較差などでは計測が不正確なため,得られた数値の信頼性は低くなる.記録不良例や計測が不正確な場合はどうしたらよいのかと尋ねられることが多い.初心者の多くは,心エコー図による心機能評価は数値を算出することと勘違いし,無理を承知で計測していると聞く.本法の信頼性を高めるためには,記録不良例では計測による数値は出さず,文字情報(たとえば計測不能や参考値など)で状況を説明するという気構えも必要である.
 心機能評価を正確に行うには,装置の設定法や記録・計測法の習得に加えて,循環生理学の理解が必須となる.心音図検査が皆無となった現状では,左室の圧と容積から血行動態を考える機会は少なくなっている.とくに心エコー図を始めたときから断層法や三次元エコーがあり,“百聞は一見に如かず”を中心に行ってきた一部の検者にとっては,この心臓力学の理解なるものが辛いのである.
 本別冊はこうした声をもとに,いかにすれば心機能評価の基礎がわかり,評価に必要な記録や計測が円滑に行えるかを目的に企画されたものである.収縮能はもちろん,日常臨床でもっとも注目を集めている拡張能の評価法に重点をおき,指標の使い方や記録,計測時の注意点,装置調整などについて解説していただくよう試みた.執筆に際しては現在,第一線でご活躍されている先生にご自身の経験をもとに,検査のコツ,注意点などが視覚的にわかるような解説をお願いした.
 本別冊の構成としては,まず総論として心機能評価に必要な基礎知識をわかりやすく解説していただき,循環生理学の全体像が把握できるよう配慮した.続いて各論は,収縮能,心時相分析,圧情報,拡張能,ストレインレートの各章で臨床的意義と限界について,その後に正確な検査,計測を行うにはどうしたらよいかということを中心に解説していただいた.
 リアルタイム三次元エコーやストレインレート法などの登場からもわかるように,心エコー図法による心機能評価は日々進歩しており,また数年後には新たな指標の登場と評価法の標準化が行われている可能性がある.“心機能評価”という古くて新しいテーマは,実はとても奥が深いのである.正確でより高いレベルの心機能評価を実践していくうえで,検査担当者の果たす役割はますます大きくなっていくと思われる.
 本別冊が心機能評価に携わる多くの方々の関心と知識習得に少しでも役立てるとすれば,これにまさる喜びはない.超音波検査が今後さらに発展・普及していくことを心から願うものである.
 平成17年4月
 Medical Technology編集委員会
■総論 心機能評価の基礎知識(収縮能,拡張能)(竹中 克)
 ・左室が動いていればいいのか?
 ・P―V loop
 ・P―V loopと左室拡張能異常
 ・硬さはどうやって判断するか?
 ・心カテで左室圧を気軽に何度も計測はできない
 ・僧帽弁流入血流速度パターン
 ・若年者と拘束型パターン
 ・E/Aと左房圧の関係はJカーブ
 ・なぜLVEDPが重要なのか?
 ・心不全の定義
 ・収縮能と拡張能の両方の指標
 ・diastolic heart failure
 ・心不全の予後推定にどんな指標を使うか?
 ・肺動脈弁逆流を利用する方法
 ・なぜE/E′で左室拡張期圧が推定できるのか?
 ・拡張機能評価=LVEDP推定のまとめ
 ・wall stressとは何か?
 ・前負荷と後負荷はwall stressで考える
 ・Frank―Starlingの法則
 ・afterload mismatch
 ・Emax
 ・全体と局所
 ・strainとは?
 ・おわりに
各論I 心臓の大きさと収縮能を診る
 1 Mモード法と断層法による評価(村田和也)
  1 はじめに
  2 心臓の大きさを識る
  3 大動脈径,左房径の計測
  4 おわりに
 2 Mモード法と断層法の実際と注意点(住田善之)
  1 はじめに
  2 記録・計測はどのように行えばよいのか?
  3 Mモード法と断層法の特徴
  4 記録・計測に適した断面設定
  5 計測の実際
  6 計測時の留意点
  7 まとめ
各論II 心時相分析による評価
 1 STIによる心機能評価(林 輝美)
  1 STIの概念
  2 STIの心時相計測法
  3 STIの正常値(Weissler法)
  4 STIの心機能評価上の意義と問題点
  5 Tei index
 2 STI計測の実際と注意点(水上尚子)
  1 はじめに
  2 STIとは
  3 Mモード法によるSTI計測
  4 ドプラ法によるSTI計測
  5 Tei indexによる総合的心機能評価
  6 Tei indexとは
  7 簡易的ICT,IRTの計測方法
  8 実際の症例を用いて評価してみよう
  9 Tei indexによる右室機能評価
各論III 血流から圧情報を推定する
 1 臨床的意義と限界(渡邉 望)
  1 はじめに
  2 肺動脈圧の推定
  3 左房圧の推定
  4 左室圧の推定
  5 ドプラ法で求めたdP/dtによる左室機能評価
 2 検査の実際と注意点(川井順一・田辺一明)
  1 はじめに
  2 弁逆流や短絡血流から圧を推定する
  3 検査の実際と注意点
  4 まとめ
各論IV 拡張機能を診る
 1 PW法による左室流入血流
  1-1 僧帽弁通過血流(TMF)による拡張能評価の意義と限界(赤石 誠)
   1 はじめに
   2 心腔内血流の理解
   3 パルスドプラ法による心腔内血流の観察
   4 左室流入血流速波形を理解する
   5 バルサルバ手技中のTMFの変化
  1-2 検査の実際と注意点(戸出浩之)
   1 はじめに
   2 左室流入血流速波形の記録と計測
   3 肺静脈血流速波形の記録と計測
   4 バルサルバ負荷
   5 おわりに
 2 カラーMモード法(血流伝播速度)による評価(三神大世・北畠 顕)
  1 カラーMモード法とは
  2 左室流入血流伝播速度の計測法
  3 FPV計測の実際と注意点
  4 拡張障害とFPV低下のメカニズム
  5 FPVとFPV/Eの正常範囲
  6 他の拡張機能計測法とカラーMモード法との関係
  7 カラーMモード法の臨床的意義
  8 FPVの限界
  9 おわりに
 3 組織ドプラ法による拡張能の評価
  3-1 僧帽弁輪移動速度(e')による拡張能の評価の意義と限界(伊藤 浩)
   1 はじめに
   2 拡張不全の臨床像
   3 拡張不全の診断
   4 僧帽弁血流速波形との関係
   5 肺動脈楔入圧の推定
   6 症例検討
   7 おわりに
  3-2 検査の実際と注意点(田中教雄)
   1 はじめに
   2 装置の条件設定
   3 記録時の注意点
   4 記録の実際
   5 加齢が左室壁運動速度に及ぼす影響
   6 パルス組織ドプラ法の問題点
   7 おわりに
各論V 新しい評価法―虚血とストレイン(中谷 敏)
 1 ストレイン,ストレインレートとは何か
 2 心筋ストレインレート,ストレインのメリット
 3 心筋ストレインレート,ストレインの問題点
 4 ストレインレートによる虚血の評価
 5 ストレインによる虚血の評価
 6 新たな展開