はじめに
小室一成
東京大学大学院医学系研究科循環器内科学
世界的にも例を見ない急速な高齢化により,わが国において心不全をはじめとする循環器病の患者が急増している.そこで国は2018年に「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」を成立させ,2020年には循環器病対策推進基本計画(以下,基本計画)を策定した.基本計画における3 つの全体目標のひとつが研究の推進であり,「循環器病の病態解明,新たな治療法や診断技術の開発,リハビリテーションなどの予後改善,QOL向上などに資する方法の開発,個人の発症リスク評価や予防法の開発などに関する研究を推進する」と明記されている.
本特集では,今後推進すべきと考える循環器研究を取り上げた.まず第1章で取り上げた“ゲノム・オミックス研究”であるが,がんは研究が進歩した結果,原因であるドライバー遺伝子を同定し分子標的治療を行うようになり,予後が大きく改善した.循環器病に関しても,心筋症やQT延長症候群といった単一遺伝子疾患に限らず,多因子疾患である心筋梗塞や心房細動に関しても50%は遺伝要因によって決定されている.ゲノム解析によって前者では診断や治療法が決まり,precision medicineが可能となり,後者では疾患発症のリスクがわかり,予後予測や予防といったprecision preventionが可能となろう.
第2章における“慢性炎症,多臓器連関,メカニカルストレス”といった循環器疾患に特徴的な研究にも注力すべきである.心臓は全身に血液を送り出していることから,当然,全身の各臓器と密接に連関している.また,心臓や血管は常に血行力学的なストレスを受けていることから,メカニカルストレス応答の破綻は疾患発症につながるであろう.以前より循環器病の原因として慢性炎症が想定されていたが,最近その実体としてクローン造血が注目されている.そして近年,多くの分野で注目されている“AI・数理モデル”(第3章を参照)は,循環器では多くの種類の診断機器があるだけにその応用範囲はとりわけ広く,今後の利活用がおおいに期待されている.
循環器ほど診断や治療が進んでいる分野はなかったが,最近ではさらに大きな“変貌”を遂げている(第4章を参照).循環器の診断機器は種類が多く,その結果も単純ではないため,従来十分な解析が困難であったが,コンピュータやAIの発達により,逆に豊富な情報量から精緻な解析が可能となっており,今や循環器の診療・研究は新しい時代に入ったといえよう.
高齢化の世界のトップを走るわが国の果たすべき役割は大きいと考えられるが,研究費が少ないなか新型コロナウイルス感染症のために情報も減り,わが国と欧米との循環器研究の差はさらに開いたといわざるを得ない.本特集によって一人でも多くの人が循環器研究に興味を持ち,推進してくれることを祈念している.
小室一成
東京大学大学院医学系研究科循環器内科学
世界的にも例を見ない急速な高齢化により,わが国において心不全をはじめとする循環器病の患者が急増している.そこで国は2018年に「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」を成立させ,2020年には循環器病対策推進基本計画(以下,基本計画)を策定した.基本計画における3 つの全体目標のひとつが研究の推進であり,「循環器病の病態解明,新たな治療法や診断技術の開発,リハビリテーションなどの予後改善,QOL向上などに資する方法の開発,個人の発症リスク評価や予防法の開発などに関する研究を推進する」と明記されている.
本特集では,今後推進すべきと考える循環器研究を取り上げた.まず第1章で取り上げた“ゲノム・オミックス研究”であるが,がんは研究が進歩した結果,原因であるドライバー遺伝子を同定し分子標的治療を行うようになり,予後が大きく改善した.循環器病に関しても,心筋症やQT延長症候群といった単一遺伝子疾患に限らず,多因子疾患である心筋梗塞や心房細動に関しても50%は遺伝要因によって決定されている.ゲノム解析によって前者では診断や治療法が決まり,precision medicineが可能となり,後者では疾患発症のリスクがわかり,予後予測や予防といったprecision preventionが可能となろう.
第2章における“慢性炎症,多臓器連関,メカニカルストレス”といった循環器疾患に特徴的な研究にも注力すべきである.心臓は全身に血液を送り出していることから,当然,全身の各臓器と密接に連関している.また,心臓や血管は常に血行力学的なストレスを受けていることから,メカニカルストレス応答の破綻は疾患発症につながるであろう.以前より循環器病の原因として慢性炎症が想定されていたが,最近その実体としてクローン造血が注目されている.そして近年,多くの分野で注目されている“AI・数理モデル”(第3章を参照)は,循環器では多くの種類の診断機器があるだけにその応用範囲はとりわけ広く,今後の利活用がおおいに期待されている.
循環器ほど診断や治療が進んでいる分野はなかったが,最近ではさらに大きな“変貌”を遂げている(第4章を参照).循環器の診断機器は種類が多く,その結果も単純ではないため,従来十分な解析が困難であったが,コンピュータやAIの発達により,逆に豊富な情報量から精緻な解析が可能となっており,今や循環器の診療・研究は新しい時代に入ったといえよう.
高齢化の世界のトップを走るわが国の果たすべき役割は大きいと考えられるが,研究費が少ないなか新型コロナウイルス感染症のために情報も減り,わが国と欧米との循環器研究の差はさらに開いたといわざるを得ない.本特集によって一人でも多くの人が循環器研究に興味を持ち,推進してくれることを祈念している.
はじめに―循環器病学が向かうべき方向とは? 小室一成
循環器病におけるゲノム・オミックス研究の将来展望
循環器病におけるゲノム研究は何を目指すのか? 森田啓行
肥大型心筋症のゲノム解析結果をどう活かすか 久保 亨
拡張型心筋症の遺伝子バリアントは心不全の発症に関与するか? 朝野仁裕
ブルガダ症候群の突然死リスクを遺伝学的にどう評価するか 蒔田直昌・石川泰輔
周産期心筋症に遺伝子変異は関与するのか 神谷千津子
胸部大動脈瘤・解離の遺伝子解析とゲノム医療 武田憲文
脂質異常症ゲノム解析は何をもたらすか? 多田隼人
東アジア最大の循環器病リスク遺伝子RNF213多型 石山浩之・猪原匡史
遺伝的リスクを“見える化”するポリジェニックリスクスコア(PRS)とは何か 伊藤 薫
慢性炎症・多臓器連関・メカニカルストレスから捉える循環器疾患
腸内細菌は循環器疾患の原因か 山下智也・平田健一
肺動脈性肺高血圧症における慢性炎症の起源はどこか 中岡良和
心肝連関 梶谷憲司・他
自律神経ネットワークの異常が心血管制御を破綻させる 藤生克仁
心腎連関の実体は何か? 尾上健児
大動脈解離における血管周囲脂肪の意外な役割とは 上田和孝
循環器医にとってのクローン性造血(CHIP) 佐野宗一・安西 淳
メカノトランスダクションによる心臓血管発生制御 福井 一・他
心不全発症におけるTGF-βシグナルを介した心臓線維芽細胞-心筋細胞相互作用 候 聡志
心不全特異的線維芽細胞が心不全発症に関与する 小室 仁
AI・数理モデルによる循環器疾患診療・研究の変貌
AIを循環器疾患の診断にどう活かすか? 楠瀬賢也
自然言語処理の循環器診療への応用の課題と展望 荒牧英治
循環器病学におけるマルチモーダルAIの可能性 小寺 聡
AIによって発作性心房細動はみつかるか? 笹野哲郎
AIによって心電図から心不全を診断できるのか 荷見映理子
IoTを用いた在宅循環器診療の未来 弓野 大
デジタルツイン・デジタルバイオマーカーをいかに活用するか? 田村雄一
人工知能の循環器基礎研究への応用と展望 湯浅慎介
心臓シミュレーションをどう臨床に活かすか 杉浦清了・他
大きく変貌する循環器疾患の診療と研究
臨床ビッグデータをどう循環器予防に活かすか? 金子英弘・松岡聡志
ナッジ理論を用いた循環器疾患予防とは? 水野 篤・野出孝一
モバイルヘルスによるデジタル循環器学の現在地と未来 野村章洋
ビッグテックは循環器診療をどう変えるか? 木村雄弘
メタバースとExtended reality(仮想現実・拡張現実・複合現実)がもたらす“医療3.0” 杉本真樹・末吉巧弥
オンライン管理型心臓リハビリテーションの将来展望 谷口達典
ニューロモデュレーションデバイスを活用した心不全医療の未来 松下裕貴・朔 啓太
循環器病の予防・治療ワクチンの開発 中神啓徳
新たな心筋再生技術─ダイレクトリプログラミング 村岡直人・家田真樹
循環器病領域における疾患iPS細胞の臨床応用のこれまでとこれから 伊藤正道
次号の特集予告
サイドメモ
検出されたバリアントの病原性
妊婦の病歴・家族歴の把握
わが国における遺伝学的検査の保険収載
ABCG5およびABCG8遺伝子機能低下型変異キャリア
遺伝子変異とバリアント
GWASで同定される疾患関連バリアント
遺伝的な負の選択圧
白血球における後天的Y染色体喪失(mLOY)
シングルセルRNAシークエンス法(scRNA-seq)
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)
Life's Simple 7からLife's Essential 8へ
メタバース(metaverse)
アジュバント
循環器病におけるゲノム・オミックス研究の将来展望
循環器病におけるゲノム研究は何を目指すのか? 森田啓行
肥大型心筋症のゲノム解析結果をどう活かすか 久保 亨
拡張型心筋症の遺伝子バリアントは心不全の発症に関与するか? 朝野仁裕
ブルガダ症候群の突然死リスクを遺伝学的にどう評価するか 蒔田直昌・石川泰輔
周産期心筋症に遺伝子変異は関与するのか 神谷千津子
胸部大動脈瘤・解離の遺伝子解析とゲノム医療 武田憲文
脂質異常症ゲノム解析は何をもたらすか? 多田隼人
東アジア最大の循環器病リスク遺伝子RNF213多型 石山浩之・猪原匡史
遺伝的リスクを“見える化”するポリジェニックリスクスコア(PRS)とは何か 伊藤 薫
慢性炎症・多臓器連関・メカニカルストレスから捉える循環器疾患
腸内細菌は循環器疾患の原因か 山下智也・平田健一
肺動脈性肺高血圧症における慢性炎症の起源はどこか 中岡良和
心肝連関 梶谷憲司・他
自律神経ネットワークの異常が心血管制御を破綻させる 藤生克仁
心腎連関の実体は何か? 尾上健児
大動脈解離における血管周囲脂肪の意外な役割とは 上田和孝
循環器医にとってのクローン性造血(CHIP) 佐野宗一・安西 淳
メカノトランスダクションによる心臓血管発生制御 福井 一・他
心不全発症におけるTGF-βシグナルを介した心臓線維芽細胞-心筋細胞相互作用 候 聡志
心不全特異的線維芽細胞が心不全発症に関与する 小室 仁
AI・数理モデルによる循環器疾患診療・研究の変貌
AIを循環器疾患の診断にどう活かすか? 楠瀬賢也
自然言語処理の循環器診療への応用の課題と展望 荒牧英治
循環器病学におけるマルチモーダルAIの可能性 小寺 聡
AIによって発作性心房細動はみつかるか? 笹野哲郎
AIによって心電図から心不全を診断できるのか 荷見映理子
IoTを用いた在宅循環器診療の未来 弓野 大
デジタルツイン・デジタルバイオマーカーをいかに活用するか? 田村雄一
人工知能の循環器基礎研究への応用と展望 湯浅慎介
心臓シミュレーションをどう臨床に活かすか 杉浦清了・他
大きく変貌する循環器疾患の診療と研究
臨床ビッグデータをどう循環器予防に活かすか? 金子英弘・松岡聡志
ナッジ理論を用いた循環器疾患予防とは? 水野 篤・野出孝一
モバイルヘルスによるデジタル循環器学の現在地と未来 野村章洋
ビッグテックは循環器診療をどう変えるか? 木村雄弘
メタバースとExtended reality(仮想現実・拡張現実・複合現実)がもたらす“医療3.0” 杉本真樹・末吉巧弥
オンライン管理型心臓リハビリテーションの将来展望 谷口達典
ニューロモデュレーションデバイスを活用した心不全医療の未来 松下裕貴・朔 啓太
循環器病の予防・治療ワクチンの開発 中神啓徳
新たな心筋再生技術─ダイレクトリプログラミング 村岡直人・家田真樹
循環器病領域における疾患iPS細胞の臨床応用のこれまでとこれから 伊藤正道
次号の特集予告
サイドメモ
検出されたバリアントの病原性
妊婦の病歴・家族歴の把握
わが国における遺伝学的検査の保険収載
ABCG5およびABCG8遺伝子機能低下型変異キャリア
遺伝子変異とバリアント
GWASで同定される疾患関連バリアント
遺伝的な負の選択圧
白血球における後天的Y染色体喪失(mLOY)
シングルセルRNAシークエンス法(scRNA-seq)
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)
Life's Simple 7からLife's Essential 8へ
メタバース(metaverse)
アジュバント