やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山ア 晶
 一般に免疫系システムは,病原体などの非自己を認識・排除する一方で,自己に対しては寛容であると考えられてきた.遺伝子再構成によってもたらされる抗原受容体の多様性は,予測・限定できない多様な非自己の認識を可能にする一方,自己への応答性を生む.自己反応性のリンパ球は多くの場合,通常生体にとって有害であり,そのほとんどは発生過程で除去されるが,かならずしも自己“攻撃性“でなく,生体にとって有益な自己“保護性”細胞も存在することがわかってきた.
 一方,ミエロイド細胞が異物を認識する応答は,ゲノムにあらかじめコードされた受容体を介することから“自然免疫(先天性免疫)“と総称される.自然免疫センサーは,病原体(非自己)が持つ特有のパターンを特異的に認識すると考えられてきた.ところが近年,多くの自然免疫センサーが“自己分子”をも広く認識しうることが明らかとなり,自然免疫は病原体だけでなく,内外に起因するストレスの結果として生じた自己分子の量的・質的変動にも応答し,さらにそれを“修正“するような応答に寄与することがわかってきた.このように,獲得免疫,自然免疫を問わず,自己成分に対する免疫応答は少なからず“功”の要素を含むことが明らかになりつつあるが,この部分に焦点を当てた領域研究はこれまで行われてこなかった.
 こうした視点からわれわれは,これまでもっぱら“外を見ている“と考えられてきた免疫学を,“内”に対する応答も含めて再考することで,未解明な免疫応答・生命現象の理解につなげることを目的とし,“自己指向性免疫学”領域を発足させた.本書では,こうした理念に賛同して参画いただいた領域メンバーに,それぞれの独自の視点からリレー形式で執筆いただく.本書が,免疫システムによる自己認識の再定義につながり,また,いまなお謎が多い自己寛容の普遍原理解明につながるきっかけになれば幸いである.
 はじめに(山ア 晶)
自己認識機構の解明と機能的理解
 免疫システムにおける自己認識機構の解明に向けた有機化学的取り組み─可視光応答性光触媒を利用した近接依存性ラベリング技術(井貫晋輔・松岡巧朗)
  KeyWords 分子間相互作用,細胞-細胞間相互作用,有機化学,可視光応答性光触媒,近接依存性ラベリング
 マクロファージによる細胞膜リン脂質の感知機構(瀬川勝盛)
  KeyWords 細胞膜,リン脂質,ホスファチジルセリン(PtdSer),マクロファージ
 免疫受容体が認識する代謝物リガンドの網羅的探索に向けた解析システムの開発(富安範行・和泉自泰)
  KeyWords 免疫受容体,リガンド,自己抗原,メタボロミクス,リピドミクス
 薬物により自己への認識様態を変化するHLAとそれが持つ特徴的な細胞内挙動(青木重樹)
  KeyWords ヒト白血球抗原(HLA),薬物過敏症,β2ミクログロブリン,副作用,小胞体
 リソソーム核酸蓄積病から学ぶ自己指向性免疫応答(三宅健介)
  KeyWords リソソーム,Toll様受容体(TLR),自然免疫
 自然免疫応答における自己・非自己RNAの認識(加藤一希)
  KeyWords ウイルス,自然免疫応答,cGAS-STING経路,RIG-I様受容体(RLR)
 無脊椎動物Toll受容体による非自己と自己に対する免疫応答(三浦正幸)
  KeyWords Toll受容体(TLR),ショウジョウバエ,自然免疫,タンパク質分解カスケード
 RNA修飾破綻による自己指向性免疫応答(吉永正憲)
  KeyWords RNAメチル化,RNA編集,炎症応答,インターフェロン(IFN)
 腸内細菌を自己として認識するγδT17細胞による宿主-腸内細菌共生関係構築(橋大輔)
  KeyWords γδT17細胞,Vγ6+γδT17細胞,腸内細菌,小腸パイエル板,実験的脳脊髄炎
 MAIT細胞による共生細菌由来代謝産物の認識とその生理的意義(柴田健輔)
  KeyWords 細菌由来代謝産物,T細胞,免疫制御
 脳組織Tregと抗原提示細胞(松井亜子・伊藤美菜子)
  KeyWords 脳梗塞,脳Treg,T細胞受容体(TCR),抗原提示細胞
 CAR-T細胞機能における内在性リガンド反応性TCRの功罪(横須賀 忠・町山裕亮)
  KeyWords T細胞受容体(TCR),キメラ抗原受容体(CAR),シグナロソーム,マイクロクラスター,腫瘍免疫
 免疫とグライコーム─グライコームの1細胞解析技術(舘野浩章)
  KeyWords グライコーム,糖鎖,免疫,1細胞
自己認識を起点とした恒常性維持・疾患発症機序の解明
 遺伝性炎症性疾患から紐解く自己タンパク過剰蓄積を感知する分子機構の解明─免疫プロテアソーム機能異常によりもたらされる自己炎症性疾患の病態解明に向けて(森本純子・安友康二)
  KeyWords 免疫プロテアソーム,JASL,中條-西村症候群,プロテアソーム関連自己炎症症候群(PRAAS),自己炎症,脂肪萎縮
 自己成分変動に伴う自然免疫細胞産生経路の変化とその生理的意義(浅野謙一)
  KeyWords 自然免疫,単球,分化,Ym1,組織修復
 LAG-3によるself-pMHCII認識を起点とした恒常性維持機構の解明(丸橋拓海)
  KeyWords 抑制性免疫補助受容体,LAG-3,MHCクラスII,self-pMHCII
 細胞内核酸センサー経路の異常活性化を起因とする自己炎症性疾患(佐々木 泉・改正恒康)
  KeyWords 自己炎症性疾患,COPA症候群,cGAS-STING経路
 T細胞の自己認識の生理的意義とその理解(木村元子)
  KeyWords 自己認識,自然免疫型T細胞,Neonatal T細胞,組織恒常性
 制御性T細胞の組織恒常性維持機能における抗原特異性の役割(津原萌里・湯淺 隼・堀 昌平)
  KeyWords 制御性T細胞(Treg),抗原特異性,T細胞受容体(TCR),組織恒常性維持,通常型T細胞(Tconv)
 Tリンパ球の恒常性維持における自己反応性の新たな役割(河部剛史)
  KeyWords Tリンパ球,ホメオスタシス,自己抗原
 T細胞による自己・非自己認識の相克─ゆらぐ自己,曖昧な自己(室 龍之介・新田 剛)
  KeyWords 胸腺,T細胞,胸腺上皮細胞(TEC),交差反応
 腫瘍死細胞由来分子による免疫制御機構(柳井秀元・衞藤翔太郎)
  KeyWords 細胞障害関連分子(DAMPs),自然免疫受容体,炎症,腫瘍免疫
 無菌的組織損傷による自然免疫活性化とその意義─ショウジョウバエを用いた解析(堀 亜紀・倉石貴透)
  KeyWords 無菌的損傷,自然免疫,外傷性脳損傷,ショウジョウバエ
 白血球レセプター複合体の自己指向性免疫学(長谷川 玄・平安恒幸)
  KeyWords 白血球レセプター複合体(LRC),LILR,KIR,免疫逃避,内在性リガンド
 死細胞クリアランス不全がもたらす炎症慢性化機構の解明(田中 都・菅波孝祥)
  KeyWords 細胞死,死細胞貪食,急性腎障害(AKI),マクロファージ
 ショウジョウバエ腫瘍モデルから紐解く自然免疫によるがん制御(榎本将人)
  KeyWords がん,ショウジョウバエ,自然免疫,細胞間相互作用
 NK細胞の自己・非自己認識機構の制御によるがん免疫療法(保仙直毅)
  KeyWords NK細胞,キメラ抗原受容体(CAR),がん,がん免疫
 共生細菌によるIgE自然抗体の産生制御(北村大介)
  KeyWords IgE自然抗体,アレルギー,共生細菌,MyD88
 自己免疫性皮膚炎における病原性Th17細胞の生存機構(竹馬俊介)
  KeyWords 自己免疫疾患,乾癬,ヘルパーT細胞,Th17,治療抵抗性
 T細胞が認識する肥満特有の自己指向性免疫の解明(遠藤裕介)
  KeyWords 肥満,Th17バイアス,ACC1,1-オレオイル-リゾホスファチジルエタノールアミン
 皮膚バリア機能とアシルセラミド代謝─表皮バリア脂質の代謝異常を免疫システムは認識するか?(平林哲也)
  KeyWords 皮膚バリア,脂質代謝,アシルセラミド,角層細胞間脂質,角化細胞脂質エンベロープ(CLE)

 サイドメモ
  TLR7,TLR8のリガンド
  糖鎖
  scGR-seq
  中條-西村症候群
  免疫不全を伴うプロテアソーム関連自己炎症症候群(PRAAS-ID)
  プロテアソーム分子集合
  LAG-3によるT細胞活性化抑制の分子メカニズム
  AireとTRA発現
  免疫応答は幼虫と成虫で異なる
  ショウジョウバエにおける液性免疫と細胞性免疫
  ペア型受容体
  赤の女王仮説
  Gal4/UASシステムとQF/QUASシステム
  ショウジョウバエ免疫細胞