やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 稲垣 豊
 東海大学医学部先端医療科学,同マトリックス医学生物学センター
 近年,臓器線維症治療薬の開発に対する産学の関心の高まりは著しい.現在,わが国において最も対応が急がれている,がん,糖尿病・高血圧症・脂質異常症に起因する循環器疾患や慢性腎臓病,慢性閉塞性肺疾患,アルコール性ならびに非アルコール性脂肪肝炎などの生活習慣病は,医療費の3割,全死亡者数の6割を占め,急速に進む超高齢化を背景に,その対策は医学的また社会的にも一層重要となっている.これらの罹患臓器には線維化病変が共通して認められ,肺や肝臓ではがんの発生母地ともなるため,線維化の制御は生活習慣病の進展予防に直結する重要戦略と位置づけられる.
 一方で,臨床の現場に目を転じれば,臓器線維症に対する治療薬は特発性肺線維症の進展を抑制する2剤に限られ,根本的な治療法はいまだ存在しない.筆者が専門とする肝臓病学の領域においても,非アルコール性脂肪肝炎に対する候補薬剤が次々と開発され臨床試験が進行しながらも,十分な効果が得られず,あるいは予期せぬ副作用により治験中断に至っているという現実がある.動物実験によって同定された多くの抗線維化物質からの候補薬剤の選定,適切な治療対象患者の選択と評価系の構築,線維化組織選択的な薬剤送達による副作用の軽減など,臓器線維症治療薬の臨床応用に向けて克服すべき課題は多い.
 このような背景のもと,本特集ではより多角的な視点と新たなツールを用いて臓器線維症の病態を掘り下げ,全身臓器の線維症にみられる共通性と臓器ごとの特異性を理解することで,新たな治療アプローチを模索することをめざした.この分野を牽引するリーダーと臓器線維症研究に日々取り組む若手・中堅の研究者に,最新の知見をわかりやすく解説いただくことをお願いした.
 今般の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらした厳しい社会・医療情勢にもかかわらず,ご快諾いただいた国内外の執筆者に心から感謝を申し上げるとともに,本特集が欧米に比べてわが国の研究者人口が少ない臓器線維症の研究分野に一層の関心を寄せていただく一助となることを期待したい.
 はじめに(稲垣 豊)
分子細胞基盤
 1.組織障害時におけるコラーゲンネットワーク形成に関わる分子機構(津山 翔・酒井尚雄)
  KeyWord 細胞外マトリックス(ECM),線維化,コラーゲン,フィブロネクチン,TGF-β
 2.線維症とメタロプロテアーゼ─MMP・ADAM・ADAMTS(望月早月・岡田保典)
  KeyWord MMP,ADAM,ADAMTS,TIMP,線維症,癌関連線維芽細胞(CAF),線維性癌間質反応
 3.コラーゲン産生細胞の起源(朝比奈欣治)
  KeyWord 細胞系譜,線維芽細胞,臓器発生,中皮,中胚葉
 4.コラーゲン産生細胞の形質転換による臓器線維症治療への応用(中野泰博)
  KeyWord コラーゲン産生細胞,脱活性化(脱分化),分化転換,細胞系譜追跡,Tcf21
 5.疾患特異的マクロファージの機能的多様性─線維化に関わるマクロファージと非免疫系のクロストークの研究(佐藤 荘)
  KeyWord 自然免疫,疾患特異的マクロファージ,線維症,細胞死,non-coding RNA
 6.気道の組織線維化の病態形成機構(平原 潔・他)
  KeyWord 線維化誘導-病原性ヘルパーT細胞,線維化,アンフィレグリン,好酸球
病態解明とそのツール
 7.遺伝子改変マウス作製技術─PITT/i-PITT法とEasi-CRISPR法(三浦浩美)
  KeyWord 遺伝子改変マウス,ゲノム編集,PITT/i-PITT法,Easi-CRISPR法
 8.線維化疾患のモデル動物(浅野善英)
  KeyWord 臓器線維化,線維芽細胞,誘発モデル,遺伝子改変モデル
 9.炎症の進行過程解明のための一細胞トランスクリプトーム解析(松田秀雄)
  KeyWord 一細胞遺伝子発現解析,トランスクリプトーム,細胞系譜,炎症
 10.マイクロ流体デバイスを技術基盤とするOrgan-on-a-chipの臓器・疾患モデルへの応用(木村啓志)
  KeyWord Organ-on-a-chip,マイクロ流体デバイス,疾患モデル,生体模倣システム
 11.エクソソーム─生体内第3の情報伝達手段が開く未来(柳川享世)
  KeyWord エクソソーム,細胞間コミュニケーション,バイオマーカー,薬物送達システム
 12.バイオイメージング─非線形光学現象を利用した線維化イメージング(今村健志・他)
  KeyWord 蛍光バイオイメージング,2光子励起蛍光顕微鏡,非線形光学現象,第二次高調波発生(SHG)
臓器特異性と共通性
 13.肺線維症(神尾孝一郎・吾妻安良太)
  KeyWord 特発性肺線維症(IPF),テロメア短縮,MUC5B,制御性T細胞,エクソソーム,マイクロRNA
 14.心臓疾患における線維化(芦田 昇)
  KeyWord 炎症,筋線維芽細胞,組織再生
 15.肝線維化の分子・細胞メカニズム(牧野祐紀・疋田隼人)
  KeyWord 肝線維化,細胞外マトリックス(ECM),類洞,肝星細胞
 16.クローン病の腸管線維性狭窄に対する治療開発の展望(今井 仁・他)
  KeyWord 炎症性腸疾患,クローン病,腸管狭窄,adherent-invasive Escherichia coli(AIEC)
 17.腎線維化(横井秀基)
  KeyWord Transforming growth factor-β(TGF-β),connective tissue growth factor(CTGF),マイクロRNA(miRNA)
 18.全身性強皮症の皮膚線維化の機序と治療標的(長谷川 稔)
  KeyWord 全身性強皮症(SSc),線維化,病態,治療,免疫
 19.代謝臓器の線維症における特異性と共通性(菅波孝祥・他)
  KeyWord 慢性炎症,メタボリックシンドローム,肥満,非アルコール性脂肪肝炎(NASH),マクロファージ

 サイドメモ
  シェディング
  Desmoplastic reaction(DR)分類
  細胞系譜追跡(genetic lineage tracing)
  組織常在性記憶T細胞
  疑似時系列解析(pseudotime analysis)
  マイクロ流体デバイス
  miRの名称
  培養細胞と胎児血清(FBS)とエクソソーム
  TGF-βおよびPDGFの治療標的としての可能性
  種々の生物学的製剤と接着性侵入性大腸菌(AIEC)
  Crown-like structure(CLS)