やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 鈴木政登
 東京慈恵会医科大学,日本体力医学会理事長
 わが国の平均寿命は男女とも世界最上位にある.最下位のシエラレオネ(西アフリカ,大西洋岸の共和国)の平均寿命は男女とも45〜46歳で,わが国に比較し40年も短く,健康寿命との差(5〜6歳)も短い(2012年,WHO).わが国の平均寿命の伸びに伴い,総人口に占める65歳以上の比率(高齢化率)も27.3%で,イタリア(22.4%),スウェーデン(19.9%)を抜き世界1位(2016年)である.
 わが国は1970年代以降,感染症から生活習慣病という慢性疾患者数が増加し,内臓脂肪過剰蓄積を基盤としたメタボリックシンドローム,延いては肥満,糖尿病,脂質異常症,心血管系疾患や高血圧症などの生活習慣病に脅かされている.体力低下に起因したロコモティブシンドロームや高齢者特有の認知症もAlzheimer型だけでなく,生活習慣病に起因した脳血管性認知症も知られている.高齢になっても介護・看護を要せず自立した生活が営める“健康寿命“と平均寿命の差は,わが国の場合,男性9.02年,女性12.04歳と報告されている(2013年,厚労省).中・高年齢層の健康寿命を損ねている要因をおおまかにとらえれば,“日常生活における身体運動の漸減である”といえる.
 本書では,中・高年齢者特有の疾病の予防・治療に関する体力医学的知見について紹介していただく.最初に,先進諸国民の健康を脅かしている生活習慣病の最上流因子肥満について“エピジェネティクス的視点“から述べていただく.次いで,心血管系疾患予防としての運動,免疫機能と運動,サルコペニア予防・治療としての運動と栄養,認知機能低下に及ぼす運動の影響,呼吸器疾患,とくにCOPDと運動について,順次解説していただく.最後に,1978年の“第一次国民健康づくり対策”から現在の“健康日本21(第二次)”まで,種々の健康政策が施行されてきたにもかかわらず,2000年の要介護者数200万人から2016年には600万人超に増加したことにちなみ,いかにして幼児から高齢者に至る多くの国民を運動の習慣化に誘うかの方策について述べていただく.
 はじめに(鈴木政登)
蔓延する身体活動・運動不足への対策
 1.身体活動の普及促進のための多部門アプローチ(井上 茂)
  KeyWord 身体活動,運動,地域環境,健康の社会的決定要因,多部門協働
 2.身体活動促進のポピュレーション戦略─エビデンスとその実際(鎌田真光)
  KeyWord 普及戦略,ポピュレーション介入,ソーシャル・マーケティング,疫学
肥満:先進諸国民の健康を脅かしている生活習慣病の最上流因子
 3.肥満増加の背景とその対策─DOHaDとエピジェネティクスの観点から(久保田健夫)
  KeyWord DOHaD,エピジェネティクス,Prader-Willi症候群,先制医療,保育士の高度化
 4.運動および食事療法による肥満小児への対応(冨樫健二)
  KeyWord 肥満小児,運動療法,食事療法,内臓脂肪,生活習慣病
 5.糖尿病の予防・治療と運動・減量・食事療法─メリットとエビデンスの限界(勝川史憲)
  KeyWord 食物繊維,glycemic load,座位行動,糖質制限食
心臓血管系疾患予防としての運動
 6.運動トレーニングによる高血圧改善の機序─中枢性機序を中心に(和気秀文・Gouraud Sabine)
  KeyWord 視床下部室傍核,吻側延髄腹外側野,孤束核,炎症反応,アンジオテンシンII
 7.高血圧治療における運動療法の有効性と実臨床への展開(廣岡良隆)
  KeyWord 高血圧,運動療法,交感神経系,血管内皮,有酸素運動
 8.運動による血管内皮機能改善のメカニズム(家光素行)
  KeyWord 血管内皮由来血管拡張・収縮物質,一酸化窒素,有酸素性トレーニング,動脈硬化,内皮機能
 9.中・高年齢者の動脈硬化予防としての習慣的運動(前田清司)
  KeyWord 動脈硬化,加齢,有酸素性運動,筋力トレーニング,運動プログラム
高齢者の免疫機能と運動
 10.加齢に伴う免疫機能の変化(磯部健一)
  KeyWord 免疫老化,炎症,インフラマエイジング
 11.自然免疫・炎症に及ぼす運動の影響─そのメカニズム(鈴木克彦)
  KeyWord 生活習慣病,非感染性疾患,好中球,マクロファージ,運動の抗炎症作用
 12.中・高年齢者の粘膜免疫・獲得免疫に及ぼす習慣的運動の影響(枝 伸彦)
  KeyWord 免疫老化,分泌型免疫グロブリンA,ワクチン,身体活動,感染症
高齢者特有のサルコペニア予防・治療としての運動と栄養
 13.高齢者が身体不活動に陥る精神・心理的背景とその対策─とくにうつ病に着目して(越智紳一郎・上野修一)
  KeyWord 加齢性変化,早期発見,うつ病,認知症
 14.加齢に伴う骨・骨格筋量減少に及ぼす運動の影響─そのメカニズム(古市泰郎・藤井宣晴)
  KeyWord 運動トレーニング,骨芽細胞,サルコペニア,筋サテライト細胞
 15.中・高年齢者のサルコペニア予防・治療における食事への配慮(上西一弘)
  KeyWord 蛋白質,ロイシン,ビタミンD
 16.サルコペニア予防・治療としての多様な筋力トレーニング(安田智洋)
  KeyWord サルコペニア,骨格筋,筋力トレーニング,負荷強度,疲労困憊
加齢に伴う認知機能低下に及ぼす習慣的運動の影響
 17.加齢に伴う認知機能低下に及ぼす身体活動の影響およびそのメカニズム(木田哲夫)
  KeyWord 加齢,身体活動,認知症,脳,記憶
 18.運動と認知症:久山町研究(小原知之・二宮利治)
  KeyWord 運動習慣,筋力,認知症,コホート研究
高齢者の呼吸器疾患,とくにCOPDと運動
 19.加齢に伴う呼吸機能変化および習慣的運動の影響(鈴木政登)
  KeyWord 健康関連体力,最大酸素摂取量(VO2max),慢性閉塞性肺疾患(COPD),呼吸機能検査,一秒率(FEV1.0%)
 20.中高年齢者のCOPD患者における運動療法の意義(山田拓実)
  KeyWord 慢性閉塞性肺疾患(COPD),呼吸リハビリテーション,身体活動,座位行動

 サイドメモ
  先制医療
  脈波伝播速度(pulse wave velocity:PWV)
  自然炎症(homeostatic inflammation)
  電気痙攣療法(ECT)
  筋衛星(サテライト)細胞
  サルコペニア
  加圧トレーニング