やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 衞藤義勝
 脳神経疾患研究所先端医療研究センター,東京慈恵会医科大学名誉教授

 このたび,ライソゾーム病の特集が組まれ,著者が企画者として編集を依頼された.ライソゾーム病はご承知のように希少疾患であり,約20,000 の遺伝子病のうちもっとも病因解析,治療が進歩している疾患である.
 約30 年前にアメリカNIHのBrady博士が胎盤からβ-グルコシダーゼの酵素を精製し,ゴーシェ(Gaucher)病で酵素補充療法を開発して以来,遺伝子工学手法でファブリー(Fabry)病,ムコ多糖症,ポンぺ(Pompe)病などの酵素製剤が開発されてきた.これまで治療が不可能といわれてきたライソゾーム病を含む遺伝疾患の治療法の開発がこの30 年間で急速に進み,骨髄幹細胞移植,基質合成抑制療法,シャペロン治療などがあらたに開発されている,さらに最近では,異染性白質ジストロフィー症(MLD)をはじめ各種ムコ多糖症,脳白質副腎ジストロフィー症(ALD)など,遺伝子治療の成功例が多数報告されるようになった.
 このようなライソゾーム病の治療の進歩によって,その他の希少疾患の治療法開発にも拍車がかけられ,さまざまな疾患での治療法開発が進んでいる.また,マイクロRNAなどの核酸治療薬を含む新規治療薬も将来の新しい治療法として開発中である.
 ライソゾーム病の患者の多くが中枢障害を合併することから,最近ではこれら中枢神経障害を合併する疾患への酵素・遺伝子髄注治療,静脈注射による脳血液関門通過型酵素・遺伝子治療法開発もたいへん注目されており,臨床治験も開始されている.
 また,早期診断・治療のための患者診断法の開発,治療に伴う効果判定のバイオマーカーの測定,酵素補充療法に伴う抗体出現に対する治療,ハイリスクスクリーニング,新生児マススクリーニングなども今後の重要課題である.このような診断・治療の進歩に伴い,遺伝カウンセリングなどもあらたな領域となってきた.
 ライソゾーム病の病態解析・診断・治療の広がりは毎年膨大な論文数として発表されており,本特集はまさに時宜を得た企画といえよう.現在わが国のこの分野の診療・研究の第一線で活躍されている先生方に詳細を解説していただき,ライソゾーム病の日常診療に役立てていただければ,企画者としては望外の喜びである.
 はじめに 衞藤義勝
ライソゾーム病の基礎
 1.ライソゾーム病の歴史(衞藤義勝)
  ライソゾームの概念
  ライソゾーム病の病因
  ライソゾーム病治療法開発の歴史
 2.ライソゾームの構造と機能(酒井規夫)
  ライソゾームの構造
  ライソゾームの機能
  ライソゾーム蛋白の運搬
  基質の運搬
 3.ライソゾームでの脂質,複合糖質,蛋白質代謝とその異常症(衞藤義勝)
  スフィンゴ脂質代謝とその異常症
  ムコ多糖代謝とその異常症
  糖蛋白質とその代謝異常症
  ライソゾーム膜蛋白とその異常症
ライソゾーム病の臨床
 4.ライソゾーム病の遺伝(櫻井 謙)
  遺伝病の診断
  遺伝形式,男女差と人種差,de novo変異
  遺伝子変異の種類と残存酵素活性
  遺伝子変異と臨床病型や薬剤感受性の相関
  遺伝子多型,機能的多型
  遺伝の倫理と遺伝カウンセリング
 5.ライソゾーム病の基礎と臨床(井田博幸)
  ライソゾームとライソゾーム病
  ライソゾーム病の分類
  ライソゾーム病の病因
  ライソゾーム病のおもな症状と鑑別診断
  ライソゾーム病の診断概要
 6.ライソゾーム病の画像診断(石垣景子)
  単純X線
  コンピュータ断層撮影法(CT)
  核磁気共鳴画像法(MRI)
ライソゾーム病の診断
 7.ライソゾーム病の診断:生化学的診断,形態学的診断,遺伝子診断(小須賀基通)
  ライソゾーム病の診断
  一般臨床検査診断
  生化学的診断
  遺伝子診断
  ライソゾーム病の疾患別の診断
 8.新生児スクリーニング・ハイリスクスクリーニング(百崎 謙・中村公俊)
  ライソゾーム病のスクリーニング技術
  新生児におけるスクリーニング
  ハイリスクスクリーニング
ライソゾーム病の最新治療の現状と展望
 9.治療の概説ならびに対症療法(高柳正樹)
  薬物療法など
  呼吸管理
  栄養管理
  在宅治療
  患者会
 10.ライソゾーム病に対する造血幹細胞移植―ムコ多糖症に対する移植成績の現状と有効性の評価(小池隆志・矢部普正)
  HSCTとは
  GVHD予防などの支持療法
  ライソゾーム病に対するHSCTの歴史
  ムコ多糖症に対するHSCTの現状
 11.酵素補充療法の現状と展望(奥山虎之)
  酵素補充療法とは
  酵素補充療法の対象疾患
  酵素補充療法の効果と限界
  抗体産生時の免疫療法
  酵素補充療法による中枢神経療法の試み
 12.低分子治療薬―基質合成抑制療法,シャペロン療法(難波栄二・檜垣克美)
  基質合成抑制療法の原理と開発
  基質合成抑制療法の臨床応用
  シャペロン療法の原理と開発
  シャペロン療法の臨床応用
 13.ライソゾーム病の遺伝子治療(大橋十也)
  ライソゾーム病の治療
  異染性脳白質変性症(MLD)
  ムコ多糖症の遺伝子治療
各論
 14.ゴーシェ病(成田 綾)
  病因,疫学
  病態
  臨床症状
  Genotype-phenotype correlation(遺伝子型-表現型相関)
  治療,治療目標とその手順,および症状・検査所見からみた効果判定指標
  日常管理上,重要な合併症の病態生理とその診断・治療・予防
  今後の課題
 15.ファブリー病(小林正久)
  ファブリー病の概念と疫学
  ファブリー病の症状と臨床病型
  ファブリー病の診断のためのkey sign
  ファブリー病の診断法
  ファブリー病の治療
 16.ニーマンピック病(ASMDとNPC):病態,診断,治療の進歩(高橋 勉)
  ASMDの病態,診断,治療
  NPCの病態,診断,治療
 17.ガングリオシドーシス(ガングリオシド蓄積症)(渡邊順子)
  病因,病態
  GM1-gangliosidosis(monosialotetrahexosylganglioside)
  GM2 gangliosidosis(GM2 ガングリオシドーシス)
 18.ライソゾーム酸性リパーゼ欠損症―Wolman病,CESD(村上 潤・福嶋健志)
  LAL-Dの疾患概要
  病態生理
  臨床症状
  診断
  治療
 19.白質ジストロフィーを呈するライソゾーム病―MLDとGLD(小林博司)
  MLD
  GLD(Krabbe病)
 20.ムコ多糖症―早期発見のために知っておきたいこと(濱崎考史)
  疾患概念
  病因
  疫学
  臨床症状
  診断
  治療
 21.神経セロイドリポフスチン症(NCL)(衞藤 薫)
  病因・病態
  疫学
  臨床症状
  診断・鑑別診断
  治療・予後
 22.ポンペ病の新しい知見福田冬季子
  酵素補充療法の効果
  酵素補充療法導入後のポンペ病の臨床像
  わが国のポンペ病診療
  ポンペ病の新規治療法の開発
  ポンペ病への実験的介入
  まとめ
 23.糖蛋白質代謝異常症(大友孝信)
  糖蛋白質代謝異常症とは
  マンノシドーシス,フコシドーシス,シアリドーシス
  I-cell病(ムコリピドーシスII型,III型)
  ライソゾーム酵素の細胞内輸送
  I-cell病の病態

 サイドメモ
  ナンセンス変異とミスセンス変異
  残存酵素活性
  骨髄破壊的前処置(MAC)と骨髄非破壊的前処置(NMAC)あるいは強度減弱型前処置(RIC)
  薬理学シャペロンと分子シャペロン
  遺伝子編集
  三毛猫はなぜメスなのか―X染色体のランダムな不活性化
  ガングリオシド
  ライソゾーム病とバイオマーカー
  日本ムコ多糖症患者家族の会
  CLN2 における特徴的な脳波所見
  ポンペ病の基質合成抑制療法:preclinical study
  ムコリピドーシスII型とIII型の分類