やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 金井隆典
 慶應義塾大学医学部消化器内科
 一昔前までの日本ではあんなに希少であった炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)が,最近の医療現場ではよくみかけ,よく耳にする疾患となってしまった.けっして研究者や医療従事者の怠慢で増えたのではなく,社会の近代化の代償として増加しているかのようである.たとえば,食事の変化,抗生物質の過使用,過衛生など,多くの先進国が共通して歩んできた近代化が原因のひとつと考えられている.たしかに遺伝学的素因も原因のひとつと考えられるが,近年の急速な増加を説明するには難しすぎる.なぜなら,旧人類が誕生して30万年が経過して,そのたった0.03%にあたる100年の間に急速に増え続けるIBDを,遺伝学的に説明することはできないからである.
 現在,日本には潰瘍性大腸炎(ulcerative colitiss:UC),クローン病(Crohn's desease:CD)あわせて20万人以上の患者がおり,プライマリーケアの現場でもしばしば遭遇することがあるため,初期対応,高次医療機関への紹介のタイミングなども学ばなければならなくなっている.一方,IBDの診断・治療の進歩もめざましく,遺伝学,栄養学,腸内微生物環境,内視鏡診断,活動性評価,バイオマーカー,免疫調整薬,生物学的製剤,低分子標的薬,癌サーベイランス,高齢者症例,外科手術,術後管理などさまざまな課題があがり,かつ日進月歩である.治療選択が多様化した一方,治療体系の論理性といった課題も残っている.
 今回,タイムリーにも本誌で“炎症性腸疾患のいま”を特集することになり,日本を代表する各分野の専門家にご多忙のなか,筆を執っていただくことができた.初学の皆さま,エクスパートをめざす若きドクター,ブラッシュアップを目的としたエキスパートの皆さまへ,一気に読破できる適切な分量で企画させていただいた.本特集をきっかけに,たくさんの医療従事者がIBDの現状と展望を再考するきっかけになることを願っている.
 はじめに(金井隆典)
疫学と研究の進展
1.炎症性腸疾患の疫学―わが国と欧米を比較して
 (大藤さとこ)
 ・炎症性腸疾患(IBD)の罹患率・有病率
 ・IBDの発症に関連する因子
 ・IBDの予後
 ・IBDにおける大腸癌の発生
2.炎症性腸疾患疾患感受性遺伝子―最近の知見
 (角田洋一・木内喜孝)
 ・炎症性腸疾患(IBD)はcommon diseaseか
 ・IBDはrare diseaseか
 ・GWASでみえたIBDの病因
 ・腸内細菌との関係
 ・疾患感受性遺伝子だけでは病態はわからない
 ・日本人IBDの感受性遺伝子と人種差
3.炎症性腸疾患と腸内細菌叢のかかわり
 (清原裕貴・他)
 ・健常人における腸内細菌叢とその役割
 ・IBDにおける腸内細菌叢の変化とその影響
 ・腸内細菌からみるIBDの治療
4.粘膜再生機構からみた炎症性腸疾患治療の展望
 (岡本隆一・渡辺 守)
 ・腸上皮の恒常性維持機構
 ・炎症性腸疾患(IBD)の発症・病態における粘膜上皮機能の意義
 ・IBDにおける粘膜再生機構と粘膜治癒の重要性
 ・粘膜再生をめざした治療法開発の現状と展望
5.わが国における炎症性腸疾患診断基準改訂の推移
 (久部高司・松井敏幸)
 ・潰瘍性大腸炎(UC)の診断基準
 ・クローン病(CD)の診断基準
6.クローン病の小腸病変に対する内視鏡評価の意義
 (江ア幹宏)
 ・カプセル内視鏡(CE)によるクローン病(CD)小腸病変評価の意義
 ・バルーン内視鏡(BAE)によるCD小腸病変評価の意義
7.炎症性腸疾患における疾患活動性評価方法―Treat-to-targetをめざして
 (齊藤詠子)
 ・潰瘍性大腸炎(UC)のindex
 ・クローン病(CD)のindex
8.炎症性腸疾患診療におけるバイオマーカーの有用性
 (井上拓也・他)
 ・血清抗体マーカー
 ・糞便マーカー
 ・その他のバイオマーカー
9.潰瘍性大腸炎に対する最新の内視鏡診断―拡大内視鏡,超拡大内視鏡,カプセル内視鏡
 (細江直樹・金井隆典)
 ・拡大内視鏡
 ・超拡大内視鏡
 ・大腸カプセル内視鏡(CCE)
治療の進展
10.潰瘍性大腸炎治療戦略:総論
 (仲瀬裕志)
 ・潰瘍性大腸炎(UC)の治療法
 ・UCの難治例に対する治療法
11.クローン病の治療戦略:総論
 (本谷 聡・田中浩紀)
 ・クローン病(CD)の内科治療アルゴリズム
 ・活動期CDの寛解導入治療戦略
 ・CDの腸管合併症に対する治療戦略
 ・寛解期CDの維持治療戦略
12.抗TNF-α抗体製剤効果減弱例に対する対応(抗体測定も含めて)
 (馬場重樹・安藤 朗)
 ・抗TNF-α抗体製剤の一次無効と二次無効とは?
 ・抗IFX抗体(ATI)・抗ADA抗体(AAA)測定法
 ・抗TNF-α抗体製剤の血中トラフ濃度に影響を与える因子
 ・炎症性腸疾患(IBD)における二次無効例に対する対策
 ・二次無効例の出現を防ぐ治療ストラテジー
13.抗TNF-α抗体製剤全盛時代における栄養療法の意義
 (久松理一)
 ・病態論からみた栄養療法の位置づけ
 ・抗TNF-α抗体製剤と栄養療法は並立しないのか
 ・抗TNF-α抗体製剤のクリアランスと血清アルブミン値
 ・狭窄病変を有する患者に対する実臨床での工夫
14.免疫調節薬を安全に上手に使うためのコツ―基本的事項と臨床のエビデンス
 (花井洋行・池谷賢太郎)
 ・チオプリン(thiopurine)の基本
 ・チオプリンの薬理と代謝
 ・チオプリン製剤使用の際の注意点
 ・潰瘍性大腸炎(UC)に対するチオプリン製剤の適応と効果
 ・クローン病(CD)へのチオプリン製剤の適応と効果
 ・チオプリン製剤の投与量はどう決めるか
 ・アロプリノール(allopurinol)との併用
 ・チオプリンの副作用
 ・NUDT15遺伝子多型と白血球減少と脱毛
15.炎症性腸疾患におけるあらたな治療薬の開発状況
 (中村志郎)
 ・IBD新規開発薬の流れ
16.潰瘍性大腸炎合併大腸癌のサーベイランスの現状
 (畑 啓介・渡邉聡明)
 ・潰瘍性大腸炎(UC)合併大腸癌の疫学
 ・UCの罹患範囲とサーベイランスの対象
 ・サーベイランス開始時期
 ・サーベイランスの間隔
 ・狙撃生検か,ランダム生検か
 ・色素内視鏡と画像強調イメージング
 ・Dysplasia診断の問題点と治療方針
17.高齢者炎症性腸疾患の特徴
 (穂苅量太・他)
 ・高齢者の炎症性腸疾患(IBD)の疫学
 ・高齢者IBDの鑑別疾患
 ・若齢発症高齢化UCと高齢発症UCの違い
 ・高齢発症IBDの特徴
 ・高齢者併存疾患の影響と薬物相互作用
 ・高齢者IBDの癌サーベイランスに注意する点とは?
 ・高齢者への生物学的製剤使用の注意点
 ・高齢者IBD治療と悪性腫瘍発生率
 ・高齢発症IBDの治療ポイント
18.炎症性腸疾患に対する外科治療の最近の動向と位置づけ
 (杉田 昭・小金井一隆)
 ・潰瘍性大腸炎(UC)
 ・クローン病(CD)
19.潰瘍性大腸炎術後回腸嚢炎(pouchitis)の治療
 (舟山裕士・高橋賢一)
 ・回腸嚢炎の頻度
 ・回腸嚢炎の病態,病因,危険因子
 ・回腸嚢炎の症状,検査所見
 ・回腸嚢炎の診断基準
 ・回腸嚢炎の分類
 ・回腸嚢炎の治療
20.新・指定難病助成制度により炎症性腸疾患の診療はどう変わるか
 (横山純二・寺井崇二)
 ・難病法
 ・指定難病助成制度
 ・医療費助成制度のおもな変更点
 ・新助成制度における“特例”とは
 ・炎症性腸疾患(IBD)における医療費助成制度
 ・IBDにおける“軽症高額”の特例
 ・新助成制度下でのIBD診療における注意点と問題点

 サイドメモ
  罹患率と有病率
  ImmunoChip
  短鎖脂肪酸
  糞便微生物移植(FMT)
  間葉系幹細胞移植
  粘膜治癒
  Treat-to-target
  C反応性蛋白(CRP)
  大腸カプセル内視鏡(CCE)
  最新のクローン病(CD)診療ガイドライン
  成分栄養療法と経腸栄養療法の意味の違い
  サーベイランス内視鏡の歴史
  炎症性腸疾患(IBD)と過凝固状態