やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 長船健二
 京都大学iPS細胞研究所増殖分化機構研究部門
 2006年京都大学山中らのマウスiPS細胞樹立からわずか8年後の昨年(2014)秋に,ついにわが国において世界初のiPS細胞を用いた臨床研究である網膜細胞シート移植が開始された.その間,ヒトiPS細胞の樹立,ゲノムへの組込みのない安全なiPS細胞樹立法の確立,さまざまな細胞種・組織の分化誘導技術やさまざまな疾患に対する細胞移植法の開発,疾患特異的iPS細胞を用いた疾患モデル作製などの研究が進展した.さらに,2012年にはアメリカで行われたヒトES細胞由来網膜細胞の移植によって網膜疾患の患者の視力が回復し,ヒトES細胞を用いた再生医療の治療効果がはじめて報告された.わが国においても再生医療用iPS細胞バンクの構築も進められ,また,社会的にも改正薬事法(医薬品医療機器法),再生医療安全性確保法(再生医療新法),再生医療推進法の再生医療関連3法の整備が進み,これらの3法案が再生医療の発展を加速させることが期待されている.また,国家の成長戦略においてもiPS細胞を用いた再生医療が重点分野として掲げられ,大きな期待を集めている.このような再生医療の実現に向けて世の中が急速に進んでいる状況のなか,わが国の幹細胞研究にとって節目の年である2014年から2015年の時点におけるiPS細胞研究の最前線について焦点をあてて企画を組んだ.本連載「iPS細胞研究最前線―疾患モデルから臓器再生まで」においては,iPS/ES細胞研究におけるさまざまな臓器・疾患に対する分化誘導技術および再生医療(細胞移植療法)の開発研究,疾患モデル作製研究の現状について網羅すべく,同研究領域をリードするわが国の研究者に玉稿を執筆いただいた.2014〜2015年時点の幹細胞・再生医学研究のスタンダードとして,後世の知見との比較対象との位置づけとしても考えていただきたい.読者の皆様のiPS細胞研究の知識の整理のために週末に読んでいただければ幸甚である.
 はじめに(長船健二)
臨床研究に向けた再生医療開発・研究
1.脊髄損傷に対する神経前駆細胞移植治療
 (西山雄一郎・岡野栄之)
 ・細胞移植治療
2.パーキンソン病に対するドパミン神経細胞移植―パーキンソン病の臨床研究に向けて
 (元野 誠・高橋 淳)
 ・胎児中脳細胞を使った細胞移植治療
 ・胎児中脳細胞に代わるあらたな細胞源
 ・臨床研究に向けての課題
3.ヒトiPS細胞を用いた血小板・赤血球製剤の開発
 (中村 壮・江藤浩之)
 ・ヒトES/iPS細胞からES/iPS-sacを介した血小板誘導技術
 ・ヒトES/iPS細胞由来不死化巨核球細胞株の作製
 ・不死化巨核球細胞株の成熟
 ・ヒトES/iPS細胞由来不死化赤芽球株の樹立
 ・不死化赤芽球株の成熟
4.末期変性網膜に対するES/iPS細胞由来網膜シート移植
 (万代道子)
 ・視細胞移植の背景
 ・マウスでの前臨床試験
 ・臨床応用と将来の応用可能性
5.iPS細胞を用いた難治性角膜疾患に対する再生医療開発
 (林 竜平・西田幸二)
 ・角膜上皮疾患と再生医療
 ・iPS細胞を用いた角膜上皮再生医療
 ・角膜内皮の再生医療
6.iPS細胞を用いた心臓再生医療の現状と課題
 (藤田 淳・福田恵一)
 ・iPS細胞 ・心筋細胞の純化精製
 ・心筋細胞分化 ・心筋細胞の移植戦略
 ・心筋細胞の大量培養 ・移植治療の問題点
7.iPS細胞による心筋再生と創薬スクリーニング
 (澤 芳樹)
 ・拡張型心筋症とは
 ・細胞シート技術による心筋再生治療法の開発
 ・重症拡張型心筋症に対する自己筋芽細胞シートによる心筋再生治療
 ・iPS細胞による心筋再生治療と創薬スクリーニング応用への期待
8.ヒトES細胞を用いた先天性代謝異常症に対する再生医療
 (梅澤明弘)
 ・ヒトES細胞を原材料とした製剤開発
 ・再生医療等安全性確保法におけるES細胞を原料とする細胞製剤
 ・医薬品医療機器等法におけるES細胞を原料とする細胞製剤
 ・ヒトES細胞を原料とする高アンモニア血症に対する細胞製剤開発
 ・効力を裏づけ試験
 ・細胞製剤投与技術の標準化
 ・骨髄移植に学ぶこと
9.細胞リプログラミング技術と軟骨疾患研究
 (妻木範行)
 ・内軟骨性骨化と関節軟骨,成長軟骨
 ・関節軟骨損傷に対する再生治療へのiPS細胞技術の応用
 ・成長軟骨疾患に対するiPS細胞疾患モデルの応用
 ・ダイレクト・リプログラミングによる軟骨細胞の誘導
10.ヒト多能性幹細胞を用いたDuchenne型筋ジストロフィーの細胞移植治療法の開発
 (成田麻子・武田伸一)
 ・DMDに対する治療と現在進行中の治療研究
 ・筋ジストロフィーに対する細胞移植治療研究の歴史:筋芽細胞移植はなぜ不成功に終わったか
 ・難治性筋疾患の再生医療への期待
 ・ヒトiPS細胞から骨格筋幹・前駆細胞の分化誘導する技術
 ・細胞移植か骨格筋組織移植か
 ・自家細胞移植(Autologous cell transplantation)か治療用iPS細胞バンクの活用か
11.iPS細胞を用いたヒト臓器創出技術の開発
 (谷口英樹・武部貴則)
 ・再生医療研究における最近のブレイクスルー
 ・ヒト器官原器創出法の開発
12.iPS細胞を用いた糖尿病に対する膵β細胞置換療法の開発戦略
 (興津 輝・他)
 ・iPS細胞からの体外での膵β細胞再生
 ・iPS細胞からの体外での膵島組織再生
 ・再生膵β細胞,再生膵島組織を臨床応用するための周辺技術
13.iPS細胞を用いた免疫細胞のin vitro再生
 (金子 新)
 ・T細胞の再生 ・骨髄球系の免疫細胞の再生
 ・その他の免疫細胞の再生 ・胸腺再生
14.iPS細胞からの心血管系への分化誘導
 (升本英利・山下 潤)
 ・ヒトiPS細胞からの効率的心筋細胞分化誘導法
 ・特異的細胞表面抗原VCAM-1を用いた心筋細胞純化法
 ・ヒトiPS細胞からの心筋細胞および血管構成細胞同時誘導法
 ・ヒトiPS細胞由来心臓組織シートを用いた再生医療への展望
15.iPS細胞を用いた腎疾患に対する再生医療開発
 (前 伸一・長船健二)
 ・多能性幹細胞から腎臓への分化誘導 ・疾患特異的iPS細胞
 ・ダイレクトリプログラミング ・化合物の大規模スクリーニング
 ・腎疾患に対する細胞療法 ・胚盤胞補完法
16.iPS細胞を用いた視床下部・下垂体の再生に向けて
 (須賀英隆)
 ・マウスES細胞からヒトES細胞,そしてヒトiPS細胞へ
 ・SFEBq法
 ・マウスES細胞から視床下部バゾプレシンニューロンの誘導
 ・ヒトの中枢性尿崩症は難病指定され,生涯にわたり尿量調節に難渋する
 ・マウスES細胞から下垂体前葉細胞への分化誘導
 ・2種類の層を形成
 ・マウスES細胞からラトケ嚢への自己組織化
 ・ホルモン産生細胞への分化
 ・上位ホルモンによる支配とネガティブフィードバック
 ・下垂体機能不全モデルマウスへの移植
 ・ヒトの下垂体前葉機能低下症も根治療法は未確立
 ・ヒトへの展望
17.ES/iPS細胞を用いた内胚葉細胞(膵,肝,小腸)への分化誘導
 (白木伸明・粂 昭苑)
 ・胚性幹細胞から膵・肝・小腸へ
 ・支持細胞を用いた膵・肝・小腸への分化誘導
 ・低分子化合物スクリーニング
 ・異種成分不含(ゼノフリー)培養システムの構築
 ・メチオニン除去培地による分化促進
 ・細胞の純化
 ・中間細胞の維持および増幅
18.多能性幹細胞を起点とした始原生殖細胞の誘導
 (中木文雄・斎藤通紀)
 ・in vivoにおけるマウスPGCsの運命決定 ・体外培養系を利用した機能解析
 ・マウス多能性幹細胞からのPGC様細胞の誘導 ・今後の展開
19.iPS細胞を用いた三次元臓器の作製
 (宮本竜之・中内啓光)
 ・発生ニッチと胚盤胞補完法 ・外来性の膵をもったキメラブタの作出
 ・胚盤胞補完法による膵の作製 ・目的臓器以外へのヒト細胞の分化を防ぐ方法
 ・異種キメラの作製 ・今後の課題
 ・膵欠損ブタを作製
20.発生機構の解析から挑むiPS細胞からの腎臓三次元再構築
 (太口敦博・西中村隆一)
 ・腎臓発生の概略と三次元再構築への基本戦略
 ・腎臓の初期発生過程とネフロン前駆細胞の起源
 ・後腎間葉は下半身(尾部体幹)の一部として形成される
 ・多能性幹細胞からネフロン前駆細胞の分化誘導
 ・誘導腎前駆細胞からの三次元腎組織再構築
 ・“機能する腎臓”の再構築に向けた課題と展望
21.細胞シート工学とiPS細胞技術を用いた再生医療開発
 (松浦勝久・岡野光夫)
 ・細胞シート工学 ・iPS細胞大量培養技術
 ・血管網付与による三次元心筋組織構築 ・iPS細胞由来心筋組織工学
患者由来iPS細胞を用いた疾患モデル作製研究
22.患者由来iPS細胞を用いた神経疾患研究
 (津下 到・他)
 ・遺伝子修復に基づくコントロールiPS細胞
 ・神経疾患iPS細胞とisogenic control iPS細胞
 ・遺伝子改変技術によるノックイン・ノックアウトを用いた神経疾患iPS細胞解析
 ・遺伝子改変技術を用いた疾患モデリングの課題
23.患者由来iPS細胞を用いた疾患モデル作製研究:血液免疫疾患
 (齋藤 潤)
 ・iPS細胞と分化系
 ・血液・免疫疾患の疾患特異的iPS細胞を用いた研究
24.患者由来iPS細胞を用いた疾患モデル作製研究:骨軟骨疾患
 (戸口田淳也・池谷 真)
 ・創薬に向けての基本事項 ・各疾患の研究状況
25.患者由来iPS細胞による筋疾患モデル作製
 (櫻井英俊)
 ・iPS細胞からの骨格筋細胞への分化誘導
 ・三好型ミオパチー患者由来iPS細胞を用いた病態モデル
 ・Duchenne型筋ジストロフィー患者由来iPS細胞を用いた病態モデル
 ・その他の筋疾患患者由来iPS細胞研究の状況

 サイドメモ目次
  幹細胞
  ジスキネジア(dyskinesia)
  Duchenne型筋ジストロフィー
  TCR遺伝子再構成とTCR遺伝子治療
  拡張型心筋症・虚血性心筋症
  温度感受性培養皿
  プラコード
  胚性内胚葉への分化
  代謝の違いに着目した分化制御
  PGCsにおけるエピゲノムリプログラミング
  胚盤胞補完法
  体軸幹細胞
  後方中間中胚葉
  多能性幹細胞のゲノム編集
  ドラッグリポジショニング