やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 神崎秀陽
 関西医科大学産科学婦人科学
 生殖医療は生殖生物学・医学の基礎研究進展に伴い着実に進歩・発展してきており,不妊診療の現場では体外受精を主とする生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)が急速に普及してきている.1978年のイギリスにおける第一児出産の成功以来,全世界でこれまで300万人以上の体外受精児が生まれていると推計され,現在ではわが国でも出生児の30〜35人に1人は体外受精で妊娠した妊婦からの出産である.
 周産期や新生児医療への影響から大きな問題となっていた多胎妊娠は,学会主導の移植胚数の制限によって改善されつつあるが,一方で女性の晩婚化傾向による卵子加齢問題,染色体異常などがクローズアップされ,最近のわが国における体外受精治療成績はかならずしも満足できるレベルで推移していない.そのため内分泌学,細胞生物学,遺伝学,再生医学などさまざまな領域での新知見を組み入れ,配偶子形成と成熟機構,受精機構,胚発育環境,着床などの基礎研究のさらなる深化による発展を基盤とした治療効率の改善が強く求められている.
 本特集では,まず生殖医学の最新研究について,今後の治療成績向上に向けとくに重要と思われるトピックス,すなわち生殖内分泌学の新知見,配偶子の形成・成熟機構とその質の評価法,加齢への対応策の可能性,さらには生殖補助医療が児に与える影響などについて,第一人者である研究者の方々に解説していただき,配偶子再生医療および子宮移植の将来展望などについても執筆していただいた.そして実地診療の最前線を産婦人科医のみならず他科医師にもご理解いただけるよう,卵巣刺激法から採卵,受精,胚培養・凍結,胚移植,黄体期管理などの各ステップについて,治療成績向上に努力しておられる生殖医療専門医の方々に解説していただき,また最近,社会的にも注目されている卵子・卵巣の凍結や着床前遺伝子診断,配偶子提供の概略とその問題点などについても執筆していただいた.
 晩婚化や未婚化に伴いわが国が迎えようとする少子高齢社会への対応策のひとつとして,現状の生殖医療の限界を打破してさらに進歩・発展することが望まれている.それには当該領域の基礎研究や実地診療技術の進歩のみならず,一般社会や行政の理解も必要である.本特集によって,多様な問題点をも包含している生殖医学・医療の最前線の現状を読者の方々に認識していただければ幸いである.
 はじめに(神崎秀陽)
生殖医学研究の最前線
1.生殖内分泌学研究の最前線―視床下部-下垂体-性腺系
 (峯岸 敬)
 ・生殖機能制御の中枢からの関与 ・炎症と卵胞発育
 ・卵子減数分裂の制御に関して ・生殖機能とエピジェネティクス
2.排卵期における顆粒膜細胞分泌因子の発現・分泌制御機構とその生理的役割
 (島田昌之・山下泰尚)
 ・顆粒膜細胞におけるEGF like factorの発現調節機構
 ・顆粒膜細胞と卵丘細胞におけるEGF-like factorの作用機序
 ・顆粒膜細胞と卵丘細胞におけるERKの役割
 ・顆粒膜細胞と卵丘細胞におけるCa2+の役割
 ・EGF-like factorの機能を調節するNeuregulin
3.酸素消費測定による胚の品質評価―超高感度細胞呼吸測定装置の開発と不妊治療における臨床応用
 (阿部宏之)
 ・形態観察および代謝物質測定による胚評価 ・酸素消費測定による胚評価
 ・受精卵呼吸測定装置の開発 ・不妊治療における臨床応用
 ・単一胚の酸素消費測定
4.精子の発生と成熟機構
 (江夏徳寿・藤澤正人)
 ・精子形成
 ・精細管のステージ分類
 ・精子形成の可逆性
 ・精子形成におけるSertoli細胞の役割
 ・精巣上体における精子の成熟
 ・精子の受精能獲得(capacitation)
 ・視床下部-下垂体-精巣を軸とした精子形成調整機構
 ・精巣局所での精子形成調整機構
5.精子の質評価―精子の構造と精能の評価
 (年森清隆・伊藤千鶴)
 ・精子の構造と機能 ・精子核
 ・精子の機能ドメイン ・先体
 ・精子細胞膜 ・頸部(結合部)
 ・精子細胞質 ・鞭毛(尾部)
 ・今後の精子の質評価法に向けて
6.生殖細胞質移植,核置換―加齢・遺伝子異常解決への可能性
 (細井美彦)
 ・生殖医療と発生工学技術の応用
 ・初期胚発生におけるミトコンドリアの役割
 ・生殖細胞質置換と核置換を取り巻く技術の展開
 ・加齢・遺伝子異常解決への応用展望
7.精子形成障害への遺伝子治療―臨床応用への可能性
 (梅本幸裕)
 ・不妊関連遺伝子 ・今後の展望
 ・精巣内遺伝子導入
8.生殖補助医療とエピジェネティクス異常
 (千葉初音・有馬隆博)
 ・インプリンティングの確立
 ・ARTと先天性インプリンティング異常症
 ・先天性インプリンティング異常症とARTとの関連性
 ・ART出生児のインプリンティング異常症のメチル化インプリントの特徴
 ・ART出生患児の臨床症状の特徴
9.子宮移植―臨床応用をめざして
 (木須伊織・阪埜浩司)
 ・子宮移植の背景 ・子宮移植の課題
 ・子宮移植における対象者(レシピエント・ドナー) ・代理懐胎と子宮移植
 ・臨床応用をめざした今後の取組み
 ・子宮移植の現状
10.生殖幹細胞からの配偶子形成
 (高井 泰)
 ・精巣組織からの精子幹細胞の分離と精子の産生
 ・卵巣組織からの卵子幹細胞の分離
 ・卵子幹細胞からの卵子の産生
 ・“卵子幹細胞”に対する懐疑論
 ・ES細胞やiPS細胞からの生殖幹細胞の誘導と配偶子の産生
 ・生殖幹細胞の臨床応用
 ・生殖幹細胞研究の今後の課題
生殖補助医療(ART)の最前線
11.調節卵巣刺激―各排卵誘発法の特徴
 (山崎幹雄・他)
 ・自然周期(natural cycleまたはmodified natural cycle)による排卵誘発法
 ・クロミフェンによる排卵誘発法
 ・ゴナドトロピンによる排卵誘発法
12.採卵―いかにして安全に良質の卵子を獲得するか
 (京野廣一)
 ・生殖補助医療(体外受精・顕微授精,未成熟卵子の成熟体外培養)の説明・同意書
 ・採卵に使用する資材
 ・採卵のタイミング
 ・麻酔法と実際
 ・採卵の実際
 ・採卵時・採卵後の合併症
13.受精と受精障害
 (蜩c 薫・菅沼亮太)
 ・体外受精(IVF)での受精 ・ICSIでの受精障害
 ・IVF後の完全受精障害 ・ICSIの受精障害への対策
 ・顕微授精(ICSI)での受精 ・特殊な受精障害のケース
14.体外受精におけるヒト胚の培養・凍結
 (向田哲規・岡 親弘)
 ・IVF-ETの基本と臨床ラボラトリー ・低温保存の基本
 ・胚培養 ・低温保存法の変遷
 ・胚培養液 ・凍結方法の実際
 ・胚培養環境 ・ヒト胚の低温保存法の現状と今後の展開
 ・胚凍結
15.胚の選別・移植
 (齊藤和毅・齊藤英和)
 ・胚の評価 ・今後の課題
 ・胚移植
16.黄体期・妊娠初期の管理
 (岡田英孝・神崎秀陽)
 ・卵巣黄体機能調節
 ・子宮内膜機能調節
 ・ARTにおける黄体期・妊娠初期管理の必要性
 ・黄体期・妊娠初期管理に使用する薬物
 ・黄体期・妊娠初期管理法
17.高度乏精子症・無精子症への治療戦略
 (飯島将司・岡田 弘)
 ・精液検査の基準値と分類 ・精索静脈瘤に対する治療
 ・男性不妊症の原因 ・非閉塞性無精子症に対する治療
 ・検査 ・高度乏精子症に対する対応
 ・Y染色体微小欠失
18.卵巣刺激を必要としない未成熟卵子を用いた体外受精法の原理と実際
 (福田愛作)
 ・IVM-IVFにおける未成熟卵と,IVFで得られた未成熟卵との相違点
 ・IVM-IVFの実際
 ・治療成績
19.卵巣組織凍結・移植―新しい妊孕性温存療法
 (洞下由記・鈴木 直)
 ・妊孕性温存の現状
 ・妊孕性温存の方法
 ・卵巣組織凍結
 ・卵巣組織凍結の重要性―小児にとっては唯一の妊孕性温存方法
 ・卵巣組織凍結保存の適応疾患―微小残存病変の問題
 ・卵巣組織の凍結方法―新しいガラス化法の可能性
 ・卵巣組織凍結の将来
20.着床前遺伝子診断(PGD)
 (末岡 浩)
 ・PGDの目的と変遷 ・遺伝子診断技術
 ・生殖補助技術
21.配偶子提供―現況と課題
 (久具宏司)
 ・精子提供の実態 ・配偶子提供の適応
 ・卵子提供の実態 ・生まれてくる子の立場
 ・配偶子提供に伴う医学的リスク

 サイドメモ
  Johnsen score
  エピジェネティクス(エピゲノム情報)
  先天性インプリンティング異常症
  卵巣中の卵子幹細胞(OSCs)の生理的役割に関する仮説
  1980年代前半の採卵方法
  受精のメカニズム
  受精後のイベント
  タイムラプスモニタリング
  ART安全管理システム
  不妊治療と多胎
  子宮内膜のプロゲステロンレセプター発現
  閉塞性無精子症への対応
  低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(MHH)
  日本がん・生殖医療研究会(JSFP)
  IVFからIVG-IVMへ