やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 坂口志文
 大阪大学免疫学フロンティア研究センター実験免疫学
 正常な免疫系は病原微生物などの非自己抗原に反応し,これを駆逐するが,自己抗原に反応することはなく正常自己組織を傷害することはない.この自己に対する免疫不応答,すなわち免疫自己寛容が正常個体でどのように確立され,どのように維持されるかについての理解は,免疫学のみならず現代医学の重要研究課題である.制御性T細胞(Regulatory T cell:Treg)は1980年代に,正常動物から特定のT細胞群を除去するとヒトの自己免疫病と酷似した病変が自然発症し,このT細胞群を補えば発症を阻止できる実験事実をもとに,その存在が示唆された.この結果が意味するのは,正常個体中には自己免疫病を起こすリンパ球のみならず,これを抑制的に制御するリンパ球が存在し,免疫自己寛容が両者の均衡に依存している可能性,そしてその異常は自己免疫病の直接的原因となる可能性である.
 1990年代にはTregを他のT細胞から区別できる細胞表面分子としてCD25が同定され,またTreg抑制活性の簡便な試験管内測定法が開発され,両者が相まってヒトのTregの同定につながった.さらに,2000年代初頭に,Tregの発生・機能を特異的に制御する転写因子FoxP3が同定され,Tregの発生・機能に関する分子レベルの理解が大幅に進展した.同時に,ヒトFoxP3遺伝子の突然変異はTregの欠損,機能異常を起こし,IPEX症候群としてさまざまな自己免疫病,アレルギー,炎症性腸炎を惹起することが明らかとなり,Tregの免疫自己寛容,免疫恒常性維持における重要性が広く認められることとなった.
 現在,制御性T細胞の発生・機能を,細胞,遺伝子レベルで操作し,ヒトの自己免疫病,アレルギーなどの免疫疾患の治療,腫瘍免疫の惹起,臓器移植における免疫寛容の誘導,免疫抑制などに応用すべく,世界的に活発な研究が進んでいる.本特集では,Treg研究の現状,そしてヒト免疫疾患の治療・予防への展望について紹介する.
 はじめに(坂口志文)

Tregの基礎研究
1.Nr4a核内受容体とTGF-βによるFoxp3の誘導機構
 (関谷高史・吉村昭彦)
 ・TGF-βによるiTregの誘導
 ・NR4a2によるFoxp3の誘導
 ・Nr4aファミリー分子をすべて欠損させたマウスではTregは発生せず,全身性の自己免疫疾患を発症する
 ・各Nr4aファミリー因子は相補的に胸腺Treg発生に寄与する
 ・Nr4aは自己反応性の強度に応じた胸腺CD4+T細胞運命決定を担う
 ・Nr4aはネガティブセレクションに機能する
2.制御性T細胞の系列安定性
 (堀 昌平)
 ・Treg分化におけるFoxp3の役割
 ・Foxp3+T細胞の可塑性
 ・可塑性をめぐる論争
 ・Foxp3+T細胞の不均一性
 ・TregにおけるFoxp3発現の記憶
3.Treg発生におけるエピゲノムの役割―Treg発生はTregエピゲノムの形成とFoxp3発現により成立する
 (島津 裕・大倉永也)
 ・Treg機能発現におけるFoxp3の位置づけ
 ・Foxp3遺伝子のエピジェネティクス制御
 ・Treg型遺伝子発現におけるエピゲノムの役割
 ・Treg細胞におけるヒストン修飾
 ・Treg特異的な脱メチル化とitl遺伝子の関連
 ・Tregの可塑性と安定性におけるエピジェネティックの役割
 ・今後の展開
4.胸腺におけるTreg発生
 (松本 満・森本純子)
 ・胸腺内Tregの産生機構
5.TCR刺激とTreg
 (清水 淳)
 ・TregにおけるTCR刺激の役割
 ・Tregによる免疫応答の制御
 ・Treg様抗体の樹立の試み
 ・T細胞の活性化を抑制できる抗体の樹立
6.レチノイン酸によるTregの分化と機能の制御
 (岩田 誠)
 ・腸関連組織におけるレチノイン酸の産生
 ・Treg誘導と機能維持へのレチノイン酸の影響
 ・レチノイン酸によるFoxp3+iTreg分化誘導促進の機序
 ・ビタミンA欠乏とRARαのT細胞活性化における役割
 ・レチノイン酸による炎症抑制とホーミング制御
7.CD4+CD25-LAG3+制御性T細胞による免疫制御
 (岡村僚久・他)
 ・免疫学的恒常性維持における制御性T細胞の役割
 ・CD4+CD25-LAG3+制御性T細胞
8.Toll-like receptor(TLR)と制御性T細胞(Treg)
 (志馬寛明・瀬谷 司)
 ・TLR概説(分布・シグナル)
 ・サイトカインによるTregs機能調節
 ・TLRsによるDCを介したTregs機能調節
 ・TregsにおけるTLR発現と機能調節
 ・TLRシグナルが関与する病態とTregsとの関係
 ・癌におけるTregsとTLRアゴニストを用いた抗癌免疫アジュバント療法
9.樹状細胞とTreg
 (佐藤克明)
 ・樹状細胞の分類
 ・Treg細胞の分類
 ・ヒト樹状細胞によるTreg細胞の増幅と誘導
 ・マウス樹状細胞によるTreg細胞の増幅と誘導
Tregと臨床
10.自己免疫疾患と制御性T細胞
 (山崎小百合・森田明理)
 ・胸腺由来のnaturally occurring Treg(thymic-derived Treg:tTreg)は臓器特異的自己免疫疾患を抑制する
 ・樹状細胞で増殖した抗原特異的Tregは自己免疫性糖尿病やGVHDを抑制する
 ・Peripheral induced Treg(pTreg)も樹状細胞で効率よく誘導される
 ・樹状細胞サブセットで誘導されたTregで自己免疫性疾患を抑制する
 ・口腔由来樹状細胞はTregを増殖誘導し,免疫寛容の維持にかかわっている―口腔を場とした自己免疫疾患の制御の可能性
 ・自己免疫疾患とTreg機能異常―Treg機能解析で注意すること
 ・Tregによる自己免疫疾患の治療の展望―樹状細胞で誘導した抗原特異的Tregの利用の可能性
11.動脈硬化症における制御性T細胞の役割
 (佐々木直人・平田健一)
 ・動脈硬化の発症・進展の機序
 ・動脈硬化症における制御性T細胞の役割
 ・動脈硬化症にかかわる他の循環器疾患・代謝疾患における制御性T細胞の役割
 ・制御性T細胞を介した免疫応答を高めることによる動脈硬化治療法・予防法
 ・制御性T細胞による動脈硬化抑制の分子機序
 ・ヒトの動脈硬化性疾患における制御性T細胞の役割
12.ヒトT細胞白血病ウイルス1型と制御性Tリンパ球
 (松岡雅雄・佐藤賢文)
 ・成人T細胞白血病(ATL)細胞の由来
 ・HTLV-Iのウイルス学
 ・HBZの機能
 ・HBZはFoxp3と結合して制御性Tリンパ球の機能を抑制する
 ・HTLV-I感染者におけるFoxp3発現
 ・HTLV-I感染者で増加しているFoxp3+細胞
13.臓器移植と制御性T細胞
 (森川洋匡)
 ・臓器移植と制御性T細胞
 ・移植片拒絶のメカニズム
 ・Linked suppressionとInfectious tolerance
 ・制御性T細胞を用いた寛容誘導に関する基礎実験
 ・ヒトのTregを用いた臨床応用
 ・臨床応用にあたっての考慮すべき点
14.Tregs制御による抗腫瘍免疫応答増強の可能性―抗腫瘍免疫応答の抑制解除
 (西塔拓郎・西川博嘉)
 ・抗腫瘍免疫におけるTregの関与
 ・Tregsの免疫抑制機構
 ・Tregsの抗原特異性
 ・Tregsの腫瘍内集積メカニズム
 ・Tregsを標的とした免疫療法
15.腸管誘導Treg
 (本田賢也)
 ・全貌解明が進む腸内細菌
 ・腸内細菌の構成異常と炎症
 ・特徴ある消化管免疫システム
 ・腸内細菌とTreg細胞
16.制御性T細胞を標的とした創薬開発
 (杉村杏子・戎野幸彦)
 ・Treg細胞とは
 ・Treg細胞をターゲットとする創薬戦略の歩み
 ・Treg細胞をターゲットとした創薬の現状
 ・Treg細胞をターゲットとする創薬戦略のこれから
 ・Treg細胞の抑制能の回復を促す創薬への道のり

 サイドメモ
  エピゲノムと遺伝子発現
  Aire
  Promiscuous(でたらめな)gene expression
  RALDH2の正式名
  ビタミンA欠乏マウス
  PAMP/DAMP
  Pam2リポペプチド
  抗原提示細胞(APCs)
  急性冠症候群と不安定プラーク
  動脈硬化モデルマウス
  ヒトレトロウイルス