やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 波利井清紀
 杏林大学医学部形成外科学教室,東京大学名誉教授
 “創傷”は最古より存在する身体の損傷疾患であり,紛争や戦争による創傷,交通外傷や熱傷など身体の表層(皮膚)のみならず,深部重要臓器・器官に達するものまで,その範囲は非常に広い.また創傷は,外傷などによる新鮮創から褥瘡などに代表されるような慢性・難治性創傷まで,一概に“創傷”といっても治療法や治癒期間においてその状態は大きく異なるものである.とくに近年において,先進各国の平均寿命は年々長くなっており,高齢化に伴う褥瘡の発生,糖尿病や末梢血管障害による四肢の壊疽(重症下肢虚血:critical limb ischemia)の発生など,いわゆる難治性創傷の急増も大きな問題となってきている.
 一方,“創傷治療”そのものの概念も旧来の乾燥−痂皮−上皮化という治癒プロセスに対して,1970年初頭よりWinterが動物実験で立証した“湿潤環境下での上皮化の促進”という概念が,臨床においても幅広く支持されるようになった.そして1980年代以後は,moist wound healingを実践するためにハイドロコロイド,ハイドロジェル,アルギン酸やフィルム材など各種の創傷被覆材が世界中で販売されるようになった.しかし,これら被覆材の使用法が適切でないと,かえって創感染が重篤化し上皮化の促進とは逆の結果になることも,創傷被覆材の功罪(pros/cons)として知っておく必要もある.
 また,慢性潰瘍の治療法においても1990年代後半,MorykwasとArgentaは褥瘡など慢性創面の滲出液や老廃物を吸引排出し,創収縮と上皮化をはかる局所陰圧閉鎖療法機器(V.A.C.ATSR,アメリカKCI社)を作製した.これにより,それまで治療に難渋していた深い褥瘡や胸骨・縦隔炎などにも劇的な効果が認められ,わが国においても2010年4月より健康保険の適用を受けられるようになった.これらの治療法の進歩は,当然ながら“創傷”における細胞動態やサイトカインなどの基礎研究と切り離せるものではなく,世界中で創傷治癒学会が形成され,議論の行われているところである.
 本特集は,基礎から臨床,看護ケアまで幅広い領域のエキスパートに執筆をお願いし,現在における“創傷治療の最前線”をご紹介していただいたものである.
 はじめに(波利井清紀)
基礎から臨床応用まで
 1.創傷治癒の機序と難治性創傷(館 正弘・古和田 雪)
  ・創傷治癒の機序
  ・難治性創傷
  ・Critical colonization
 2.創傷治癒における湿潤環境―湿潤療法の普及から適応の時代へ(大慈弥裕之)
  ・ガーゼと近代的ドレッシング
  ・創傷治癒と細胞成分および液性増殖因子
  ・湿潤療法の利点
  ・湿潤療法と慢性創傷
  ・創傷被覆材の多様化
  ・急性創傷,慢性創傷の治療方針
 3.bFGF製剤の創傷治癒への効果と臨床応用(林田健志・秋田定伯)
  ・熱傷潰瘍における使用
  ・II度熱傷における使用
  ・人工真皮とbFGF製剤の併用使用
  ・広範囲熱傷症例
 4.幹細胞,細胞増殖因子の創傷治療への応用(水野博司)
  ・幹細胞を用いた創傷治癒
  ・増殖因子を用いた創傷治癒
 5.人工真皮の基礎と今後の展望(森本尚樹・鈴木茂彦)
  ・人工真皮とは
  ・人工真皮治療の現状
  ・人工真皮治療の展開
 6.培養表皮移植の確立と各種創傷への応用(大島秀男・熊谷憲夫)
  ・培養表皮移植による皮膚再生医療
  ・Scaffoldの必要性
 7.疼痛管理に基づいた創傷被覆材の選択(松崎恭一・熊谷憲夫)
  ・急性創傷治療の現状,その一例
  ・安易な創傷治療の継続が神経を可塑的に変化させる
  ・神経は可塑的に変化して情報を記憶する
  ・生命を守るための痛覚が生活の質(QOL)を低下させる
  ・疼痛評価と創傷治療
  ・疼痛管理と創傷被覆材の選択
 8.看護学はいかに創傷管理を変えてきたか?―創傷治療における看護学の進歩(真田弘美・長瀬 敬)
  ・専門領域としての“創傷看護学”の発展―皮膚・排泄ケア認定看護師の変遷
  ・褥瘡アセスメントツール・ガイドラインの作成と普及
  ・褥瘡を予防する―体圧分散マットレスの開発と普及
  ・創傷チーム医療の柱として看護学が果たしてきた役割
  ・これからの創傷看護学―看護学トランスレーショナルリサーチをめざして
  ・チームによる研究が看護学を変える
褥瘡
 9.褥瘡の発症と診断をめぐる最新のトピックス(宮地良樹)
  ・褥瘡の発症をめぐる最新のトピックス
  ・褥瘡の診断をめぐる最新のトピックス
 10.褥瘡治療の予防・管理ガイドライン(田中マキ子)
  ・ガイドラインの使命―歴史的流れを踏まえて
  ・ガイドラインの特徴と課題
  ・ガイドラインの実際
 11.褥瘡に対する今日の外科的治療―安全で質の高い褥瘡治療をめざして(佐野仁美・市岡 滋)
  ・手術適応
  ・一期的再建と二期的再建の適応
  ・手術前の創面の整備
  ・再建術
  ・手術の合併症と対策
  ・術後管理
 12.最新のスキンケア(溝上祐子)
  ・スキンケアに必要な皮膚の基礎知識
  ・予防的スキンケアの実際
下肢難治性潰瘍:糖尿病性病変,重症下肢虚血・静脈うっ滞性潰瘍
 13.糖尿病性足潰瘍と重症下肢虚血―その創傷概念と救肢の意義(寺師浩人・辻 依子)
  ・糖尿病性足潰瘍の創傷概念
  ・重症下肢虚血の創傷概念
  ・救肢の意義
 14.重症下肢虚血・壊疽の病態と治療―limb salvageのチーム医療(上村哲司・増本和之)
  ・重症下肢虚血の定義と病態
  ・CLIに伴う壊疽・潰瘍の診断と治療
  ・症例呈示
  ・痛みへの対応とメンタルケア―QOLを考えたチーム医療
  ・CLI発生の予防教育および再発予防のチーム医療
 15.重症下肢虚血に対する血管外科治療の進歩―糖尿病とPADの変化(佐藤 紀)
  ・血流と組織治癒
  ・疾患構造の変化
  ・重症阻血肢の治療法の選択
  ・最近の血行再建術
  ・通常のバイパスが不能な場合
  ・血行再建手術の問題点
  ・血行再建後の問題
 16.重症虚血肢に対する血管内治療―膝下動脈病変に対する血管内治療の重要性(宮本 明)
  ・CLIの病変特徴
  ・CLIに対するEVT
  ・膝下動脈に対するEVTの重要性
  ・膝下動脈に対するEVTの治療成績
 17.虚血性下肢壊疽治療におけるマイクロサージャリーの応用(田中嘉雄)
  ・外科的血行再建の目的と適応
  ・外科的血行再建の手術術式
 18.和温療法によるPADの治療(新里拓郎・鄭 忠和)
  ・和温療法とは
  ・末梢動脈疾患(PAD)に対する和温療法の効果とその機序
  ・和温療法を中心とした PADに対する包括的治療
  ・PADに対する和温療法の有用性と注意点
 19.静脈性潰瘍の診断と治療(八巻 隆)
  ・静脈性潰瘍の頻度
  ・静脈性潰瘍発生の原因
  ・慢性静脈不全症の診断
  ・重症慢性静脈不全症の予測因子
  ・静脈性潰瘍治療における最近の動向
急性創傷ほか
 20.広範囲重症熱傷患者に対する超早期手術の実際―デブリードマン法と創閉鎖法(仲沢弘明)
  ・(超)早期手術とは
  ・超早期手術の適応基準
  ・デブリードマン法
  ・創閉鎖方法
 21.手術部位感染創の管理(小山 勇)
  ・表層性 SSIの早期診断
  ・創の開放
  ・汚染創における遷延一次閉鎖(delayed primary closure)
  ・創における感染の制御
  ・創傷被覆材の適切な使用
  ・創の閉鎖
  ・閉鎖吸引療法
 22.ケロイドと肥厚性瘢痕の最新治療(小川 令)
  ・診断
  ・治療
新しい治療法
 23.マゴットセラピーによる慢性潰瘍の治療―そのメカニズムと運用の実際(桐木-市川園子・宮本正章)
  ・マゴットセラピー(maggot debridement therapy:MDT)とは
  ・マゴットセラピーの適応
  ・マゴットセラピーの実際
  ・マゴットセラピーの合併症
  ・マゴットセラピーの課題
 24.局所陰圧閉鎖療法―V.A.C.ATSR治療システム(大浦紀彦・他)
  ・NPWTの定義と臨床的・社会的背景
  ・NPWTの効果
  ・V.A. C.Rの治験成績
  ・V.A. C.Rの構成と使用方法
  ・NPWTの適応と禁忌
  ・局所陰圧閉鎖処置の保険上の留意点
 25.多血小板血漿(PRP)による慢性潰瘍の治療(楠本健司)
  ・PRP療法と慢性潰瘍
  ・PRPの調製と効能
  ・慢性潰瘍におけるPRPの種々の局所利用法
  ・慢性潰瘍に対するPRP療法の実際
  ・PRP療法の利点
  ・PRP療法の適応に考慮すべき状態
  ・PRP療法の今後の展望
 26.糖尿病性潰瘍に対する最新治療―血管内皮前駆細胞移植の現状と可能性(田中里佳・他)
  ・血管内皮前駆細胞(EPC)とは?
  ・EPCの創傷治癒への関与
  ・糖尿病とEPCの関係
  ・糖尿病性潰瘍に対するEPC移植
 27.新しいデブリードマン技術:Hydrosurgery―VERSAJETR Hydrosurgery Systemによるデブリードマンの有効性(松村 一)
  ・VersajetR Hydrosurgery Systemの仕組みと有用性
  ・Versajetの適応創面
  ・Versajet使用症例呈示
学会紹介
 28.第4回 世界創傷治癒学会連合会議(波利井清紀)
  ・世界創傷治癒学会連合会議創設の経緯
  ・WUWHS2012の開催

 サイドメモ目次
  難治性創傷におけるバイオフィルム形成
  デュロメータ(ゴム硬度計)
  培養表皮の製品化
  可塑性
  末梢神経の可塑的変化
  中枢神経の可塑的変化
  深部組織損傷(deep tissue injury:DTI)
  クリティカルコロナイゼーション(critical colonization)
  PICO
  AGREE評価法
  ASOとPAD
  足病医(Podiatrist)とは
  Venturi効果