やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 小嶋 純
 (独)国立成育医療研究センター病院小児医薬品開発推進センター
 日本大学医学部脳神経外科系神経科学分野
 現代の医学は遺伝子治療であったり臓器移植であったり,疾患によっては根本の治療が行われるようになってきた.また,医薬品も生物学的製剤(抗体医薬)の開発が進み,大きな効果を期待できるものが市場に出回っている.このような治療や医薬品は大人だけのものであろうか?けっしてそうではない.「人はすべて生まれながらにして生きる権利を有する」(国際人権規約第6条1項),また,日本国憲法第二十五条でも「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とされており,新生児から乳児,小児(学童),青年にも上述した治療や医薬品は与えられるのが当然である.しかし,現実はそのとおりではない.患児が服用できる剤形がない,患児の薬用量が決められていない,など問題は山積みであるが,現場の小児科医,薬剤師,看護師などの医療従事者の努力によってカバーされているのが本当のところである.
 昨年の2月より厚生労働省は「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」を開始し,小児の適応にかかわる問題などをすこしずつではあるが取り上げてきた.このようななかで,本誌『医学のあゆみ』において,小児用剤形を中心とした「本当は子どもに“使えない”薬の話」と題した連載を企画していただいた.この連載企画を組んだ理由は,いまでも困っている患児がいて,その患児に対して医療従事者は努力を払っていることを再認識していただき,1日でも早く改善されることを願うからである.まずは小児医療現場の多くの問題を理解され,ひとりでも多くの方々がこの問題の解決に手を差し伸べてくれることを期待する.
 なお,今回,あえて“使えない”とした意図は,問題意識を読者の方がたにもっていただきたいためである.

別冊化にあたっての追記
 本連載を行うにあたり多方面の先生方にご執筆をお願いしたところ,快くお引き受けいただき,無事に連載を完了することができた.改めて,この誌面をお借りして深く感謝を申し上げるところである.
 このたび,本連載を別冊としてまとめることになった.そこで,もう少し背景について述べることにより,それぞれの項目を取り上げた意図を感じていただきたい.
 本書をご覧いただければわかることではあるが,一口に「本当は子どもに“使えない”薬の話」といっても,いろいろなケースがある.なぜなら本来,子どもといっても新生児から乳児,幼児,小児(学童),青年といった成長過程にあるため,一口にいえない.また,どの年齢の子どもがおもに薬を服用するかで,剤形が決まっていくのであろうが,すべての年齢の子どもを対象にするのであれば,服用量が調整可能な水剤か粉薬になる.しかし,多くの薬剤は子ども向けに開発されていないため,成人用に開発された剤形から子どもに転用することとなり,その際に起こる問題がある.このため製薬会社には,成人用から子どもへの転用により生じる問題をご理解いただき,未来のある子どもたちのために小児用の製剤を開発していただきたいと切に願うものである.本書では最初の章で,剤形など薬の基本的な性状にともなう問題を概観し,つぎの章で疾患ごとの事例を取り上げた.
 また本書では,成人の薬を子どもに転用する場合の問題を明らかにするだけにとどまらず,その打開策についても触れた.しかし,すべてに打開策がすでにあるわけではなく,多くは問題が打開されず,そのままの状態である.打開策の糸口として医師主導の治験があり,本書でも過去に医師主導治験で承認を取得したケース,現在進行中のケース,そしてこれからスタートするケースを例として示した.また,企業および医師主導の治験がスムーズに行えるようなシステムづくりとして小児治験ネットワークが国の支援でつくられ,今後の小児医薬品の開発の起爆剤となることを期待する.
 とはいえ,医療の現場では今日も医療従事者の努力により,成人の薬剤が小児用に転用されている.この事実を多くの方々に知っていただき,一つでも多くの問題が改善されることを願って巻頭の言葉としたい.
 はじめに(小嶋 純)
第1章 子どもの薬をめぐる問題の基本
 1.(改訂)小児に使える剤形がない?(小嶋 純・米子真記)
  ・剤形の重要性
  ・小児に求められる剤形
  ・小児用製剤が求められている
  ・WHOの取組み
  ・小児医療現場では
  ・実際の例
  ・広義の適応外使用
  ・医師や看護師へのアンケート調査では
  ・錠剤の粉砕によるロス
  ・錠剤とその粉砕品
  ・こんな場合も
 2.子どもに使える薬とはなにか(土田 尚)
  ・本当は子どもに“使えない”薬とはなにか
  ・小児領域の医薬品開発のための欧米の取組み
  ・小児領域の医薬品開発のためのわが国の取組み
 3.患者の“くすり”の保管(米子真記・小嶋 純)
  ・薬の保管に関する注意点
  ・薬の保管環境
  ・薬の保管の実状
  ・薬の保管条件の根拠
  ・医薬品の安定性試験
  ・医薬品の有効期間
  ・小児用に調剤した薬の有効期間
  ・医療施設でも異なる
  ・小児用剤形の保管条件
  ・小児用に調剤したときの安定性試験
第2章 疾患別にみる課題とその打開
 4.頭部外傷の子どもの治療(森 達郎・五十嵐崇浩)
  ・小児頭部外傷の特徴
  ・急性硬膜下血腫と児童虐待
  ・周術期の管理
  ・薬剤投与の環境
 5.小児気管支喘息――衛生仮説と吸入ステロイドを中心に(加藤元一)
  ・衛生仮説(hygiene hypothesis)
  ・小児喘息における吸入ステロイド
 6.小児集中治療での薬物投与――微量持続静注薬剤をどう扱うか(宮坂勝之・鈴木康之)
  ・小児集中治療とは
  ・PICUでの薬物投与の問題
  ・小児の重症患者であること
  ・PICUでの薬剤投与の特異性
  ・PICUでの医師の薬剤処方――すべて一般名で重量指示にできないか?
  ・PICUでの薬剤投与の現状――臨床限界の0.1mlの問題
  ・小児ICUでの輸液ポンプの役割
  ・輸液ポンプの問題
  ・輸液ポンプ使用上の問題点――とくにシリンジポンプを例に
  ・シリンジポンプ――微量の限界
  ・シリンジポンプは注入開始(ON)してもすぐには注入は開始されない!
  ・投与薬剤調整――濃度優先か,体重優先か
 7.高血圧の子どもの治療(中川雅生・土田 尚)
  ・小児の高血圧
  ・治療
  ・小児降圧薬の使用実態調査
 8.(改訂)糖尿病の子どもの治療(八代智子・亀井淳三)
  ・糖尿病の現状と推移
  ・1型糖尿病
  ・小児2型糖尿病
 9.先天性巨大色素性母斑の治療――現行の治療の限界と自家培養表皮の適応拡大に向けて(金子 剛)
  ・先天性巨大色素性母斑の問題点
  ・現行の治療法とその問題点
  ・自家培養表皮移植の意義
第3章 子どもに“本当に使える”薬の開発のために
 10.小児医療を念頭においた非臨床開発の試み(鈴木 睦・他)
  ・背景
  ・小児医薬品開発に関連するガイドライン
  ・小児医薬品開発の流れ
  ・小児医薬品開発のための非臨床安全性試験の今後の展望
 11.味覚センサーを用いて飲みやすい子どもの薬をめざす(池崎秀和)
  ・味覚センサーの背景
  ・味覚センサー
  ・飲みやすい医薬品開発への応用
  ・EUでの動向
 12.自主臨床研究から治験へ(古賀靖敏)
  ・治験研究の前にそろえるべき項目(治験前インフラ整備)
  ・MELASの脳卒中様発作の成因・病態
  ・薬効の評価方法――臨床研究 vs.医師主導治験
 13.未承認薬を減らす医師主導治験――治験調整事務局での業務(齊藤秀和・鈴木健夫)
  ・小児領域医師主導治験を取り巻く実情
  ・医師主導治験での治験責任医師の業務
  ・治験責任医師業務の委託
  ・治験調整医師,治験調整委員会の設置
 14.(改訂)未承認薬を減らす小児治験ネットワーク――より有効でより安全な医薬品を子どもたちへ(栗山 猛・松井 陽)
  ・小児での医薬品使用の実態(適応外使用について)
  ・小児医薬品開発の現状
  ・小児治験ネットワーク
  ・治験基盤整備事業
  ・小児治験ネットワーク始動に向けた体制整備
  ・小児治験ネットワークの展望

 サイドメモ目次
  剤形
  粒度分布
  医薬品と薬,GMP,予製(剤)
  塩類喪失症候群(cerebral salt wasting syndrome)
  55年通知(保発第51号,昭和55年9月3日)
  医薬品の小児適応と健康保険適用,適応外使用
  医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議
  医薬品副作用被害救済制度