やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 菅野健太郎
 自治医科大学消化器内科
 消化管に限らず,癌研究の進歩はとどまるところを知らない.癌の発生臓器としてもっとも重要な消化管に関しても,腫瘍発生にかかわる遺伝子異常,遺伝子発現機構の異常に関するあらたな知見が飛躍的に増加している.とくに最近急激な研究の展開がみられるのがmiRNAに関する研究であり,それが遺伝子発現調節やメチル化など,分化や癌化など広範な生命現象に重要な働きをしていることがつぎつぎと明らかにされてきている.幹細胞に関する研究はおもに再生医学領域で脚光を浴びているが,形態形成にかかわる遺伝子の異常が腫瘍発生と密接に関連していることから腫瘍発生機構とも密接な関連性を有しており,腫瘍幹細胞の同定と性質の解明は化学療法を考えるうえできわめて重要である.本別冊では,これらの領域の最先端の研究に携わっている研究者に,現在の研究状況について解説をお願いした.
 消化管癌の診断・治療に関してもあらたな展開がみられる.内視鏡診断では精細画像,拡大観察,特殊光イメージが標準的になり,内視鏡下のConfocal Imagingも実用化され,in vivo imagingによる癌の質的診断が現実のものとなりつつある.従来,診断が困難であった小腸腫瘍に関してもカプセル内視鏡,ダブルバルーン内視鏡(DBE)の開発によって診断や治療が可能となってきている.内視鏡治療の適応も拡大され,さまざまな手技や器具が開発され,より大きな病変を安全確実に切除できるようになりつつある.さらに,Natural Orifice Transluminal Endoscopic Surgery(NOTES)の手技を用いて,全層切除など管腔側からアプローチするあらたな低侵襲治療への応用が進められている.
 進行胃癌や大腸癌に関しても手術+化学療法に関するあらたなエビデンスが示された.また,手術不能癌に対する化学療法は従来と比べ格段に向上した標準的治療が一般化し,これに加えあらたな分子標的薬がつぎつぎに臨床使用されてきている.これらの薬剤の標的分子自体が20〜30年前にはじめてクローニングされ,分子実体が解明されたことを考えると,その開発のスピードには驚きを禁じえない.古くから提唱されてきた癌免疫療法も,あらたな発想に基づいた技術開発によって現実に応用できるものとして期待されている.
 癌の予防に関しても,Helicobacter pyloriの除菌による胃癌の予防が可能であるという臨床データが蓄積されてきており,胃癌の多いわが国では除菌治療を国家施策として実施することが今後の重要な課題であろう.わが国で増加しつつある大腸癌,膵癌には,喫煙や肥満,運動不足など生活習慣病の側面からみた予防策を講じる必要もある.本別冊の最後には,消化管癌に関する最新のガイドライン情報を記載し読者の便宜に供した.
 本別冊は,わが国の消化管癌の研究,臨床のリーダーとして活躍中の諸先生に執筆をお願いし,きわめてレベルの高い最新の情報が提供されていると信じている.
 はじめに(菅野健太郎)
消化管癌発生メカニズム
 1.消化器癌におけるゲノム異常研究の現況―単一遺伝子変異から全ゲノム包括的変異解析への道(井上 裕・森 正樹)
  ・ゲノム遺伝子の点突然変異―癌遺伝子・癌抑制遺伝子の発見
  ・単一遺伝子変異解析から遺伝子ファミリー変異解析への視座の転換
  ・大腸癌・乳癌における包括的全ゲノム発現遺伝子シークエンス
  ・増幅・欠失データを加味した包括的ゲノム変異研究
  ・転座や逆位と固形癌
  ・まとめ
  ・今後の展望
 2.DNAメチル化と消化器癌(豊田 実・鈴木 拓)
  ・DNAメチル化による遺伝子サイレンシングの分子機構
  ・消化器癌の発生と進展におけるDNAメチル化の役割
  ・マイクロRNAのDNAメチル化異常
  ・DNAメチル化の診断への応用
 3.miRNAと消化器がん(中釜 斉)
  ・消化器がんにおける遺伝子異常
  ・がんにおける翻訳制御異常
  ・microRNA(miRNA)
  ・消化器がんにおけるmiRNAの発現異常
  ・大腸がん細胞株におけるmiRNA遺伝子の発現変化
  ・がん抑制的miRNAの機能スクリーニング
  ・miR-34aと大腸がん
 4.炎症と発癌(千葉 勉・丸澤宏之)
  ・H.pyloriの胃粘膜細胞に対する遺伝子変異導入機序
  ・AIDの炎症発癌における普遍性
  ・AID研究の重要性
  ・ジェネティックス,エピジェネティックス,そしてmicroRNA
 5.腸管上皮幹細胞と大腸癌幹細胞―研究最前線(油井史郎・他)
  ・正常腸管上皮の恒常性と幹細胞
  ・大腸癌幹細胞
消化管癌診断
 6.消化管癌の分子生物学的診断の現況(田中宏幸・藤盛孝博)
  ・食道癌
  ・胃癌
  ・大腸癌
  ・特殊な大腸癌(IBD cancer)と遺伝子検索による癌化高危険群選別のための方法
 7.消化器癌の内視鏡診断―消化器癌診断における拡大・画像強調内視鏡の今日,そして未来(相原 弘之・田尻 久雄)
  ・拡大内視鏡(magnifying endoscopy)
  ・画像強調内視鏡(Image-enhanced endoscopy)
  ・各臓器における拡大内視鏡および画像強調内視鏡の発展
 8.ダブルバルーン内視鏡(DBE)による小腸腫瘍の診断(岡 志郎・田中信治)
  ・DBE内視鏡システムと検査手順
  ・小腸腫瘍の頻度
  ・小腸腫瘍の内視鏡像
  ・DBE下超音波内視鏡検査
  ・当院におけるDBEによる小腸腫瘍診断の現況
消化管癌治療
 9.消化管癌に対する内視鏡治療の適応と進歩(三浦義正・山本博徳)
  ・内視鏡治療の変革―EMRからESDへ
  ・消化管癌の内視鏡治療の適応
  ・臓器別での適応と困難例への対処
 10.消化器癌治療へのNOTESの適応と限界(北野正剛・吉住文孝)
  ・NOTES臨床応用の現状
  ・わが国における臨床応用の現状
  ・現時点でのNOTESの適応と限界
 11.消化器癌腹腔鏡手術の最新トピックス(和田則仁・北川雄光)
  ・情報源
  ・大腸癌
  ・胃癌
 12.食道癌の外科的治療の変遷と集学的治療(森田 勝・前原喜彦)
  ・食道癌に対する外科的切除の現状とポイント
  ・教室での外科的切除1,000例の変遷
  ・食道癌に対する集学的治療
 13.大腸癌の外科治療・集学的治療(海野倫明)
  ・癌化学療法の進歩
  ・術後補助化学療法
  ・大腸癌肝転移症例に対する集学的治療
 14.胃癌の標準的化学療法(一,二次治療)―新規抗癌剤の評価を中心に(布施 望・大津 敦)
  ・一次化学療法
  ・二次化学療法
  ・二次治療以降において期待される分子標的薬
  ・今後の方向性
 15.大腸癌の分子標的療法(北山丈二・他)
  ・EGFR
  ・VEGFR
  ・その他の分子標的薬
 16.GISTの分子標的治療(杉山敏郎)
  ・GISTの診断と腫瘍化機序
  ・イマチニブによる長期治療成績
  ・イマチニブ耐性GISTの治療戦略
  ・遺伝子変異と治療効果
  ・アジュバント治療の有用性
消化管癌予防
 17.ヘリコバクター・ピロリ除菌による胃癌予防(浅香正博・加藤元嗣)
  ・H.pylori除菌による胃癌予防
 18.大腸がんスクリーニングの現状と課題(斎藤 博・他)
  ・便潜血検査による大腸がん検診
  ・精度管理の現状と問題点
  ・他のスクリーニング法のエビデンスと位置づけ
 19.肥満と消化管癌のリスク(池田文恵・飯田三雄)
  ・肥満と大腸癌
  ・肥満と食道癌
  ・肥満と胃癌
最新の規約・ガイドライン情報
 20.食道癌診断・治療ガイドラインを考察する(幕内博康)
  ・食道癌診断・治療ガイドラインの改訂ポイント
  ・食道癌診断・治療ガイドラインの概要
  ・食道癌診断・治療ガイドラインの評価
 21.胃癌取扱い規約と胃癌治療ガイドラインの改定に向けての動向(山口俊晴・佐野 武)
  ・取扱い規約とガイドラインの役割分担
  ・TNM分類の改定と取扱い規約
  ・新しい規約分類に沿った治療ガイドライン案
 22.大腸癌取扱い規約と大腸癌治療ガイドライン(小林宏寿・杉原健一)
  ・大腸癌取扱い規約
  ・大腸癌治療ガイドライン
 23.GIST診療ガイドライン―ガイドラインに則したGISTの診断と治療指針(西田俊朗・山崎 誠)
  ・消化管粘膜下腫瘍の診断
  ・GISTの治療ストラテジー
  ・外科治療
  ・薬物治療―イマチニブ
  ・イマニチブ耐性GISTとスニチニブ
  ・集学的治療(アジュバント,ネオアジュバント治療)

 サイドメモ目次
  DNAメチル化とRNA干渉
  プロテオソーム
  IRES
  CreERT2,β-naphthoflavone
  Lineage tracing法
  Fluorescence(螢光)およびFluorophore(螢光物質)とは
  内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の手法
  Leterally spreading tumor(LST)の分類
  Hospital volume
  アディポサイトカインとは
  食道癌治療上の問題点はなにか
  小さなGISTと小さなSMT
  GISTにおける内視鏡外科手術
  GISTの遺伝子変異