やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 渡辺恭良
 理化学研究所分子イメージング科学研究センター,大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学
 ライフサイエンスは分子レベルの還元的研究から,より生体に近いシステム的・統合的研究に中心を移しつつあり,また一方で医学の進展により,病態を対象とした診断学・治療学から健康医学,つまり病気になる前に予知し,“病気にならないようにする“あるいは“発症しないようにする”,そして万一さまざまな病気になったとしても早期・初期段階でこれを発見し,治療を早く開始する,という方向に大きく革新が行われている.このような健康医学の推進のために,ここで中心に扱う“疲労““全身倦怠感”の問題は避けて通れない現代社会の重要課題である.“健康日本“の推進のための基軸になりうる“疲労の科学研究”である.
 半年以上持続する疲労で苦しんでいる人たちが国民の40%近く存在するにもかかわらず,これまで,“疲労,とくに慢性疲労”に対する本格的な研究は少なかった.ヒトが対象である,というあまりに歴然としている事実があるのに,多くの疲労研究は労働衛生的側面や心理学的側面であったものが多く,そこには人体に踏み込んだものがほとんどなかった.疲労は非常に身近な現象であるが,複雑な原因・誘因と心身の統合的現象として,あまりにも概念が茫漠としているためか,その分子神経メカニズムに対しては医学のメスがきちんと入っていなかった.疲労は日常生活におけるさまざまなストレスの延長線上にあり,未病の最たるものである.また,疾患においても感染症・癌・腎疾患・消耗性疾患・慢性疲労症候群・外科手術による侵襲・治療薬の副作用などの一大症状として全身倦怠感があるが,われわれは全身倦怠感に対する系統的な療法をいまだ有していない.疲労により作業能率が下がることは,だれもが経験している.さまざまな原因による疲労を分析し定量化方法を開発して広範な研究を行い,よりよい回復方法や過労予防法を探っていくことは,医学のみならず社会科学的にも大きな課題である.
 はじめに(渡辺恭良)
疲労の科学とメカニズム
 1.疲労とは?―疲労の統計,疲労の科学で何をつきとめなければならないか?(渡辺恭良)
  ・疲労とは?
  ・疲労の統計
  ・“疲労の科学”で何をつきとめなければならないか?
  ・世界の疲労研究と“疲労の科学”の出口
 2.疲労のメカニズム―これまでの仮説と現在の仮説(渡辺恭良)
  ・これまでの仮説とその問題点
  ・疲労の分子神経メカニズム:現在の仮説
  ・ヒト脳機能(前頭葉機能)と疲労
  ・疲労感のリセット機構
 3.中枢性疲労の動物モデルと睡眠誘導メカニズム(片岡洋祐)
  ・ラット中枢神経過剰興奮モデルの作製
  ・中枢神経過剰興奮後のc-FosおよびCOX2発現とプロスタグランディン産生
  ・中枢神経過剰興奮後の徐波睡眠誘導
 4.過労モデル動物を用いた研究からわかってきた疲労のメカニズム(田中雅彰)
  ・過労モデル動物の作成,および疲労・過労評価系の確立
  ・脳におけるエネルギー利用
  ・モノアミン神経系活動
  ・酸化
  ・サイトカイン
  ・疲れのメカニズム
 5.免疫学的疲労モデルにおける疲労の分子神経メカニズム(片渕俊彦)
  ・polyI:Cによる疲労モデル
  ・polyI:C疲労における脳内サイトカイン産生
  ・脳内セロトニントランスポーター(5-HTT)の発現増強
  ・脳内5-HT濃度の低下
  ・5-HTアゴニストの効果
  ・CFSと脳内IFN-α
  ・polyI:C疲労とグリア細胞
 6.ヒト脳疲労(田中雅彰)
  ・前頭葉萎縮
  ・疲労感関連脳部位
  ・抑制システムの神経基盤
  ・疲労の概念モデル
  ・意欲(頑張り)の神経基盤
  ・今後の取組み
 7.睡眠障害と疲労―睡眠不足がもたらす脳への危険性(尾上浩隆)
  ・睡眠の特徴
  ・睡眠不足と脳機能
  ・睡眠障害と疲労
疲労の計測
 8.質問票法による疲労の評価(福田早苗)
  ・質問票による疲労の評価―長所と短所
  ・疲労質問票の開発
  ・質問票による疲労評価の文献的考察
  ・今後の展望
 9.疲労の生理学的計測:行動量評価(田島世貴)
  ・慢性疲労病態における活動量評価の実際
  ・慢性疲労病態における活動量時系列データの特徴(先行研究の結果を交えて)
  ・非線形手法を用いたあらたな活動量評価の試み
 10.疲労の生理学的計測:加速度脈波(山口浩二・他)
  ・加速度脈波(acceleration plethysmogram:APG)
  ・加速度脈波の基本波形
  ・加速度脈波の a-a間隔による自律神経機能解析
  ・慢性疲労症候群における加速度脈波による疲労評価
 11.疲労による作業能率低下の解析(水野 敬)
  ・Advanced Trail Making Test(ATMT)負荷による作業能率低下
  ・疲労による注意配分力の低下
  ・小児慢性疲労症候群の事象関連電位による脳機能評価
  ・疲労と意欲の関係
 12.疲労の生化学的バイオマーカー(血液,尿)(梶本修身)
  ・酸化ストレスマーカー
  ・白血球(好中球)
  ・TGF-β,IL-6などのサイトカイン
  ・カテコールアミン代謝物
 13.疲労のバイオマーカー:唾液中ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)(近藤一博)
  ・唾液を利用したストレスの測定法
  ・疲労の測定
  ・ヘルペスウイルスと疲労との関係
  ・唾液中へのヘルペスウイルス再活性化を利用した疲労の測定
  ・ヘルペスウイルスの再活性化測定による疲労測定法による抗癌剤の副作用の定量化
疲労の臨床
 14.慢性疲労症候群の診療の実際―診断指針と検査,治療(田島世貴・倉恒弘彦)
  ・CFSの病態と診断
  ・CFSの診断の実際と治療法の選択
 15.慢性疲労症候群はどこまでわかったか?(倉恒弘彦)
  ・種々の生活環境ストレスが第一の誘因
  ・内分泌系の異常
  ・遺伝的背景の関与
  ・CFS患者における脳・神経機能異常
  ・感染症の関与
  ・慢性疲労に陥るメカニズム
  ・免疫異常
 16.ストレス関連疾患と慢性疲労症候群(久保千春・吉原一文)
  ・疲労とストレス
  ・九州大学病院心療内科における慢性疲労症候群の臨床
 17.透析患者の疲労―その実態,病態と治療の可能性(小山英則・西沢良記)
  ・透析患者の疲労度の実態 ・透析患者の疲労に対する治療
  ・透析患者の疲労にかかわる因子
 18.疲労と精神医学―精神科領域における慢性疲労の診断と評価(松井徳造・松田泰範)
  ・疲労とうつ病
  ・慢性疲労症候群と精神障害,とくにうつ病との関係
  ・疲労と癌
 19.東洋医学と疲労―皮膚科学領域より(小林裕美・田宮久詩)
  ・漢方と疲労
  ・皮膚科領域からみた疲労と漢方併用の意義
 20.小児型慢性疲労症候群と不登校(三池輝久)
  ・不登校とは
  ・CCFS発症のメカニズム
  ・不登校の病態
  ・体内時計に働くストレス
  ・慢性疲労症候群と不登校
  ・長時間睡眠とCCFS
  ・CCFS診断基準制定
  ・治療法開発
  ・CCFS国際診断基準
  ・予防
  ・疲労の程度判定基準
抗疲労・抗過労食薬環境空間開発
 21.抗疲労環境空間開発プロジェクト(渡辺恭良)
  ・個別研究
  ・癒し・抗疲労ビジネス開発研究会
  ・癒し環境空間開発研究会
 22.抗疲労食品開発プロジェクト(梶本修身・他)
  ・疲労定量化の意義
  ・従来の栄養ドリンクと抗疲労医薬・トクホ開発の意義
  ・抗疲労医薬・トクホの条件と期待される候補成分
 23.疲労モデル動物を用いた食薬成分の効能評価―フルスルチアミンの感染疲労回復促進効果を中心に(片岡洋祐・大和正典)
  ・感染疲労モデル動物を用いたフルスルチアミンの抗疲労効果の検証
  ・複合疲労モデル動物を用いたその他の抗疲労食薬成分の抗疲労効果の検証
 24.抗疲労臨床評価ガイドラインの作成―抗疲労でも特定保健用食品用でも日本初の臨床評価ガイドラインの概要(平山佳伸)
  ・ガイドラインの概要
  ・評価判定
  ・実施計画の概要
  ・ガイドラインの意義
  ・評価項目
 25.産業疲労特定検診(倉恒弘彦・倉恒邦比古)
  ・産業疲労特定検診の目的
  ・産業疲労特定検診の流れ
  ・問診票による疲労の把握
  ・産業疲労特定検診のメリット
  ・自律神経機能評価と疲労
付録 抗疲労臨床評価ガイドライン
 26.病的疲労を伴わない健常者を対象とする肉体疲労に対する特定保健用食品の臨床評価ガイドライン(日本疲労学会)

 ・サイドメモ目次
  Spreading depression
  (-)-epigallocatechin gallate(EGCg)
  IFN-αによる免疫抑制
  Advanced Trail Making Test(ATMT)
  操作的診断基準
  五臓六腑(ごぞうろっぷ)
  Poly I:Cとサイトカイン産生