やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書の読者の多くは公認心理師を目指している大学生の皆さんだと思います.皆さんはどうして,臨床心理学に興味をもったのでしょうか?臨床心理学ではよく「生きづらさ」という言葉が使われます.そのように感じる人の気持ちを楽にしてあげたい.辛い状況を一緒に分析し解決の糸口を探してあげたい.皆さんはこうした思いから,臨床心理学を学んでみたいと思ったのではないでしょうか.単純に自分の悩みやつまずきから興味をもった人も多いかもしれません.そうであったとしても,自分と同じようなことで悩んでいる人や,大変なことに遭遇し困っている人を助けたいという純粋な気持ちが心のどこかに存在しているはずです.
 本書で採り上げる「福祉」という分野は,社会的な弱者,すなわち何らかの理由で社会的に弱い立場に立たされている人の支援を行う分野です.先に挙げた志をもつ人にぴったりな分野だと思いませんか.福祉で支援の基盤となるものは制度です.地域では制度に基づき行政や民間のさまざまなサービスが展開されています.制度が行き届いてない領域についてはボランティアが支援を行っています.支援が未開拓な対象も存在しています.
 では,社会的な弱者とは具体的にどのような人を指すのでしょうか.一般的には,貧困や疾病・障害により,あるいは児童,高齢であることや,民族的ルーツ・国籍の違いなどによって雇用,教育,発言や行動,社会参加の機会などが著しく制限され,社会的に極めて不利な立場にある人と考えられます.そうした人々が抱える問題は複数の要因が複雑に絡み合っていることが多く,短期的に解決する事柄ばかりではありません.一つの事柄が解決したとしても,未解決な課題が存在していたり,さらなる課題が生じ,他職種と連携しながら中長期的に関わっていかなければならない事例が多いのです.また,たとえば子を育てる親の立場で考えてみると,出産から子どもが巣立つまで,子どもの成長過程の各局面で課題が存在しています.さらには子どものことだけではなく,人生の後半では親の介護や自らの老いの問題と向き合わなければなりません.福祉の分野では,このように生まれてから亡くなるまでのさまざまな局面を乗り越えていく,すなわちLife Span Transition(人生移行)の視点をもち,目の前の事例と関わっていくことが重要となります.また,各事例ではエコマップなどを用いて,家族のみならず地域内の人や支援とのつながりの状況を把握しておくことも大切です.こうした視点が重要となる点が福祉心理学の分野の特徴です.
 福祉に関わる現場で心理学科の学生が実習したり,卒業して職場に配属されたとき,現場の人からよく指摘されることは「福祉の基本的な考え方や制度をあまり学んでいない」という点です.そこで,本書では1章では福祉とは何かという点や福祉的な支援の原理・原則について,続く2章ではわが国の福祉制度全体について執筆者の先生方に紹介いただきました.そのうえで3章では,福祉分野で心理職として関わる際に共通認識としてもっておくべき視点について解説いただきました.また,4章から6章は領域ごとに,7章以降は問題や対象ごとに実践上知っておいたほうがよい基礎知識や臨床心理学の技法について詳しく述べていただきました.こうした本書の内容がさらなる学びやより良い進路選択につながることを期待しています.
 2021年10月
 編者を代表して
 山中克夫
 序文
序章 福祉分野における心理職への期待
 (小澤 温)
 I.福祉分野における心理的支援の意義
 II.「社会モデル」における心理的支援の重要性
 III.生活障害と生活支援における心理的支援の役割
 IV.「障害の受容」における心理的支援の重要性と公認心理師への期待
総論
1章 福祉とは
 (大村美保)
  1.福祉とは何か
  2.福祉分野の特徴と基本的な考え方
  3.福祉分野の現場
 〈1章Q&A〉
2章 日本における福祉制度
 (森地 徹)
  1.日本の福祉制度の変遷
  2.今日の福祉制度
 〈2章Q&A〉
3章 心理職として福祉分野に関わる際の大事な視点
 (四ノ宮美惠子)
  1.福祉心理学とは
  2.福祉分野における心理職
  3.福祉分野に関わる際の大切な視点―生活支援としての心理支援
  4.生活支援としての心理支援で求められること
 〈3章Q&A〉
4章 児童福祉の理解と心理支援
 (相澤 仁,飯田法子)
  1.児童福祉の特徴
  2.児童福祉の今日的課題と取り組み
  3.児童福祉サービスの仕組み
  4.児童福祉領域で大切なパラダイムと理論
  5.児童福祉領域における心理職の立場と役割
  6.児童福祉領域における心理職の基本的技術
 〈4章Q&A〉
5章 障害者福祉の理解と心理支援
 (四ノ宮美惠子,宮本信也,大塚恵美子,佐藤さやか)
 (1)発達障害
  1.障害者福祉の特徴:発達障害
  2.障害者福祉の今日的課題と取り組み:発達障害
  3.障害者福祉領域で大切なパラダイムと理論:発達障害
  4.障害者福祉領域における心理職の立場と役割:発達障害
  5.障害者福祉領域における心理職の基本技術:発達障害
 (2)高次脳機能障害
  1.障害者福祉の特徴:高次脳機能障害
  2.障害者福祉の今日的課題と取り組み:高次脳機能障害
  3.障害者福祉領域で大切なパラダイムと理論:高次脳機能障害
  4.障害者福祉領域における心理職の立場と役割:高次脳機能障害
  5.障害者福祉領域における心理職の基本的技術:高次脳機能障害
 (3)精神障害
  1.障害者福祉の特徴:精神障害
  2.障害者福祉の今日的課題と取り組み:精神障害
  3.障害者福祉領域で大切なパラダイムと理論:精神障害
  4.障害者福祉領域における心理職の立場と役割:精神障害
  5.障害者福祉領域における心理職の基本的技術:精神障害
 〈5章Q&A〉
6章 高齢者福祉の理解と心理支援
 (山中克夫)
  1.高齢期・高齢者の特徴
  2.高齢期の今日的課題と高齢者福祉の取り組み
  3.高齢者福祉領域で大切なパラダイムと理論
  4.高齢者福祉領域における心理職の立場と役割,心理職が関わる場面
  5.高齢者福祉領域における心理職の基本技術:認知症ケアを例に
 〈6章Q&A〉
各論
7章 児童虐待
 (渡邉 直)
  【CASE】
  INTRO
  1.児童虐待の定義と子どもへの影響
  2.心理職が児童虐待の問題に関わる場面
  3.児童虐待への対応
  4.児童虐待の問題に対する心理職の基本的な技術
 〈7章Q&A〉
8章 非行
 (橋幸市)
  【CASE】
  INTRO
  1.子どもの発達課題と非行との関係
  2.虐待,小児期逆境体験と非行
  3.児童福祉における非行
  4.児童福祉システムにおける非行児童の処遇
  5.非行児童の心理アセスメントから心理支援へ
 〈8章Q&A〉
9章 ひきこもり
 (境 泉洋)
  【CASE】
  INTRO
  1.ひきこもりの歴史と現状
  2.ひきこもりの心理的メカニズム
  3.家族関係と学習
  4.ひきこもりからの回復
  5.ひきこもり支援のフローチャート
  6.家族への心理支援
  7.本人への心理支援
  8.危機介入
  9.地域支援
 〈9章Q&A〉
10章 発達障害
 (武部正明)
  【CASE】
  INTRO
  1.支援を考えるうえで確認しておきたいこと
  2.アセスメントの方法
  3.心理支援の方法
 〈10章Q&A〉
11章 高次脳機能障害
 (黒川誠子)
  【CASE】
  INTRO
  1.支援を考えるうえで確認しておきたいこと
  2.アセスメントの方法
  3.心理支援の方法
 〈11章Q&A〉
12章 精神障害
 (田中聡子)
  【CASE】
  INTRO
  1.支援を考えるうえで確認しておきたいこと
  2.アセスメントの方法
  3.支援の方法
 〈12章Q&A〉
13章 認知症
 (野口 代)
  【CASE】
  INTRO
  1.支援を考えるうえで確認しておきたいこと
  2.アセスメントの方法
  3.心理支援の方法
 〈13章Q&A〉
14章 家族・介護職への支援―認知症介護を例として
 (大庭 輝)
  【CASE】
  INTRO
  1.支援を考えるうえで確認しておきたいこと
  2.アセスメントの方法
  3.心理支援の方法
 〈14章Q&A〉
15章 障害者の就労支援
 (佐々木銀河)
  【CASE】
  INTRO
  1.支援を考えるうえで確認しておきたいこと
  2.アセスメントの方法
  3.心理支援の方法
 〈15章Q&A〉

 付録 福祉心理学に関わる諸制度(補足)(森地 徹,大村美保)
  子ども・子育て支援新制度
  乳幼児健康診査
  介護保険制度
  障害者総合支援制度
  障害者手帳
  生活困窮者自立支援制度

 コラム
  児童養護施設入所児の情緒・行動上の支援(佐々木銀河)
  障害者ピアサポート(岩崎 香)
  認知症の人が暮らしやすいコミュニティづくり(河野禎之)
  虐待のさまざまなタイプと違い(大村美保)
  DVの理解と支援―女性相談の入り口から―(小柳茂子)
  障害者・高齢者の災害支援―精神保健的立場から―(太刀川弘和)
  孤立と孤独が健康を損なう(浦 光博)
  在宅高齢者の希死念慮への民生委員等による訪問効果(野口正行)

 付表 福祉分野における法律一覧
 索引