やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 超高齢社会において健康寿命を延伸するためには,心身の活動を支える基本となる栄養が大切であり,それを保証する嚥下機能の重要性も一般に認識されてきています.地域で行われている予防活動のなかでも,ロコモ予防や認知症予防と並んで,栄養と口腔・嚥下機能が啓発すべき4本柱のなかに取り上げられています.
 また,リハビリテーション医療において回復を阻害する大きな因子として,低栄養や誤嚥性肺炎があります.低栄養に対して積極的なリハビリテーション栄養を行う過程で,栄養状態に見合った運動処方や活動量に関する情報提供など,栄養理学療法が果たす役割は重要です.また,摂食嚥下リハビリテーションチームにおいて,誤嚥性肺炎に対する予防,姿勢や呼吸調整などの役割について嚥下理学療法への期待が大きくなっています.
 すべての理学療法対象者にとって栄養状態の把握は,リスク管理の観点から必ずチェックすべきバイタルサインであり,運動療法の成否を決める重要な要素です.また,口腔・嚥下機能は,頸部・体幹機能がベースとなり,座位機能の影響を大きく受けて,フレイルにもつながる基本的生命維持機能の一つです.
 しかし,これまでの理学療法教育のなかでは,栄養と嚥下を基本的理学療法の一つとして取り扱ってはきませんでした.この数年でリハビリテーション栄養のなかでの理学療法士の役割を認識し,日本リハビリテーション栄養学会のなかで活躍する理学療法士も増えてきています.また,摂食嚥下リハビリテーションのなかで新たな視点で理学療法士の役割を模索する理学療法士の活躍がみられています.
 本書は,栄養・嚥下理学療法にとって初めてのテキストです.3年前に日本理学療法士学会のなかに新設された「栄養・嚥下理学療法部門」の運営幹事メンバーが中心となり,栄養・嚥下理学療法の土台を作ろうと本書の企画に取り組みました.目の前の対象者に対応する臨床家のために,また2020年から始まる指定規則の改定に対応して,理学療法教育の場で使えるように心がけて作りました.
 本書のなかでは,「訓練」という用語は極力使用しないように統一しましたが,すでに摂食嚥下リハビリテーションのなかで一般的に使用されている用語については,そのまま用いている箇所があります.これも学際領域ゆえのことですが,これからの活動のなかで理学療法士はこれらにも意識していく必要があると思います.
 これから本書を通して,栄養・嚥下理学療法分野の基本的知識を身につけ,その裾野を広げ,皆でエビデンスを構築し,対象者の栄養・嚥下の問題に取り組む力を高めて,フレイル,サルコペニア,誤嚥性肺炎の予防に貢献していくことが期待されています.また,本書を手にとってご覧いただく多職種の方には,理学療法士が栄養・嚥下に対してどのような視点をもって,チームのなかでどのような役割を果たせるのかを再認識していただき,チームの一員としてその役割を与えていただくきっかけとなれば幸いです.
 最後に,本書の企画・発刊にご協力いただいた栄養・嚥下理学療法部門の運営幹事の先生方,そのなかでも編集の労をお取りいただきました山田実先生,および医歯薬出版の塚本あさ子さん,そしてタイトな締め切りのなかご執筆いただきましたすべての執筆者の先生方に感謝いたします.
 2018年9月
 監修者
 栄養・嚥下理学療法部門代表運営幹事 吉田 剛
 序
栄養理学療法編
プロローグ 栄養理学療法とは
 (高橋浩平)
 1 栄養障害(低栄養,過栄養)と理学療法 2 栄養管理における理学療法の重要性
 3 栄養理学療法とは何か?:理論的研究による定義化 4 栄養理学療法の有用性
第1章 栄養理学療法に必要な栄養の基礎知識
 (渡邉直子 若林秀隆)
 1 各栄養素の消化と代謝 2 健康維持に必要な栄養の理解
 3 栄養量の考え方 4 低栄養と過栄養
第2章 栄養理学療法のポイント
 (高橋浩平)
 1 栄養理学療法評価 2 栄養理学療法のゴール設定 3 栄養理学療法の介入 4 モニタリング
第3章 小児の栄養理学療法
 (岡 明美)
 1 小児と栄養の特徴 2 小児の栄養の現状 3 評価 4 小児の理学療法と栄養
第4章 スポーツのための栄養理学療法
 (中本亮二)
 1 スポーツと栄養の理解 2 アスリートにおける食事・栄養に関連する評価
 3 アスリートに対する栄養理学療法アプローチ 4 理学療法士の役割と連携
第5章 生活習慣病(肥満)の栄養理学療法
 (宮崎慎二郎)
 1 肥満と栄養の理解 2 肥満症の治療 3 肥満症の運動療法
 4 サルコペニア肥満 5 理学療法士の役割と連携
第6章 サルコペニアの栄養理学療法
 (山田 実)
 1 サルコペニアと栄養の理解 2 サルコペニアの評価 3 骨格筋の加齢変化
 4 サルコペニアに対するアプローチ 5 理学療法士の役割と連携
第7章 がんの栄養理学療法
 (大隈 統)
 1 がんと栄養の理解 2 がんの栄養理学療法の評価 3 がんの栄養理学療法の考え方
 4 がんの栄養理学療法介入時の留意点 5 がんの栄養理学療法における多職種連携と役割
第8章 時期別栄養理学療法の実際
 CASE(1) 急性期(中島活弥)
  1 急性期における栄養理学療法の実践例 2 急性期で理学療法を行ううえでの留意点
 CASE(2) 回復期(備瀬隆広)
  1 回復期における栄養理学療法の実践例 2 回復期で理学療法を行ううえでの留意点
 CASE(3) 生活期(吉松竜貴)
  1 生活期における栄養理学療法の実践例 2 生活期で理学療法を行ううえでの留意点
第9章 病院NSTにおける栄養理学療法
 (高橋浩平 吉田貞夫)
 1 NSTとは 2 栄養スクリーニング 3 栄養アセスメント 4 栄養管理プランと介入
 5 モニタリングと再評価 6 NSTにおける理学療法士の役割と連携
嚥下理学療法編
プロローグ 嚥下理学療法とは
 (吉田 剛)
 1 嚥下理学療法の定義 2 摂食嚥下障害への理学療法士の関わりの必要性
 3 嚥下理学療法を行うために必要な基礎知識 4 嚥下理学療法の内容 5 嚥下理学療法の発展と啓発
第10章 嚥下理学療法に必要な嚥下の基礎知識
 (三枝英人)
 1 ヒトの嚥下・呼吸とその背景 2 ヒトの嚥下運動の実際
 3 嚥下と呼吸,下顎骨および顎運動の系統発生
 4 ヒトの嚥下と直立,呼吸,下顎骨,顎運動との関係 5 ヒトの嚥下をみる原型
第11章 嚥下理学療法のポイント
 (吉田 剛)
 1 嚥下理学療法の基礎 2 嚥下運動障害に関する理学療法評価
 3 全身と局所(嚥下筋)へのアプローチ
第12章 脳卒中の嚥下理学療法
 (吉田 剛)
 1 脳卒中による嚥下障害 2 脳卒中者に対する嚥下理学療法評価 3 脳卒中者に対する嚥下理学療法
第13章 難病の嚥下理学療法
 (内田 学)
 1 パーキンソン病の嚥下理学療法 2 脊髄小脳変性症
第14章 呼吸器疾患の嚥下理学療法
 (新屋順子 神津 玲)
 1 COPDにおける呼吸と嚥下の理解 2 摂食嚥下障害の評価 3 理学療法介入の実際
 4 理学療法介入時の留意点 5 理学療法士の役割と連携 6 まとめ
第15章 重症心身障害児の嚥下理学療法
 (黒川洋明)
 1 重症心身障害児の栄養・嚥下障害の特徴 2 重症心身障害児の栄養・嚥下障害の評価
 3 理学療法介入の考え方
第16章 加齢変化による誤嚥性肺炎予防のための嚥下理学療法
 (吉田 剛)
 1 加齢による誤嚥性肺炎の背景 2 評価 3 予防と治療
 4 高齢者に対する指導を行う際のリスクと留意点
第17章 時期別嚥下理学療法の実際
 CASE(1) 急性期(田上裕記)
  1 急性期における嚥下理学療法の実践例 2 急性期で理学療法を行ううえでの留意点
 CASE(2) 回復期(小泉千秋)
  1 回復期における嚥下理学療法の実践例 2 回復期で理学療法を行ううえでの留意点
 CASE(3) 生活期(鈴木典子)
  1 生活期における嚥下理学療法の実践例 2 生活期で理学療法を行ううえでの留意点
第18章 摂食嚥下障害のチーム医療における理学療法士の役割と連携
 (南谷さつき)
 1 社会的背景 2 関連職種の役割 3 協働と連携 4 嚥下チームにおける理学療法士の役割

 一言メモ 目次
  プロローグ
   バランスのよい食事が健康の秘訣
   高齢者と食事
   栄養サポートチーム(NST),リハビリテーション栄養と栄養理学療法
  第1章
   消化液
   インスリンの働き
   アミノ酸プール
   BCAA
   ケトン体
   単糖類,二糖類,多糖類
   n-3系とn-6系とエイコサノイド
   基礎代謝
   活動量レベル
   NPC/N比
   マラスムス型とクワシオルコル型
   COUNUT
   窒素平衡
  第2章
   週に1回は体重測定を
   ゴール設定は“SMART”に
   refeeding(リフィーディング)症候群とは
  第3章
   発育と発達
   発育区分(小児は15歳未満)
   代替案の例
   発達評価
   GMFCS(gross motor function classification system)
  第4章
   コンディションとコンディショニング
   Energy Availability(EA:利用可能エネルギー)
   スポーツドリンク
  第5章
   肥満症とメタボリックシンドローム
   アディポネクチン
   総エネルギー消費量とNEAT
   サルコペニア肥満の定義
  第6章
   フレイルとは
   サルコペニア肥満
   骨格筋
   SMI
   骨格筋内脂肪
   運動単位の減少
   仕事量
   運動継続の工夫
   トレーナビリティーとは
   骨格筋量の推定方法
  第7章
   ワールブルグ効果の意味
   がん細胞の成長速度
   MENAC試験
   がん関連疲労
   運動負荷を下げる際の配慮
   がんのリハビリテーションの認知度
  第8章
   救命期で患者本人から聴取できない場合
   起立運動
   重度要介護者では推定身長値を
   スクリーニングだけでなく総合評価を励行しよう
  第9章
   病院は低栄養の発祥地
   NST専門療法士
   バクテリアルトランスロケーションとは
  第10章
   哺乳類における咀嚼筋群と唾液腺の分化
   聴覚の分化
  第11章
   嚥下筋は運動連鎖の影響を受けやすい
   相対性喉頭位置
   ベッド上ギャッジアップ座位の嚥下への影響
   舌前方保持嚥下練習
   嚥下筋に対する電気刺激療法
  第12章
   嚥下障害重症度と運動要素との関係
   頸椎固定の影響
   発症からの時期別にみた脳卒中による嚥下運動障害の特徴
   積極的なリハビリテーションアプローチを行った場合の指標変化(縦断研究)
  第13章
   口腔内から咽頭へ
   嚥下介入の方法
   適性な食形態
   難病の問診
   脊髄小脳変性症の患者が生活で困っていること
   脊髄小脳変性症の嚥下機能評価
  第14章
   嚥下造影検査(VF)と嚥下内視鏡検査(VE)
   問診の重要性
   栄養補助食品の活用
  第15章
   重症児の特有動作
   スクリーニング評価スケール
  第16章
   オーラルサルコペニア
   肺炎への誤嚥の関与
   EAT10
   KTバランスチャート
   健口体操指導
   三大唾液腺
  第17章
   頭頸部周囲筋の特徴
   定位に関わる知覚
   行為を遂行するための姿勢制御活動
   嚥下障害治療のポイント
   知覚と気づき
  第18章
   協働とは
   誤嚥防止機構

 索引