やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳のことば
 これまでわが国では,病態や年齢に応じて,食品交換表,6群(4群)点数法,フードピラミッド,食事バランスガイド,手ばかり栄養法,バランス型紙ダイエットなど多くの手法が,糖尿病の食事療法として用いられてきました.わが国の食品交換表(第1版)は,米国糖尿病協会(ADA)の医師向けガイドブックを参考に1965年に発行されています.それまでは,医師によりまちまちの食事指導であったのが,食品交換表を用いることで食事指導の均一化を図ることができるようになりました.食品交換表をつくるに当たって,理解しやすい,食品選択が簡単,外食時にも役立つ,栄養学的にもよいなどの合意があったとも聞いています.日常食べている多くの食品を,6つの食品グループに分類し,「1単位=80kcal」を食べる量の物差しとして用いています.単位数が同じであれば,互いに交換することができます.日本の伝統的な食文化を継承しつつ,栄養バランスを保ったうえでエネルギー制限ができるすばらしい食事療法だと思います.
 しかし,「違う『表』の食品とは交換することができない」というルールがあります.また,菓子全般や菓子パンはし好食品に分類されるので,原則として糖尿病には好ましくないと記載されています.そのため,糖尿病患者(たとえやせていても)は,友人と話題の店に行ったときでも,自分はケーキを控えようとします.外食においても,「表」 のどの食品か,何単位に相当するかを概算し,何をどれだけ食べればよいか,あるいは何をどれだけ残せばよいかを見当をつけるように教わります.しかし,同じ「表」中の食品でも炭水化物量は違います.
 食後の血糖値は,食事中のたんぱく質や脂肪の質や量ではなく,炭水化物量に比例します.ですから,自分が食べようとしている食事の中に炭水化物がどのくらい含まれているのかがわかり(カーボカウント),その炭水化物量に対して適切なインスリン量を投与することができれば,食べる内容や量を制限しなくても,血糖コントロールを良好に保つことを可能にします.インスリン治療をしている糖尿病患者では,野外でバーベキューや忘年会で鍋物を食べている途中に低血糖をおこすことがあります.これは食前にインスリンを注射したのに,たんぱく質や野菜を先に食べていて,炭水化物(焼きそばや雑炊)が後回しになったために血糖が下がったと考えられます.こういった場合には,炭水化物を食べる前にインスリン注射を行うように指導することで低血糖を予防することができます.このように,カーボカウントの最大のメリットは外食においてインスリン調節が可能であるという点にあります.
 だからといって,すべての患者にカーボカウントを教える必要はありません.食品交換表の使用に慣れている患者で,血糖コントロールが良好,血糖変動が少ない(食後高血糖,低血糖の頻度が少ない)場合には,現状を維持しましょう.しかし,食事の時間が不規則,外食が多い,血糖変動が大きい,食事の自由度を広げたい場合にはカーボカウントの指導を考慮するとよいでしょう.
 インスリンポンプは,ここ数年で目覚しい進歩を遂げ,食べる炭水化物量を打ち込むとアクティブインスリン(残ったインスリン)を差し引いて,打つべきインスリン量を計算してくれるボーラスウィザード(ウィザードは「男の魔法使い」のことです)というとても便利な機能をもつものも開発されています.これらはスマートポンプ(スマートは「賢い」という意味)と呼ばれ,患者の療養生活のQOLを大いに高めています.こうした便利な機能を活用するための必須アイテムが,食事の炭水化物量を見積もるカーボカウントなのです.
 最近,日本でも「カーボカウント」という言葉は耳慣れてきました.実際,1型糖尿病の食事療法として,食品交換表の代わりにカーボカウントで指導している施設も増えてきました.姉妹本である「糖尿病患者のためのカーボカウント完全ガイド」が患者向けの本であるのに対し,本書は医療従事者がカーボカウントを患者さんにどう指導したらよいのかが,編集されています.カーボカウントを基礎編と応用編に分け,患者に応じた指導が展開できるようになっています.基礎編の焦点は,血糖値を自分の目標範囲に保つために,毎日同じ時間におおよそ同じ量の炭水化物をとることにあります.経口薬を飲んでいるかどうかにかかわらず,健康的な食事療法や運動療法をしている2型糖尿病患者,妊娠糖尿病の女性に至るまでのあらゆるタイプの糖尿病患者さんが使うことができます.2型糖尿病でも1日に3〜4回のインスリン注射をする人やインスリンポンプを使用している人は,カーボカウント応用編のほうが適切であると考えられます.
 みなさんもカーボカウントを学んで「炭水化物」をキーワードに患者さんとコミュニケーションをとってみてください.患者さんの食事のQOLが高まることと思います.
 平成22年2月
 国立病院機構京都医療センター 臨床研究センター
 坂根直樹・佐野喜子
 序章
 第1章 なにを,なぜ,だれに,そして,どのくらい?
Section 1 カーボカウント基礎編
 第2章 知識とスキルを評価する
 第3章 カーボカウント基礎編の教育方法
  栄養の基礎知識から食事計画まで
 第4章 カーボカウント基礎編の教育方法
  カーボカウント,栄養成分表示の読みかた,1人前の計量
 第5章 カーボカウント基礎編の症例
Section 2 カーボカウント応用編
 第6章 カーボカウント応用編の教育方法
 第7章 カーボカウント応用編とインスリンポンプ療法
 第8章 血糖コントロールのパターン管理
 第9章 カーボカウント応用編の症例
Section 3 関連した話題
 第10章 炭水化物以外の食事因子が血糖に与える影響
 第11章 食事以外の因子が血糖に与える影響
 第12章 血糖降下と関連治療
 第13章 自分だけのカーボカウントをつくり,いつでも使えるようにする方法

 付録
  付録1 カーボカウントとインスリンポンプ療法の情報源
  付録2 米国内で使用されている血糖降下薬
  付録3 カーボカウントに使える記録用紙

 文献
 索引