やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 M-Test(経絡テスト)は1992年の誕生以来,やがて20年が経過する.経絡テストをM-Testと,呼称を改めた経緯については第1章に譲るとして,この診断・治療法を初めて学会で発表したのは1995年,ユニバシアード福岡大会に併設して開かれた大学スポーツ研究会議においてである.最初の著書『経絡テスト』が上梓されたのは1999年6月である.期を同じくして第48回全日本鍼灸学会学術大会が開催され,「経絡テスト」について講演する機会をいただいた.会場に持ち込まれた50冊は講演終了後,ただちに完売し,身体の動きに伴う症状を指標にした診断と治療という発想は斬新な方法論として受け入れられたと確信した.
 その後,この方法に関して,次々と4冊が出版されたが,初期の著書である『経絡テスト』は約8000冊,『経絡テストによる診断と鍼治療』は約4000冊と,この種の本としてはかなりの販売実績がある.この傾向は海外でも同様で,2008年11月サンディエゴでのPacific symposiumにおけるM-Testセミナー当日に出版された『Sports Acupuncture-The Meridian Test and its application-』は,出版社が準備した80冊すべてがその日のうちに売り切れ,購入できなかった人々は予約注文へと殺到した.
 なぜ,身体の動きに伴う症状を指標にした診断と治療という方法が注目を浴びたのであろうか.それは次のようなことを皆さんが感じ取ったからだろうと思う.ひとつには経絡概念と身体の動きをリンクした,動きを用いての診断や治療および効果の評価は非常に簡単で,誰にでも容易に応用できる.また,誰が行っても比較的再現性が高いことから,情報を共有しやすい.しかも,病態の把握や治療効果は的確かつ迅速である.加えて,M-Testで用いられる動きは,西洋医学で行われる理学検査法にも似ていることから医療関係者にも理解しやすい.さらには,患者が自身の状態の変化を体感できるなどの特徴がある,という理由からであろう.
 このような特徴は医療の中でどのようなことを可能とするのであろうか.経験した症例を示しながらその可能性を探ってみよう.ある秋に3人の女性が受診した.ひとりは35歳・肩痛,もうひとりは54歳・めまい,残りひとりは65歳・肘周辺の痛みとしびれ,であった.西洋医学では3例それぞれが異なった病気とみなされ,それぞれに対する検査と治療が行われる.一方,M-Testからみると,それぞれの症状を誘発する動きは右肩の伸展,頸の後屈,右上肢の回内で,これらはいずれも上肢前面を伸展する動作で症状が誘発される.このことから,同じ病態に基づくと判断され,同じ治療が選択される.
 上肢前面の動きは,肺経(LU)・大腸経(LI)を伸展させる動きであり,これらの経絡の異常と判断される.3人の症状はいずれも多量の栗むき後に発症していた.包丁での栗むき作業では母指と示指に力を入れるので,これらの指に分布する肺経(LU)・大腸経(LI)に沿って動きの異常が発生し,症状が発現したと考えられる.3症例とも,肺経・大腸経への治療を1ないし2回行ったことで軽快した.
 このように,M-Testは西洋医学とは異なる座標軸を有することで,西洋医学で見えていない病気の側面をみることができるとともに,治療プロセスからなぜ症状が発現したのかのストーリーを組み立てることができる.
 次のような器質的疾患にも有用である.64歳の男性プロゴルファーは8年前からスイング動作で右下肢全体に痛みとしびれが出現し,徐々に悪化して7年前からゴルフができなくなった.MRI検査を繰り返し受けたが,腰部脊柱管狭窄症との診断のままであり,有効な治療もなくドクターショッピングを繰り返していた.M-Testでは左下肢前面を伸展する動きで右下肢全体にしびれと痛みが誘発され,左下肢前面の異常と判断された.
 M-Testによる診断に基づき,治療は本人の訴える症状とは反対側の左下肢前面異常に対して行われた.その結果,初回治療の翌日にはゴルフコースを回ることができた.2度目の治療以後フルスイングできるようになり,ドライバーの飛距離が以前より50ヤード遠くへ飛ぶようになり,3回目で治療を終了した.つまり,器質的疾患があると判断された場合でも,M-Testを用いて症状の原因となっている身体の動きの異常を見つけ出し,その異常を修復することで,快適な日常生活を保障できる.
 栗むきやプロゴルファーの症例で示されたように,M-Testという西洋医学とは異なる物差しを用いることで,現に患者が困っている病気(患者の病気)をまるごと尊重する(NBM)ことが可能となる.また同時に,医者からみたデータに基づく判断(医者の病気,EBM)とすり合わせることで,患者の新たな臨床像を浮上させることができる.また,M-Testの基本動作は日常生活動作(ADL)に相当すること,およびストレッチの動きでもあるという特徴を有する.このことは,日常生活の過負荷で引き起こされたさまざまな症状に対してストレッチを応用することで日々の養生ができることを意味している.つまり,M-Testで治未病を実現できる可能性があると考えられる.
 EBMとNBMを融合でき,治未病を実現できる可能性を秘めたM-Testの特徴は近代医学ではまだ実現していないアプローチに基づく医療の実現を可能とするであろう.M-Testで展開できる医療はノーマンカズンズの言う「患者の側の医学」と軌を一にし,近代医学の壁を打ち破れる手掛かりを与えてくれると考えている.
 なぜ,このような発想ができたのであろうか.
 1989年,福岡大学体育学部(現スポーツ科学部)に新設される大学院のスポーツ医学部門の責任者に就任してほしいと,当時の学部長進藤宗博先生にお誘いを受けていなかったら,M-Testは生まれなかったに違いない.もしも,医学部に在籍のまま内科医として働き続けていたら,M-Testが誕生することは不可能であったと思う.所属学部を移動したことで,体育館に併設されている診療室で多くのスポーツ選手の鍼治療に携わるようになった.このことが,筆者に貴重なヒントを与えてくれた.就任して間もないころ診察した,19歳の女子バレーボール選手の治療がM-Test誕生を導いてくれたと言っても過言ではない.
 彼女はスパイク時の肩痛を訴えて来診したが,肩には異常がなかった.数日前の練習中に転倒して,膝や足首の外側に軽い打撲を受けており,そこに刺鍼したところスパイク時の肩痛が即座に取れた.圧痛部位が胆経(GB)の陽陵泉(GB36)と丘墟(GB40)に相当したことから,次のような仮説を立てた.
 (1)局所のわずかな異常でもからだの動きの連鎖に影響し,動きに伴う症状の原因となる.
 (2)経絡・経穴を応用すると,からだの動きに伴う症状を指標とした診断・治療法を開発できる.
 この仮説に基づいて他の例を観察しているうちに,ある時,“目から鱗がおちる”ように,経絡と,姿勢やからだの動きをリンクすることで,動きに伴う身体症状を指標とした診断および治療ができることに気づいた.
 このような着想のもと,さまざまな角度から検討を繰り返してM-Testは誕生した.M-Testは東アジアの知恵である経験的な経絡の発想に,スポーツ科学・西洋医学の実証的・知的枠組みを融合させたハイブリッドの診断・治療法であり,応用できる領域は広い.なぜなら,運動器疾患ばかりでなく,あらゆる疾患に身体の動きの異常が関与していることを多くの症例で確認できるからである.身体の動きの異常の修復はそれらの疾患の改善につながっており,ヒトの動きを用いた分析と治療の体系化は病気の治療や健康づくりのためのセルフケア,さらには障害予防や競技力向上などにいたるまで,幅広い領域で有用となる新たな方法論の構築につながるものと期待できる.
 これまで,海外を含め非常に多くの講演や講習会に招かれてきた.講演や講習会では,多くの質問が出され,なかには思いがけない質問もあった.たとえば,“あなたのお父さんはどんな人だったのか”,“どんな経験を積むことでこんな発想ができたのか”,“医師のあなたが,なぜ鍼灸に取り組んだのか”,“既存の鍼灸とどこが違うのか”等々.
 多岐にわたる質問を整理していく過程で,M-Testをもっと広めるためにはM-Testをもっと分かりやすく解説した上で,基本となる内容を具体的に理解してもらうためのQ&Aを備えた本を出版することが必要とされているとの思いを持った.この出版の原動力となったのは,この思いを共有したM-Testインストラクター7人衆(久保田,沢崎,竹藤,本田,松本,宮崎,山下)の存在である.彼らの貢献なしにはこの出版は実現しなかった.共著者に心からの賛辞を贈りたい.特に,編集を担当した浜松大学の沢崎健太博士に深甚なる感謝を捧げたい.
 2012年1月17日
 向野義人
 はじめに
第1章 M-Testの基本
 1.M-Testとは
  1)M-Testの考案とその経緯 2)M-Testの特徴について 3)鍼治療の標準化とM-Test 4)M-Testで用いる刺激とその特徴 5)M-Testに用いる軽い刺激と皮膚の科学
 2.M-Testの応用とこれからの展望
  1)ケア領域への応用 2)M-Testのこれからの展望
 参考文献
第2章 経絡・経穴について
 1.経絡・経穴とは
 2.骨度法
 3.WHOによる経穴の標準化
 4.24個の経穴を選択した経緯
 5.手の太陰肺経
 6.手の陽明大腸経
 7.足の陽明胃経
 8.足の太陰脾経
 9.手の少陰心経
 10.手の太陽小腸経
 11.足の太陽膀胱経
 12.足の少陰腎経
 13.手の厥陰心包経
 14.手の少陽三焦経
 15.足の少陽胆経
 16.足の厥陰肝経
 参考文献
第3章 M-Testの基本的な診断と治療手順
 1.身体全体の動きから身体の状態を診る重要性
  1)全身の連動で生まれる力 2)身体の動きと障害
 2.痛みの出る箇所と原因
  1)腰痛を例として 2)胃痛を例として
 3.全身のバランスを診ることの重要性
 4.身体と経絡の動き
 5.経絡分布とM-Test
  1)全身の前面,後面,側面に走行する経絡 2)30動作6ブロックの考え方
 6.M-Testの各動作
  1)上半身 2)下半身
   Aブロック
   Bブロック
   Cブロック
   Dブロック
   Eブロック
   Fブロック
 7.M-Testの施行手順
 8.負荷に対するブロック判定による治療点(経穴)
 9.有効な治療点(経穴)の選択方法と刺激方法
  1)有効な治療点(経穴)の選択方法 2)刺激方法
 10.M-Test(経絡テスト)の7原則
 参考文献
第4章 臨床の実際
 1.M-Testの臨床応用
  1)医療,看護・介護 2)産業衛生分野 3)スポーツ分野
 2.M-Testの普及・教育とケア・ワークモデル研究会
 3.症例にみるM-Testの実際
  (1)交通事故後の歩行困難 (2)配置換えによる腰痛発症 (3)左背部痛 (4)左肩痛 (5)肩関節痛に著効した一症例 (6)肩痛 (7)ジャンパー膝に著効した一症例 (8)右殿部痛,間欠性跛行
 参考文献
付録
 付─1.資料
  1.M-Test所見用紙
  2.M-Testの6つのブロックと基本24穴
  3.五行穴
  4.経穴の組み合わせ
  5.参考図書・ウェブサイト
  6.ケア・ワークモデル研究会について
 付─2.M-Test/Q&A
  1.M-Testの治療法について
  2.勉強法(スキルアップ含),教育について
  3.臨床見学
  4.資格認定制度
  5.国内・海外事情と今後の活動
  6.その他

 索引