やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 早稲田大学スポーツ科学学術院
 准教授 岡 浩一朗
 超高齢社会の到来に向けて,介護保険など社会保障制度の整備,改革が進められています.このような背景のもと,高齢者の寝たきり予防,健康寿命の延伸を目指した介護予防の取り組みが注目され,その方法論の確立が急務となっています.とくに,介護予防の対象者をどのようにして把握するのか,運動器の機能向上をはじめとして,どのようなサービスを提供していけばよいのか,対象者に介護予防のための行動計画を立て,どのようにモニタリングしていけばよいのかなどは重要なテーマであり,またこの一連の過程を総合的な介護予防システムとして構築していくことが求められています.
 私は早稲田大学スポーツ科学学術院において,大学院スポーツ科学研究科介護予防マネジメントコースの担当をしております.介護予防マネジメントコースは,柔道整復師,鍼灸師,理学療法士,作業療法士,保健師,看護師,管理栄養士,健康運動指導士,行政職など,健康増進や介護福祉などの実務に携わる方を対象として,高度な研究・実践技能とマネジメント能力を育て,介護予防の分野で指導的立場に立てる人材を育成する目的で設立されました.柔道整復師および鍼灸師の佐藤君は,その第1期修了生であります.
 柔道整復術および鍼灸・マッサージ術は,日本古来の伝統医術のひとつとして,多くの国民の膝痛・腰痛など運動器疾患に貢献してきました.また,WHOでも認められており,最近では大学でもさまざな研究がなされ,海外においても伝統医学として受け継がれていると聞きます.東洋医学は,人間のもつ自然治癒力を最大限に発揮させる治療法であり,高齢者の廃用症候群(関節の拘縮,筋の萎縮)に起因する疼痛緩和に優れた効果があるといわれています.また「未病治(未病を治す)」という基本概念は,老年症候群とよばれる,いわば生活上の不具合を予防する点で,介護予防の考え方と共通しています.つまり「身体の不調和が病として表面に現れる前に,その根元を治すこと」こそ大切であるという考えで,「病気」,「要介護」という状態を未然に回避させることになるのですから,人間にとって“最良の保健医療”ともいえるものです.
 介護予防対策は,柔道整復師・鍼灸師の業務と非常に密接な関係にあると考えられます.「新健康フロンティア戦略」において介護予防対策のいっそうの推進の観点から,骨折予防および膝痛・腰痛対策といった運動器疾患対策の推進が必要であるとの方向性が示されました.また「平成26(2014)年までに,要介護者を高齢者の10人に1人にすること」が政府の目標として掲げられています.その目標を達成するためには,遅くとも5年以内(平成24年まで)に一定の研究成果をとりまとめ,自治体等における介護予防への全国的な取り組みに活用する必要があり,柔道整復師・鍼灸師の役割も今まで以上に期待されます.
 しかし,現段階では科学的根拠に基づく介護予防事業を展開していくために,まだまだ研究・実践の積み重ねが必要です.とくに,膝痛や腰痛などの慢性疼痛対策は喫緊の課題であり,柔道整復・鍼灸分野での積極的な取り組みが期待されます.本書が,柔道整復師・鍼灸師にとって,介護予防の研究・実践を行うきっかけになることを願ってやみません.

 2008年5月

はじめに
 10年ほど前に亡くなった私の父親は,新潟の片田舎で小さな接骨院を夫婦2人で営んでいました.父親の接骨院はけっして豊かではなかったのですが,それでも私たち3人の兄弟を育ててくれました.柔道場を持ち,子供に柔道を教えるのが本業であり,接骨院は副業でした.サービス業などという考えとは無縁な人でした.30年前は接骨院の数も今よりずっと少なく,父親のような小さな接骨院にも,骨折・脱臼などの外傷の患者さんは結構来ていました.子供のころによく覚えているのは,真夜中に急患で若い夫婦が肘内障の幼子を連れてうちに来たときのことです.父は,泣き叫ぶ幼子の肘を持ち,ほんのちょっと動かすや整復がなされ,あっという間に痛みは治まりました.さっきまで痛がっていた子供は,飴玉をもらって笑顔で帰って行きました.そんな患者さんが毎月のように来ました.きっと年配の先生方は同じような経験をしていることと思います.いま私は,あのころの父親と同じぐらいの年齢になりました.おはずかしいのですが,鍼灸・接骨院を開院以来,ここ何年も肘内障の患者さんの整復をしていません.患者数は父の時代より多いのですが…….
 これは当院だけの問題でなく,全国の接骨院で起きています.都会では,整形外科医院や総合病院が徒歩圏内にいくつもあって,患者さんは捻挫などするとX線装置のある医療機関に迷わず行きます.20年前ぐらいまでは,まだいまより接骨院に外傷患者が来ていたように思えます.そのころの患者さんは,捻挫をしたら,まず,かかりつけの接骨院で診てもらい,そこから紹介されて整形外科に行きました.ところが,これだけ接骨院や整形外科医院がふえてくると,どこで診てもらうかの選択権は患者さん側にあります.国民の接骨院に対する信頼度が低くなっていることも大きな原因です.悲しいのですが,多くの国民は,柔道整復師像に骨折・脱臼などの外傷治療を求めなくなったといえるのでしょう.まして,整形外科医院が互いに競い合っている時代であり,新規開業した接骨院などに外傷の患者さんが来るはずもありません.そのため,どういうことが起きているかというと,柔道整復師の若者は,現場実習も満足にできない専門学校で3年間を過ごし,卒後,外傷患者さんがほとんど来ない接骨院で働き,遅くまでひたすら患者さんにマッサージをします.接骨院は,肘内障もコーレス骨折の患者さんも来ないので,院長はそれを教える術もありません.これでは若い柔道整復師たちは,何を目標に勉強をしていけばよいか途方にくれてしまいます.
 同様なことが鍼灸院でも起こっています.総合病院がデパートで,整形外科がスーパーなら,接骨院や鍼灸院は,さびれた商店街の個人商店でしょうか.きらっと,光るような個性のある店だったらいいのですが,問題は,流行らない店の数が急増していることです.もう,漫然と施術していてもやっていける時代は終わりました.
 新規開業する柔道整復師や鍼灸師,あん摩マッサージ指圧師(以下,マッサージ師)の若者の半数が介護保険制度に活路を見出すことができれば業界は変わります.機能訓練指導員の資格を生かしながら介護予防型デイサービスという形態で開業することで柔道整復師や鍼灸師,マッサージ師の新しい活躍の場が開けます.介護保険制度には,医療系サービスと福祉系サービスがありますが,原則的に医療系サービスには,医師の指示や同意が必要であり,医療機関に付属しなければ開業できません.しかし,デイサービスなどの福祉系サービスは,それらが必要ないため,比較的自由に開業できます.これらを生かすのです.
 この10年間で介護保険の市場は2倍になりました.在宅のサービスは飽和状態であるといわれますが,介護予防・機能訓練に特化した小規模・短時間デイサービスは,まだまだ需要があります.デイサービスを利用する高齢者の8割は,膝痛・腰痛を罹患した方や脳卒中でリハビリが必要な方たちです.彼らに運動指導をするには,骨,関節系の医学知識を身につけ,痛みに対処できる柔道整復師や鍼灸師,マッサージ師がもっとも適しています.運動器疾患を抱えた軽度要介護者(要支援1・要支援2・要介護1の人)は150万人ぐらいおり,圧倒的にマンパワーが足りません.柔道整復師や鍼灸師,マッサージ師にとっても開業でき,痛みの施術と運動指導で保険請求できるようになったことは追い風です.現在,デイサービスは全国に2万か所以上あります.そのうち,一般型デイサービスが9割,介護予防型が1割です.今後10年以内に,デイサービスの多くは柔道整復師や鍼灸師,マッサージ師が経営する介護予防型デイサービスが占めるくらいの大胆な戦略が求められます.柔道整復師や鍼灸師,マッサージ師が開く介護予防・機能訓練に特化した小規模・短時間デイサービスが多くの要介護高齢者を元気にすることで,その次の世代には別のチャンスが訪れる可能性があります.これが将来の国民が求める柔道整復師や鍼灸師,マッサージ師の姿であってもよいと思います.
 2011年2月
 著者 佐藤 司
 推薦のことば 岡 浩一郎
 はじめに 佐藤 司

PART1 介護保険制度を知ろう!
 1 介護保険制度のしくみ
 2 介護サービス利用の手順
 3 保険給付の概要と介護給付
 4 要介護認定・要支援認定と居宅介護支援
 5 地域支援事業
 6 支給限度基準額と通所介護費
 7 介護サービス情報の公表と指導監督
 PART2 通所介護・介護予防通所介護事業所の 概要をおさえておこう!
 1 通所介護・介護予防通所介護とは
  1.通所介護と介護予防通所介護の違いとは?
  2.通所介護・介護予防通所介護の種類
  3.通所介護・介護予防通所介護が一体的の場合は?
  4.年中無休にすると報酬が高くなるか?
  5.デイサービスで鍼灸・マッサージ施術を行ってもよいか?
  6.サービス提供の流れは?
  7.サービス提供前に健康診断書をもらうか?
  8.デイサービスを開業するにはどうすればよいか?
   (1)人員基準
   (2)設備基準
   (3)運営基準
  9.介護報酬とは?
   (1)通所介護費
   (2)介護予防通所介護費
   (3)加 算
   (4)減 算
   (5)利用者負担
   (6)契約書,重要事項説明書
 2 通所介護・介護予防通所介護Q&A
  1.通所介護・介護予防通所介護Q&A
  2.通所介護Q&A
  3.介護予防通所介護Q&A
PART3 通所介護・介護予防通所介護事業所の 指定申請の仕方を知ろう!
 1 申請から指定までの流れ
  1.法人設立
  2.申 請
  3.受 理
  4.審 査
  5.指 定
 2 申請に必要な書類
  1.申請書と添付書類の一覧表
   (1)申請書
   (2)添付書類
PART4 介護予防通所介護と運動器の機能向上
 1 介護予防通所介護と運動器の機能向上
  1.介護保険制度改正と介護予防
  2.介護予防通所介護事業所
  3.事前評価・事後評価
  4.運動器機能向上計画書
  5.運動器機能向上サービスの提供
  6.小規模機能訓練特化型デイサービス
  7.包括的高齢者運動トレーニング(CGT;comprehensive geriatric training)の特徴
  8.マシントレーニングの特徴
  9.事後アセスメント
  10.地域包括支援センターまたは介護支援専門員等への報告
  11.エビデンス
PART5 介護予防デイサービス開業者の体験談を聞こう!
 FILE No.1 藤田正一
 FILE No.2 小川眞悟
 FILE No.3 石橋和正
 FILE No.4 佐藤和伸
 FILE No.5 中澤純一
 FILE No.6 山崎巌雄
 FILE No.7 安藤隆一
 FILE No.8 関口昌和
 FILE No.9 小林武夫
 FILE No.10 梅木龍男
 FILE No.11 峰村直樹
 FILE No.12 神尾隆文
 FILE No.13 伊藤江里
 FILE No.14 新井眞名水
 FILE No.15 森田友良
 FILE No.16 長尾雅人
 FILE No.17 村本誠司
 FILE No.18 鹿嶋崇幸
 FILE No.19 三浦満義
 FILE No.20 遠藤昭
 FILE No.21 山下恭史
 FILE No.22 冨岡孝敏
 FILE No.23 八木裕子
 FILE No.24 角田ゆき
 FILE No.25 山田高彦
 FILE No.26 大榎良則
 FILE No.27 木下紘志
 FILE No.28 原幸夫
 FILE No.29 小田崎哲也
 FILE No.30 長瀬理次
 FILE No.31 篠崎通夫
PART6 柔道整復師・鍼灸師が経営しているデイサービス初の調査でわかった参考になる実態―柔道整復師・鍼灸師が経営しているデイサービス調査報告書
 要約
 1.はじめに
 2.方法
 3.回収状況
 4.調査結果の分析
  1)開設年度
  2)事業所設置主体
  3)併設事業
  4)営業曜日
  5)サービス提供時間及び単位数
  6)利用定員
  7)登録利用者数
  8)男女の割合
  9)サービス提供時間別の要介護者・要支援者の割合
  10)選択的加算
  11)個別機能訓練の内容
  12)疾患の割合
  13)採算状況
  14)苦労している点
  15)その他 ご意見
 5.考 察
 6.結 論

 本書の参考文献
 あとがき