やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
守るだけでは伝わらない
 中村勘三郎(第十八代)さんの言葉です.中村勘三郎さんがなさったように,伝統鍼灸を伝えるための一歩を踏み出したのが,「臨床鍼灸学を拓く」(2003年初版)と2005年に出版された「臨床鍼灸学」初版です.
 本書の鍼治療の特徴は,何といっても「身体の自然の仕組みを用いる経験医術の真髄を生かした科学的鍼治療」です.そして「伝えることができる鍼治療」です.
 中村勘三郎さんは,「守るだけでは伝わらない」と言われていました.背中を押していただいた思いです.
 遺伝子研究の進歩が遺伝子レベルにおける「個に応じた医療」を急速に展開してきています.医療が大きな進歩を迎えようとしています.漢方薬,鍼灸は随証療法といわれ,個に応じた医療です.随証療法は身体が示す諸症状を群としてとらえ治療しようとする「個に応じた医療」です.経験的知恵による最も日常的な中から試みられてきた治療です.日本人の健康状態は年々有訴率が高くなっています.遺伝子レベルの新しい医療の発展が期待されると共に,日常的な不定愁訴に対する対応の必要性が高まっています.
 遺伝子が関わる病気の大半は,多くの遺伝子が複合的に関わるものであり,私たちが生きている環境条件の影響が大きな鍵を握っているとされます.まさに日常的な身体の不調に対する対策,健康を志向する生活習慣こそが大切なことのようです.
 さて,今回,大幅に増補し第2版の出版になりました.
 『臨床鍼灸学を拓く』,『臨床鍼灸治療学』をテキストとして,新宿鍼灸柔整専門学校,日本伝統医療科学大学院大学,盛岡医療福祉専門学校,平成医療専門学校教員養成科,東洋医療臨床技術大学校アカデミー,宝塚医療大学等で,「臨床鍼灸学」の講義を続けてきました.その間における指導の成果と学びが今回の増補改訂になりました.
 1 江戸,明治そして今日への「鍼灸の技術革新と科学化」についての歴史的経緯を書きました.今日のわが国の鍼灸教育の原点です.
 2 刺鍼の基礎技術について書きました.刺鍼基礎技術がとても大切なことを痛感したからです.刺鍼の基礎技術がしっかりしていないと状況に応じた臨床技術に発展できません.しかも基本に忠実な基礎技術が大切です.
 3 鍼治療を組み立てる設計図を書きました.
 「臨床からの鍼の治効,6つのメカニズム」は,治療の6つの道具です.「基本的治療」で各患者に必要な治療を書き出す枠を決めました.そこで書き出された,患者に必要な治療を「実際の治療パターン」に位置づける仕組みも書きました.
 臨床家が頭の中で行っていることを順を追って書き出すようにしました.
 治療の順序に従って患者が治療を受ける姿勢とそのときに行う治療が行われる手順です.実際に行われる治療の姿が明確に示されます.
 4 自然鍼灸学治療で特に重要な刺鍼について深層背筋(多裂筋,最長筋)刺鍼,腹部刺鍼,大腰筋刺鍼,中殿筋刺鍼,足底筋刺鍼,合谷刺鍼,頸部刺鍼,背部刺鍼,肩甲下筋刺鍼など,具体的な刺鍼方法を書きました.
 臨床鍼灸の臨床力を高めるためのきわめて実践的な書物になりました.
 次の世代に自然鍼灸学による臨床鍼灸を伝えることができる書です.多くの人々にお読みいただき,臨床鍼灸実践力を培って国民の期待に応えられる鍼灸を提供していただけることを祈念します.
 2013年1月 西條一止


治療者への道
 社会の変化が私を育てました.
 思いがけず,鍼灸を学ぶことになり教員資格も得て10年間,鍼灸を受け入れられず,好きになれず,とても定年までは勤められないと,どこかに活路を見いだそうともがいていました.昭和46年(1971年),「鍼灸とは何か」という答えを自分自身のために見いだすために鍼灸の研究の道に入りました.そしてその年の夏,中国の針麻酔報道があり,全世界の医学界が,鍼灸を注目することとなり,インデックスメディカスに登場してくる論文数が,年間に10編前後であったものが,一気に100〜200編に急増しました.鍼灸を取り巻く環境が一変しました.
 大学の助手としてスタートしたばかりの私は,鍼灸についてほとんど実績のない中で,あちこちの勉強会,研究会に参加させていただくこととなり,また,医学について東京大学医学部内科物理療法学教室で研修させていただいていたこともあって,医学的視点から鍼灸を見つめ検討する勉強を猛烈なスピードで行いました.昭和48年(1973年)には,厚生省の「特定疾患スモン研究班」がスモン患者に対する東洋医学研究を開始し,恩師芹澤は東洋医学の班長を務め,私が実務担当者として医学部の先生方とともに研究にあたりました.これは,私が平成11年(1999年)に筑波技術短期大学の学長になるまで続きました.
 医学的視点,科学的視点から鍼灸をとらえることで,私は救われました.そして「仕事が趣味か,趣味が仕事か」という生活が30数年続きました.
 30歳代,40歳代の,人を対象とする「末梢循環」,「自律神経機能」を指標とする実験研究が,日常状態下における人体の機能の理解に大きな役割を果たし,鍼灸の臨床力を高めるのに大変役立ちました.実際に,臨床に従事するよりも応用力を磨くという点で,この実験研究は数倍の価値があると思います.若手の方々の臨床研修の過程に是非加えたいコースです.
 恩師芹澤と23歳離れていたことが,40歳で東京教育大学理療科教員養成施設長を受け継ぎ,国立大学の教員という社会的財産を受け継ぐ結果となり,そのことから,当時の時代の厚生省,文部省,科学技術庁等の国家機関や,東京都が行う鍼灸関係の事業にほとんど参加し,多くの経験と研究の機会を与えられました.
 社会的に可能な限りのチャンスを与えられ,種々のチャンスに追われることなく,チャンスに乗って多くを学び活かしてきました.
 鍼灸の科学化の大きな起点になったのは,昭和57年(1982年),筋まで刺鍼しての刺激時に起きる自律神経反応が,交感神経β受容体系機能を抑制し同時に副交感神経機能を高めることが自律神経遮断剤によって判明したことです.
 この同時に起きている2つの自律神経反応の各々を分けようというのが次の課題でした.私の40歳代は,平成4年(1992年)にこの課題に成功するまでの,人体機能と向き合った10年間でした.それが,人体がもつ自然と自然のリズムへの目を開かせてくれました.
 2つの自律神経反応を分離することに成功して生まれたのが「浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法」であり,生体の調節力を高め,自然治癒力を高める生体への刺激法の誕生です. この間,1985年につくば科学博が開催され,「ゆるぎ石」をつくってくれました.私はその大きな意味に気づかないまま,朝夕,大学に通勤しながら眺めていました.そして,1992年にハッとその意味に気づき,運命的な出会いを感じました.
 私が自然治癒力への関わり方を身につけた平成4年に,筑波技術短期大学が付属診療所と鍼灸施術所を開設し,そこで本格的な臨床実践活動に入りました.同年に気管支喘息患者の臨床研究から,低周波通電療法が生体に特定の反応をつくるのではなく,自律神経機能の変動しやすさをつくっているのであり,その後の生体反応は治療を受ける体位が決めているという,治効メカニズム5,6の開発となります.そして,平成5年(1993年)には,「生体機能を活用する治療」「生体機能活用治療学」などの言葉を使い始めました.
 臨床からの鍼の治効:6つのメカニズムの4,5,6の開発です.
 私が臨床研究をできる場,臨床眼力を磨く場,臨床実践を行う場,みな実にタイミング良く提供されたことが,この「科学的視点」に立った「臨床鍼灸治療学」を誕生させました. 社会の変化,力が,要請がつくらせたものです. 本書は,大変恵みを受けた私の40数年の職業人人生の成果です.社会に還元され,貢献してくれることを願います.
 あらゆるものに感謝の書です.
 本治療学の理解には前著『臨床鍼灸学を拓く』(医歯薬出版)が役立ちます.ぜひ熟読していただくことを勧めます.
 平成17年(2005年)春 西條一止
 口絵
 第2版の序 守るだけでは伝わらない
 序 治療者への道
 序論
第1部  臨床鍼灸治療学基礎
第1章 臨床鍼灸治療学総論
 第1節 鍼灸治療
  1.治療法の種類
  2.治療者として必要な条件
 第2節 診察と治療
  1.診察法の特徴
  2.治療法の特徴と原則
  3.治療の適否と限界
  4.予後の判定
  5.リスク管理
 第3節 記録と評価
  1.記録法
  2.評価法
 第4節 治療計画
  1.治療と検査計画の立て方
  2.患者管理の問題点
  3.医療機関,施術所との協力
第2章 鍼灸治療の基礎
 第1節 診察,病態把握の要点
  1.医師による医療の必要性の判断
  2.鍼灸に必要な西洋医学の診察
  3.診察,病態把握,治療に用いられる関連性の仕組み
 第2節 鍼灸治療の基本
  1.臨床力を高める刺鍼基礎力
  2.刺鍼時の生体反応
  3.日常生活状態と自律神経機能の変化から見た治療のあり方
  4.訴えに対する局所治療と遠隔部治療
  5.低周波通電療法
  6.低出力レーザー治療等
  7.生体防御の仕組みと鍼灸治療の関わり
第3章 臨床からの鍼の治効,6つのメカニズム-生体機能を活用する治療学-
 第1節 科学的鍼灸治療法の構築
  1.鍼灸臨床の構造と科学的取り組み
  2.科学的取り組みの心
 第2節 鍼の治効,6つのメカニズム
  1.組織破壊による生体防御機転の刺激
  2.筋への刺鍼により,筋の過緊張を緩和し,血液循環を良くする刺鍼局所作用
  3.筋刺激による交感神経を遠心路とする反射機転
  4.皮膚・皮下組織刺激による副交感神経機能を主体的に高め,自然治癒力を高める機転
  5.閾値下刺激の鍼治療における意味
  6.自律神経機能を方向づける治療のまとめ
  7.「鍼の治効:6つのメカニズム」それぞれの特徴
第4章 治療の実際
 第1節 種々の訴えに対する治療の基本的な考え方
  1.東洋医学の証の意味と現代的な価値
  2.治療の構成,標治法と本治法
  3.組織損傷があると考えられるときの治療の考え方
 第2節 自然鍼灸学と基本的治療の体系
  1.基本的治療の体系
  2.基本的治療法の目的と手順
  3.「自然鍼灸学」と治療の実際
  4.自然鍼灸学,基本的治療と治療の実際
  5.自然鍼灸学鍼治療に用いる基本的刺鍼法
  6.30分で行う鍼治療の仕組みの基本的考え方
  7.種々の訴え,疾病に対する治療の組み立て
第2部  症候別治療論
第5章 内科疾患系症状治療論
 第1節 呼吸器の訴え
  1.呼吸器の訴えの診察
  2.呼吸器の訴えに対する治療
  3.鼻づまり,鼻水
  4.咳,痰
  5.風邪
  6.扁桃炎
  7.気管支喘息
 第2節 循環器の訴え
  1.循環器の訴えの診察
  2.心臓に対する治療とその考え方
  3.末梢循環障害に対する治療とその考え方
  4.動悸 ,不整脈
  5.浮腫
  6.高血圧
  7.低血圧
 第3節 消化器の訴え
  1.消化器の訴えの診察
  2.消化器の訴えに対する治療
  3.食欲不振
  4.種々の消化器症状
 第4節 泌尿・生殖器の訴え
  1.泌尿・生殖器の訴えの診察
  2.泌尿・生殖器の訴えの治療
  3.夜尿
  4.月経痛
  5.更年期障害
 第5節 脳,神経の訴え
  1.頭痛
  2.目の疲れ
  3.めまい,耳鳴り
  4.精神不安(いらいら) ,抑うつ状態(落ちこみ),不眠
  5.神経痛
  6.自律神経失調と心身症,神経症
  7.パーキンソン病
  8.スモン
  9.脳血管障害
 第6節 皮膚の訴え
  1.皮膚と鍼灸治療
  2.アトピー性皮膚炎(痒み,皮膚のざらつき)
 第7節 全身的一般症状
  1.冷え
  2.疲労と倦怠
  3.微熱
 第8節 小児と高齢者の治療
  1.小児の治療
  2.高齢者の治療
第6章 運動器疾患系症状治療論
  1.腰痛
  2.頸肩腕痛
  3.背痛
  4.運動痛
  5.変形性関節症
  6.五十肩
  7.炎症性関節痛
  8.捻挫
  9.関節リウマチ
  10.肩こり

 おわりに
 文献一覧
 索引