やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 産婦自殺が妊産婦死亡の死因の第1位であることが,国内外の調査で明らかになっています.その原因の多くは産褥精神病や重症の産後うつ病で,これらは母子心中や嬰児殺にもつながりえます.産後に起こる重症の精神障害は,早期に発見され,早期に治療を受ければ,一般的に予後の良いものです.産婦自殺・母子心中で亡くなっている方々の命の多くは,救える命であると考えられます.
 日本にはすぐれた親子保健システムがあります.メンタルヘルス不調の母親には,産科医・助産師・看護師・精神科医・小児科医・精神保健福祉士・医療ソーシャルワーカー・救急医など,さまざまな職種がかかわります.ただ,こと自殺念慮のある母親への対応となると,「どのように対応すればよいかよくわからない」「下手に対応すると自殺したい気持ちを刺激してしまうかもしれないので怖い」などの不安を覚える関係者も多いと思います.また,「困っているお母さんを何とか助けたい」という思いはどの職種にも共通でしょうが,職種間で認識にちょっとした溝があるかもしれません.その溝を埋めるようにして同じ方向を向いて産婦自殺予防を考えられるようなマニュアルがあればという思いで,本書を執筆しました.
 本書では,既存の親子保健システムを活用しながら,医療・保健・福祉が連携して,どのように自殺のリスクのある妊産婦を発見するか,どのようにケアしていくべきかについて解説します.
 本書が,自殺念慮のある母親やその家族を地域でサポートしている親子保健関係者の方々にとって,少しでもお役に立つことを心より願っています.
 2021年5月
 立花良之
 国立成育医療研究センターこころの診療部乳幼児メンタルヘルス診療科
 信州大学医学部 周産期のこころの医学講座
 2018〜2020年度日本医療研究開発機構成育疾患克服等総合研究事業「周産期メンタルヘルスの改善に向けた予防的治療介入法の開発 産婦自殺・母子心中をゼロにする地域母子保健システム及びハイリスク者の早期発見・早期介入システムの確立」研究代表者
第1章 産婦自殺・母子心中に関する基礎知識
 1.産婦自殺・母子心中の背景と現状
 2.産婦自殺・母子心中につながりうる精神疾患
第2章 地域親子保健での対応(1)「気づく」
 1.エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)で気づく
  1)EPDSとは
  2)EPDSの10個の質問項目
  3)EPDSの質問10が陽性点数だった場合
 2.EPDSを実施できないとき ……問診で気づく
  1)睡眠障害についての質問
  2)食欲についての質問
 3.リスク因子と保護因子のアセスメント
  1)リスク因子
  2)保護因子
 4.本人・家族の心理社会面の系統的なアセスメント
第3章 地域親子保健での対応(2)「支える」
 1.本人を支える
  1)本人への対応
  2)本人への心理教育
 2.家族を支える
  1)家族のサポート
  2)本人が精神状態に由来した興奮や攻撃性を呈しているときの対応
第4章 地域親子保健での対応(3)「つなぐ」
 1.ケースマネジメント
  1)ケースマネジメントとは
  2)ケースマネジメントの展開
 2.他機関との連携
  1)緊急の場合
  2)非緊急,かつ,精神科受診の必要がある場合
  3)非緊急,かつ,精神科受診までは必要ない場合
  4)育児・家庭環境に問題がある場合,出生児の安全確保が必要な場合
 3.幼児健診時や小児科医療で留意すべきこと
 4.多機関連携と当事者(本人・家族)の同意
  1)本人への説明と同意
  2)本人が自治体保健師への紹介に同意しない場合
  3)当事者の同意にもとづく多機関連携のプロセス
  4)説明時の注意点 ……当事者の気持ちとニーズに即して
 5.当事者(本人・家族)への情報提供
第5章 地域での取り組みの事例
 1.須坂トライアル
  1)須坂トライアルの背景
  2)須坂トライアルの概要
  3)須坂トライアルの展開
  4)須坂トライアルからわかったこと
 2.長野トライアル
  1)長野トライアルの背景
  2)長野トライアルの概要
  3)長野トライアルの展開
第6章 事例検討
 (症例1)妊娠期からの統合失調症が増悪したAさん
 (症例2)苦しい状況を表出できず,周りに気づかれていないBさん
 (症例3)退院後に,精神的不調から精神病症状を発症したCさん
 (症例4)子どもの病気によって,産後に精神病症状が出現したDさん
 (症例5)産後うつになった,慢性的に自殺企図のあるEさん
 (症例6)紹介した精神科治療が中断していたFさん
 (症例7)家族が24時間見守りをすると主張したGさん
 (症例8)無治療だった統合失調症が悪化して,産褥精神病になったHさん
 (症例9)精神科治療の中断など,医療機関での情報共有が不十分だったIさん
 (症例10)児の死亡などストレスが重なり,産褥精神病を発症したJさん
第7章 予防する 両親学級などでの啓発,利用できる社会制度・サービス
 1.両親学級などでの啓発
 2.知っておきたい社会制度やサービス
  1)社会資源の利用が望まれる場合と,その相談窓口
  2)母親の精神科療養のための入院形態
  3)精神科救急への連絡
 3.警察への連絡
資料 診療報酬上のインセンティブについて