やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 私は看護学生を対象とした疫学・保健統計学の講義をしています.その経験から,初めから公式を丸覚えして計算するだけの学習法では,疫学・保健統計学は,学生にとって大変馴染みにくい科目になってしまうと懸念しています.付け焼き刃的な学習法では,試験が終わったらすぐ忘れてしまい,将来の仕事で何の役に立つのか,よくわかりません.したがって,積極的に学習しようとする動機を見出すことができなくなってしまいます.本書では,単に疫学統計指標を算出するだけではなく,その疫学的意義,算出した結果を具体的にどう予防対策に生かすかまで考えてもらいたいという観点から,看護学生として学習すべき疫学・保健統計学の重要事項を中心に,本質をとらえる理論的な解説を心がけました.

 本書の執筆にあたり,特に以下の3点に留意しました.

1)具体的な事例問題から学ぶ
 予防医学・公衆衛生学や保健政策行政論と関連した具体的な事例問題を題材とすることによって,疫学・保健統計学の学習に興味を持って取り組めるようにしました.予防医学・公衆衛生学や保健政策行政論の内容への理解もさらに深まってくることを期待しています.
 臨床の看護師は患者さんにスクリーニング検査結果について説明する場面があります.公衆衛生看護では生活習慣病予防のためにリスクファクターについて保健指導を行う場面があります.疫学・統計学のエッセンスをしっかり理解していると,そういった場面で患者さんや対象住民の方に自分の言葉でわかりやすく説明することができます.

2)基本的な重要事項を整理する
 疫学・保健統計学の学習では,シンプルで典型的な良問を自分でじっくりと考えて解き,そこから重要なエッセンスを学び,重要事項を整理して覚えるようにすることが最も効果的です.
 特に理解と暗記が比較的むずかしい寄与危険度関連の算出に関する項目,スクリーニング検査に関する項目,ワクチン投与の効果に関する項目などについては,基本情報と1つの正方形の図で理解できるよう説明を工夫しました.

3)数学の確率論と結びつける
 高校数学や教養基礎数学の確率論をベースにして,疫学・統計学の内容を体系的に理解できるように,第IV部として「基礎数学のコーナー」を特別に設けました.ここでは,確率論,微分方程式の基礎について疫学・保健統計学と関連付け,わかりやすく解説しました.“格調高い” 数学の学習を楽しんでください.

 本書での学習をきっかけとして,教養基礎数学を自主的に生き生きと学習することを望んでいます.看護専門科目と連携した教養数理科目を学習することは,保健指導力や医療安全の向上に繋がると確信しています.

 本書で掲げた事例問題は,参考文献で示したように,疫学・保健統計学の専門書,医師国家試験の過去問,医療系大学入試の過去問などを参考にして,その内容を一部改変して作成しました.また,疫学・保健統計学の重要事項を整理するために,参考文献で示した多くの図書を参考にしました.ここに深く感謝申し上げます.
 本書の事例問題で示したデータなどはすべて学習用の架空のものです.実際に疫学・保健統計学を活用した保健医療活動を行うにあたっては,厚生労働省や都道府県・市町村の各自治体の公式ホームページ,最新の保健医療に関する知見,診断ガイドライン,保健指導ガイドラインなどを確認し,担当医師と十分に協働して行ってください.
 本書の出版に至るまでご助言をいただき大変お世話になった医歯薬出版株式会社に厚く御礼申し上げます.

 2016 年12月
 県立広島大学保健福祉学部教授
 広島大学医学部客員教授
 安武 繁
  序
第I部 リスク評価と予防対策
 第1章 生活習慣病予防対策の評価
  事例問題1 禁煙教育の効果を評価する
   Q1 喫煙に関連した相対危険度を求める
    相対危険度
   Q2 喫煙に関連した寄与危険度,寄与危険割合を求める
    寄与危険度/寄与危険割合
   Q3 喫煙に関連した集団寄与危険度,集団寄与危険割合を求める
    集団寄与危険度/集団寄与危険割合
 第2章 遡り調査による原因の推定
  事例問題2 食中毒の原因を推定する
   Q1 “ 記述疫学の3 要素” の図からわかること
    発症者の時系列分布の見方
   Q2 オッズ比を求める
    症例対照研究(ケース・コントロール研究)ではオッズ比を用いる/オッズ比/マスターテーブル法
   Q3 疫学調査の考え方
   Q4 疫学調査の判断
   Q5 集団食中毒の考え方
   Q6 オッズ比による原因食品の推定
 第3章 感染症予防対策の評価
  事例問題3 インフルエンザ予防ワクチンの効果を評価する
   Q1 絶対危険度減少率を求める
    絶対危険度減少率
   Q2 治療必要数を求める
   Q3 絶対危険度減少率と治療必要数の解釈
   Q4 介入研究について
第II部 スクリーニング検査による判定と保健指導のあり方
 第4章 スクリーニング検査結果の評価と保健指導
  事例問題4-1 潜在性結核感染症における保健指導を考える
   Q1 感度,特異度,有病率から“ 基本となる2×2 分割表”を完成させる
    “基本となる2×2分割表”の作成/有病率(検査前確率)/感度/特異度/集団全体と有病率,感度,特異度の関係を図示すると……/陽性反応的中度(検査後確率)/陰性反応的中度/陽性尤度比/陽性尤度比の意義/オッズの概念/検査前オッズ,検査後オッズと陽性尤度比との関係
   Q2 集団Bについて
   Q3 有病率(検査前確率)と陽性反応的中度(検査後確率),陰性反応的中度との関係
    有病率と陽性反応的中度,陰性反応的中度との関係
   Q4 保健指導で留意すべき事項
    スクリーニング検査で避けられない“2種類の誤り”
  事例問題4-2 HIV抗体検査における保健指導を考える
   Q1 HIV感染の有無とスクリーニング検査の結果との関係
   Q2 HIV抗体スクリーニング検査の結果を告知する際の保健指導の留意点
 第5章 判別基準値の設定と財政負担
  事例問題5 スクリーニング検査の効率を高める方法を検討する
   Q1 判別基準値を11と設定したときの感度,特異度
   Q2 判別基準値を14と設定したときの感度,特異度
   Q3 判別基準値を12,13と設定したときの感度,特異度
   Q4 判別基準値の設定による感度と特異度の関係
   Q5 スクリーニング検査結果に対する保健指導のあり方
   Q6 感度,特異度の条件による判別基準値の設定
   Q7 ROC曲線の作成
   Q8 ROC曲線による判別基準値の設定
    ROC曲線の意義
   Q9 自治体の費用負担による判別基準値の設定
   Q10 判別基準値の設定に関する考察
 第6章 2 種類のスクリーニング検査の組み合わせ
  事例問題6 2 種類のスクリーニング検査の組み合わせによる感度・特異度を考える
   Q1 2 段階法での感度,特異度
    第1段階の検査(直腸診検査)/第2段階の検査(血清PSA検査)/“最終的な”感度/ “最終的な”特異度
   Q2 同時法での感度,特異度
    確率論を用いた検査結果の考え方/ “最終的な”感度/ “最終的な”特異度
   Q3 2 段階法と同時法の比較検討
第III部 保健統計学
 第7章 疾病統計
  事例問題7-1 罹患率,有病率の算出法
   Q1 累積罹患率の定義
    罹患
   Q2 有病率の定義
    有病率
  事例問題7-2 人年法を用いた罹患率の計算法
   Q1 人年法について
    人年法
  事例問題7-3 標準化死亡比を求めて地域診断を行う
   Q1 粗死亡率を求める
    粗死亡率
   Q2 標準化死亡比を求める
    直接法による年齢調整/間接法による年齢調整
   Q3 標準化死亡比の利用価値について
  事例問題7-4 標準化罹患比について
   Q1 年齢調整罹患率を求める
    直接法
   Q2 標準化罹患比を求める
    間接法
   Q3 総合考察
 第8章 生存分析と生命表の作成
  事例問題8-1 生存分析と予後の評価
   Q1 Q2 生存分析の基本的な考え方
    生存分析の基本表
   Q3 Q4 生存分析の図を読み取る
    カプラン・マイヤー法に基づく生存曲線
  事例問題8-2 生命表の作成過程とその意義
   Q1 生命表の作成過程
   Q2 年齢と生存数の関係
   Q3 Q4 “ 定常人口”と平均余命の算出
    定常人口/平均余命
   Q5 生命表を作成する意義
    人口ピラミッドの意義
 第9章 人口統計学と数理モデル
  事例問題9 人口の数理モデルによる日本の人口推移の理解
   Q1 マルサスの人口モデル
   Q2 人口が際限なく増えない要因
   Q3 フェルフルストの成長曲線モデル
   Q4 人口が一定値に収束していく要因
   Q5 人口モデルの意義
   Q6 人口減少社会の対策
第IV部 基礎数学のコーナー
 第10章 確率論
    スクリーニング検査Aの陽性・陰性と疾病Bを有す・有さないの関係/和事象の確率の定理/確率の加法定理/余事象の確率の定理/ 4つの基本情報と確率論/条件付き確率/確率の計算式/ベイズの公式とベイズの定理
 第11章 微分方程式
    変数分離形の微分方程式/マルサスの人口モデルを表す微分方程式を解く/置換積分/フェルフルストの人口モデルを表す微分方程式を解く

 索引