やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 はじめに
 “リラックス”の言葉は“ストレス”の対として日常生活で用いられ,様々なリラクセーションの方法を活用している人も少なくないでしょう.“リラックス(relax)”の語源は,古フランス語の「負担や刑罰から免除される」や「密度や密集が緩い状態にする」,ラテン語の「再度(re)緩める(laxare)」や「緩んだ状態(laxare)へ戻す(re)」と,緊張や不安から解放された状態で,700年以上前から用いられています.タイ古式マッサージは2,500年以上の歴史があるとされ,リンパ液や血液の流れを改善し,自然治癒力の促進効果などから,治療だけでなく健康の維持・増進という予防の視点からも用いられています.呼吸法はそれよりもさらに古くから日常生活に取り入れられています.
 活動を行うときだけでなく,立ったり座ったりすることであっても,筋肉の緊張がなければ維持することはできませんが,われわれは日々意識することなく行っています.しかし,緩めることは意識しないと,なかなか獲得しにくくなっています.このような状態に対し,向ホメオスターシス効果を得たり,心身ともに整えたりすることは,生活のなかで不可欠であり,その方法がリラクセーションであり,人の健康にとって永遠のテーマの1つと位置づけることができるでしょう.
 本書で概説している方法は,緩めるということ以上に,その時々で求められるパフォーマンスの状態に合わせて【自己コントロール感】を高めるものとして位置づけています.より包括的な理解と対応として,精神分析的な理解やヘルスサイコロジー(health psychology:健康心理学)の内容を含めていることが,従来の行動療法の書籍とは異なる点の1つです.加えて,毎日の生活での対人関係がストレッサーにも“こころ”のエネルギー源にもなりますが,ストレス・マネジメントには円滑な対人関係が大きな位置を占めることから,社会文化的要素を含めてアサーティブ・トレーニングも含めている点があります.
 デイリー・ハッスルズ(daily hassles)から災害や事件が多発する日々のなかで,不安は高まり,緊張状態もなかなか緩みにくい状態です.健康維持増進のために効果的なこととわかっていても,日常生活に取り入れ,「緩める」ことはなかなか活かせません.本書で概説している方法のなかで,“からだ”“こころ”“人と人のかかわり”の各側面から,合うものを何か1つ取り入れてみられることを願っています.
 Let's effectively relax together!
 2015年9月 五十嵐透子

はじめに
 本書の最終の仕上げをしているときに,ニューヨークのワールドトレードセンターやペンタゴンに航空機が突入するというテロリストによる衝撃的な人工的災害が報じられました.それまでの人々の抱いていた安全性の感覚や保証がくつがえされ,直接テロリストのアタックに触れなかった人々にも,遠く離れた地域に住む人たちにも,程度の差こそあれ物質的なことだけでなく心理的に多大な影響が及んでいます.不安という目に見えないものが押し寄せ,そこから逃れられない状態に陥ってもなんら不思議のない出来事に直面し,その後遺症が世界的規模で続くなか,われわれは心身ともにいかに健康を保つのかという課題に直面しているのかもしれません.
 本書は医療に携わる“ヘルスケア・ワーカー”の人々,すなわち医師,ナース,臨床心理士,介護福祉士などの皆さんとこれらの学生を主な対象として執筆したものですが,その内容は行動療法のもつ特徴からも様々な領域での活用が可能なもので,教育,福祉,地域保健に携わる方々はもちろん,子育てをしている方々まで,“こころ”と“からだ”のセルフ・コントロールを望まれるときにぜひ手にとっていただきたいものとなっています.また,臨床的問題がある方だけでなく,現時点では問題がない方にとっても,援助を受ける側も提供する側にも,現在の健康状態を維持したり向上するヘルス・プロモーションの1つの方法として活用していただけるものではないかと思います.さらに,実践にあたって活用しやすいものを,知識だけではなく実際に行えるように豊富なイラストをとり入れながらその方法を解説し,それぞれの根拠となる点も含めて書いてありますが,今回はあくまで入門的な内容としてまとめることを意図したため,さらに専門性を高めるためには1つひとつのものがより詳しく書かれた本を読んだり,ワークショップなどでトレーニングを受ける必要があるでしょう.
 本書の特徴として,精神分析的な見方やヘルスサイコロジー(health psychology:健康心理学)の内容も含まれていることが従来の行動療法の本と異なる点としてあげられるかもしれません.これには,筆者が臨床心理学でクライエントの問題や状態に合わせた折衷派的アプローチ(eclectic approach)をとることが影響しています.1つの現象を多角的にとらえ,よりクライエントの状態に応じた対応が必要になるのではないかというスタンスに立ったものです.
 最後に,ここに書かれていることの多くは数多くの人々,すなわち病院臨床でのクライエント,教育の中での学生たち,リエゾン・コンサルテーションの臨床のナースたち,そして他の臨床心理士や精神科医の方々から学ばせていただいたもので,金沢大学大学院脳情報病態学教室で精神科医と臨床心理士とともに数年行ってきたワークショップの内容をまとめたものです.これらの人々への深い感謝の思いを込め,本書が多くの人々のお役にたてることを願っています.
 Let's relax together!
 2001年10月 五十嵐透子
I リラックス状態の理解
 A.一般的にとらえられているリラックス状態
 B.パフォーマンスと不安の関係
 C.自己コントロールによるリラックス状態の獲得
 D.リラックス状態の効果
II リラクセーション・トレーニングの背景
 A.歴史的変遷
 B.行動療法の分類
  1.レスポンデント(古典的)条件づけ(respondent condition-ing;S-R理論)と新行動主義S-R仲介モデル
   1)刺激-反応プロセス
   2)汎化と弁別
   3)消去
   4)レスポンデント条件づけをめぐる新しい動向
  2.オペラント条件づけ(operant conditioning)と新行動主義に基づく応用行動分析モデル
   1)強化(reinforcement)とは
   2)強化のタイプ
   3)強化スケジュール
  3.社会学習理論モデル(social learning theory model)
   1)直接的学習から間接学習(代理学習;vicarious learning)へ
   2)モデリングと4つの段階
  4.認知行動変容モデル(cognitive-behavioral modification model)
  5.第3世代の行動療法
 C.行動療法の特徴と原則
  1.療法としての特徴
  2.行動療法で用いられる尺度
  3.基本的概念と構成要素
   1)情報提供と教育的要素
   2)責任所在の明確化
   3)受動的集中(passive attention)
   4)トレーニング・練習の必要性
   5)目的指向的・問題解決的なアプローチ
 D.行動分析(behavioral analysis)
III リラクセーション技法の種類と活用の実際
 呼吸法(breathing therapy)
  ・適応
  ・深呼吸による身体的・心理的効果のプロセス
   1)生理学的効果
   2)認知的効果
   3)呼吸と感情の密接な関係
  ・呼吸法の種類
  ・指導手順
   1)腹式呼吸の説明
   2)カウント方法
   3)鼻腔からの吸気と口腔からの呼気
   4)既往歴のチェック
  ・呼吸法の実際:スタンダード
  ・呼吸法の実際:バリエーション
   ─座位の場合
   ─臥床の場合
   ―イメージを併用して行う場合
   ―疼痛のある場合
   ―緊張性頭痛の場合
   ―喘息やパニック発作に対し
   ―グループで行う場合
   ―1人で行う場合
  ・効果的な呼吸法の指導における留意点
 漸進的筋弛緩法(progressive muscle relaxation;PMR)
  ・適応対象
  ・簡易法とJacobson法
  ・指導手順
  ・PMRの実際
   ―簡易法1(9つの筋肉グループ)
   ―簡易法2(4つの筋肉グループ)
   ―簡易法3(両手から肩,顔面を1度に行う)
   ―座位の場合
   ―立位の場合
  ・効果的なPMRの指導における留意点
  ・インストラクションの1例
 自律訓練法(autogenic training)
  ・主要な概念
   1)自律性
   2)受動的集中(passive concentration・passive attention)
   3)解除(取り消し動作)の必要性
   4)練習の継続の必要性
   5)個別的な選択
  ・適応対象
  ・限界・弊害と留意点
  ・6公式
  ・方法
  ・インストラクションの実際
   ―背景練習から第1公式(重感練習)
   ―重感から温感練習へ
   ―心臓調整練習
   ―その他の加えることができるフレーズ
  ・インストラクションの1例
  ・自律性瞑想エクササイズ(meditation exercise)
 系統的脱感作法(systematic desensitization;SD)
  ・主要な概念
   1)逆条件づけ(the process of conterconditioning)
   2)消去(extinction)
   3)習慣化(habituation)
   4)その他の要素?パニック症におけるライフスタイルへの直面化
   5)新しいコーピング方法の学習
  ・指導手順
   1)不安の種類の評価
   2)不適切状態の動機や因子の明確化
   3)実施回数・時間
  ・実施方法
   1)リラクセーションの練習
   2)不安段階リスト(fear hierarchy list)の作成
   3)リスト作成の手順
  ・不安段階リストの実例
   ―高所恐怖症
   ―飛行機恐怖
   ―顧客との接触恐怖
   ―テスト不安
   ―犬恐怖
  ・不安段階リストに沿った練習
  ・イメージから現実の場面(in vivo)への移行
  ・効果的なSDの指導における留意点
 認知行動変容療法(cognitive-behavioral modification therapies)
  ・適応対象
  ・留意点
  ・主な方法
   1.論理療法(rational-emotive therapy;RET)
   2.認知療法(cognitive therapy)・認知行動療法(cognitive behavioral therapy;CBT)
   3.自己教示トレーニング(self-instructional training;SIT)
   4.ストレス免疫法(stress inoculatin training)
 アサーティブ・トレーニング(assertive training)
  ・社会・文化的背景
  ・コミュニケーションタイプ
  ・適応対象と留意点
  ・アサーティブな行動のタイプ
  ・アサーティブな行動をとる場合の考慮する点
  ・アサーティブな行動の阻害因子
  ・アサーティブな行動の11ポイント
  ・アサーティブ・トレーニングに含まれるもの
  ・効果的に実施するための留意点
  ・DESC法:アサーティブな問題解決

 コラム
  ストレスのとらえ方
  Lazarusの多面様式療法(multimodel therapy)
  セルフ・エフィカシー(self-efficacy)
  セラピューティック・アライアンス(therapeutic alliance)
  学習性無力感理論(learned helplessness theory)
  ストレッサー(stressor)
  自分を整える
  ガス交換の効率化
  左右の大脳半球
  鼻腔内の刺激
  体位と自律神経系
  音楽とリラックス状態
  骨格筋の特徴
  移行対象(transitional object)としての音声データの存在
  顎関節症(temporomandibular disorder;TMD)
  催眠療法(hypnosis)
  境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder)
  心身症(psychosomatic disorders)
  頭痛
  パーソナル・サイエンス(personal SCIENCE)
  自我同調性(ego-syntonic)vs自我違和性(ego-dystonic)
  認知的不協和(cognitive dissonance)
  アレキシサイミア(alexithymia)
  アンビバレンス(両価性:ambivalence)
  ソーシャル・スキル・トレーニング(social skill training;SST)