やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 表紙のイラストのイメージを考えてみましょう.中央部の立体のグルグルは本書のテーマの“情動“で,いくつもの層(様々な種類・深さの情動)をもっています.この“情動”はその周囲の人々が体験し,やりとりをしている中で生じています.その中のひとりの人ともうひとりの人の間かもしれません.あるいは3人の間やグループなのかもしれません.さらに,生じた“情動”への対応はひとりで行うのかもしれませんし,複数あるいはチームで行うのかもしれません.もしこれらが効果的になされると,バランスのとれた,ひとりの人,そしてチームとしても創造性や能力が発揮され,効果的な協働活動につながりやすいでしょう.みなさんは,どのようなイメージを抱かれますか.
 対人援助に関するものというとても難しいテーマに挑戦することに決まってから,かなりの時間を要しました.どこに焦点を当てれば,対人援助における「あ〜,そうか」から,「やれそう」「こんな風にやってみよう」「効果的にできた」となるのでしょうか.様々な要素を考えましたが,対人援助にポジティブにもネガティブにも影響する“情動”を中心として,文化を含めた多角的・包括的理解とアプローチ,チームでの活動や関連要素,そして対人援助者である自らに真摯に向かい合うことなどで構成しました.
 理解し,そして実践へと近づくように,1章〜3章を,“わかる“ための主要な要素として,“情動”と文化や様々な能力,そして多角的・包括的理解とアプローチを含めました.これらを踏まえ,4章〜6章は,“できる“に近づくように構成しています.少しでも「あ〜,そうか」や「効果的にできたかな」となるためには,自分が体験してみないと獲得できにくいため,“try”を挿入しました.“try”では,その先を読み進める前に,あなた自身はどう考えたり,どのようにしていたり,どのように対応するのかを立ち止まって考えてみてください.
 加えて,ヘルスケア領域を中心としていますが,学生やそれぞれの領域で専門家として成長していく人たちにとっても,彼らにかかわる経験者にとっても,そして対象となるクライエントや家族へのより多角的・包括的理解とケアを試みるために,子どもたちや家族,教育領域も含めた内容としました.
 クライエントだけでなく,同僚や上司,家族などの対人関係をより効果的なものにしたいとき,何かつまずいたとき,あるいは,見つめ直したいときに,ぜひ本書を開いてみてください.対人援助において,“できるようになること”は,挑戦し続ける道のりでしょう.少しでも本書が役立つことを願って…
 be honest with yourself and connect with others!!!
 2007年4月
 五十嵐透子
1章 情動
 1.“こころ”のエネルギー
 2.コミュニケーション
  1)複数レベルでの活動
  2)コミュニケーションと対人関係
 3.情動の種類
  1)情動とは
  2)情動のカテゴリー
  3)ポジティブな情動とネガティブな情動
  4)情動の種類
   (興味・関心 愉快・喜び 驚き 苦痛 恐怖感 嫌悪感 怒り 羞恥心 感謝 謝罪/容認・許す)
2章 情動に関する様々な要因
 1.情動と文化
  1)情動体験と文化的影響
  2)相互独立的自己観と相互協調的自己観
  3)日本人の情動志向性
 2.情動体験をそのまま体験しにくくするもの―評価懸念(fear of negative evaluation)
  1)自己概念の発達
  2)評価懸念とその対処
 3.情動にかかわる能力
  1)学習したリソースフルさ―資源の豊かさ(learned resourcefulness)
   (リソースフルさと自己コントロール 様々な経験の積み重ね コミュニケーション・スキル)
  2)エモーショナル・インテリジェンス(emotional intelligence;EI)
   (エモーショナル・インテリジェンスに含まれる能力 エモーショナル・インテリジェンスを高める―“できる”へつなげる)
 4.ネガティブな情動を体験しやすい場面
  1)6つの場面
   (人としての威厳,尊厳,尊重や自己価値を無視されたり,軽視されたりしたとき 自由度やコントロール感覚が制限されたり,意思に反した行為をとらされるとき 愛情や結びつき,自分の重要度が感じられないとき 公平性や真実,誠実さが感じられないとき 安全感や安心感が損なわれるとき 信頼感を抱けないとき)
  2)変わること,変えること
  3)本人以外の人が本人不在で変えようとすること
 5.コミュニケーションでのネガティブな情動の影響
  1)落ち込む
  2)逆上する,激怒する,情動的に反応する
  3)言い訳する
  4)聞き流す
  5)メッセージに合わせて,必死に努力する
  6)メッセージを役立てる
 6.円滑なコミュニケーションへのヒント―あなた自身
  1)自分のパターンを見つめ,受け入れる
  2)情動的に反応しないようにする
  3)どのような情動であっても,ほどよい表出を
  4)メッセージをどのように理解したか,理解したことが適切であるかを確認する
  5)メッセージに同意できるか否かの判断
  6)同意した場合でも,“今”の自分に行えるか否かを考え,その結果を相手に伝える
  7)情動的になったり話し合いができにくい状態であれば,その場を離れて冷静になってから話し合う機会をもつ
3章 包括的理解
 1.バイオ・メディカル・モデル(bio-medical model;BMモデル)
  1)宗教や教会の支配とその影響による二元論(dualism)
  2)還元主義(reductionism)
 2.一般システム理論(genearl system theory)
  1)開放性(openness)
  2)境界(boundary)
  3)全体性(wholeness)
  4)非総和性(non-summativity)
  5)ホメオスターシス(均衡作用;homeostasis)
   (モルフォスターシス モルフォジェネシス)
  6)エントロピー対ネゲントロピー
   (エントロピー ネゲントロピー)
  7)円環的因果関係(circular relationship/causation)
 3.バイオ・サイコ・ソーシャル・モデル(bio-psycho-social model;BPSモデル)
  1)BPSモデルの発展―個人レベルからシステムまでの多角的・包括的アプローチ
  2)BPSモデルにもとづく情報収集
  3)BPSモデルの実践
 4.リフレーミング(reframing)
 5.ナラティブ・アプローチ(narrative approach)
  1)ナラティブ・アプローチ
  2)ストーリー
  3)限定した浅く狭いストーリー
  4)豊かなストーリーの効果
  5)家族の6つのネガティブなストーリー
   (ヘルスケア・ワーカーに専門性を発揮させない家族 専門性へ侵入する家族 クライエントに望ましくない影響を及ぼす家族 問題家族 援助関係づくりが困難な家族 援助方法を見いだしにくい家族)
  6)関係中心ヘルスケア(relationship-centered health care)
  7)ストーリーの共有
  8)豊かなストーリーへ
4章 自分の抱く情動との調整と様々な対応
 1.メッセージの送り手と受け手
 2.メッセージの送り手―(1)メッセージを送る前に
  1)メッセージの目的の明確化
  2)“話しやすい雰囲気づくり”と“話し合うことに集中できる場面設定”
  3)メッセージに関する共通基盤のアセスメント
   (専門用語)
  4)共有する時間をもつことへの理解や働きかけ
   (主訴の確認と共通理解 来談者)
 3.メッセージの送り手―(2)メッセージを送る
  1)相手がメッセージを受け取れる状態か否かの確認
  2)メッセージの送り方
   (メッセージの受け手が理解できる表現を用いる メッセージの伝え方)
  3)メッセージが受け入れにくい状態
   (メッセージの受け手が,送り手以上に知っている 受け手の質問のしにくさへの対応)
  4)メッセージを送りながら,受け手の理解を把握,調整
 4.メッセージの受け手―相手のメッセージを受ける
  1)今,メッセージを受け取れるか否かを伝える
  2)送られたメッセージを自分の言葉で伝える
  3)様々な場面
 5.クライエントから質問を受ける―聴くこと
  1)まず,質問の背後にあるものに関心を向ける
  2)必要に応じた対応
 6.不満や怒りを向けられる
  1)ケアの提供者に直接言われる
   (クライエントや家族の発言の途中で発言したり,弁解する すぐに謝罪をする 何も言えず,あるいは何も言わず,沈黙状態になる クライエントや家族からのメッセージをどのように理解したのかを要約し,共通理解をする)
  2)管理者や外部機関などをとおして,間接的に言われる
 7.記録をする
 8.その他
  1)基本的マナーを学んできていない
  2)「わからない」「知らない」
  3)ネチケットや挨拶,接客態度
  4)使える語彙の少なさ
5章 チームで取り組むヘルスケア
 1.チーム医療
 2.カンファレンス(conference)
  1)カンファレンスの種類
  2)カンファレンスの機能
  3)カンファレンスの構造
  4)カンファレンスの実情
  5)機能的チーム・カンファレンスの課題
 3.シートを活用したチーム医療
 4.コンサルテーション・リエゾン活動
  1)コンサルテーション(consultation)とは
  2)コンサルテーションの特徴
   (コンサルティーとコンサルタントの関係 オンサイトでの実施 オンデマンドでの実施 コンジョイント行動コンサルテーション)
  3)リエゾン(liaison)
  4)コンサルテーション・リエゾン精神保健活動で焦点が置かれやすい困難な状態
  5)同職種間と異職種間のコンサルテーション―スペシャリスト対ジェネラリスト
   (同職種間のコンサルテーション スーパービジョン スーパービジョン・モデル プリセプターシップ 異職種間のコンサルテーション)
  6)コンサルテーションの効果
6章 “できる”ことへのヒント
 1.ひとりの“人”としてとらえる
 2.自分自身の考え方や感じ方,行動などを客観的にとらえようとする不断の試み
 3.好奇心をもち,眺め,聴き,考える
 4.現在の自分に可能な範囲で,自分の在り方や意味を考える
 5.言葉を自分のものとして使う
 6.多角的・包括的に考え,焦点化する部分と,統合してとらえることを同時に働かせる
 7.“ありのまま”に理解し,とらえる

 文献
 索引