やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版に当たって
 この『原論』を使ってPT・OTの学生諸君や院生に講義をしている.不足する資料や時代に遅れるデータを補足しながらの講義になる.短い講義時間では地域リハビリテーションの全容を伝えることはできないが,骨格を押さえて講議できることと,1年間の時代の流れや自分自身の考えかたの整理もできて,自分では重宝している.ただ,講義が前提となっているので図表は多いが,これだけを読んで理解しにくい人たちもいるのではと思う.
 高齢者のリハビリテーションについては,厚生労働省から2003年6月26日に出された「高齢者介護研究会(委員長:堀田力氏)」の『2015年の高齢者介護』を基本として,中村老健局長の私的諮問機関である「高齢者リハビリテーション研究会(委員長:上田敏氏)」が2004年1月29日に『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』と題する報告書を出した.
 『2015年の高齢者介護』では,介護予防・リハビリテーションがかなり色濃く論ぜられている.サブタイトルが「高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて」というのも格調が高い.今後の具体的対策として老人保健事業と介護予防事業の見直しをあげ,老人保健事業(機能訓練事業のことか)を検証したいとしていることに期待したい.
 リハビリテーションの記載のなかに,急性期・回復期が医療で,維持期は介護の分野とし,医療が川上,介護が川下とした少々軽い表現があるのは気になった.本来医療も介護も同時になされるものであるからである.また,「生活機能が重度になっても改善の可能性を求めて,自立に向けた取り組みを行なうこと」と自立を強調されているが,介護の領域で自立をあまり声高に主張すると,自立しえない人たちへのリハビリテーション的なまなざしが薄まってしまうことが懸念される.重介護で自立しえない人たちであっても,人間らしく介護されている人々は多い.
 『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』でも,介護予防が強く意識されている.文脈としては急性期・回復期・維持期のリハビリテーション医療で,脳卒中や骨折を中心にした急性期モデルと廃用症候群モデルの2つをあげ,痴呆に関しては,リハビリテーションは今後に期待するとしている.
 また,リハビリテーションを一般に普及させるために,関係者を含め啓発活動が重要であると述べている.今後の高齢者リハビリテーションの指針となると思われるが,一概に高齢者としてくくり切って整理しにくい制度上の課題などは,今後とも議論が必要であると思われた.
 主にADLを中心にした身体機能が議論の中心であったのか,社会・心理的な部分への言及が少なかった.また,リハビリテーション医療の地域隔差の解消についての議論もほしいところであった.
 地域リハビリテーションの定義は,1991年日本リハビリテーション病院協会(現在,日本リハビリテーション病院・施設協会)で出されたものが,2001年により現実的なものに改訂(9頁)されたが,ノーマライゼーションに向けた諸活動の一つであるという本質的な認識に変更はない.
 地域でのリハビリテーションは,人々を最期まで人間らしくお世話できるよう包括的一体的サービスが提供できるようにシステムを構築することによって実効性を得るはずである.それぞれのサービスの量と質を高める大切さはいうまでもないが,それを効率よく提供できるネットワークの構築ということである.そして何よりもそのことを大切に思う人々が増えることが一番大切かもしれない.地域リハビリテーション活動はこのようにしながら地域を変えていくことである.
 この冊子が地域リハビリテーションの発展に少しでも役立てばうれしい.
 平成16年2月
 大田仁史

第2版に当たって
 『地域リハビリテーション原論』を上梓してまだ1年が経たないが,おかげさまで予想を超える多くの人々に読んでいただき急遽増刷することになった.しかし,なにせ講義の教材用にとレジュメを集めて急いで編集したため,初版はずいぶん荒っぽい内容になり,内心忸怩たるものがあった.また親しい読者からは図表や内容について,増刷の折りには少しでも改めてほしいという積極的なご意見やご要望をいただいた.誠に有り難いことだと感謝の気持ちで一杯だった.ことに,社会心理的評価や終末期リハビリテーションについては関心が高く,この間,私自身も随分勉強になり,それなりに考えも深まったように感じた.
 「地域リハビリテーション」の定義に関しては,2001年10月に沖縄で開かれた日本リハビリテーション病院・施設協会の理事会で一部改められるなど大きな変化があった.さらに,全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会の第1回の研究大会が2001年12月15,16日に東京で開かれたり,パワーリハビリテーション研究会が立ち上がって,平成14年2月に第1回の研究大会が開催されるなど,このところリハビリテーションにかかわる動きが非常に活発化しているように感じられた.
 一方,介護保険と保健事業である機能訓練事業との関係も極めてホットな議論が展開されており,介護予防,地域リハビリテーション支援推進事業,介護保険がらみでは介護老人保健施設や在宅でのリハビリテーション等についてもたびたび耳にし,まさに地域におけるリハビリテーションの機運は急速に高まっているように思える.私も茨城県立医療大学で2002年1月に開催された第6回日本在宅ケア学会の会長講演で,これらの動向をふまえて発表させていただいた.
 このような時期なので,時代に遅れることのない内容をと考えているおり,増刷の機会なので,第1刷を購読してくださった方には大変申しわけないが,第2刷は思い切って改訂版にしてはということになった.
 大きく変わったところはないが,図表は新しいものを追加したり,わかりやすく改変したものもある.終末期リハビリテーションについては「定義」を試みた.意のあるところをおくみとりいただき,改訂版についてもぜひご意見をたまわりたい.
 今後も読者と共に恐れず改訂を続け,常に新しい「原論」にしたいと考えている.
 平成14年3月
 大田仁史


はじめに
 「地域リハビリテーション」という言葉がようやく市民権を得るようになった.何をもって正式とするかは別として,厚生省(現在,厚生労働省)がはじめて使 ったのは,おそらく地域リハビリテーション支援推進事業の検討が始まってからだと思う.日本リハビリテーション医学会では随分前から使われていた.しかしその定義はなく,当初は「地域とは何ぞや」といった哲学的な話から在宅での理学療法の方法論まで,ないまぜになった議論が展開されていた.しかもなお現在もマイナーな領域である.全国地域リハビリテーション研究会が発足したのは25年も前であったが,この会でも定義を明確にするにはいたらなかった.1991年に日本リハビリテーション病院協会(現在,日本リハビリテーション病院・施設協会)の地域リハビリテーション検討委員会が,今後変更されうることを前提に,それまでの多くの議論を集約するかたちで定義したものが現在では一般的になりつつあるように思う.
 たしかに「地域」と「リハビリテーション」の双方とも広い意味合いで使われてきた言葉であるので,合成された「地域リハビリテーション」をきちんと定義しようとするとなかなかむずかしい.そういう意味からしても,その落ち着き先はなお不透明かもしれない.ただ,ノーマライゼーションに向かってあらゆる領域の活動を包含していこうとする流れで整理しようとするのは,大方の了解するところではないかと思う.
 このような状況のなかで少子高齢社会を迎えてしまった.病院をはじめとして,施設,在宅の現場には具体的なリハビリテーションケアのニーズが高まる一方である.介護保険の導入と同時に「介護予防」や「リハビリテーション前置主義」といった新語も登場した.そのいずれも,理学療法や作業療法などリハビリテーション医療の中心的な技術を保健や介護の現場に導入しようとするものである.保健から始まって福祉の領域まで,確実にリハビリテーション医療で培われた技術が必要とされる時代になったのである.
 たしかに技術としてのリハビリテーションは急速に進歩した.しかし,よくよく現場をみてみると,急性期の医療においても福祉施設においても,また在宅サービスにおいても,リハビリテーションケア(リハビリテーション・ケアではない)の絶対量が不足している.もちろん専門職種が不足しているのだが,一方翻 って考えてみると,リハビリテーションの思想・技術がまだまだ医療者,福祉関係者,一般に普及していないように思える.がんを予防するのと同じように寝たきりになることを予防する感覚が乏しい.人々の多くが,人間にふさわしいケアのなされないがんの末期と同じように,寝たきりの状態がいかに非人間的であるかを知らないのである.そして何より悲しいのは,悲惨な姿の寝たきりになることが十分防げることを知らないことである.
 21世紀は人権の時代ともいわれる.人権の反対の極は虐待である.つくられた寝たきりはまさに虐待である.ハビルス(habilus)の語源はラテン語で,適する,ふさわしい,という意味であることはリハビリテーションを学ぶ者はだれでも知 っている.これはまさに虐待のアンチテーゼである.リハビリテーションの理念は,疾病や障害,老衰などによって人から人間らしさを奪わない,すなわち虐待をしないという決意の表明ともいえる.この理念がすべての人々の常識になることを願う.
 どんな姿になろうとも人間が人間でなくなるわけではない.人間が人間であるために根本的に求められることは何か.それはかかわる者がその人をどれだけ人間としてみることができるかにかかっている.現在,リハビリテーションはそのことを医療の現場に厳しく問いかけている.保健や福祉の現場においても同様ではなかろうか.リハビリテーションの理念と技術は,保健・医療・福祉を含め生活にかかわるあらゆる領域に求められている.リハビリテーションケアという言葉が一般的に使われるようになることを期待したい.
 茨城県立医療大学の理学療法学科,作業療法学科,看護学科の地域リハビリテーション概論の講義用にノートを作 った.500部ほど印刷したが不足してしまった.地域の課題は日々変わる.教材も柔軟に対応しなければならない.変革の時代には進んで時代を切り拓く考えも提示する必要がある.そのようなことを考えながら毎年自分で編集するのは正直しんどい.そのことを医歯薬出版の岸本舜晴氏に話したところ,私見を含めて論ずること,場合によっては毎年改変することも可能であるとの配慮をいただき,「原論」としてこの書を上梓することを勧められた.ご批判は大歓迎.繰り返し改定して論を深め,学生諸君に必要に応じ新しい原論を提示できればこんな幸せはない.
 平成13年盛夏
 大田仁史
地域リハビリテーション原論 Ver.3 目次

第3版に当たって
第2版に当たって
はじめに

PROLOGUE
1.地域リハビリテーションとは
 (1)思想としての地域リハビリテーション
 (2)地域リハビリテーションの定義
2.地域リハビリテーション活動の基本
3.在宅リハビリテーションと病院(施設)内リハビリテーションの考えかたの整理
4.地域リハビリテーション活動の時代的流れ
5.制度にみられる地域リハビリテーション
6.介護保険とリハビリテーション
7.保健事業としての機能訓練事業の重み
8.機能訓練事業全国アンケート調査概要
9.退院してから苦難のリハビリテーション
10.閉じこもり症候群の予防
11.終末期のリハビリテーション
12.地域リハビリテーションにかかわることなど
13.諸外国の地域リハビリテーション

 [付録] 各種評価法等
 索引
●図
 図1 医学の関心のベクトル
 図2 病期と医療の関心
 図3 CVA(脳血管障害)者の心身機能の経年的変化
 図4 情緒支援ネットワーク尺度(宗像)の経年的変化
 図5 地域リハビリテーションの概念
 図6 機能訓練事業および介護保険の対象者
 図7 機能訓練事業利用者の疾病の種類と施設数(重複回答)
 図8 機能訓練事業と介護保険の関係の推移
 図9 都道府県リハビリテーション協議会,都道府県リハビリテーション支援センターおよび地域リハビリテーション広域支援センターの設置
 図10 地域リハビリテーション支援体制(茨城県)
 図11 支援費制度のしくみ
 図12 要介護認定の申請から認定まで
 図13 介護保険制度の仕組み
 図14 高齢者の介護保険制度とリハビリテーション医療の関係
 図15 介護予防という新しい概念とリハビリテーション医療の位置
 図16 介護保険下で介護予防に働く力
 図17 居宅サービスと施設サービス
 図18 機能訓練事業の流れと広がり
 図19 ライフタイムとリハビリテーションケアの階層性
 図20 機能訓練事業全国調査有効回答の推移
 図21 介護保険認定者の機能訓練事業利用状況
 図22 孤独の殻を破るピアサポート
 図23 退院へのソフトランディングな移行
 図24 閉じこもり症候群
 図25 動作と行動の目標
 図26 交通バリアフリー法
 図27 リハビリテーション医療・ケアの流れ
 図28 基本姿勢:守るも攻めるもこの一線
●表
 表1 主な地域リハビリテーション活動等の年表
 表2 40〜64歳の人が対象となる特定疾病(厚生労働省)
 表3 認定状況の変化
 表4 入院時と退院後の支援内容
 表5 「閉じこもり」アセスメント(簡略版,厚生労働省,2000)
 表6 身体機能基本評価(大田・澤)
 表7 Barthel Index(BI)
 表8 障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(厚生労働省)
 表9 痴呆性老人の日常生活自立度判定基準(厚生労働省)
 表10 SDS:自己評価式抑うつ性尺度
 表11 QUIK:自己記入式QOL質問表
 表12 QUIK集計表
 表13 老研式活動能力指標
 表14 社会生活能力評価
 表15 在宅の中高齢者のSR-FAI標準値(蜂須賀)
 表16 HDS-R:改訂 長谷川式簡易知能評価スケール
 表17 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像恒次)
 表18 家族介護負担調査票(浜村)
 表19 機能訓練事業評価表(大田)