やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 これまでに様々なコミュニケーションに関する書籍が出版されています.今回,本書をまとめるにあたっては,対人関係のコミュニケーションのどこに焦点を当てたものが望ましいかと考え,一場面ごとに異なるコミュニケーションではあっても,そこに共通するものはあるはずで,いわゆる「正解」のない“人と人との関係”における様々な要因を取り上げ,コミュニケーションの焦点を明らかにするよう努めました.
 わたくし自身,クライエント,学生,同僚,組織の構成メンバー,外部の人々,友人たちとのコミュニケーションのなかで学ぶことは続いており,同時に人と人が“わかり合う”ことの難しさを痛感する毎日のなかで,コミュニケーションに関することをこのような1つの形にすることに不十分さと抵抗を感じずにはおられません.しかし,たとえば,クライエントを理解したいという思いをより効果的な実践につなげるためには,コミュニケーションの基本的知識をその根拠も含めて理解し会得することが不可欠であり,そのために活用されることを願って本書をまとめるに至りました.
 本書中には“自分を見つめる“ことが異なる視点をとりながら繰り返し出てきますが,より効果的なコミュニケーションを営むためには,自責の念にかられることなく自分を見つめることが必要となります.タイトルに“自分を見つめる”というフレーズを入れたのも,そのことを強調したかったからです.また,相手を見つめ理解しようとするときには,どうしても一方的なとらえ方をしがちですが,“自分を見つめる”ことも含んだ包括的な視点をもつことが求められ,さらにそこでは文化的背景も忘れてはならないと思います.
 本書の内容は,上記のような考えのもとにヘルスケア・ワークを中心にした場面を多く取り入れながら展開したものですが,教育や保健,福祉などの領域においてもコミュニケーションの基本として共通するものと考えており,より効果的な実践のために広く活用されることを願っております.
 最後に,草稿に対し数多くのご指摘をいただきました,国際基督教大学名誉教授でおられ,人間性心理学やコミュニティー心理学,異文化間心理学などの幅広い領域での研究をしておられる星野命先生に深く感謝しております.また,本書の完成までねばり強くサポートしていただきました医歯薬出版株式会社の編集担当の方々と,本文の内容からイラストにまとめてくださった小川さゆりさん,わたくしの希望どおりのカバーデザインを作っていただいた国井 節さんと国井京子さん,そして,数多くの方々と家族にこころから感謝しております.
 Let's listen to each other!
 2003年6月 五十嵐透子
 本書の視点と特徴

I 安心感(a sense of secure)と信頼感(a sense of trust)
 1.日本社会における安心感
 2.安心感と安全感
 3.医療場面における安心感と信頼感
II カウンセリング・マインド counseling mind
 1.カウンセリングやサイコセラピー(心理療法・精神療法:psychotherapy)とは
 2.技術と技能
III 共感 empathy
 1.対人関係と共感
   1)体験していることや伝えたいことは常に意識化した明確なものではない
   2)体験していることや伝えたいことを伝える技術と態度
   3)体験していることや伝えたいことは1つではないこと,一般的なとらえかたができないこと
   4)特に表現の難しい感情や話題
   5)聴き手に必要な8要素
 2.7つの態度
   1)評価的態度(evaluative attitude)
   2)指示的態度(directive attitude)
   3)逃避的・回避的態度(escapism・avoidant attitude)
   4)探索的・調査的態度(probing attitude)
   5)支持的態度(supportive attidude)
   6)解釈的態度(interpretive attitude)
   7)理解的態度(understanding attitude)
 3.“わかる=理解する”こと
 4.共感の定義
   1)2者間でコンタクトがあること
   2)クライエントが何らかの課題を抱えていること
   3)聴き手は関係のなかで純粋性を維持し統合されていること
   4)無条件で積極的で肯定的な配慮をしていること
   5)クライエントの体験を共感的に理解し,それをクライエントに伝えること
   6)決して過剰にならず,最小限で共感的理解と積極的で肯定的な配慮をしながら行うこと
 5.共感の生物学的側面
 6.共感の発達
   1)発達段階
   2)間主観性(intersubjectivity)
   3)その他の要因
 7.共感と異なる概念
   1)共感と混同しやすい概念
   2)共感と反対の概念
 8.共感による効果
   1)生きていることを感じ,実存していることの体験化
   2)新しい体験の統合化の促進
   3)コミュニケーションの質の向上
   4)人にとって必要な万能感を体験し,創造力の向上・促進
   5)不完全な自分自身と他者の受容の促進
   6)現実感の体験
 9.共感の習得
IV ノンバーバル・コミュニケーション nonverbal communication
 1.ノンバーバル・コミュニケーションの発達
 2.目的
   1)印象を受けたり与えたりする
   2)関係を示すメッセージを送る
   3)感情表現の1方法である
   4)自己表現の1方法である
   5)バーバル・メッセージを補佐する
   6)クライエントの行動修正などへの働きかけの1方法である
   7)習慣行為
 3.ノンバーバル・コミュニケーションの種類
   1)顔や頸部の動き
   2)目の動き〔アイコンタクト,見つめること(凝視,仰視も含む)〕
   3)上半身の動き:ジェスチャーや手の動かし方,姿勢
   4)下半身の動き:座りかたや足の動きなど
   5)パラランゲージ(口調・声の大きさ・話す速度・リズム・声の抑揚など)
   6)パーソナル・スペース
   7)沈黙
   8)タッチング
   9)その他〔外見,歩きかた(移動のしかた),時間に対するとらえかた,環境設定など〕
V バーバル・コミュニケーション erbal communication
 1.面接場面の導入と構造化
 2.質問法(inquiry)
   1)オープンエンド・クエスチョン(開かれた質問;open-ended questions)
   2)クローズド・クエスチョン(閉ざされた質問;closed questions)
   3)構造化された質問(leading questions in structured interview)
   4)問いかけによる返答(answering by asking)
 3.感情反映(reflecting feelings)
 4.話した内容に対する受け止め(communicating content)
 5.聴き手の抱く感情や考えの伝達(communicating feelings and/or thoughts)
 6.直面化(confrontation)
 7.セルフ・ディスクロージャー(自己暴露:self-disclosure)
 8.情報提供(information giving)
 9.最小限での励まし:話を続けるような促し(minimal encouragement)
 10.話を聴く姿勢や態度とそれを伝える行動とジョイニング(joining)とミラーリング(mirroring)
 11.ユーモア(humor)
 12.要約(summarizing)
 13.終結(termination)
VI クライエントと自分自身の言動の意味を理解する:防衛機制 defense mechanism
 1.無意識レベルでの不安への適応
 2.種類
   1)固着(fixation)
   2)退行(regression)
   3)抑圧(repression)
   4)分裂(splitting)
   5)取り入れ(introjection)
   6)同一視・化(identification)
   7)投射(projection)
   8)否認(denial)
   9)躁的状態(manic state)
   10)反動形成(reaction-formation)
   11)孤立化・分離(isolation)
   12)打ち消し(undoing)
   13)置き換え(displacement)
   14)昇華(sublimation)
   15)合理化(rationalization)
   16)知性化(intellectualization)
   17)その他

 文献
 索引