やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

今,命があぶない 医療があぶない――はじめにかえて

 仙台の小さなクリニックで恐ろしいことが起きている.日本の医療界にとって,二一世紀の幕開けとしては,何ともやるせない事件である.
 何人もの子どもやお年寄りに,筋弛剤が注入された.
 子どももお年寄りもさぞや苦しかっただろうと思う.筋弛緩剤による殺人は,最も惨たらしい命の奪い方だといわれている.意識がしっかりしているのに,突然,呼吸筋が動かなくなる.救いを求めようにも手足が動かない,声も出せない.
 窒息の恐怖の中で「なぜ……? 何が起きたんだ! なんで……助けて……」断末魔の叫びが聞こえるような気がする.
 命を救うための医療現場で,准看護士によって意図的に命が奪われたのだとしたら,悲しい.
 筋弛緩剤の点滴混入によって,今も意識不明の重体の少女の家族は語る.「私たちの子どものあまりにも大きな犠牲のうえに,この事件が解明されたことに言葉を失い,複雑な気持ちでいっぱいです」.
 家族にこんな悲しい思いをさせる医療とは,何なのだろうか.日本の医療は,どこかで道をまちがえてしまった.
 小学六年生のこの少女が覚醒することを願って,そして,日本の医療自体が覚醒し,「希望の医療」になることを願っている.
 本書の中に,直接的な医療改革は書込んではいないが,日本の医療改革を行ううえでのヒントは,いくつも散り込めたつもりである.
 日本の医療の再生を信じて.
 二〇〇一年一月一五日 鎌田 實
今,命があぶない 医療があぶない――はじめにかえて
プロローグ● 同級生からの二六年ぶりの手紙

第一章 鎌田 實の思い
 お前のお陰でいい人生だった――音楽のある死
 生き方を選ぶ 死に方を選ぶ
 告知は誰のために
 壁のないホスピス
 〜にもかかわらず
 ありのままを見る見えないものをみる
 情報公開されなかった悲劇
 医療と暴力
 もっともっと 生きていてほしかった
 支える 交わる 医療が変わる
 地域医療と幸せの記憶
 国境なき田舎医者――チェルノブイリの涙
第二章 鎌田 實の仕事
第三章 諏訪中央病院の地域医療
 ぼくたちの病院は八ヶ岳の麓にある
 患者さんを断らない医療
 出ていく医療
 地域の医療費が安い「魔法の病院」
 地域産業を支える地域医療
 複合体解体のすすめ
 医療が福祉を取り込まない
 住民と一緒に歩む健康づくり
 国際医療協力と災害医療協力
 患者さん本位のあったかな医療
 四人の師
第四章 地域医療のパイオニアをたずねて
 ● VS 若月俊一 「ヴ・ナロード」を求め続けて
 「ヴ・ナロード」の精神がなければ 本当の地域の医者にはなれない
 マルクス主義には多くを学んだが人間はイデオロギーだけでは理解できない
 農民は医者にかかろうとしないから 地域と医療の民主化が最優先の課題だった
 お金がなければ医者にかかれない住民 人間関係を紡いで民主化をはかる
 地域とは人間的なつながり 宮沢賢治の影響で村の演劇をはじめる
 病院を皆に解放する「病院祭」 医療者が演じるということ
 地域は単なるイメージではない 地域の向こうに一人ひとりの生活と暮らしがある
 日本には本当の意味のコミュニティがない
 第一線の診療所の真剣な仕事を 地域の病院が支える
 地域の実情をつかみながら 弱いものを守り助け合う地域医療のセンチメント
 住民の民主化ができなければ 医療の民主化はできない
 人間を信じたい 人間の歴史を信じたい
 ● VS 早川一光 地域医療の青い鳥を探して
 戦後の嵐のなかでわらじ医者は立ち上がる
 「困っている人は皆一緒や」という連帯感から 医療の民主化運動がはじまった
 京都市議会活動――小児麻痺ワクチンの緊急輸入が実現した
 住民に動かされた医師の実践をみて 住民も動きはじめる
 先生と呼ばれるうちはダメ 「早川はん」は愛と友情とユーモアの距離関係
 ドブ板を踏んで路地の中に入っていくと 地域の生活,健康問題がみえてくる
 患者さんが来られないなら医者が出かける 出っ張り医療は「行くよ」の姿勢
 共に苦しみ,喜び,泣けば 涙は自然に落ちてくる
 「みる」は心の行為 医療は住民が主人公のシンフォニー
 住民の参加,自助,自決を保障して 医療を住民自身に返す病院
 住民のニードに合わせた経営があれば 病院は外からの力ではつぶれない
 人と人との「間」を上手に保てば 一人でいていいが一人だけにならない関係ができる
 訪問看護とはその人の歴史・現状・方向を知った 切れ目のない「円の看護」
 新しい美山の診療所は公設民営 民である住民の主体性に期待する
 ● VS 増田 進 ゾーンディフェンスで住民の健康を守る
 沢内村の保健医療の歴史は 保健婦活動からはじまった
 家のなかで脳卒中が多発するならと「住宅改善コンクール」をはじめた
 社会福祉は弱い人から 老人医療費無料化で村が明るくなった
 地域を丸ごと健康にするために 地域医療はゾーンディフェンスである
 すべての年代が参加しやすい 健康づくり運動をはじめる
 健康管理を人間管理にしないために 対話を切ってはいけない
 村民サービスのための医療費無料化が 稼ぎやすい病院環境をつくってしまった
 健康相談室や健康台帳を必要としなくなったとき 村にあるただの病院になった
 救急の受け入れも往診も 住民の健康教育と同時に医師の教育
 地域医療は首長の考え方次第 「国が住民を守らないならば村が守る」の気概
 地域の病院の目的はその地域のために働くことにあるのだが
 医者を教育するのは患者さん 医者の都合が先行すれば医療はおかしくなる
 地域医療は民主主義の医療 素人の意見が医療のあり方を決める
 地域の医者は「七人の侍」 村の歴史の流れに従えばいい
第五章 二一世紀の〈命〉と〈医療〉のために
 ロシア的なるものをめぐって
 〈開かれた病院〉の条件
 瀕死の医療を救う道
 支えつつ 支えられつつ
 健康幻想を超えて
 二人の格闘技家の「生」の選択
 穏やかな医療
 〈キレる医療〉から〈つながる医療〉へ
 医学教育再編論
 医療における自由と平等
エピローグ● 同級生N君への手紙

参考文献
深い協働の意思にもとづいた地域づくり あとがきにかえて