やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書は,まだ臨床経験の浅い言語聴覚士が子どもを前にしたとき,どのような評価を行いその結果をどのように解釈し,それを基に支援をどう組み立てるかを考えるときの,道しるべとなることを目指して編纂された.
 本書では,知的障害,自閉症スペクトラム障害,言語発達障害(特異的言語発達障害,レイト・トーカー,発達性語聾),読み書き障害,脳性麻痺の各障害について,1例から数例の事例をあげて,評価と支援の方法,子どもの支援への反応を述べた.記した事例数は全16例である.執筆者は,小児領域で言語聴覚士として臨床や研究に長く関わってこられたベテランの方々とともに,今後この領域を担うことを期待される中堅の方々である.また2名の臨床心理士の先生(黒田美保氏,菊池けいこ氏)も加わっていただいている.本事例集の出版を企画後,これらの方々とともに約2年にわたって各障害の事例について検討会を行った.本書はその産物である.
 各事例の執筆は共通の枠組みに則って行われた.障害の種類ごとに,その第一例の冒頭に疾患の医学的,あるいは心理学的概要を述べた.続いて事例についての記載を初診評価から発達の経過にそって記した.数年の指導経過の事例もあるが,乳幼児期から十数年にわたる長期指導事例もある.読者が事例の姿や指導の方法をありありとイメージできるよう,評価や指導はできるだけ具体的に述べるよう心掛けた.ただしそれらが「how to」のマニュアル本にならないよう,なぜその評価が必要だったのか,どうしてその指導を行ったのかの根拠が,どの事例のどの時期の評価・指導にも記されている.読者には該当する事例を参考にして,ことばの発達が遅れた子どもの指導モデルを作っていただきたい.それによって本書に書かれている一事例の評価や指導が一般化され,読者が担当する子ども達に汎化されることを期待する.
 本書は前述したように,臨床経験の浅い言語聴覚士に臨床現場で役立つ目的で書かれた.各執筆者の臨床経験から紡ぎ出された「臨床で大切なこと」のメッセージである.この目的のために,事例が重複してもつ複数の問題を整理し,改変し,あるいは創作を加えた部分がある.ただその場合も事例の特徴の本質を損なうことがないよう十分注意した.こうすることによって読者が事例の問題をよりよく理解できることを願った.以上の意味で本書は事例研究の報告書ではない.事例の記載には先にも述べたように改変や創作を加えているが,特異な障害や症状のために個人が特定される可能性がある事例については,家族の了承を得ている.
 読者は臨床を行ううえでの指南書として本書を役立てていただきたい.また長期指導事例を通して,子どもの今後の発達の道のりを予測する道標に使っていただければ幸いである.
 なお,DSM-5ではこれまで複数にあった自閉症関連の診断名を自閉症スペクトラム障害に統一した(2013年).これに基づいて本書でも,目次,およびセクションの題名は「自閉症スペクトラム障害」という用語を使った.しかし各事例の解説に記した診断名は,その当時に当該事例が実際に受けた診断名をそのまま記した.
 重症事例を担当した執筆者は石田宏代氏に多くの助言をいただいた.ここに深く感謝を申し上げたい.また医歯薬出版の編集担当者には企画の最初から多くの助言をいただいた.厚く御礼申し上げる.
 2014年6月
 大石 敬子
 田中裕美子
 序(大石敬子・田中裕美子)
 目次

知的障害
 Section 1 ダウン症候群―1〜14歳の指導を通して―(石田宏代)
自閉症スペクトラム障害
 Section 2 ことばのない自閉症スペクトラム障害―コミュニケーション支援(6〜11歳)を中心に―(黒田美保)
 Section 3 知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害―2〜12歳の長期指導例―(青木さつき)
 Section 4 知的障害を伴う自閉症児―神経心理学的アプローチ―(藤原加奈江)
 Section 5 知的障害を伴う自閉症スペクトラム障害(幼児例)の評価と指導―LCスケールを用いて―(伴 佳子)
 Section 6 自閉症スペクトラム障害(中学生事例)のコミュニケーションの評価と指導―ASA旭出式社会適応スキル検査を用いて―(菊池けい子)
 Section 7 構音障害を伴う自閉症スペクトラム障害(今井智子)
言語発達障害
 Section 8 レイト・トーカー(late talker)(柴 玲子・田中裕美子)
 Section 9 特異的言語発達障害(SLI)(田中裕美子)
 Section 10 発達性語聾(北野市子)
読み書き障害
 Section 11 発達性読み書き障害の小学生事例(大石敬子)
 Section 12 発達性読み書き障害の中学生事例―英語を中心に―(大石敬子)
 Section 13 書字困難が主症状の発達性読み書き障害(下嶋哲也)
脳性麻痺
 Section 14 アテトーゼ型の脳性麻痺―1〜13歳までコミュニケーション支援を行った事例―(虫明千恵子・高見葉津)
 Section 15 PVLによる痙直型両麻痺の脳性麻痺(虫明千恵子)
 Section 16 脳性麻痺と重度知的障害の重複障害の評価と指導(3〜7歳)(弓削明子)

 コラム
  TEACCHとは?TEACCHでの言語評価(黒田美保)
  自閉症スペクトラム障害の検査─PEP,TTAP,CARS,ADOS,ADI-R─(黒田美保)
  PECS(Picture Exchange Communication System)とは(黒田美保)
  LCSA(言語・コミュニケーション発達スケール:学齢版)とは(青木さつき)
  太田ステージ(青木さつき)
  LCスケールとは(伴 佳子)
  ASA旭出式社会適応スキル検査(菊池けい子)
  DSM-5が子どもの言語臨床に持つ意義(田中裕美子)
  NBLI(narrative─based language intervention)とは(田中裕美子)
  音韻検査(大石敬子)

 索引