やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書「高次脳機能障害のリハビリテーション」の初版は,1995年8月に発行された.わが国で,未だ「高次脳機能障害」という用語が十分に周知されていない時期であった.高次脳機能障害に関する専門書は非常に少ない折に,臨床に活きる実践的な最高レベルのテキストを目指し,当時,第一線で活躍されておられた先生方に執筆をご依頼した.その結果,本書は初版が2002年までに9刷にまで増刷され,さらに2004年には,この間の脳科学の技術的進歩および国際的レベルでの研究成果を鑑み,新たに「高次脳機能障害のリハビリテーションVer.2」が発行され,同書も12刷まで増刷され幅広く読者の支持をいただいた.
 わが国の高次脳機能障害者支援の動きは,1996年に脳外傷,低酸素脳症等の若年の後天的な知的障害に関する問題が国会で初めて取り上げられたことに端を発した.それは,高次脳機能障害のみならず情緒,行動障害が顕著であるにもかかわらず,身体障害が軽度のために,なんら法律的な救済が得られない若年層の問題を打破するための意見陳述であった.そして患者・家族会の粘り強いロビー活動のなかで,2001年,厚生労働省は高次脳機能障害支援モデル事業を開始し,国内で10の機関を高次脳機能障害支援に関するモデル病院(施設)として選定し,高次脳機能障害に関する実態調査,評価方法,地域支援,就労支援に関する研究を開始した.その結果,2004年4月には診療報酬請求の対象として「高次脳機能障害」が診断名として申告できるようになり,その診断基準も発表された.さらに2006年,障害者自立支援法の実施にあたっては,都道府県の地域生活支援事業のなかに高次脳機能障害支援普及事業が盛り込まれた.このように,この22年は高次脳機能障害者およびその家族にとって,制度面における氷河期を抜けでた意義深い時期であった.本書は,こうしたわが国の高次脳機能障害者支援体制に呼応するように,患者およびご家族のニーズに答えるべく,専門職に対し,高次脳機能障害に関する知識と認知リハビリテーションの治療技術を提供してきたと考えている.
 本書の構成は,まず,「I.総論」において高次脳機能障害のリハビリテーションに関する基本的理念が述べられている.「II.基本概念と研究の進歩」では,〈症候編〉と〈疾患編〉に分けて,前者では,神経心理学の主軸となる13の症候を網羅し,各病態について詳述されている.後者では,高次脳機能障害の原因となる7つの疾患群の特徴,臨床上,注意すべきポイントがまとめられている.ついで,「III.画像診断」では,最新の画像検査技術が,特に高次脳機能障害に焦点をあてて紹介されている.「IV.リハアプローチの実際」では,前述の高次脳機能障害の代表的な各要素的症候に対するリハビリテーション治療の基本的な考え方と技術が示されている.症例報告では,各執筆者がご苦労された事例の経過が具体的に報告されている.各種の認知リハビリテーションの効果を無作為化比較試験で示すことはなかなか難しいので,こうした症例報告には,大きな意義があると考えている.
 本書「高次脳機能障害のリハビリテーションVer.3」が,わが国の高次脳機能障害者支援の発展のために,幅広く専門職の座右の書としていただければ幸いである.
 2018年11月
 編者を代表して 渡邉 修
I.総論
 脳の可塑性と高次脳機能障害(加藤元一郎,三村 將)
II.基本概念と研究の進歩
 症候編
  全般性注意障害(先崎 章)
  無視症候群―半側空間無視,運動無視(武田克彦 今福一郎)
  視空間認知障害(高橋伸佳)
  視覚性失認(平山和美)
  聴覚性失認―音声・環境音・音楽の認知障害(佐藤正之)
  失語症(松田 実)
  失読失書―Gerstmann症候群を含む(河村 満)
  失行(板東充秋)
  記憶障害(藤森秀子 三村 將)
  遂行機能障害(田渕 肇)
  情動と意欲の障害(生方志浦 上田敬太・他)
  病識の低下(渡邉 修)
  脳梁離断症候群(東山雄一 田中章景)
 疾患編
  脳血管障害―もやもや病,脳動静脈奇形等含む(林 竜一郎)
  脳外傷(並木 淳)
  脳炎・脳症(船山道隆 黒瀬 心)
  低酸素脳症(浦上裕子)
  パーキンソン病と類縁疾患(長谷川一子)
  認知症―変性性認知症,血管性認知症等(鈴木由希子 池田 学)
  てんかん(赤松直樹)
III.画像診断
 MRI,CT(コ丸阿耶 櫻井圭太・他)
 fMRI(神長達郎)
 拡散テンソル解析(妹尾淳史)
 PET,SPECT(安野史彦)
IV.リハアプローチの実際
 主な症候の評価法とリハビリテーション・対応の基本
  注意障害のリハビリテーション(豊倉 穣)
  無視症候群のリハビリテーション―半側空間無視,運動無視,視空間認知等(太田久晶 石合純夫)
  失認のリハビリテーション―視覚,聴覚(小野内健司 武田克彦)
  失語症のリハビリテーション(種村 純)
  読み書きのリハビリテーション(春原則子)
  失行のリハビリテーション(早川裕子)
  記憶障害のリハビリテーション(原 貴敏)
  遂行機能障害のリハビリテーション(坂爪一幸)
  情動と意欲の障害への対応―うつ,アパシーを含む(岡田和悟 山口修平)
  病識の低下への対応(渡邉 修)
 高次脳機能障害に関するTOPICS
  高次脳機能障害に対する薬物療法(田中 裕)
  小児の高次脳機能障害(栗原まな)
  自動車運転再開支援(藤田佳男 三村 將)
  高次脳機能障害者への就労支援(峯尾 舞)
  高次脳機能障害を支える社会制度(今橋久美子)
  患者家族会の取り組み(東川悦子)
 認知リハビリテーション―症例報告
  重度の注意・記憶・遂行機能障害を呈した外傷性脳損傷後のリハビリテーション―復職に至った一例(青柳陽一郎)
  視空間認知障害のリハビリテーション―半側空間無視症例に対する自動車運動適正評価(岡ア哲也 加藤徳明・他)
  視覚性失認への認知リハビリテーション(橋本圭司 中島恵子)
  聴覚性失認および皮質聲のリハビリテーション(進藤美津子)
  発症6カ月後に職場復帰をはたしたWernicke失語症例に対するリハビリテーション(関 啓子 苅田典生)
  失読・失書―純粋失読と失読失書のリハビリテーション(綿森淑子 鈴木 勉・他)
  観念失行,失語症のある患者のリハビリテーション(緒方敦子)
  脳梁失行に対するリハビリテーション(吉田 瑞 笠井史人)
  着衣障害患者のリハビリテーション(横山絵里子)
  展望記憶に関するリハビリテーション(南雲祐美 加藤元一郎・他)
  前交通動脈瘤破裂くも膜下出血術後記憶障害例に対する認知リハビリテーション―回復期における間隔伸張(SR)法を用いた介入(原 寛美)
  遂行機能障害の認知リハビリテーション―制御障害への治療介入と改善機序の検討(坂爪一幸 本田哲三)
  Cerebellar cognitive affective syndromeのリハビリテーション―小脳出血後に行為抑制障害,発動性障害,記憶障害が著明であった1例(松元秀次)

 コラム
  せん妄の診断と治療(幸田るみ子)
  音楽療法とメロディック・イントネーション・セラピー(佐藤正之)
  ワーキングメモリー(板東充秋)
  TMS(木村郁夫 安保雅博)
  遺伝子疾患と高次脳機能(永井知代子)
  光脳機能イメージング(NIRS)(星 詳子)
  硬膜下電極(田村健太郎)
  ニューラルネットワーク(福澤一吉)
  覚醒下手術(鈴木匡子)
  PTSD(深津玲子)
  成人期発達障害(丹治和世)
  高次脳機能障害に対する海外での取り組み(小川喜道)
  小脳と高次脳機能障害(中元ふみ子 武田克彦)

 巻末付録
  高次脳機能障害相談窓口の情報
  高次脳機能障害関連学会