第3 版の序
『脳卒中の摂食嚥下障害』初版が書かれたのは1993 年であり,すでに四半世紀以上も前のことである.当時は藤島が主に脳神経外科病棟の患者に対して行っていた治療をもとに,苦しみながら試行錯誤を重ねて積み上げたリハビリテーション技術を世に問う気持ちで出版した.幸い多くの読者(臨床家)から支持され,1998 年には第2 版を出すことができた.その後,改訂に対する要望を各方面からいただいていたが,増刷を重ねるごとに小修正を加えるに留まっていた.摂食嚥下障害に関する新しい知見・進歩がめざましく,多忙もあり,なかなか時間をかけて改訂することはできなかった.現在も本書を手にして勉強してくださる医師,歯科医師,言語聴覚士,看護師が多く,増刷が続いている.しかしながら書かれている内容も時代にそぐわない部分が目立ってきた.
第2 版までは藤島の単著で書かれている.単一著者のために全体の整合性があり,統一が取れているために,読みやすいという点がこれまで読み継がれてきた理由の一つであると思われる.しかし,脳卒中の摂食嚥下障害という複雑な内容を一人でまとめることは,この情報化時代に至難の技である.今回,藤島が谷口の強力なサポートを受け,二人で分担するという形をとることでやっと改訂することができた.神経内科医である谷口は,藤島の勤務する聖隷三方原病院のリハビリテーション科で1 年半ほど嚥下障害を学んだ.その後も二人は継続的に情報交換し,学会活動や本や雑誌の編集作業などで緊密な関係を保ってきた.お互いが認め合い,心を許せる相手である.今回の改訂にあたっては企画の段階から目次づくりをし,分担を決め,かつ原稿は,相互に読んで意見交換しながら,校正しあって作業を進めた.本書は二人の共著でありながら,一人で書いたような統一感や整合性があるように腐心した.
第3 版の特徴は本書の「読みやすい統一感」を保ち,「継続性に配慮」しつつ,「内容を一新」したことが挙げられる.通読もできるし,必要な場所の拾い読みも可能となっている.トピックス的なところ,本文に入れると埋没しやすい内容,流れを考えると本文より単独で解説した方がよいと思われるところなどをBoxとして取り上げた.アクセントにもなり読みやすく,理解が深まるようになっていると思う.また,動画を随所にリンクさせ,参照できるようにした点も挙げられる.嚥下障害は外部からの観察では見えないということがアプローチを困難にしている最大の要因である.病態を理解し,治療法を検討するうえで嚥下造影や嚥下内視鏡は大変威力を発揮する.本書を読むにあたっても動画があることで理解が容易になり,より実践的になると考える.
脳卒中を対象に書かれているが,内容は脳卒中以外の嚥下障害にも応用がきくものとなっている.本書が嚥下障害臨床の一助となれば幸いである.
2017 年8 月
藤島一郎
谷口 洋
本書を完成させるにあたり,日常診療を支えてくれた聖隷グループの嚥下チームメンバー(敬称略)に深謝いたします.
医師:金沢英哲,重松 孝,國枝顕二郎,高橋博達,小川美歌,昆 博之,市川高義,中村謙吾,太城良子,西村立,大野 綾,八木友里,杉山育子,片桐伯真
歯科医師:大野友久,鴨田勇司,松下新子,野本亜希子,福永暁子
言語聴覚士:北條京子,市川江実,岡本圭史,石垣亮太,菅野小百合,西端彩奈,小桐理恵,高木由衣,萩原里恵,滝浪綾乃,長崎光加,杣山祐希,富樫 遙,井出みず希,新城亮太,森脇元希,高木大輔,前田広士,丸井美奈,新美惠子
歯科衛生士:橋詰桃代,波多野真智子
看護師:藤森まり子,田中直美,長尾菜緒,白井洋子
放射線技師:鈴木康太,片山善博,加藤修也,中村親彦,照屋幸次
薬剤師:奥村知香,北岡美子,山口英代,齊藤栄美,戸塚淳子
管理栄養士:石野智子,小柳雄一,丸尾 綾
MSW:滋野智也
事務:小松弘典,竹田由加子,川合ひろみ,高橋 妙,鈴木絵美
その他,ここに書ききれなかった医師,歯科医師,言語聴覚士,看護師,歯科衛生士,理学療法士,作業療法士,放射線技師,管理栄養士,薬剤師,MSWなど多くの関係者(退職者,異動者を含む)に感謝いたします.
第2 版の序
『脳卒中の摂食・嚥下障害』を出版してから5 年が経過した.その間,初版時には思いもよらない大きな反響と高い評価を受け,多くの方々に読んでいただき第6 刷まで版を重ねることができた.また,全国の患者さんや医師,歯科医師,言語療法士(言語聴覚士),看護婦などの皆様からたくさんの励ましの言葉や質問の手紙などをいただいた.増刷するたびに誤字,脱字や放置できない誤りを手直ししていたが,摂食・嚥下障害の分野の進歩は速く,このままでは対応が困難になってきていた.そこで今回平成10 年の9 月に私が第4 回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会の大会長をお引き受けするにあたって,改訂第2 版を上呈する運びとなった.
第2 版では図を清水一男氏にお願いした.正確で美しいイラストは,摂食・嚥下を理解するのに大変役に立つと思う.全体の構成は変えていないが,新しい項目として嚥下内視鏡検査(カラーの図版付き),嚥下圧測定,バルーン法,最新の知識を加えた各種訓練法のまとめ,チームアプローチなどを追加してある.その他,各項目ごとの内容に検討を加えて加筆修正を行い,症例,文献なども追加した.不十分なところ,誤りなどもあると思うが,お気づきの点はご指摘いただければ幸いである.
ここ数年,摂食・嚥下障害に関する関心は急速に高まり,学会,研究会,講習会,講演会などが頻繁に開かれるようになった.また,出版物や論文,ビデオなども出回るようになり,容易に知識や技術を得ることが可能になっている.医療従事者ばかりでなく,マスコミにも取り上げられ,一般の方の関心も高い.漫画の『おたんこナース』にも登場している.私が昭和57 年に一人で嚥下障害に取り組み始めたころの,嚥下障害を勉強したくてもどうしてよいかわからなかった状況と比べれば,天と地の差がある.聖隷三方原病院も嚥下センターができて摂食・嚥下障害患者専用に8 床が用意され,嚥下チームがしっかり機能するようになり,嚥下ナースが誕生,定期的なカンファレンスの開催など,体制がすっかり充実してきた.また,若いリハビリテーション科の先生たちが勉強に来てくれるようになったのも,私にとっては画期的なことであった.一方,診療体制が充実するとともに次々と重症の患者さんが私たちの前に現れ,悪戦苦闘の日々が続いているのも事実である.「嚥下は難しい」というのが,現在の私の心境である.これからも解決しなければならないことが山積している.しかし,全国的に摂食・嚥下障害の関心が高まり,多くの医療従事者がこの問題に取り組むようになっていることは大変心強い.皆さんと協力して,出来ることから一つ一つ解決していきたいと思っている.
さて,摂食・嚥下障害への関心が高まっていると述べたが,医療全体からみるといまだにマイナーな分野である.やっと認知されつつあるというのが正確なところであろう.特に医師の間に摂食・嚥下障害への関心が薄い.また,診療報酬に摂食・嚥下の評価や訓練が反映されない点も大きな障害である.「口から食べる」というのはあまりに日常的であるため,医学の光が当たりにくい.しかし,誤嚥や栄養障害を引き起こす摂食・嚥下障害に対してしっかりした医学的取り組みが今求められている.本書が少しでもお役に立てば幸いである.
なお,本書は日々の診療を支えてくださった聖隷三方原病院のスタッフ皆さんの力なくしては出来ませんでした.言語療法士の小島千枝子さん,柴本 勇さん,北條京子さん,田中里美さん,新居素子さん,前田広士さん,リハビリテーション病棟の松尾和代婦長,勝田英子主任,嚥下ナースの藤森まり子さん,栄養科の金谷節子科長,吉村文江さん,佐野知子さん,理学療法士の神津玲さん,放射線科の技師の皆さん,リハビリテーション科医師の大熊るり先生,武原 格先生,石井雅之先生,往診で入院患者の歯科治療をしてくださる松井 忍先生はじめ,多くの方々に感謝いたします.また,在宅診療で多くの摂食・嚥下障害の患者さんの治療を続け,いつも私の相談相手になってくれる内科医であり妻の藤島百合子に感謝いたします.
1998 年7 月
藤島一郎
増刷に際して
この度の増刷(第3 刷)に際し,本文の一部と,索引,引用文献に一部手直しを加えた.また,巻末の訓練法の表は新しく書き直し,検査法のまとめも新たに加えた.少しでも読者のお役に立てれば幸いである.
2000 年5 月
藤島一郎
増刷に際して
ここ数年,摂食・嚥下障害に関する雑誌特集号・別冊,書籍,ビデオ等がいろいろな領域から相次いで出版されている.本書の読者がそのすべての領域に目を通すことは困難であると思われるため,今回の増刷(第5 刷)では従来の「主要文献の紹介」を「参考図書,ビデオ」として領域別に新しくまとめ直し,文献検索の便宜をはかった.役立てていただければ幸いである.
2002 年10 月
藤島一郎
第1 版の序
この度,藤島一郎君が医歯薬出版より『脳卒中の摂食・嚥下障害』という単行本を出版することになったことは,かつての指導教官の一人として喜びに耐えない.
藤島一郎君は東京大学農学部林学科を卒業してから新設の浜松医科大学へ三期生として入学した.さすがに農学部出身者で,入学と同時に浜松医科大学の学園緑化運動に精進してくれた.うっかりすると自動車時代の波に乗って,学園の至るところが駐車場化されてしまう.「緑を残して」という地域住民の声にも支えられた緑化運動のおかげで,自然の森の感じも残っている.彼はまた音楽が好きで,一期生の今村陽子君(浜松医科大学脳神経外科助手)とともに浜松医科大学合唱部(スコラ・カントルム)の結成と育成に懸命な努力をしてくれた.私はこの合唱部の顧問を務めている関係で,学生時代から彼をよく知っている.その関係もあって,彼は1982 年卒業と同時に脳神経外科学教室に入ってきてくれ,当教室の卒業教育カリキュラムに従って,浜松医科大学病院と関連教育病院で卒後臨床研修を受け,1988 年には日本脳神経外科学会専門医認定試験にも見事に合格してくれた.また1992 年に脳腫瘍の治療へのレーザーの応用に関する基礎的研究で博士(医学)を授与された.
ところで,1985 年頃,私は聖隷浜松病院と聖隷三方原病院を経営している社会福祉法人聖隷福祉事業団の長谷川保理事長(当時)の訪問を受けた.長谷川氏は日本で初めてのホスピスを聖隷三方原病院に併設した方で,その後も脳卒中センターを併設し,医療の進む先を鋭敏に読み取って自分の病院を発展させてこられた方である.そのときの長谷川氏の話の要点は,「整形外科が指導権を握ってきた理学療法中心のリハビリテーションの時代はもう終わった.これからは,理学療法に加えて,作業療法,言語療法,心理療法等々をも統合した脳の機能回復を目指す脳のリハビリテーションの時代になる.私はそのような次の時代に対応できる新しいリハビリテーション・センターを聖隷三方原病院に併設したい.そこで脳の機能とその障害回復を理解する脳神経外科医を送ってほしい」であった.そこで,まず塩浦政男君を東京大学医学部付属病院リハビリテーション部の上田 敏教授(当時)の処へ内地留学させた上で聖隷三方原病院理学診療科長にしていただいた.同じくリハビリテーション医学に興味をもつ藤島一郎君が続いて東大へ内地留学し,1989 年7 月から塩浦君とともに新しい時代のリハビリテーションの展開に努力している.
図らずも,近年,従来のリハビリテーション医学を補強する分野として,基礎神経学(神経生理学等)と臨床神経医学(神経内科・脳神経外科等)のチームワークで,末梢神経のみならず,中枢神経の機能回復を目指す“Restorative Neurology”が脚光を浴びてきた.機能障害の正確な分析による病態生理の解明と,それへの中枢神経系のもつ可塑性・代償性の効果的・効率的適応がその狙いである.
このようなリハビリテーション医学の流れの中で,藤島一郎君が本書を出版する意義は実に大きい.四肢の運動機能回復や言語訓練に関する著書は無数に近い.しかし,脳卒中の摂食・嚥下障害のリハビリテーションに関する本はわが国ではいまだ出版されていなかった.我々医師の側は,これまで耳鼻咽喉科疾患や食道疾患はもとより,脳幹障害や下部神経障害に基づく嚥下障害は,仕様がないものとして諦めて経管栄養,経胃瘻栄養,経静脈栄養に頼ったり,看護婦に摂食介助を任せっきりにし,誤嚥性肺炎の予防には気管切開で対応するといった医療を当然と考えてきた.このような医療の盲点を突いたのがRestorative Neurologyである.
本書では,まず摂食・嚥下に関する解剖・生理学がわかりやすく解説されており,その上で摂食・嚥下障害の病態生理,嚥下の機能回復を目指す訓練法,体位・頭位と嚥下との関係,さらには誤嚥が何故起こるのか,それを予防するにはどうしたらよいか,等々についてわかりやすく解説しつつ,各章・節ごとに「まとめ」が挿入されている.最後には具体的な症例の提示と解説が載せられている.
大抵の本では,巻末に引用文献のリストだけが提示されているが,本書では主要文献に内容紹介が丁寧に付記されている.またリハビリテーションの実践に必要な資料が付録として載せられているのも初心者には大変ありがたいことである.私も,本書を一気に読ませていただき,実に多くのことを学ばせていただいた.
本書が多くの心ある医師や看護婦に読まれ,正しい嚥下指導が展開され,多くの患者が誤嚥性肺炎の恐怖から開放され,食事を家族とともに楽しんでいただくようになる日が一日も早く到来することを,切に望んでやまない.
1993 年10 月11 日
浜松医科大学脳神経外科学教授 植村研一
はじめに
本書を執筆するきっかけとなったのは,毎年当院で繰り返しているコメディカル向けの講義を本にしてはどうかということであった.当初はイラストを多く使ったハウツー的なマニュアル本を予定していたが,執筆するうちに出版社から,基礎的知識から実技へつなげる摂食・嚥下障害の教科書的な本にしてほしいとの依頼があり,最終的に現在のような形になった.題名は『脳卒中の摂食・嚥下障害』としたが,脳卒中以外の脳神経疾患,特に頭部外傷,脳腫瘍,脳神経外科の術後などに起こる摂食・嚥下障害にもそのまま応用できる部分が多い.また,その他の神経疾患による障害に対しても考え方や技術は参考になると思う.リハビリテーション関係の医師ばかりでなく,他科の先生方の日常診療や,摂食・嚥下障害に取り組む看護婦や言語療法士,作業療法士,理学僚法士など,コメディカルの方々の臨床場面にも役立てていただければ幸いである.
筆者が摂食・嚥下障害に取り組むようになったのは,脳神経外科の研修医としてはじめて受け持った脳腫瘍の患者さんを嚥下障害による肺炎で失ってからである.当時は図書館にも嚥下障害に関する本は少なく,教えてくださる先生もいなかった.文献を探すことにも慣れていない時期で,試行錯誤を繰り返すばかりであった.口腔機能に関しては,看護婦や言語療法士が知識をもっていたが,目で直接見えない咽頭,食道にはまったくお手上げで,途方に暮れていた.
聖隷三方原病院で働くようになった昭和59 年に,言語療法士の小島千枝子さんから「綿棒を凍らせて口の中を刺激するアイスマッサージ」を教わった.咽頭の嚥下反射を誘発する方法を探していた筆者は,咽頭をこのアイス綿棒で刺激してみたところ,見事に嚥下反射が誘発できた.筆者は脳神経外科の臨床にたずさわりながら,重症意識障害の患者にも嚥下反射を任意に誘発できることを発見(?)して大喜びし,昭和59 年以降,当院の脳外科病棟では,嚥下障害患者の基礎訓練,食前訓練として咽頭のアイスマッサージが流行(?)した.これがthermalstimulationとよばれる方法の応用であることを知ったのは,ずっと後になってからのことである.
そのころ,研修会で江藤文夫先生からGroher MEの『Dysphagia Diagnosis and Management』を紹介されて,目が開かれたような気がした.はじめて摂食・嚥下障害のリハビリテーションは可能ではないかと思うようになった.文献も多く読むようになったが,基礎的な内容のものが多く,臨床場面で具体的に応用できるものは少なかった.そのなかで,Logemann JAの教科書『Evaluation and Treatment of Swallowing Disorders』にはアプローチの方法が多く述べられていてたいへん参考になった.
脳神経外科からリハビリテーションに転向して,視点が大きく変化した.リハビリテーション医学の障害のとらえ方(機能障害,能力障害,社会的不利)を学んでからは,今患者さんに対して自分が行っていることの意味づけができるようになった.また,片麻痺患者にストレッチを主体とした訓練を行っていて,ふと「食べる前に口腔や頸部の運動をしたらどうなるだろうか」と思いついた.さっそく,むせるとか,食べた後に喉にものが残った感じがするという脳卒中患者に指導してみたところ,きわめて効果的であった.さらに「横向き嚥下」「交互嚥下」「呼吸法」など,簡単にできる方法を組み合わせて,軽症嚥下障害患者の指導も効率よくできるようになった.
次に直面した問題は食事の形態である.嚥下食を栄養科に依頼すると,良いときと悪いときの差があまりにも大きすぎることに気がついた.ゼラチンと寒天の違いであった.「ゼリーならなんでも同じ」と思っていた「料理を知らない男」の失敗である.女性ならもっと早く気がついていたかもしれない.寒天をやめてゼラチンゼリーを主体とした嚥下食に切り替えてから,嚥下訓練はスムーズになった.
OE法(間欠的口腔-食道経管栄養法 intermittent oro-esophageal tube feeding)は,従来の経管栄養法に比べて,注入速度(50ml/m)が飛躍的に速い.患者負担が軽減するすぐれた代償的方法である.OE法を知ってから中心静脈栄養(intravenous hyperalimentation:IVH)が激減した.また,OE法を応用して食道の蠕動運動の訓練ができることを発見したときの驚きも忘れられない.
本書は,私にとって11 年間の摂食・嚥下障害の取り組みの成果である.ほとんど独学に近い形で勉強してきたために,間違いや不備な点が多いと思う.どんどんご指摘いただいてよりよい診療に近づけていきたいと願っている.
筆者の行っている摂食・嚥下訓練は,疑わしいときにはなるべく嚥下造影を施行し,誤嚥の有無を確認する方法であり,安全性を最優先に考えている.現在,誤嚥の有無判定は嚥下造影が最も確実な手段であるが,どの施設でも行えるわけではない.在宅患者などは最も困難な環境にあると思う.そのようなときは,基礎的嚥下訓練を十分行ったあと,30 度仰臥位,頸部前屈,ティースプーンに少量のゼラチンゼリーから段階的に摂食訓練をすることをおすすめする.筆者の経験から,脳卒中患者では最も誤嚥の少ない方法である.しかし,誤嚥が疑われたら,なんとか嚥下造影を行って,正確な評価を下してから訓練プログラムを考えるべきであるという考えは捨てられない.「大丈夫だろう」で食べさせては患者が苦しむことになる.かといって食べられる患者が食べさせてもらえないのはさらに問題である.今後は施設間の連携,病診連携などシステムを整えていかなければならない.
いざ患者さんを前にすると,なにをどのように行ってよいかを具体的に書いてある本は少ない.なかでもいちばん多い脳卒中患者の扱い方は一定の方法が確立されているとはいえない.本書が摂食・嚥下障害に取り組む方々の一助となれば,筆者にとって望外の喜びである.
本書をまとめるにあたって以下の方々に助言をいただきました.心よりお礼申し上げます.
小島千枝子さん:言語療法士で,摂食・嚥下障害治療における私のパートナー.小児の摂食・嚥下障害治療にも造詣が深く,口腔機能に関しては多くのことを教えられました.また,言語スタッフの大西幸子さん,岡田ひろみさんにも日常診療で絶大な協力をしていただきました.
リハビリテーションスタッフ:理学療法士,作業療法士のスタッフにも,症例を通じて多くの協力をいただきました.
病棟看護婦:脳神経外科病棟(5 病棟),リハビリテーション病棟(1 病棟)の婦長はじめ,看護婦スタッフ,ヘルパーの皆さんは,段階的摂食訓練,食事介助の面で毎日献身的な努力を積み重ねていただきました.病棟スタッフの協力なくしては本書の成立もありえなかったと思います.特に雨宮恭子さんは,筆者が摂食・嚥下障害のリハビリテーションに取り組みはじめたころ,困難な症例に対しては可能性を追求するとともに,少しでも誤嚥が疑われる場面では嚥下造影による確認を求めるなど,鋭い観察力で取り組んでくれて,大いに刺激されました.
田中靖代さん(豊橋市民病院婦長),小林伸子さん(東京都立医療技術短大):嚥下障害の看護に優れた技術と知識があり,一緒に仕事をする機会に恵まれ,看護の視点から多くのことを教えていただきました.
栄養科:金谷節子科長はじめ,スタッフが一致協力して嚥下食を調理してくれました.筆者のきびしい要求に対しても快くこたえてくださり,摂食・嚥下障害のリハビリテーションが可能となりました.
放射線科:日下部行宏技師長はじめ,レントゲン技師の皆さんには嚥下造影における技術面を支えてもらいました.特に片山善博,大石正広,向井愛子,照屋幸次,片山順子,村上逸則,土屋甲司,平野道義の嚥下造影スタッフは,巧みなカメラワークでスムーズな検査を可能としてくださいました.
植村研一先生:浜松医大の脳神経外科学教授で,私の恩師であり,脳外科の臨床を通じてneuroscienceのおもしろさを教えてくださいました.リハビリテーションに対する造詣も深く,摂食・嚥下障害に取り組むことができたのも植村先生のおかげです.本書に序文まで賜りました.
棚橋汀路先生:筆者などよりずっと以前から嚥下障害に取り組まれていらっしゃる,この分野での第一人者の先生です.温厚なお人柄とともに,知識も豊富で,未熟者の筆者にもたいへんよく教えてくださいました.特に手術では当院に何度も足をお運びくださり,患者さんへの説明まで丁寧になさってくださいました.
稲田晴生先生:筆者と同じ脳外科出身のリハビリテーション医で,嚥下障害に造詣が深い方です.学会などでの談話や議論を通じて深めた知識が本書に生かされていると思います.
藤島百合子:妻であり,内科医である彼女との議論を通じて本書が構成できたといっても過言ではありません.彼女の疑問に答えるという過程から不明瞭な論旨が明らかとなってきた部分も多くあります.つたない文章を補ってもくれました.
榊原映枝先生(浜松医科大学第1内科),柳瀬賢次先生(当院呼吸器内科),市川信通先生(神経内科,現仙台赤十字病院),山川 隆先生(東京大学農学部農芸化学):本文を読んで,数々の助言をいただきました.
医歯薬出版の皆さまは,執筆に不慣れな私を出版まで導いてくださいました.
最後に,私のいちばんの師であった摂食・嚥下障害で苦しむ患者さんたちに感謝いたします.本当に十分なことができているか,毎日全力を尽くしてきましたが,力及ばぬこともあります.今後も努力してよりよい診療ができるように勉強していきたいと思っております.
1993 年11 月
藤島一郎
『脳卒中の摂食嚥下障害』初版が書かれたのは1993 年であり,すでに四半世紀以上も前のことである.当時は藤島が主に脳神経外科病棟の患者に対して行っていた治療をもとに,苦しみながら試行錯誤を重ねて積み上げたリハビリテーション技術を世に問う気持ちで出版した.幸い多くの読者(臨床家)から支持され,1998 年には第2 版を出すことができた.その後,改訂に対する要望を各方面からいただいていたが,増刷を重ねるごとに小修正を加えるに留まっていた.摂食嚥下障害に関する新しい知見・進歩がめざましく,多忙もあり,なかなか時間をかけて改訂することはできなかった.現在も本書を手にして勉強してくださる医師,歯科医師,言語聴覚士,看護師が多く,増刷が続いている.しかしながら書かれている内容も時代にそぐわない部分が目立ってきた.
第2 版までは藤島の単著で書かれている.単一著者のために全体の整合性があり,統一が取れているために,読みやすいという点がこれまで読み継がれてきた理由の一つであると思われる.しかし,脳卒中の摂食嚥下障害という複雑な内容を一人でまとめることは,この情報化時代に至難の技である.今回,藤島が谷口の強力なサポートを受け,二人で分担するという形をとることでやっと改訂することができた.神経内科医である谷口は,藤島の勤務する聖隷三方原病院のリハビリテーション科で1 年半ほど嚥下障害を学んだ.その後も二人は継続的に情報交換し,学会活動や本や雑誌の編集作業などで緊密な関係を保ってきた.お互いが認め合い,心を許せる相手である.今回の改訂にあたっては企画の段階から目次づくりをし,分担を決め,かつ原稿は,相互に読んで意見交換しながら,校正しあって作業を進めた.本書は二人の共著でありながら,一人で書いたような統一感や整合性があるように腐心した.
第3 版の特徴は本書の「読みやすい統一感」を保ち,「継続性に配慮」しつつ,「内容を一新」したことが挙げられる.通読もできるし,必要な場所の拾い読みも可能となっている.トピックス的なところ,本文に入れると埋没しやすい内容,流れを考えると本文より単独で解説した方がよいと思われるところなどをBoxとして取り上げた.アクセントにもなり読みやすく,理解が深まるようになっていると思う.また,動画を随所にリンクさせ,参照できるようにした点も挙げられる.嚥下障害は外部からの観察では見えないということがアプローチを困難にしている最大の要因である.病態を理解し,治療法を検討するうえで嚥下造影や嚥下内視鏡は大変威力を発揮する.本書を読むにあたっても動画があることで理解が容易になり,より実践的になると考える.
脳卒中を対象に書かれているが,内容は脳卒中以外の嚥下障害にも応用がきくものとなっている.本書が嚥下障害臨床の一助となれば幸いである.
2017 年8 月
藤島一郎
谷口 洋
本書を完成させるにあたり,日常診療を支えてくれた聖隷グループの嚥下チームメンバー(敬称略)に深謝いたします.
医師:金沢英哲,重松 孝,國枝顕二郎,高橋博達,小川美歌,昆 博之,市川高義,中村謙吾,太城良子,西村立,大野 綾,八木友里,杉山育子,片桐伯真
歯科医師:大野友久,鴨田勇司,松下新子,野本亜希子,福永暁子
言語聴覚士:北條京子,市川江実,岡本圭史,石垣亮太,菅野小百合,西端彩奈,小桐理恵,高木由衣,萩原里恵,滝浪綾乃,長崎光加,杣山祐希,富樫 遙,井出みず希,新城亮太,森脇元希,高木大輔,前田広士,丸井美奈,新美惠子
歯科衛生士:橋詰桃代,波多野真智子
看護師:藤森まり子,田中直美,長尾菜緒,白井洋子
放射線技師:鈴木康太,片山善博,加藤修也,中村親彦,照屋幸次
薬剤師:奥村知香,北岡美子,山口英代,齊藤栄美,戸塚淳子
管理栄養士:石野智子,小柳雄一,丸尾 綾
MSW:滋野智也
事務:小松弘典,竹田由加子,川合ひろみ,高橋 妙,鈴木絵美
その他,ここに書ききれなかった医師,歯科医師,言語聴覚士,看護師,歯科衛生士,理学療法士,作業療法士,放射線技師,管理栄養士,薬剤師,MSWなど多くの関係者(退職者,異動者を含む)に感謝いたします.
第2 版の序
『脳卒中の摂食・嚥下障害』を出版してから5 年が経過した.その間,初版時には思いもよらない大きな反響と高い評価を受け,多くの方々に読んでいただき第6 刷まで版を重ねることができた.また,全国の患者さんや医師,歯科医師,言語療法士(言語聴覚士),看護婦などの皆様からたくさんの励ましの言葉や質問の手紙などをいただいた.増刷するたびに誤字,脱字や放置できない誤りを手直ししていたが,摂食・嚥下障害の分野の進歩は速く,このままでは対応が困難になってきていた.そこで今回平成10 年の9 月に私が第4 回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会の大会長をお引き受けするにあたって,改訂第2 版を上呈する運びとなった.
第2 版では図を清水一男氏にお願いした.正確で美しいイラストは,摂食・嚥下を理解するのに大変役に立つと思う.全体の構成は変えていないが,新しい項目として嚥下内視鏡検査(カラーの図版付き),嚥下圧測定,バルーン法,最新の知識を加えた各種訓練法のまとめ,チームアプローチなどを追加してある.その他,各項目ごとの内容に検討を加えて加筆修正を行い,症例,文献なども追加した.不十分なところ,誤りなどもあると思うが,お気づきの点はご指摘いただければ幸いである.
ここ数年,摂食・嚥下障害に関する関心は急速に高まり,学会,研究会,講習会,講演会などが頻繁に開かれるようになった.また,出版物や論文,ビデオなども出回るようになり,容易に知識や技術を得ることが可能になっている.医療従事者ばかりでなく,マスコミにも取り上げられ,一般の方の関心も高い.漫画の『おたんこナース』にも登場している.私が昭和57 年に一人で嚥下障害に取り組み始めたころの,嚥下障害を勉強したくてもどうしてよいかわからなかった状況と比べれば,天と地の差がある.聖隷三方原病院も嚥下センターができて摂食・嚥下障害患者専用に8 床が用意され,嚥下チームがしっかり機能するようになり,嚥下ナースが誕生,定期的なカンファレンスの開催など,体制がすっかり充実してきた.また,若いリハビリテーション科の先生たちが勉強に来てくれるようになったのも,私にとっては画期的なことであった.一方,診療体制が充実するとともに次々と重症の患者さんが私たちの前に現れ,悪戦苦闘の日々が続いているのも事実である.「嚥下は難しい」というのが,現在の私の心境である.これからも解決しなければならないことが山積している.しかし,全国的に摂食・嚥下障害の関心が高まり,多くの医療従事者がこの問題に取り組むようになっていることは大変心強い.皆さんと協力して,出来ることから一つ一つ解決していきたいと思っている.
さて,摂食・嚥下障害への関心が高まっていると述べたが,医療全体からみるといまだにマイナーな分野である.やっと認知されつつあるというのが正確なところであろう.特に医師の間に摂食・嚥下障害への関心が薄い.また,診療報酬に摂食・嚥下の評価や訓練が反映されない点も大きな障害である.「口から食べる」というのはあまりに日常的であるため,医学の光が当たりにくい.しかし,誤嚥や栄養障害を引き起こす摂食・嚥下障害に対してしっかりした医学的取り組みが今求められている.本書が少しでもお役に立てば幸いである.
なお,本書は日々の診療を支えてくださった聖隷三方原病院のスタッフ皆さんの力なくしては出来ませんでした.言語療法士の小島千枝子さん,柴本 勇さん,北條京子さん,田中里美さん,新居素子さん,前田広士さん,リハビリテーション病棟の松尾和代婦長,勝田英子主任,嚥下ナースの藤森まり子さん,栄養科の金谷節子科長,吉村文江さん,佐野知子さん,理学療法士の神津玲さん,放射線科の技師の皆さん,リハビリテーション科医師の大熊るり先生,武原 格先生,石井雅之先生,往診で入院患者の歯科治療をしてくださる松井 忍先生はじめ,多くの方々に感謝いたします.また,在宅診療で多くの摂食・嚥下障害の患者さんの治療を続け,いつも私の相談相手になってくれる内科医であり妻の藤島百合子に感謝いたします.
1998 年7 月
藤島一郎
増刷に際して
この度の増刷(第3 刷)に際し,本文の一部と,索引,引用文献に一部手直しを加えた.また,巻末の訓練法の表は新しく書き直し,検査法のまとめも新たに加えた.少しでも読者のお役に立てれば幸いである.
2000 年5 月
藤島一郎
増刷に際して
ここ数年,摂食・嚥下障害に関する雑誌特集号・別冊,書籍,ビデオ等がいろいろな領域から相次いで出版されている.本書の読者がそのすべての領域に目を通すことは困難であると思われるため,今回の増刷(第5 刷)では従来の「主要文献の紹介」を「参考図書,ビデオ」として領域別に新しくまとめ直し,文献検索の便宜をはかった.役立てていただければ幸いである.
2002 年10 月
藤島一郎
第1 版の序
この度,藤島一郎君が医歯薬出版より『脳卒中の摂食・嚥下障害』という単行本を出版することになったことは,かつての指導教官の一人として喜びに耐えない.
藤島一郎君は東京大学農学部林学科を卒業してから新設の浜松医科大学へ三期生として入学した.さすがに農学部出身者で,入学と同時に浜松医科大学の学園緑化運動に精進してくれた.うっかりすると自動車時代の波に乗って,学園の至るところが駐車場化されてしまう.「緑を残して」という地域住民の声にも支えられた緑化運動のおかげで,自然の森の感じも残っている.彼はまた音楽が好きで,一期生の今村陽子君(浜松医科大学脳神経外科助手)とともに浜松医科大学合唱部(スコラ・カントルム)の結成と育成に懸命な努力をしてくれた.私はこの合唱部の顧問を務めている関係で,学生時代から彼をよく知っている.その関係もあって,彼は1982 年卒業と同時に脳神経外科学教室に入ってきてくれ,当教室の卒業教育カリキュラムに従って,浜松医科大学病院と関連教育病院で卒後臨床研修を受け,1988 年には日本脳神経外科学会専門医認定試験にも見事に合格してくれた.また1992 年に脳腫瘍の治療へのレーザーの応用に関する基礎的研究で博士(医学)を授与された.
ところで,1985 年頃,私は聖隷浜松病院と聖隷三方原病院を経営している社会福祉法人聖隷福祉事業団の長谷川保理事長(当時)の訪問を受けた.長谷川氏は日本で初めてのホスピスを聖隷三方原病院に併設した方で,その後も脳卒中センターを併設し,医療の進む先を鋭敏に読み取って自分の病院を発展させてこられた方である.そのときの長谷川氏の話の要点は,「整形外科が指導権を握ってきた理学療法中心のリハビリテーションの時代はもう終わった.これからは,理学療法に加えて,作業療法,言語療法,心理療法等々をも統合した脳の機能回復を目指す脳のリハビリテーションの時代になる.私はそのような次の時代に対応できる新しいリハビリテーション・センターを聖隷三方原病院に併設したい.そこで脳の機能とその障害回復を理解する脳神経外科医を送ってほしい」であった.そこで,まず塩浦政男君を東京大学医学部付属病院リハビリテーション部の上田 敏教授(当時)の処へ内地留学させた上で聖隷三方原病院理学診療科長にしていただいた.同じくリハビリテーション医学に興味をもつ藤島一郎君が続いて東大へ内地留学し,1989 年7 月から塩浦君とともに新しい時代のリハビリテーションの展開に努力している.
図らずも,近年,従来のリハビリテーション医学を補強する分野として,基礎神経学(神経生理学等)と臨床神経医学(神経内科・脳神経外科等)のチームワークで,末梢神経のみならず,中枢神経の機能回復を目指す“Restorative Neurology”が脚光を浴びてきた.機能障害の正確な分析による病態生理の解明と,それへの中枢神経系のもつ可塑性・代償性の効果的・効率的適応がその狙いである.
このようなリハビリテーション医学の流れの中で,藤島一郎君が本書を出版する意義は実に大きい.四肢の運動機能回復や言語訓練に関する著書は無数に近い.しかし,脳卒中の摂食・嚥下障害のリハビリテーションに関する本はわが国ではいまだ出版されていなかった.我々医師の側は,これまで耳鼻咽喉科疾患や食道疾患はもとより,脳幹障害や下部神経障害に基づく嚥下障害は,仕様がないものとして諦めて経管栄養,経胃瘻栄養,経静脈栄養に頼ったり,看護婦に摂食介助を任せっきりにし,誤嚥性肺炎の予防には気管切開で対応するといった医療を当然と考えてきた.このような医療の盲点を突いたのがRestorative Neurologyである.
本書では,まず摂食・嚥下に関する解剖・生理学がわかりやすく解説されており,その上で摂食・嚥下障害の病態生理,嚥下の機能回復を目指す訓練法,体位・頭位と嚥下との関係,さらには誤嚥が何故起こるのか,それを予防するにはどうしたらよいか,等々についてわかりやすく解説しつつ,各章・節ごとに「まとめ」が挿入されている.最後には具体的な症例の提示と解説が載せられている.
大抵の本では,巻末に引用文献のリストだけが提示されているが,本書では主要文献に内容紹介が丁寧に付記されている.またリハビリテーションの実践に必要な資料が付録として載せられているのも初心者には大変ありがたいことである.私も,本書を一気に読ませていただき,実に多くのことを学ばせていただいた.
本書が多くの心ある医師や看護婦に読まれ,正しい嚥下指導が展開され,多くの患者が誤嚥性肺炎の恐怖から開放され,食事を家族とともに楽しんでいただくようになる日が一日も早く到来することを,切に望んでやまない.
1993 年10 月11 日
浜松医科大学脳神経外科学教授 植村研一
はじめに
本書を執筆するきっかけとなったのは,毎年当院で繰り返しているコメディカル向けの講義を本にしてはどうかということであった.当初はイラストを多く使ったハウツー的なマニュアル本を予定していたが,執筆するうちに出版社から,基礎的知識から実技へつなげる摂食・嚥下障害の教科書的な本にしてほしいとの依頼があり,最終的に現在のような形になった.題名は『脳卒中の摂食・嚥下障害』としたが,脳卒中以外の脳神経疾患,特に頭部外傷,脳腫瘍,脳神経外科の術後などに起こる摂食・嚥下障害にもそのまま応用できる部分が多い.また,その他の神経疾患による障害に対しても考え方や技術は参考になると思う.リハビリテーション関係の医師ばかりでなく,他科の先生方の日常診療や,摂食・嚥下障害に取り組む看護婦や言語療法士,作業療法士,理学僚法士など,コメディカルの方々の臨床場面にも役立てていただければ幸いである.
筆者が摂食・嚥下障害に取り組むようになったのは,脳神経外科の研修医としてはじめて受け持った脳腫瘍の患者さんを嚥下障害による肺炎で失ってからである.当時は図書館にも嚥下障害に関する本は少なく,教えてくださる先生もいなかった.文献を探すことにも慣れていない時期で,試行錯誤を繰り返すばかりであった.口腔機能に関しては,看護婦や言語療法士が知識をもっていたが,目で直接見えない咽頭,食道にはまったくお手上げで,途方に暮れていた.
聖隷三方原病院で働くようになった昭和59 年に,言語療法士の小島千枝子さんから「綿棒を凍らせて口の中を刺激するアイスマッサージ」を教わった.咽頭の嚥下反射を誘発する方法を探していた筆者は,咽頭をこのアイス綿棒で刺激してみたところ,見事に嚥下反射が誘発できた.筆者は脳神経外科の臨床にたずさわりながら,重症意識障害の患者にも嚥下反射を任意に誘発できることを発見(?)して大喜びし,昭和59 年以降,当院の脳外科病棟では,嚥下障害患者の基礎訓練,食前訓練として咽頭のアイスマッサージが流行(?)した.これがthermalstimulationとよばれる方法の応用であることを知ったのは,ずっと後になってからのことである.
そのころ,研修会で江藤文夫先生からGroher MEの『Dysphagia Diagnosis and Management』を紹介されて,目が開かれたような気がした.はじめて摂食・嚥下障害のリハビリテーションは可能ではないかと思うようになった.文献も多く読むようになったが,基礎的な内容のものが多く,臨床場面で具体的に応用できるものは少なかった.そのなかで,Logemann JAの教科書『Evaluation and Treatment of Swallowing Disorders』にはアプローチの方法が多く述べられていてたいへん参考になった.
脳神経外科からリハビリテーションに転向して,視点が大きく変化した.リハビリテーション医学の障害のとらえ方(機能障害,能力障害,社会的不利)を学んでからは,今患者さんに対して自分が行っていることの意味づけができるようになった.また,片麻痺患者にストレッチを主体とした訓練を行っていて,ふと「食べる前に口腔や頸部の運動をしたらどうなるだろうか」と思いついた.さっそく,むせるとか,食べた後に喉にものが残った感じがするという脳卒中患者に指導してみたところ,きわめて効果的であった.さらに「横向き嚥下」「交互嚥下」「呼吸法」など,簡単にできる方法を組み合わせて,軽症嚥下障害患者の指導も効率よくできるようになった.
次に直面した問題は食事の形態である.嚥下食を栄養科に依頼すると,良いときと悪いときの差があまりにも大きすぎることに気がついた.ゼラチンと寒天の違いであった.「ゼリーならなんでも同じ」と思っていた「料理を知らない男」の失敗である.女性ならもっと早く気がついていたかもしれない.寒天をやめてゼラチンゼリーを主体とした嚥下食に切り替えてから,嚥下訓練はスムーズになった.
OE法(間欠的口腔-食道経管栄養法 intermittent oro-esophageal tube feeding)は,従来の経管栄養法に比べて,注入速度(50ml/m)が飛躍的に速い.患者負担が軽減するすぐれた代償的方法である.OE法を知ってから中心静脈栄養(intravenous hyperalimentation:IVH)が激減した.また,OE法を応用して食道の蠕動運動の訓練ができることを発見したときの驚きも忘れられない.
本書は,私にとって11 年間の摂食・嚥下障害の取り組みの成果である.ほとんど独学に近い形で勉強してきたために,間違いや不備な点が多いと思う.どんどんご指摘いただいてよりよい診療に近づけていきたいと願っている.
筆者の行っている摂食・嚥下訓練は,疑わしいときにはなるべく嚥下造影を施行し,誤嚥の有無を確認する方法であり,安全性を最優先に考えている.現在,誤嚥の有無判定は嚥下造影が最も確実な手段であるが,どの施設でも行えるわけではない.在宅患者などは最も困難な環境にあると思う.そのようなときは,基礎的嚥下訓練を十分行ったあと,30 度仰臥位,頸部前屈,ティースプーンに少量のゼラチンゼリーから段階的に摂食訓練をすることをおすすめする.筆者の経験から,脳卒中患者では最も誤嚥の少ない方法である.しかし,誤嚥が疑われたら,なんとか嚥下造影を行って,正確な評価を下してから訓練プログラムを考えるべきであるという考えは捨てられない.「大丈夫だろう」で食べさせては患者が苦しむことになる.かといって食べられる患者が食べさせてもらえないのはさらに問題である.今後は施設間の連携,病診連携などシステムを整えていかなければならない.
いざ患者さんを前にすると,なにをどのように行ってよいかを具体的に書いてある本は少ない.なかでもいちばん多い脳卒中患者の扱い方は一定の方法が確立されているとはいえない.本書が摂食・嚥下障害に取り組む方々の一助となれば,筆者にとって望外の喜びである.
本書をまとめるにあたって以下の方々に助言をいただきました.心よりお礼申し上げます.
小島千枝子さん:言語療法士で,摂食・嚥下障害治療における私のパートナー.小児の摂食・嚥下障害治療にも造詣が深く,口腔機能に関しては多くのことを教えられました.また,言語スタッフの大西幸子さん,岡田ひろみさんにも日常診療で絶大な協力をしていただきました.
リハビリテーションスタッフ:理学療法士,作業療法士のスタッフにも,症例を通じて多くの協力をいただきました.
病棟看護婦:脳神経外科病棟(5 病棟),リハビリテーション病棟(1 病棟)の婦長はじめ,看護婦スタッフ,ヘルパーの皆さんは,段階的摂食訓練,食事介助の面で毎日献身的な努力を積み重ねていただきました.病棟スタッフの協力なくしては本書の成立もありえなかったと思います.特に雨宮恭子さんは,筆者が摂食・嚥下障害のリハビリテーションに取り組みはじめたころ,困難な症例に対しては可能性を追求するとともに,少しでも誤嚥が疑われる場面では嚥下造影による確認を求めるなど,鋭い観察力で取り組んでくれて,大いに刺激されました.
田中靖代さん(豊橋市民病院婦長),小林伸子さん(東京都立医療技術短大):嚥下障害の看護に優れた技術と知識があり,一緒に仕事をする機会に恵まれ,看護の視点から多くのことを教えていただきました.
栄養科:金谷節子科長はじめ,スタッフが一致協力して嚥下食を調理してくれました.筆者のきびしい要求に対しても快くこたえてくださり,摂食・嚥下障害のリハビリテーションが可能となりました.
放射線科:日下部行宏技師長はじめ,レントゲン技師の皆さんには嚥下造影における技術面を支えてもらいました.特に片山善博,大石正広,向井愛子,照屋幸次,片山順子,村上逸則,土屋甲司,平野道義の嚥下造影スタッフは,巧みなカメラワークでスムーズな検査を可能としてくださいました.
植村研一先生:浜松医大の脳神経外科学教授で,私の恩師であり,脳外科の臨床を通じてneuroscienceのおもしろさを教えてくださいました.リハビリテーションに対する造詣も深く,摂食・嚥下障害に取り組むことができたのも植村先生のおかげです.本書に序文まで賜りました.
棚橋汀路先生:筆者などよりずっと以前から嚥下障害に取り組まれていらっしゃる,この分野での第一人者の先生です.温厚なお人柄とともに,知識も豊富で,未熟者の筆者にもたいへんよく教えてくださいました.特に手術では当院に何度も足をお運びくださり,患者さんへの説明まで丁寧になさってくださいました.
稲田晴生先生:筆者と同じ脳外科出身のリハビリテーション医で,嚥下障害に造詣が深い方です.学会などでの談話や議論を通じて深めた知識が本書に生かされていると思います.
藤島百合子:妻であり,内科医である彼女との議論を通じて本書が構成できたといっても過言ではありません.彼女の疑問に答えるという過程から不明瞭な論旨が明らかとなってきた部分も多くあります.つたない文章を補ってもくれました.
榊原映枝先生(浜松医科大学第1内科),柳瀬賢次先生(当院呼吸器内科),市川信通先生(神経内科,現仙台赤十字病院),山川 隆先生(東京大学農学部農芸化学):本文を読んで,数々の助言をいただきました.
医歯薬出版の皆さまは,執筆に不慣れな私を出版まで導いてくださいました.
最後に,私のいちばんの師であった摂食・嚥下障害で苦しむ患者さんたちに感謝いたします.本当に十分なことができているか,毎日全力を尽くしてきましたが,力及ばぬこともあります.今後も努力してよりよい診療ができるように勉強していきたいと思っております.
1993 年11 月
藤島一郎
第3版の序
第2版の序
第1版の序
はじめに
第1章 脳卒中と摂食嚥下障害
§1 摂食嚥下障害とは何か
1 用語について
2 摂食嚥下障害の問題点
§2 摂食嚥下障害の原因
§3 摂食嚥下障害をおこす脳卒中
1 球麻痺
2 偽性球麻痺
3 一側性大脳病変による嚥下障害
4 意識障害
§4 脳卒中における嚥下障害の疫学
1 脳卒中の疫学
2 脳卒中における嚥下障害の頻度
§5 障害の捉え方とリハビリテーション
1 障害の考え方とICFについて
2 摂食嚥下障害の評価とゴールの設定
3 摂食嚥下障害のリハビリテーションの考え方
Box
1-1 無症候性脳血管障害と嚥下障害
1-2 輪状咽頭筋弛緩不全という呼び方は正しいか?
1-3 Wallenberg症候群の開口障害
1-4 中田論文における嚥下障害と食塊通過側―患側を下にした方が嚥下しやすい?
第2章 嚥下のメカニズム
§1 健常人の摂食嚥下動作
1 咽喉頭の解剖
2 摂食嚥下の「期」と「相」
3 摂食嚥下の5期モデル
4 プロセスモデル(process model)
§2 嚥下に関与する筋肉
1 嚥下に関与する筋群
2 嚥下運動における筋活動
3 嚥下反射における筋活動のタイミング
§3 嚥下に関与する神経
1 嚥下に関与する神経
2 疑核の体性局在(topography)
§4 咽喉頭感覚
1 嚥下における咽喉頭感覚の重要性
2 咽喉頭感覚の末梢神経解剖
3 咽喉頭感覚の中枢神経解剖
§5 嚥下中枢
§6 嚥下における大脳の関与
1 嚥下に関与する大脳皮質領域
2 嚥下に関与する皮質下領域
3 咀嚼における大脳の関与
Box
2-1 捕食を別に扱う分け方
2-2 嚥下反射をおこす部位
第3章 嚥下障害と呼吸器疾患
§1 神経機構からみた嚥下と呼吸
1 呼吸の神経機構
2 呼吸中枢と嚥下中枢の関わり
3 呼吸の位相と嚥下
§2 不顕性誤嚥と肺炎
1 不顕性誤嚥(silent aspiration)とは
2 睡眠中の嚥下と誤嚥
§3 嚥下性肺疾患
1 誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia)
2 びまん性嚥下性細気管支炎(diffuse aspiration bronchiolitis)
3 Mendelson症候群(メンデルソン症候群)
4 人工呼吸器関連肺炎
§4 呼吸器疾患からみた嚥下障害
1 慢性閉塞性肺疾患
2 気管支喘息
3 慢性咳嗽
4 その他の呼吸器疾患
§5 老化と嚥下障害
Box
3-1 嚥下呼吸(swallow-breath)
3-2 誤嚥のタイプ
3-3 梨状窩の形状と誤嚥
3-4 医療・介護関連肺炎(NHCAP)
3-5 嚥下誘発試験
3-6 肺炎球菌ワクチンは誤嚥性肺炎に有効か?
3-7 アトピー咳嗽
3-8 副鼻腔気管支症候群
3-9 サルコペニアと廃用症候群
3-10 サルコペニアの嚥下障害は診断できるか?
第4章 摂食嚥下障害の検査・診断
§1 何をもって摂食嚥下障害を疑うか
1 スクリーニング
2 臨床観察と問診
3 質問紙法
4 スクリーニングテスト
5 MASA(The Mann Assessment of Swallowing Ability)
§2 摂食嚥下障害の診察
1 一般身体所見
2 脳神経所見の取り方
3 高次脳機能の診察
§3 嚥下造影検査(VF)
1 検査の目的と適応
2 嚥下造影用装置
3 検査食(造影剤加模擬食品)とその作り方
4 検査の説明と同意
5 検査前の準備
6 検査手技の具体的方法
7 評価
§4 嚥下内視鏡検査(VE)
1 検査の目的と適応
2 必要な装置・物品
3 方法
4 評価・観察のポイント
5 合併症
§5 その他の検査
1 嚥下圧測定検査(manometry)
2 筋電図(electromyography)
3 超音波検査(echo)
4 咳テスト(cough reflex test)
5 シンチグラフィー(scintigraphy)
§6 脳卒中の摂食嚥下障害の総合評価と評価スケール
1 摂食嚥下障害のグレード評価
2 摂食状況のレベル(FILS)
3 臨床的重症度分類(DSS)および摂食状態(ESS)
4 FOIS,DOSS
5 誤嚥侵入スケール(PA Scale)
Box
4-1 水飲みテストにおける治療的検査(トロミ水による水飲みテスト)
4-2 gagと嚥下障害,gagの訳語と関連する用語
4-3 聖隷浜松病院の嚥下造影機器・システム
4-4 聖隷三方原病院の嚥下造影機器・システム
4-5 浜松市リハビリテーション病院の嚥下造影機器・システム
4-6 誤嚥したら嚥下造影検査は中止?
4-7 3D-CTを用いた嚥下機能評価
4-8 摂食嚥下障害の軽症例の評価
4-9 グレードとレベルが10 段階であることの利点
第5章 摂食嚥下障害のリハビリテーション
§1 リハビリテーションアプローチ:4つの方法
1 治療的アプローチ
2 代償的アプローチ
3 環境改善的アプローチ
4 心理的アプローチ
5 各アプローチの有機的なつながり
§2 摂食時の姿勢
1 嚥下訓練開始時の体位―リクライニング位(30 度リクライニング位など)・頸部前屈のすすめ
2 仰臥位か側臥位か
3 頸部回旋
4 頸部の側屈
§3 食品調整
1 食べやすさ―「ゼラチンタイプ」のすすめ
2 ゼラチンと寒天の違い
3 トロミ剤
4 「水」について
5 危険な固形物
6 食物の温度
7 調理してからの時間
8 味がよいものは食べやすい
9 1回に口に含む量と食べる速さ
10 嚥下調整食(略称:嚥下食)
11 重症患者の訓練における食品形態の変化:きめ細かい対応
12 食べやすい食品とは何か―食物のテクスチャーとレオロジー
§4 具体的な訓練法
治療的アプローチ(嚥下訓練)
1 説明と準備
2 基礎的嚥下訓練(間接的嚥下訓練,間接訓練)
3 摂食訓練(直接的嚥下訓練,直接訓練)
代償的アプローチ
1 点滴による補助栄養
2 経管栄養による補助栄養
3 代償としての食物形態と体位:常に一定の条件で食べなければならない場合
環境改善的アプローチ
1 食事をとるときの環境
2 体位をとるときの工夫
3 吸引器の準備
4 嚥下調整食の作り方の工夫
心理的アプローチ
行動療法
§5 チームアプローチ
1 チームアプローチが必要な理由
2 チームアプローチに必要なこと
3 口から食べることの意味と倫理
Box
5-1 なぜ30 度リクライニング位か?
5-2 あご引きと頸部前屈
5-3 口腔ケアで肺炎を誘発
5-4 3 つのアイスマッサージ
5-5 輪状咽頭筋機能不全と関連用語
5-6 頸部伸展嚥下訓練
5-7 摂食訓練の基本―safe swallowとerr less training
5-8 一側嚥下に適した椅子
5-9 一側嚥下,頬づえ嚥下,完全側臥位法の共通点:食塊の誘導
5-10 supraglottic swallowについて
5-11 チューブ閉塞防止
5-12 嚥下評価・訓練で絶対忘れてはならないこと―環境を整える
第6章 摂食嚥下障害の薬物療法と外科的対応
§1 摂食嚥下障害の薬物療法
1 誤嚥性肺炎の予防効果が報告されている薬剤
2 TRP受容体刺激による嚥下機能の改善
3 摂食嚥下障害の原因疾患への薬物療法
§2 外科的対応
1 機能改善手術
2 誤嚥防止手術
3 気管切開術
第7章 脳卒中患者の摂食嚥下訓練の実際
§1 はじめに
1 一般的注意事項
2 経口摂取の開始基準
§2 急性期患者への対処法
1 意識障害のない片麻痺
2 言語障害を伴った(右)片麻痺
3 半側空間無視を伴った(左)片麻痺
4 意識障害を伴っている場合
5 脳神経外科手術後の場合
§3 重症嚥下障害患者への対処法
1 病態の把握
2 補助栄養( 特にCVとOE法)と栄養管理
3 チームアプローチ
4 ゴールと嚥下訓練の説明,各職種の役割
5 自主的な訓練
6 体位と食物のどちらを優先するか
7 嚥下訓練の進め方
§4 気管切開のある患者への対処法:カニューレの種類と特徴
1 カフ付きカニューレ
2 カフなしカニューレ
3 レティナカニューレ
§5 食欲不振と食事拒否
1 認知障害が原因であった患者
2 好き嫌いが嚥下障害と関係していた患者
3 食事環境が影響していた患者
4 経管栄養からのエネルギーが多すぎた患者
5 その他
§6 流涎対策
§7 外来および在宅での摂食嚥下指導
1 初診
2 経過観察の患者
3 中等症・重症患者の外来経過観察
4 在宅での問題
Box
7-1 肺炎のときは経口摂取中止?
7-2 用語:訓練か練習か?
7-3 ダブルサクションカニューレ
第8章 摂食嚥下障害における倫理の問題
§1 臨床倫理について
1 臨床倫理の原則論
2 倫理的ジレンマ
§2 摂食嚥下障害と臨床倫理
1 倫理的気づき
2 医師の行うべき一番大切なこと
3 経口摂取と肺炎の問題
§3 事実(fact)と価値(value)
1 医学的事実
2 最善の利益(best interest)
3 家族の判断
§4 ジレンマに揺れる臨床現場
1 ジレンマ
2 手術,特に誤嚥防止術におけるジレンマ
3 最後に
第9章 症例
Box
9-1 曲がり吸引管の作製
9-2 めまいと嘔吐,嚥下障害と嘔吐
付録
動画コンテンツについて
第2版の序
第1版の序
はじめに
第1章 脳卒中と摂食嚥下障害
§1 摂食嚥下障害とは何か
1 用語について
2 摂食嚥下障害の問題点
§2 摂食嚥下障害の原因
§3 摂食嚥下障害をおこす脳卒中
1 球麻痺
2 偽性球麻痺
3 一側性大脳病変による嚥下障害
4 意識障害
§4 脳卒中における嚥下障害の疫学
1 脳卒中の疫学
2 脳卒中における嚥下障害の頻度
§5 障害の捉え方とリハビリテーション
1 障害の考え方とICFについて
2 摂食嚥下障害の評価とゴールの設定
3 摂食嚥下障害のリハビリテーションの考え方
Box
1-1 無症候性脳血管障害と嚥下障害
1-2 輪状咽頭筋弛緩不全という呼び方は正しいか?
1-3 Wallenberg症候群の開口障害
1-4 中田論文における嚥下障害と食塊通過側―患側を下にした方が嚥下しやすい?
第2章 嚥下のメカニズム
§1 健常人の摂食嚥下動作
1 咽喉頭の解剖
2 摂食嚥下の「期」と「相」
3 摂食嚥下の5期モデル
4 プロセスモデル(process model)
§2 嚥下に関与する筋肉
1 嚥下に関与する筋群
2 嚥下運動における筋活動
3 嚥下反射における筋活動のタイミング
§3 嚥下に関与する神経
1 嚥下に関与する神経
2 疑核の体性局在(topography)
§4 咽喉頭感覚
1 嚥下における咽喉頭感覚の重要性
2 咽喉頭感覚の末梢神経解剖
3 咽喉頭感覚の中枢神経解剖
§5 嚥下中枢
§6 嚥下における大脳の関与
1 嚥下に関与する大脳皮質領域
2 嚥下に関与する皮質下領域
3 咀嚼における大脳の関与
Box
2-1 捕食を別に扱う分け方
2-2 嚥下反射をおこす部位
第3章 嚥下障害と呼吸器疾患
§1 神経機構からみた嚥下と呼吸
1 呼吸の神経機構
2 呼吸中枢と嚥下中枢の関わり
3 呼吸の位相と嚥下
§2 不顕性誤嚥と肺炎
1 不顕性誤嚥(silent aspiration)とは
2 睡眠中の嚥下と誤嚥
§3 嚥下性肺疾患
1 誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia)
2 びまん性嚥下性細気管支炎(diffuse aspiration bronchiolitis)
3 Mendelson症候群(メンデルソン症候群)
4 人工呼吸器関連肺炎
§4 呼吸器疾患からみた嚥下障害
1 慢性閉塞性肺疾患
2 気管支喘息
3 慢性咳嗽
4 その他の呼吸器疾患
§5 老化と嚥下障害
Box
3-1 嚥下呼吸(swallow-breath)
3-2 誤嚥のタイプ
3-3 梨状窩の形状と誤嚥
3-4 医療・介護関連肺炎(NHCAP)
3-5 嚥下誘発試験
3-6 肺炎球菌ワクチンは誤嚥性肺炎に有効か?
3-7 アトピー咳嗽
3-8 副鼻腔気管支症候群
3-9 サルコペニアと廃用症候群
3-10 サルコペニアの嚥下障害は診断できるか?
第4章 摂食嚥下障害の検査・診断
§1 何をもって摂食嚥下障害を疑うか
1 スクリーニング
2 臨床観察と問診
3 質問紙法
4 スクリーニングテスト
5 MASA(The Mann Assessment of Swallowing Ability)
§2 摂食嚥下障害の診察
1 一般身体所見
2 脳神経所見の取り方
3 高次脳機能の診察
§3 嚥下造影検査(VF)
1 検査の目的と適応
2 嚥下造影用装置
3 検査食(造影剤加模擬食品)とその作り方
4 検査の説明と同意
5 検査前の準備
6 検査手技の具体的方法
7 評価
§4 嚥下内視鏡検査(VE)
1 検査の目的と適応
2 必要な装置・物品
3 方法
4 評価・観察のポイント
5 合併症
§5 その他の検査
1 嚥下圧測定検査(manometry)
2 筋電図(electromyography)
3 超音波検査(echo)
4 咳テスト(cough reflex test)
5 シンチグラフィー(scintigraphy)
§6 脳卒中の摂食嚥下障害の総合評価と評価スケール
1 摂食嚥下障害のグレード評価
2 摂食状況のレベル(FILS)
3 臨床的重症度分類(DSS)および摂食状態(ESS)
4 FOIS,DOSS
5 誤嚥侵入スケール(PA Scale)
Box
4-1 水飲みテストにおける治療的検査(トロミ水による水飲みテスト)
4-2 gagと嚥下障害,gagの訳語と関連する用語
4-3 聖隷浜松病院の嚥下造影機器・システム
4-4 聖隷三方原病院の嚥下造影機器・システム
4-5 浜松市リハビリテーション病院の嚥下造影機器・システム
4-6 誤嚥したら嚥下造影検査は中止?
4-7 3D-CTを用いた嚥下機能評価
4-8 摂食嚥下障害の軽症例の評価
4-9 グレードとレベルが10 段階であることの利点
第5章 摂食嚥下障害のリハビリテーション
§1 リハビリテーションアプローチ:4つの方法
1 治療的アプローチ
2 代償的アプローチ
3 環境改善的アプローチ
4 心理的アプローチ
5 各アプローチの有機的なつながり
§2 摂食時の姿勢
1 嚥下訓練開始時の体位―リクライニング位(30 度リクライニング位など)・頸部前屈のすすめ
2 仰臥位か側臥位か
3 頸部回旋
4 頸部の側屈
§3 食品調整
1 食べやすさ―「ゼラチンタイプ」のすすめ
2 ゼラチンと寒天の違い
3 トロミ剤
4 「水」について
5 危険な固形物
6 食物の温度
7 調理してからの時間
8 味がよいものは食べやすい
9 1回に口に含む量と食べる速さ
10 嚥下調整食(略称:嚥下食)
11 重症患者の訓練における食品形態の変化:きめ細かい対応
12 食べやすい食品とは何か―食物のテクスチャーとレオロジー
§4 具体的な訓練法
治療的アプローチ(嚥下訓練)
1 説明と準備
2 基礎的嚥下訓練(間接的嚥下訓練,間接訓練)
3 摂食訓練(直接的嚥下訓練,直接訓練)
代償的アプローチ
1 点滴による補助栄養
2 経管栄養による補助栄養
3 代償としての食物形態と体位:常に一定の条件で食べなければならない場合
環境改善的アプローチ
1 食事をとるときの環境
2 体位をとるときの工夫
3 吸引器の準備
4 嚥下調整食の作り方の工夫
心理的アプローチ
行動療法
§5 チームアプローチ
1 チームアプローチが必要な理由
2 チームアプローチに必要なこと
3 口から食べることの意味と倫理
Box
5-1 なぜ30 度リクライニング位か?
5-2 あご引きと頸部前屈
5-3 口腔ケアで肺炎を誘発
5-4 3 つのアイスマッサージ
5-5 輪状咽頭筋機能不全と関連用語
5-6 頸部伸展嚥下訓練
5-7 摂食訓練の基本―safe swallowとerr less training
5-8 一側嚥下に適した椅子
5-9 一側嚥下,頬づえ嚥下,完全側臥位法の共通点:食塊の誘導
5-10 supraglottic swallowについて
5-11 チューブ閉塞防止
5-12 嚥下評価・訓練で絶対忘れてはならないこと―環境を整える
第6章 摂食嚥下障害の薬物療法と外科的対応
§1 摂食嚥下障害の薬物療法
1 誤嚥性肺炎の予防効果が報告されている薬剤
2 TRP受容体刺激による嚥下機能の改善
3 摂食嚥下障害の原因疾患への薬物療法
§2 外科的対応
1 機能改善手術
2 誤嚥防止手術
3 気管切開術
第7章 脳卒中患者の摂食嚥下訓練の実際
§1 はじめに
1 一般的注意事項
2 経口摂取の開始基準
§2 急性期患者への対処法
1 意識障害のない片麻痺
2 言語障害を伴った(右)片麻痺
3 半側空間無視を伴った(左)片麻痺
4 意識障害を伴っている場合
5 脳神経外科手術後の場合
§3 重症嚥下障害患者への対処法
1 病態の把握
2 補助栄養( 特にCVとOE法)と栄養管理
3 チームアプローチ
4 ゴールと嚥下訓練の説明,各職種の役割
5 自主的な訓練
6 体位と食物のどちらを優先するか
7 嚥下訓練の進め方
§4 気管切開のある患者への対処法:カニューレの種類と特徴
1 カフ付きカニューレ
2 カフなしカニューレ
3 レティナカニューレ
§5 食欲不振と食事拒否
1 認知障害が原因であった患者
2 好き嫌いが嚥下障害と関係していた患者
3 食事環境が影響していた患者
4 経管栄養からのエネルギーが多すぎた患者
5 その他
§6 流涎対策
§7 外来および在宅での摂食嚥下指導
1 初診
2 経過観察の患者
3 中等症・重症患者の外来経過観察
4 在宅での問題
Box
7-1 肺炎のときは経口摂取中止?
7-2 用語:訓練か練習か?
7-3 ダブルサクションカニューレ
第8章 摂食嚥下障害における倫理の問題
§1 臨床倫理について
1 臨床倫理の原則論
2 倫理的ジレンマ
§2 摂食嚥下障害と臨床倫理
1 倫理的気づき
2 医師の行うべき一番大切なこと
3 経口摂取と肺炎の問題
§3 事実(fact)と価値(value)
1 医学的事実
2 最善の利益(best interest)
3 家族の判断
§4 ジレンマに揺れる臨床現場
1 ジレンマ
2 手術,特に誤嚥防止術におけるジレンマ
3 最後に
第9章 症例
Box
9-1 曲がり吸引管の作製
9-2 めまいと嘔吐,嚥下障害と嘔吐
付録
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