やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 高次脳機能障害を抱えている人を目の前にしたとき,私たちの悩みはつきない.失語や半側空間無視など,初対面でも明らかにわかる障害であったとしても,その症候メカニズムを明らかにし,介入方法を見出すために,多くの検討を要する.一見しただけではわかりにくい場合はなおさらである.たとえば,口では立派なことを言うけれど約束を守れず,やたらと楽観的な人に出会ったとする.この人は高次脳機能障害があるといえるのだろうか?脳損傷はないけれど楽観的な友達とは何が違うのか?高次脳機能障害と判断する基準は何か?高次脳機能障害に対する訓練はどうしたらよいのか?訓練効果はどう示したらよいのか?
 これらの悩みに答えてくれるのは,「知識」とそれに基づいた「経験と判断」である.知識は多ければ多いほど良い.必要な知識は,本書でとりあげた知識にとどまらず,高次脳機能障害の原因となる疾患に関する医学的知識,身体のシステムに関する生理学的知識,性格や学習などを含めた心理学的知識,コミュニケーションに関する知識などもある.これらの知識によって脳の損傷部位を同定し,機能障害を推測し,生活上の障害をも明らかにできるかもしれない.この障害は回復するものなのか,回復しないとしたらどのような解決方法をとったらよいのかも示唆できるだろう.さらに福祉や法律に関する知識があれば,より良いサービスの提供ができるし,仕事や趣味に関する知識があれば,より質の高い生活を導くことができるかもしれない.正しい知識は多ければ多いほど良いのである.
 本書『基礎知識のエッセンス』は,高次脳機能障害マエストロシリーズの第1巻であり,高次脳機能障害に関する基礎知識を扱っている.しかし,「失語とは」「注意障害とは」といった説明はほとんどない.それは臨床で本当に必要なことは,定義を知ることではなく,高次脳機能障害の仕組みを把握することであり,それに基づいた介入を導くことであると考えたためである.よって本書は,「基礎知識」の羅列ではなく,臨床で考える道筋をつける本,学ぶうえでのエッセンスとなる本を目指した.どれも目新しい知識ではないけれど,臨床場面で障害を理解するためには立ち戻るべき根本的な知識である.高次脳機能障害を抱えた人を目の前にしたことから出発する勉強に必要な知識である.よりよい介入を探求するために本書を活用していただければ,それに勝る喜びはない.
 末筆ながら,本書の編集にあたり,寛大なご配慮を賜りました山鳥 重先生,博野信次先生,三村 將先生,先崎 章先生に,この場をお借りして深謝いたします.また,刊行まで種々尽力してくださった医歯薬出版編集部の塚本あさ子氏に感謝いたします.
 2007年5月
 執筆者を代表して
 早川裕子
 序文(早川裕子)
プロローグ
 1 臨床での知識のエッセンスのいかし方(早川裕子)
  はじめに/知識のエッセンスを活用する前に/本書のエッセンスの使い方/未来に出会う高次脳機能障害を有する人のために
総論
 2 高次脳機能障害とは(山鳥 重)
  高次脳機能障害の定義/高次脳機能障害の3水準/行動・認知障害をどう把握するか/高次脳機能障害者が抱えている問題
 3 高次脳機能障害の治療の原則(三村 將,先崎 章)
  高次脳機能障害の治療の原則/高次脳機能障害の治療の枠組み高次脳機能障害の治療の阻害要因/高次脳機能障害の治療における心理的側面
各論
 4 基礎知識1 神経解剖(博野信次)
  脳の発生/大脳/間脳/中脳・橋・延髄/小脳/脊髄/脳膜/脳室系と脳脊髄液循環/脳の血管系
 5 基礎知識2 神経機能(博野信次)
  中枢神経を構成する細胞/大脳皮質の組織構造/大脳皮質の機能局在/神経伝導路/皮質-皮質下回路
 6 基礎知識3 回復のメカニズム(先崎 章,三村 將)
  高次脳機能の機能階層/回復メカニズムの仮説/回復メカニズムに基づいた訓練/回復の限界─社会的認知や情動の問題
概説─さらなる理解にむけて
 7 脳の構造から機能へ(山鳥 重)
  脳の機能局在/症状の局在/大脳ネットワークと行動・認知能力の関係
 索引