やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は,成人患者を対象とした診療科で働く言語聴覚士(ST)が出会うコミュニケーション障害について説明した書籍です.失語症はもとより,認知症患者や脳外傷患者,てんかん患者にみられるコミュニケーション障害について取り上げています.
 この書籍の構成について若干説明したいと思います.失語症に関する書籍は数多く出版されていますが,本書で改めて失語症の章を設けた理由は2つあります.1つには,認知症の言語療法において失語症の有無とタイプの診断が重要になっているためです(「第2章 認知症にみられるコミュニケーション障害」参照).また,認知症や脳外傷,てんかんの領域では,非失語性のコミュニケーション障害がみられることがあり,失語症とは異なるアプローチが必要になります.そのため,まず失語症でないことを確認した上で評価,介入を進めます.これが失語症について復習する2つ目の理由です.本書では失語症の症状を再確認し,その後に続く章で非失語性のコミュニケーション障害について説明しています.
 本書は,これまでの研究報告や臨床の流れを受け,障害名でまとめた章(失語症,認知症)や,原因疾患でまとめた章(脳外傷,てんかん),損傷部位でまとめた章(右半球損傷・前頭葉損傷)で構成されています.本書は新人STを読者と考え,各章で特徴的な症状を確認することで,的確に問題点を評価し,介入を始められるように意図しています.例えば,「脳外傷により右半球を損傷した」という患者を診る場合には,「第3章 右半球損傷・前頭葉損傷にみられるコミュニケーション障害」と「第4章 脳外傷にみられるコミュニケーション障害」の2つの章を参照していただきながら,その患者のコミュニケーション障害の特徴を診ていただくとよいでしょう.
 非失語性のコミュニケーション障害の評価の流れについては,重複を避ける目的で「第4章 脳外傷にみられるコミュニケーション障害」で概説しました.脳外傷以外の原因疾患の場合でも,評価の流れは共通しているので参考にしてください.非失語性のコミュニケーション障害の領域は,研究者や臨床家の間で障害の機序や評価法について必ずしもコンセンサスが得られていないため,臨床家が互いの知見を共有する必要があります.そのため本書ではできる限り市販されている検査や論文で紹介されている検査を用いて評価の流れを提案しました.
 初学者へのアドバイスという目的に加え,経験豊富なST間でも,臨床で得られた知恵を共有することを意図した章があります.検査名は知っているけれど,これまでの臨床では使ったことがない検査もあるのではないでしょうか.このように検査を使うと,こんなことが分析できる,あるいはこんな介入に役立つということを説明するために,「第6章 検査の特性を活かす診かた」はその検査を最もよく知る執筆者によって書かれています.
 近年,失語症だけでなく,非失語性のコミュニケーション障害の評価・介入においても,談話分析が重要性を増しています.談話分析は所要時間が長いため,日常の臨床では導入することに二の足を踏むことが多いかもしれません.しかし,談話分析なしには評価,介入できない問題点があります.「第7章 談話分析の特性を活かす診かた」には,どのようなコミュニケーション障害の,どのような問題を,どのように分析するとよいのか,という具体的な活用方法が説明されています.そのため,言語学や社会学で行う談話分析の説明ではなく,より言語臨床に即した分析方法,つまり実際に使ってみて有用であったという分析方法を紹介しました.
 言語臨床でわれわれSTが最近よく見聞きする「気になるコミュニケーション障害の診かた」について,多くの著者の協力を得て本書は完成しました.これからの四半世紀に,われわれSTがどのように言語臨床や研究を行っていくのか,迷いながらも果敢に挑戦していく時の役立つ一書となることを願っています.
 最後になりましたが,たゆまぬお力添えをいただきました医歯薬出版株式会社の茂野靖子氏に心より感謝申し上げます.
 2015年5月
 編者 廣實真弓
第1章 失語症
 第1節 医学的知識の整理
   1.失語症の定義と鑑別
   2.失語症をきたす疾患
   3.古典的失語分類
   4.失語症をきたす脳領域とMRI画像
 第2節 失語症患者のコミュニケーション障害の診かた
   1.発話の症状と評価のポイント
   2.聴覚的理解と評価のポイント
   3.復唱と評価のポイント
   4.読み書きの症状と評価のポイント
   5.古典的失語分類の特徴
  症例1 ブローカ失語
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例2 ウェルニッケ失語
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例3 健忘失語
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例4 全失語
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例5 Case1 超皮質性失語:超皮質性感覚失語
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例5 Case2 超皮質性失語:超皮質性運動失語
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価のまとめと介入プログラムの立案・実施
第2章 認知症にみられるコミュニケーション障害
 第1節 医学的知識の整理
   1.認知症の定義
   2.認知症の疫学
   3.認知症の分類
   4.認知症の臨床診断
 第2節 認知症患者のコミュニケーション障害の診かた
   1.認知症にみられるコミュニケーション障害の特徴
   2.情報収集・観察のポイント
   3.評価のポイント
   4.介入のポイント
  症例1 アルツハイマー型認知症
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価結果のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例2 原発性進行性失語:意味障害型(semantic dementia:SD)
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価結果のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例3 原発性進行性失語:非流暢/失文法型
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価結果のまとめと介入プログラムの立案・実施
  症例4 MCI:健忘型
   1 情報収集〜初回面接の方針決定のプロセス
   2 初回面接で観察されたこと
   3 情報収集〜初回面接の問題点の整理と評価計画の立案
   4 評価結果のまとめと介入プログラムの立案・実施
第3章 右半球損傷・前頭葉損傷にみられるコミュニケーション障害
 第1節 医学的知識の整理
  A.右半球損傷
   1.側性化と右半球機能
   2.右半球損傷による症状
   3.右半球症状をきたす脳部位と画像
  B.前頭葉損傷
   1.前頭葉の構造と機能
   2.前頭葉損傷による症状
   3.いわゆる前頭葉症状をきたす脳部位と画像
 第2節 右半球損傷患者のコミュニケーション障害の診かた
   1.右半球損傷にみられるコミュニケーション障害の特徴
   2.情報収集・観察・評価のポイント
   3.介入のポイント
   4.模擬事例による介入の実際
 第3節 前頭葉損傷患者のコミュニケーション障害の診かた
   1.前頭葉損傷にみられるコミュニケーション障害の特徴
   2.情報収集・観察・評価のポイント
   3.介入のポイント
   4.模擬事例による介入の実際
第4章 脳外傷にみられるコミュニケーション障害
 第1節 医学的知識の整理
   1.脳外傷の疫学
   2.脳外傷の病態と分類
   3.脳外傷の診断と重症度評価
   4.脳外傷の画像評価
   5.脳外傷の後遺症
 第2節 脳外傷患者のコミュニケーション障害の診かた
   1.脳外傷後のコミュニケーション障害の種類と割合
   2.失語症
   3.非失語性のコミュニケーション障害
第5章 てんかんにみられるコミュニケーション障害
 第1節 医学的知識の整理
   1.てんかんの定義
   2.てんかんの疫学
   3.てんかん発作症状の成り立ち
   4.てんかんの分類
   5.てんかんの診断
   7.てんかんの画像評価
   8.てんかんの治療
   9.抗てんかん薬の副作用と認知機能障害
   10.てんかんにみられるその他の症状
  てんかん発作時の対応と観察のポイント
 第2節 てんかん患者のコミュニケーション障害の診かた
   1.てんかん患者の評価・介入開始前に必要な情報
   2.てんかん発作と言語症状
   3.コミュニケーション障害・認知機能の評価と介入
第6章 検査の特性を活かす診かた
 第1節 SALA失語症検査(SALA)
   1.検査の特徴
   2.対象となる障害
   3.対象となる症状
   4.検査の使い方
  症例
   1 言語所見
   2 介入プログラムの立案
 第2節 実用コミュニケーション能力検査(CADL)
   1.検査の特徴
   2.対象となる障害
   3.対象となる症状
  症例1
   1 言語検査
   2 所見
   3 介入
  症例2
   1 言語検査
   2 所見
   3 介入
 第3節 標準抽象語理解力検査(SCTAW)
   1.検査の特徴
   2.対象となる障害
   3.対象となる症状
   4.検査用紙とその解説
  症例
 第4節 文構成テスト
   1.検査の特徴
   2.対象となる障害
   3.対象となる症状
   4.検査の構成
  症例
   1 検査結果
   2 検査から検出された問題点に対する介入法
第7章 談話分析の特性を活かす診かた
 第1節 談話分析と言語臨床
   1.談話の種類と課題の選択
   2.談話分析で用いられる主な基礎用語とその意味
 第2節 談話分析で一貫性(整合性)を診る
   1.一貫性・結束性とは
   2.方法
   3.介入
 第3節 認知症のための談話評定法
   1.特徴,対象となる障害・症状
   2.目的
   3.評価手順
   4.評価の方法
   5.事例報告
 第4節 認知症のための読み能力評価法
   1.特徴,対象となる障害・症状
   2.目的
   3.評価手順
   4.事例報告
 第5節 医療コミュニケーション分析システム(RIAS)を用いた言語臨床
   1.特徴
   2.分析手順の紹介
   3.先行研究

 索引