やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は若い言語聴覚士(ST)の先生方やSTを目指す学生の皆さんに向けて書かれた書物です.本書の特徴の一つは,若い皆さんから寄せられることの多い質問や疑問に対して,なるべく簡便に,わかりやすくお答えしていることです.このQ&Aは,高次脳機能障害の人を支援する上で最低限必要なこと,すなわち高次脳機能障害についての基礎知識,各障害の評価法と介入法,社会参加に向けての支援,家族支援,福祉制度など,広い範囲の内容がコンパクトに説明され,理解しやすいように工夫されています.
 二つ目の特徴は,若い皆さんが高次脳機能障害の臨床に初めて携わる段階から,高次脳機能障害の世界的な潮流である「全人的な(holistic)」リハビリテーション(以下,リハビリ)を行っていってほしいとの願いから書かれていることです.全人的なリハビリでは,機能障害の回復と並行して心理的な介入が必要となります.その際多職種によるチーム・アプローチを行います.そのために,本書では神経学や神経心理学の専門家・臨床家が,また精神医学の専門家・臨床家がそれぞれの臨床経験に基づき,若い皆さんにまず知っていてほしいこと,行ってほしいことを伝えています.
 全人的なリハビリでは,当事者にアプローチするだけではなく,家族や周囲の人々をまきこんでリハビリを行います.そのため,家族支援のあり方や,福祉制度についての説明をしています.医療から地域への連携や,一つのチーム内の連携のあり方についての提案もしています.
 本書の一つのQ(質問)と一つのA(回答)は,このように幾重もの目的や背景をもって書かれています.
 高次脳機能障害の全人的リハビリの要素となるリハビリの技法については様々な成書にも説明されていますが,全人的リハビリを実現するためのシステムについての提案はこれまでありませんでした.そこで,本書では筆者らが行っているCare Programme Approach in Japan(CPA-J)について説明をすることにしました.これが本書の三つ目の特徴です.CPA-Jが万能というつもりはありません.高次脳機能障害者に対する全人的リハビリを達成するために必要な,認知機能の介入と精神面の介入,病院から医療への連携,多職種によるチーム・アプローチ,情報共有を保障するシステムの一つとしてCPA-Jを紹介させていただきました.読者のみなさんが,将来,施設内のシステムを検討しようと思われた時の参考にしていただければ幸いです.
 さて,本書で用いられている用語や,とりあげた障害について説明を加えます.高次脳機能障害の人が,病院のサービスを利用している時は「患者」,福祉サービスを利用している時は「利用者」,グループ訓練に参加している時は「参加者」,一般的な説明の時は「高次脳機能障害の人」や,「当事者」などと表記しています.一人の高次脳機能障害の人がこのように様々な呼び方をされているのは,高次脳機能障害学が学際的であること,また全人的なリハビリを行う時には多施設が関わっていることを象徴しているからだと思います.
 様々な呼び方があるもう一つの理由は,支援する側の基盤となる学問領域における慣習という理由もあります.リハビリテーション医学,神経学,神経科学の立場からは「患者」「症例」が一般的で
 す.一方,精神医学では「個人」「クライアント」などと呼ぶのが一般的です.高次脳機能障害の方々の障害だけに着目しないで,健康な部分を含め,一人の人としてみていこうという思いをもちながらも,本書の読者が,身体リハビリの分野で働くことが多いのではないかという点を考慮に入れ,その分野でなじみが深い用語を採用することにしました.
 本書が若いセラピストの皆さんの高次脳機能障害の臨床における,最初の,大きな一歩をお手伝いできる書となりますことを,臨床家の先輩である著者一同,心より祈念しております.
 最後に,企画から出版に至る様々なご配慮とご尽力をいただきました医歯薬出版の編集担当者に心より感謝申し上げます.
 2013年4月
 編者 廣實 真弓
    平林 直次
 はじめに
I 総論
 「定義」に関するよくある質問
  Q1 高次脳機能障害とは何ですか?
 「原因疾患」に関するよくある質問
  Q2 原因疾患にはどのようなものが多いですか?
 「病期」に関するよくある質問
  Q3 急性期の評価,介入のポイントは何ですか?
  Q4 回復期の評価,介入のポイントは何ですか?
  Q5 維持期の評価,介入のポイントは何ですか?
 「画像診断」に関するよくある質問
  Q6 MRIとCTの違いは何ですか?
  Q7 画像を転記する時のポイントは何ですか?
 「スクリーニング」に関するよくある質問
  Q8 問診票にはどのようなものがありますか?
 「報告書」に関するよくある質問
  Q9 報告書の書き方のポイントは何ですか?
II 各論
 「記憶障害」に関するよくある質問
  Q10 記憶とその障害はどのように分類されますか?
  Q11 記憶障害の検査にはどのようなものがありますか?
  Q12 MRIのどのスライスをみると記憶障害があるとわかりますか?
  Q13 記憶障害の訓練にはどのようなものがありますか?
  Q14 記憶障害に対する日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
 「注意障害」に関するよくある質問
  Q15 注意機能とその障害はどのように分類されますか?
  Q16 注意障害の検査にはどのようなものがありますか?
  Q17 MRIのどのスライスをみると注意障害があるとわかりますか?
  Q18 注意障害の訓練にはどのようなものがありますか?
  Q19 注意障害に対する日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
 「遂行機能障害」に関するよくある質問
  Q20 遂行機能障害はどのように分類されますか?
  Q21 遂行機能障害の検査にはどのようなものがありますか?
  Q22 MRIのどのスライスをみると遂行機能障害があるとわかりますか?
  Q23 遂行機能障害の訓練にはどのようなものがありますか?
  Q24 遂行機能障害に対する日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
 「社会的行動障害」に関するよくある質問
  Q25 社会的行動障害はどのように分類されますか?
  Q26 欲求コントロール低下や感情コントロール低下の評価と治療にはどのようなものがありますか?
  Q27 対人技能拙劣の評価と治療にはどのようなものがありますか?
  Q28 固執性の評価はどのように行われますか?
  Q29 意欲低下の評価と治療にはどのようなものがありますか?
  Q30 障害の認識に問題があることの評価と介入にはどのようなものがありますか?
 「失語症」に関するよくある質問
  Q31 失語症はどのように分類されますか?
  Q32 失語症の訓練,日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
  Q33 MRIのどのスライスをみると失語症・失読・失書があるとわかりますか?
 「失行症」に関するよくある質問
  Q34 失行症の検査,訓練,日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
  Q35 MRIのどのスライスをみると失行症があるとわかりますか?
 「失認症」に関するよくある質問
  Q36 失認症の検査,訓練,日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
  Q37 MRIのどのスライスをみると失認症があるとわかりますか?
 「半側空間無視」に関するよくある質問
  Q38 半側空間無視の検査,訓練,日常生活での工夫にはどのようなものがありますか?
 「コミュニケーション障害」に関するよくある質問
  Q39 脳損傷によるコミュニケーション障害の種類と評価にはどのようなものがありますか?
  Q40 脳損傷によるコミュニケーション障害の介入にはどのようなものがありますか?
  Q41 コミュニケーション・スキルはどのように勉強すればよいですか?
   ロールプレイ1.Yes-No疑問文で話しかけてみましょう
   ロールプレイ2.選択肢をいくつか提示しながら話しかけてみましょう
   ロールプレイ3.要点を書き出しながら話しかけてみましょう
 「高次脳機能障害」に関するよくある質問
  Q42 うつ病,抑うつ気分,抑うつ症状の評価と治療にはどのようなものがありますか?
  Q43 意識障害と高次脳機能障害はどのように違いますか?
  Q44 認知症と高次脳機能障害はどのように違いますか?
  Q45 どのようにしたら,患者さんのリハビリテーション意欲を引き出せますか?
  Q46 社会的行動障害に悩む家族には,どのような支援・援助が必要ですか?
  Q47 回復を期待し続ける家族に対してどのように対応すればよいですか?
  Q48 暴力行為のある患者さんに対して緊急に対応しなければならないのはどのような場合ですか?
  Q49 てんかん発作のある患者さんに対して緊急に対応しなければならないのはどのような場合ですか?
  Q50 うつ病,抑うつ状態の患者さんに対して緊急に対応しなければならないのはどのような場合ですか?
  Q51 認知リハビリテーションとは何ですか?
  Q52 ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)とは何ですか?
  Q53 認知行動療法(CBT)とは何ですか?
  Q54 幻覚妄想状態の患者さんへの認知行動療法(CBT)のポイントは何ですか?
  Q55 就労支援のポイントは何ですか?
  Q56 復学支援のポイントは何ですか?
  Q57 家族支援のポイントは何ですか?
 「グループ訓練」に関するよくある質問
  Q58 グループ訓練はどのような目的で,どのような人を対象に行いますか?
  Q59 グループ訓練はどのように行いますか?
  Q60 グループ内でトラブルが起こってしまった場合はどのように対応したらよいですか?
 「チーム・アプローチ」に関するよくある質問
  Q61 チーム・アプローチとは何ですか?
  Q62 Care Programme Approach in Japan(CPA-J)とはどのようなシステムですか?
  Q63 リカバリーとは何ですか?
  Q64 ストレングスモデルとは何ですか?
  Q65 多職種チーム(MDT)会議とは何ですか?
  Q66 Care Programme Approach in Japan(CPA-J)をうつ状態の人に適応できますか?
  Q67 Care Programme Approach in Japan(CPA-J)を障害の認識に問題がある人に適応できますか?
III 社会資源
 「福祉制度」に関するよくある質問
  Q68 退院後の生活で利用できる福祉制度はありますか?
   1.障害者手帳
   2.障害者自立支援法
   3.障害年金
   4.生活保護制度
   5.介護保険制度
   6.就労支援

 資料〔高次脳機能障害に関連する器質性精神障害(ICD-10)〕
 索引