やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 監修者の序
 初版が発行されたのは2005年であるから,初期の構想からは約10年近くを過ぎようとしている.この間,股関節外科を取り巻く環境は大きな変化を遂げてきた.なかでも人工関節手術はその素材や形状に安定化が得られ,さらに最小侵襲手術(MIS)の導入が積極的に行われるようになり入院期間が大幅に短縮されてきた.また,股関節鏡の進歩により股関節疾患の新たなる病態の解明が進み,FAI(大腿骨寛骨臼インピンジメント)や股関節唇損傷に対する手術的取り組みがなされるようになった.
 しかし,人工関節手術の普及が目を見張るなか,関節温存手術が主役の座を奪われたかのような現状に対しては,股関節外科の先達から警鐘が鳴らされている.その点においても,股関節鏡による従来の股関節症治療に対する導入発展が期待されている.
 股関節症に対する治療法は,保存療法(運動療法)と手術療法に大別される.保存療法で改善することが望ましいことはいうまでもないが,現在は手術療法が選択されることが多い.従来の手術法の改善や進歩により入院日数が大幅に短縮され,さらに股関節鏡手術が行われるようになり,対応するリハビリテーション技術も必要に迫られ変化し,向上している.神奈川リハビリテーション病院では全国から理学療法士を目指す学生の実習を受け入れており,股関節症のリハビリテーションをテーマとする卒後専門研修講座も毎年開催している.実習生や受講生を通じて多くの人から情報の提供が望まれていることを知り,本書の改訂を決意するに至った.
 改訂にあたってはリハビリテーションが股関節症の病状の改善や進行をできるだけ予防をするツールであることを意識し,新しい知見やスタッフの参加を得て当院の最新のノウハウを盛り込み,時代の流れに即したガイドブックとなることを目標にした.また,初版のコンセプトである,「できるだけ平易な言葉を用い,多くの股関節症の人たちにもわかりやすい内容に」と心がけ,とくに第2版においては項目ごとに「セラピストへのメッセージ」をワンポイントアドバイスとして挿入し,より適切にセラピストの人たちに役立つようにした.
 当初,第2版の発行は1年前に予定していたが,東日本大震災のこともあり今日に至ってしまった.ようやく完成したことをスタッフの諸君に感謝申し上げたい.また,本書を刊行するにあたり強力に後押しをしていただいた医歯薬出版編集部の方々にも深甚の謝意を表したい.
 終わりに,本書が股関節症に悩んでいる方にはもちろん,若い理学療法士や医師のためのガイドとなることを願ってやまない.
 2012年9月
 勝又壮一

第1版 監修者の序
 神奈川リハビリテーション病院は,昭和48年,神奈川県が医療と福祉の連携の実践の目的で2つの病院と6つの福祉施設よりなる総合リハビリテーションセンターを発足させ,その中核として活動してきた.そして開設以来30年間にわたり,整形外科の一つのテーマとして小児から成人に至る股関節疾患の治療を行ってきた.とくに昭和53年,村瀬鎮雄先生が就任されてから筆者や他の整形外科医とリハスタッフの協力体制のもと,手術とリハビリテーションが一貫して行える病院を目指してきた.
 変形性股関節症に対する手術法は,初期は大腿骨骨切り術,臼蓋形成術,キアリ骨盤骨切り術,関節固定術,筋解離術と人工関節置換術などであったが,昭和58年,寛骨臼回転骨切り術を導入以来,人工関節手術,筋解離術を3本柱として対処してきた.その手術件数は現在までに,人工関節手術1,670例,寛骨臼回転骨切り術1,520例,筋解離術250例に達した.
 この間,変形性股関節症に対する手術法の変遷や工夫とともに後療法も大きく変わり,専門的で十分なリハビリテーション医療を提供する目的で,初期はおおむね入院期間が3カ月であったのが,現在はその半分になっている.また,股関節手術後はギプス固定が常識であったが現在はまったく行われていない.
 この間に蓄積された「股関節症のリハビリテーション」のノウハウのエッセンスを,系統立ててまとめたいという気運が理学療法科のスタッフのなかで盛り上がり,2年ほど前から退院される患者さんを対象にした継続的なリハビリテーション講座を始めた.昨今,患者さんの病気に対する知識の向上には目を見張るものがあり,自己責任のなかでことを決定しようとする動きが活発であり,手術法の選択や手術の時期,さらに手術後の自己管理の一貫としてリハビリテーションの継続の必要性を認識するに至っている.そこで,この講座の内容を中心に本にまとめたいとの提案を受けたことや,患者さんからの要望もあり本書を刊行することになった.
 本書の執筆が始まった2004年は明るい話題はスポーツ界に多く,アテネ・オリンピックにおける日本選手のメダルラッシュ,夏の甲子園高校野球選手権の深紅の大優勝旗が初めて津軽海峡を渡り北海道にその喜びをもたらし,さらにイチロー選手のアメリカ・メジャーリーグ最多安打数の更新があった.他方,社会情勢においてはイラク問題の重荷や,相次ぐ台風の本土上陸による暴風雨災害,新潟県中越地震災害,スマトラ沖大地震など地球の脅威に今さらながら驚き,年度を代表する言葉に「災」が選ばれたほどであった.
 このような状況下で理学療法科スタッフ諸君は,精力的に原稿を書き上げてくれたこと,また医歯薬出版編集部の方々ほか,多くの方々のご協力により本書を刊行することができたことに改めて感謝の意を捧げたい.本書は,できるだけ平易な言葉を用い,多くの股関節症の人たちにもわかりやすい内容を心がけたが,患者さんだけでなく理学療法士や若い医師の股関節症に対する理解の一助になれば幸いである.
 2005年1月
 勝又壮一
 第2版 監修者の序
 第1版 監修者の序
第1章 股関節の仕組みと働き
 (勝又壮一)
 1.股関節の仕組み
  A.寛骨臼・臼蓋 B.関節唇(臼蓋唇) C.関節腔・関節液 D.大腿骨頭靱帯(円靭帯) E.関節包 F.関節軟骨
 2.股関節の働き
  A.体重の支持と可動性 B.股関節の運動
第2章 変形性股関節症とは
 (勝又壮一)
 1.変形性股関節症の原因
 2.変形性股関節症の症状
  A.股関節痛 B.運動障害 C.跛行(歩き方の異常) D.下肢長差
 3.変形性股関節症の進展とそのX線像の推移
 4.変形性股関節症の治療
  A.保存療法 B.手術療法
 5.変形性股関節症の臨床成績の評価
第3章 リハビリテーションの考え方
 (土屋辰夫)
 1.股関節症の人へのメッセージ
  A.望ましくない典型その1−運動不足と肥満 B.望ましくない典型その2−運動過剰と不適切なスポーツ C.適度な運動と体重のコントロールが大切です D.痛みとの付き合い E.股関節を守る5つの原則
 ・セラピストへのメッセージ
第4章 関節を柔軟にする
 (小泉千秋)
 1.股関節のストレッチについて
  A.股関節の動き B.関節が動かなくなるのはなぜ? C.ストレッチとは D.なぜストレッチが必要なのですか?
 2.具体的な方法
  A.ポジショニング B.リラクセーション C.股関節屈曲 D.股関節伸展 E.股関節外転 F.股関節内転 G.複合運動 開排 H.股関節以外のストレッチ
 ・セラピストへのメッセージ
 ◇コラム:痛みに対するセルフケア(金 誠熙)
第5章 筋力を強化する
 (金 誠熙)
 1.股関節の筋肉
 2.股関節屈筋群の筋力強化法
  A.まずは腹筋を強化しましょう!
 3.股関節伸筋群の筋力強化法
 4.股関節外転筋群の筋力強化法
 5.股関節内転筋群の筋力強化法
 6.複合運動
  A.股関節屈曲に伴う複合運動 B.股関節伸展運動に伴う複合活動
 7.最後に
 ・セラピストへのメッセージ
第6章 歩行機能を改善する
 (土屋辰夫・金 誠熙)
 1.歩行についての基礎知識
  A.二足歩行の特徴 B.重心の移動 C.歩行中の関節の動き D.歩行中の筋肉の働き E.姿勢の影響について F.歩行中の股関節に加わる力
 2.股関節症にみられる歩行とその対策
  A.「上半身がぐらつくこと」への対策 B.「歩幅が小さいこと,腰の反りが強いこと」への対策 C.長い間の習慣で身についた姿勢への対策─「よい歩き方を獲得する7つのステップ」
 3.歩行訓練をするときの注意点
  A.歩行時間と距離 B.ローリング:足の裏を上手に使いましょう C.靴にはこだわりましょう
 ・セラピストへのメッセージ
第7章 日常生活を改善する
 (辻 融枝)
 1.自分の身体を整える
  A.身体を柔軟に保つ B.身体を支える機能を維持する C.耐久力をつける
 2.動作の仕方を工夫する
  A.椅子からの立ち上がり・座り B.床からの立ち上がり・しゃがみ C.階段
 3.日常生活における環境・道具の工夫
  A.洋式生活・和式生活 B.更衣・整容 C.入浴 D.トイレ E.就寝 F.身体間コミュニケーション
 4.家事動作,社会参加
  A.炊事 B.洗濯 C.掃除 D.買い物 E.収納 F.外出 G.自動車の運転 H.自転車 I.スポーツ
 ・セラピストへのメッセージ
第8章 水中運動のすすめ
 (相馬光一)
 1.水の特性
  A.水温 B.浮力 C.抵抗 D.静水圧
 2.水中運動の特徴
  A.水慣れ B.関節にかかる負担 C.水中運動の利点
 3.水中トレーニングの実際
  A.基本姿勢 B.立位姿勢 C.ストレッチ D.スクワット E.体幹の回旋運動 F.骨盤運動 G.ステップ動作 H.歩行 I.水泳
 ・セラピストへのメッセージ
第9章 手術後のリハビリテーション
 (金 誠熙)
 1.理学療法プログラム
  A.術前の理学療法 B.術後の理学療法プログラム C.退院時評価とホームプログラム
 2.理学療法における基本的な考え方と留意点
  A.術後理学療法の考え方 B.理学療法における留意点
 3.理学療法アプローチの実際〜歩行の獲得に向けて〜
  A.疼痛に対するアプローチ B.可動性を獲得するための方法 C.動作を獲得していくためのアプローチ〜体幹─骨盤─股関節の連結を高めるために〜
第10章 変形性股関節症における最近のトピックス
 (杉山 肇)
 1.股関節鏡手術
  A.股関節鏡の適応および鏡視下手術
 2.股関節の新しい病態
  A.大腿骨頭靱帯断裂 B.FAI(Femoroacetabular Impingement)
 3.新しい評価法と今後の課題
付録1 社会資源の紹介
 (蒔田桂子)
 1.医療費助成
  A.高額療養費制度 B.自立支援医療(更生医療)
 2.福祉・介護
  A.身体障害者手帳 B.介護保険制度
 3.補装具・日常生活用具・福祉用具の制度活用の例
 4.その他の公的制度
  A.傷病手当金 B.公的年金 C.雇用保険
付録2 食事療法
 (土屋辰夫)
 1.肥満について
 2.必要摂取カロリーと食品
 3.骨を元気にするのは運動とカルシウムの摂取

 あとがき
 索引