やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書は『嚥下障害の臨床-リハビリテーションの考え方と実際-第2版』の姉妹書として企画されました.私たち日本嚥下障害臨床研究会が用いている“嚥下障害”という用語は広い意味で用いており,この分野でよく使われている“摂食・嚥下障害”とほぼ同じ意味です.
 日本嚥下障害臨床研究会は1989年(平成元年)に発足し,文字通り嚥下障害の臨床現場に役立ちたいと願って,毎年7月に研究会を開いてきました.1997年(平成9年)には初めて言語聴覚士法が制定され,その中に嚥下訓練を業として行うことができると謳われました.研究会ではその集大成として1998年(平成10年)に『嚥下障害の臨床-リハビリテーションの考え方と実際-』を出版しました.
 その後,すでに10年以上が経ちました.この間に,嚥下障害の臨床の裾野は一気に広がり,実に多くの職種が関わるようになってきました.日本看護協会では認定看護師制度の中に「摂食・嚥下障害看護」が取り入れられ,302名(平成24年3月現在)が登録されています.本症例集の中にも認定看護師が多数登場し活躍している様子がわかります.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会でも2009年(平成21年)より認定士制度を発足し,多職種の学会認定士が誕生しています.日本言語聴覚士協会認定言語聴覚士(摂食・嚥下障害領域),日本歯科衛生士会認定歯科衛生士(摂食・嚥下リハビリテーション)など関連学会・協会によるこの領域の積極的な取り組みも多くみられるようになっています.それでも,臨床の現場に行くと,必要な職種がすべて揃うということはほとんどなく,さまざまな工夫が必要となり,各職種が相互に役割を補い合うことによって,いかに患者さんに喜んでもらえる医療を提供するか,日夜苦しんでいるのが現状です.
 経験があまりなかったり,これからチームをつくろうと思ったりしている人たちにとっては,大きな壁が立ちはだかっています.このようなとき,さまざまな人たちが乗り越えてきた経験は,おばあさんの知恵袋のようなもので,多くのヒントがちりばめられていることに気がつきます.私たちはいろいろな経験から成長します.このため,臨床経験を積めば積むほど,いろいろなことに対処できるようになります.しかし,実際に多様な経験を積むことは難しく,他の人の経験を通して学ぶことにより,短時間に成長することができるものです.
 今回の症例集では,できるだけ多様な症例を掲載することにより,これまでに経験できなかった症例をバーチャルに経験し,さらに,報告の中から対処の仕方やトリビアを勉強するとともに,自分だったらどう対処したのか,こんな工夫をしていたらもっとよかったのではないだろうかなど,批判的読み方をすることにより,実際の経験以上のものを得ることができるでしょう.実際の患者さんでは,様々な状況から客観的にみることが難しい事柄が,書物をとおして客観的にみることができることもあるでしょう.ひとつでも多く盗み取ってやろうというようなどん欲さを,この書を読むとき是非もって欲しいものです.
 本書は,1)各職種の役割がわかる,2)自分が何をすればいいのか,自分はどんな立場に立っているのかがわかる,3)各職種の役割と自分の役割のバランスがわかる,4)急性期から維持期までの流れ,それぞれの症例の各期における状態,押さえるべきポイントがわかる,をめざしています.
 これらに加えてぜひ批判的観点からも読んでみてください.最初は素直に読んでいく.次に「自分だったらどうするか」,「どんな役割を果たしていたか」,そしてどちらがよりよい結果を導くことができただろうかと検討し,自分で考え回答を導くことができるよう訓練することが大切だと思います.
 本書の基本コンセプトは,言語聴覚士の岡田澄子さん(元藤田保健衛生大学准教授)が中心となって立案してくれました.本当に残念ですが,彼女は編集半ばで若くしてこの世を去ってしまいました.残された私たち編集委員は,何とか彼女の考えを伝えるべく努力し,皆さんの役に立つ症例集となるよう精一杯努力いたしました.
 今回,これだけ多くの症例を日本嚥下障害臨床研究会の会員の皆さんから提示していただけたことに深く感謝いたします.これも研究会の皆さんが,嚥下障害の患者さんのために少しでも役に立ちたい,もっといい医療を提供したいという強い願いの現れだと思います.編集委員一同心から感謝いたします.どうもありがとうございました.
 2012年6月
 編集委員一同
 序文
 本書の使い方
I 脳卒中などの,時期による取り組み
第1章 急性期・一般病棟での取り組み
 症例1 多職種連携・協働により常食経口摂取可能となった球麻痺の一例
 症例2 間欠的経管栄養法(OE法)が奏効した急性期Wallenberg症候群の症例
 症例3 頭部外傷により球麻痺症状を呈したものの早期に経口摂取可能となった一例
 症例4 IOGと咽頭機能訓練により3食経口可能となったWallenberg症候群
 症例5 受傷2年後に専門リハを行い著明に改善した脳外傷後の一例
 症例6 声門閉鎖不全を伴った重度の球麻痺患者に棚橋法と喉頭枠組み手術を施行した一例
第2章 回復期病棟での取り組み
 症例7 回復期病棟での“くも膜下出血後,重度摂食嚥下障害を呈した患者への取り組み”
 症例8  多職種で介入を行った回復期脳卒中患者(仮性球麻痺)の一例
 症例9 食物形態の段階設定を原点に返って再考し経鼻経管栄養から常食摂取自立に至った脳幹出血の一例
第3章 長期療養・老人保健施設
 症例10 摂食・嚥下訓練により,嚥下機能とともに意識レベルにも改善を認めた一例
 症例11 自宅退院が可能となった反復する誤嚥性肺炎の一例
 症例12 急性硬膜下血腫・脳挫傷例の入院リハと在宅での経過
 症例13 脳梗塞後遺症のある老健施設の入居者に対し積極的介入により改善を認めた一例
 症例14 重度認知症の嚥下障害例への特別養護老人ホームでの取り組み
第4章 在宅・外来での取り組み
 症例15 在宅での嚥下指導
 症例16 在宅療養支援により長期経口摂取が可能であった仮性球麻痺の一例
 症例17 重度認知症の嚥下障害例への在宅での取り組み
 症例18 地域リハビリテーションにより重度嚥下障害から経口摂取可能となったくも膜下出血の一例
II 多様な原因疾患と治療法
第5章 神経筋疾患
 症例19 皮膚筋炎から重度嚥下障害を来たし食事再開までIOCを併用した長期リハを要した一例
 症例20 ギラン・バレー症候群により重症な嚥下障害を呈した一例
 症例21 唾液嚥下困難な重度嚥下障害のFoix-Chavany-Marie症候群
 症例22 非経口による栄養摂取になってからも食の楽しみが可能であった筋萎縮性側索硬化症の一例
第6章 頭頸部・口腔咽頭がん
 症例23 複数の施設によるチームアプローチが有効であった重度嚥下障害の一例
 症例24 頸部食道癌・頸部リンパ節転移に対する化学放射線療法後の嚥下障害―バルーン法により改善を認めた例
 症例25 術後7年を経た頸部リンパ節転移により長期経過をたどった口腔癌術後の咀嚼嚥下障害例
第7章 特殊なケース
 症例26 チームアプローチにより自宅退院が可能となった慢性閉塞性肺疾患(COPD)の一例
 症例27 麻痺側の一側嚥下で経口摂取可能となった,全失語の一例
 症例28 プッシャー現象と左半側空間無視を生じた高齢脳梗塞患者に対する摂食・嚥下訓練症例
 症例29 重症心身障害者の摂食・嚥下障害への介入
 症例30 歯科介入により心身ともに改善され退院に至った統合失調症の一例
第8章 治療法の選択肢
 症例31 咀嚼運動により嚥下が誘発された再発性脳梗塞の一例
 症例32 舌骨骨折が発見されたことを契機に適切な訓練方法を見出すことができた一例
 症例33 気管切開されている嚥下障碍例
 症例34 巨大な口腔癌術後の軟口蓋欠損に対し嚥下訓練により経口摂取可能になった一例