はじめに
私は,30数年前から神奈川リハビリテーション病院で働くようになりました.当初の仕事の中心は,移動や身の周り動作に障害がある患者さんたちの不自由さを少なくすることでした.しかし,今にして思えば,その当時だって,脳損傷が原因で認知や行動の障害があり,社会参加の方法がわからず途方に暮れていた患者さんや,対応に困り果てていたご家族がたくさんおいでになったに違いありません.
「リハビリテーション」とは何か?私は,研修先で米国の教授に質問したことがあります.彼は少し気取って答えました.「障害が原因で城に閉じこめられている人がいたら,城の壁に,はしごをかけて,救い出すことだよ」と.すなわちこれは,障害をもつ人達が「城に閉じこめられている」原因を見定めて,救出するための方策を工夫することなのです.救出のための「はしご」とは,様々な専門スタッフの力を結集して,残存能力を高めたり,機器利用や生活環境の変更を考えたり,生活の困難さを軽減する方策をアドバイスすることなのです.
神奈川リハビリテーション病院が完成したのは30年以上も前のことですが,そのとき何と,PT,OT,STといった通常のリハスタッフだけでなく,臨床心理士,職業リハ指導員,リハ体育指導員,さらにはリハ工学エンジニアなどが揃っていたのです.また今でこそあたり前ですが,当時としては珍しく6病棟すべてに専属のSWが配置されていました.
その当時の神奈川県は「東洋一のリハセンター」をつくろうという気概に溢れ,広々とした建物だけでなく,多種類の専門職を充実させることにも力を注いでいたのです.当時のわが国には,そのような計画を容認する右肩上がりの経済発展もありました.
さて一気に時代を進めます.1998(平成13)年に国の「高次脳機能障害支援モデル事業」が開始されました.この奇跡のような事業は,後天性脳損傷後の高次脳機能障害のために,生活のさまざまな局面で困難を感じておいでの当事者およびご家族に,あるいはそういった方々をとり囲む支援者に,大きな変化をもたらしました.モデル事業以後,高次脳機能障害に関連する書籍や学術報告,全国規模の研修会などが,モデル事業前とは比較できないほど増加したのです.
しかし後天性脳損傷者の生活の困難さは,実は解決が困難な,複雑で多様な問題を含んてでいます.それは症状や障害が多様というだけでなく,戻るべき地域社会も,そこでの役割も一様ではないからです.また時間の経過にともなって,環境や役割が変化するからです.したがって,複雑さと多様さに,また必要が起きたとき即座に対応できる,きめ細かい支援が求められています.こういった支援は単独の医療機関の力で行うことはできません.当事者・ご家族と,いくつかの施設そしていくつかの専門職の連携が必要になるのです.
さてわが国では,少子高齢化に関わる問題がどんどん大きくなっています.すでに医療や福祉の現場に,厳しい経済情勢の影響が現れています.わが神奈川リハビリテーション病院も,老朽化対策のために再編整備が計画されています.そして再整備後の神奈川リハビリテーション病院は,現状に比べ何もかも縮減されるのだろうと推測しています.
どのような時代を迎えるとしても,後天性脳損傷によって「城に閉じこめられた障害をもつ人々を,城壁へはしごをかけて救い出そう」というリハビリテーション専門職の矜持を忘れるべきではありません.多職種の能力を最大限に活用し,さらに地域の専門機関や当事者組織とも連携しながら,継続的な支援を行えるチーム.神奈川リハビリテーション病院はもちろんのことですが,つぎの時代にも,そのようなチームが全国に育ってくれることを切に願うものです.
2011年7月
大橋正洋
私は,30数年前から神奈川リハビリテーション病院で働くようになりました.当初の仕事の中心は,移動や身の周り動作に障害がある患者さんたちの不自由さを少なくすることでした.しかし,今にして思えば,その当時だって,脳損傷が原因で認知や行動の障害があり,社会参加の方法がわからず途方に暮れていた患者さんや,対応に困り果てていたご家族がたくさんおいでになったに違いありません.
「リハビリテーション」とは何か?私は,研修先で米国の教授に質問したことがあります.彼は少し気取って答えました.「障害が原因で城に閉じこめられている人がいたら,城の壁に,はしごをかけて,救い出すことだよ」と.すなわちこれは,障害をもつ人達が「城に閉じこめられている」原因を見定めて,救出するための方策を工夫することなのです.救出のための「はしご」とは,様々な専門スタッフの力を結集して,残存能力を高めたり,機器利用や生活環境の変更を考えたり,生活の困難さを軽減する方策をアドバイスすることなのです.
神奈川リハビリテーション病院が完成したのは30年以上も前のことですが,そのとき何と,PT,OT,STといった通常のリハスタッフだけでなく,臨床心理士,職業リハ指導員,リハ体育指導員,さらにはリハ工学エンジニアなどが揃っていたのです.また今でこそあたり前ですが,当時としては珍しく6病棟すべてに専属のSWが配置されていました.
その当時の神奈川県は「東洋一のリハセンター」をつくろうという気概に溢れ,広々とした建物だけでなく,多種類の専門職を充実させることにも力を注いでいたのです.当時のわが国には,そのような計画を容認する右肩上がりの経済発展もありました.
さて一気に時代を進めます.1998(平成13)年に国の「高次脳機能障害支援モデル事業」が開始されました.この奇跡のような事業は,後天性脳損傷後の高次脳機能障害のために,生活のさまざまな局面で困難を感じておいでの当事者およびご家族に,あるいはそういった方々をとり囲む支援者に,大きな変化をもたらしました.モデル事業以後,高次脳機能障害に関連する書籍や学術報告,全国規模の研修会などが,モデル事業前とは比較できないほど増加したのです.
しかし後天性脳損傷者の生活の困難さは,実は解決が困難な,複雑で多様な問題を含んてでいます.それは症状や障害が多様というだけでなく,戻るべき地域社会も,そこでの役割も一様ではないからです.また時間の経過にともなって,環境や役割が変化するからです.したがって,複雑さと多様さに,また必要が起きたとき即座に対応できる,きめ細かい支援が求められています.こういった支援は単独の医療機関の力で行うことはできません.当事者・ご家族と,いくつかの施設そしていくつかの専門職の連携が必要になるのです.
さてわが国では,少子高齢化に関わる問題がどんどん大きくなっています.すでに医療や福祉の現場に,厳しい経済情勢の影響が現れています.わが神奈川リハビリテーション病院も,老朽化対策のために再編整備が計画されています.そして再整備後の神奈川リハビリテーション病院は,現状に比べ何もかも縮減されるのだろうと推測しています.
どのような時代を迎えるとしても,後天性脳損傷によって「城に閉じこめられた障害をもつ人々を,城壁へはしごをかけて救い出そう」というリハビリテーション専門職の矜持を忘れるべきではありません.多職種の能力を最大限に活用し,さらに地域の専門機関や当事者組織とも連携しながら,継続的な支援を行えるチーム.神奈川リハビリテーション病院はもちろんのことですが,つぎの時代にも,そのようなチームが全国に育ってくれることを切に願うものです.
2011年7月
大橋正洋
はじめに
序章 病院からその先へ
I 神奈川リハビリテーション病院と関連スタッフ
1 神奈川リハビリテーション病院
2 脳損傷病棟
3 高次脳機能障害に関わるスタッフ
II 当院における取り組みの実際
1 急性期医療段階
2 医学的リハ段階
3 社会的リハ段階
4 職業リハ・社会参加支援段階
おわりに
第1章 脳外傷による障害の理解と支援
I 医学的評価の留意点
1 脳外傷の種類
2 脳外傷急性期の医療情報
3 神経画像検査
4 神経心理学的検査
5 患者と家族の語り
II 障害をもつ人たち
1 脳損傷病棟の実績
2 小児期受傷者の長期経過
3 小児期脳外傷の2例
III 脳科学から見た障害
1 びまん性の神経回路不全
2 前頭葉と遂行機能
3 社会的知能と気づき
IV 気づきを促す支援
1 気づきがある障害の場合
2 気づきがない障害の場合
3 知る・気づく・身につける
おわりに
第2章 臨床心理士の取組み
I 脳外傷後にあらわれる問題
1 脳機能からみた前頭葉損傷の問題
2 認知機能および行動上の問題
II 心理アセスメント
1 心理アセスメント
2 脳外傷による症状をどう評価するか
3 アセスメントの実際
4 脳外傷の特徴
5 軽症脳外傷の評価と対応
6 フィードバック
III 心理支援
1 支援のコンセプト:「知ること」「気づくこと」「身につけること」
2 リハビリテーションステップ
3 個別の心理セッション
4 グループ療法
IV 家族支援
1 家族の機能
2 家族とセラピスト
3 家族への心理教育
4 当院における心理教育プログラム
おわりに
第3章 理学療法士の取り組み
I 理学療法の基本的な考え方
II 患者像のとらえ方
1 記憶障害
2 注意障害
3 遂行機能障害
4 社会的行動障害
III 理学療法を構成する
1 安定
2 身体イメージ
3 状況把握への配慮
4 目的への配慮
IV ライフステージに沿った支援
1 急性期:拘縮への対応
2 入院時:環境不適応と通過症候群への対応
3 入院初期:表在化する高次脳機能障害への対応
4 入院中期:環境構造化への対応
5 入院終期:退院前不安への対応
6 通院期:長期支援導入の対応
7 社会参加の時期:“離れ“と“顔出し”の対応
おわりに
第4章 作業療法士の取り組み
I 治療環境の構造化
1 患者に座ってもらう位置
2 スタッフや家族が注意すべきこと
II 個別訓練課題
1 どんな訓練課題が望ましいか
2 課題を行うときの関わり方
III 患者の集団訓練
1 入院中の集団訓練
2 外来での集団訓練
おわりに
第5章 就労支援
I 就職・復職における問題点と連続・継続的な支援の必要性
II 外来通院による社会・認知リハビリテーション
1 就職・復職支援に向けた基本条件
2 地域生活状況の把握
3 地域生活への課題
4 地域福祉施設の活用
III 職能科における評価・訓練
1 個別訓練
2 集団訓練
3 職場内リハビリテーション
IV 就労支援ネットワーク
1 地域福祉施設から職業リハビリテーションへの移行
2 職能科における職業リハビリテーション機関への移行の目安
3 職能科における連携の実際
おわりに
第6章 相談支援
I 情報収集とアセスメント
1 情報収集
2 支援を描く
3 専門的医療機関の活用
4 面談を行うときの配慮
II 社会保障制度の活用
1 医療費負担軽減
2 自動車保険
3 労災保険
4 公的年金
5 雇用保険
6 障害者手帳
7 障害者自立支援法
8 介護保険
III 当事者への支援
1 当事者が抱く困惑
2 生活障害の確認と方略の検討
3 当事者の内実
IV 家族への支援
1 生活に伴う負担
2 波及していく負担
3 一体的に行われる当事者支援と家族支援
V 地域福祉サービスの活用
VI おわりに
第7章 当事者団体の取り組み
I 協働事業室
1 体験の共有による相互支援(ピアサポート)
2 高次能機能障害に関する生活相談(ソーシャルワーカー等との協働)
3 情報収集と提供
4 本人の学習・作業活動の開催(社会参加への支援)
II 家族会の活動
1 家族会の設立
2 障害者団体としての出発
3 行政への働きかけ
4 「その他の障害」からの脱却
5 居場所のない当事者への支援
6 全国実態調査の実施
7 全国組織としての取り組み
III おわりに
おわりに
索引
序章 病院からその先へ
I 神奈川リハビリテーション病院と関連スタッフ
1 神奈川リハビリテーション病院
2 脳損傷病棟
3 高次脳機能障害に関わるスタッフ
II 当院における取り組みの実際
1 急性期医療段階
2 医学的リハ段階
3 社会的リハ段階
4 職業リハ・社会参加支援段階
おわりに
第1章 脳外傷による障害の理解と支援
I 医学的評価の留意点
1 脳外傷の種類
2 脳外傷急性期の医療情報
3 神経画像検査
4 神経心理学的検査
5 患者と家族の語り
II 障害をもつ人たち
1 脳損傷病棟の実績
2 小児期受傷者の長期経過
3 小児期脳外傷の2例
III 脳科学から見た障害
1 びまん性の神経回路不全
2 前頭葉と遂行機能
3 社会的知能と気づき
IV 気づきを促す支援
1 気づきがある障害の場合
2 気づきがない障害の場合
3 知る・気づく・身につける
おわりに
第2章 臨床心理士の取組み
I 脳外傷後にあらわれる問題
1 脳機能からみた前頭葉損傷の問題
2 認知機能および行動上の問題
II 心理アセスメント
1 心理アセスメント
2 脳外傷による症状をどう評価するか
3 アセスメントの実際
4 脳外傷の特徴
5 軽症脳外傷の評価と対応
6 フィードバック
III 心理支援
1 支援のコンセプト:「知ること」「気づくこと」「身につけること」
2 リハビリテーションステップ
3 個別の心理セッション
4 グループ療法
IV 家族支援
1 家族の機能
2 家族とセラピスト
3 家族への心理教育
4 当院における心理教育プログラム
おわりに
第3章 理学療法士の取り組み
I 理学療法の基本的な考え方
II 患者像のとらえ方
1 記憶障害
2 注意障害
3 遂行機能障害
4 社会的行動障害
III 理学療法を構成する
1 安定
2 身体イメージ
3 状況把握への配慮
4 目的への配慮
IV ライフステージに沿った支援
1 急性期:拘縮への対応
2 入院時:環境不適応と通過症候群への対応
3 入院初期:表在化する高次脳機能障害への対応
4 入院中期:環境構造化への対応
5 入院終期:退院前不安への対応
6 通院期:長期支援導入の対応
7 社会参加の時期:“離れ“と“顔出し”の対応
おわりに
第4章 作業療法士の取り組み
I 治療環境の構造化
1 患者に座ってもらう位置
2 スタッフや家族が注意すべきこと
II 個別訓練課題
1 どんな訓練課題が望ましいか
2 課題を行うときの関わり方
III 患者の集団訓練
1 入院中の集団訓練
2 外来での集団訓練
おわりに
第5章 就労支援
I 就職・復職における問題点と連続・継続的な支援の必要性
II 外来通院による社会・認知リハビリテーション
1 就職・復職支援に向けた基本条件
2 地域生活状況の把握
3 地域生活への課題
4 地域福祉施設の活用
III 職能科における評価・訓練
1 個別訓練
2 集団訓練
3 職場内リハビリテーション
IV 就労支援ネットワーク
1 地域福祉施設から職業リハビリテーションへの移行
2 職能科における職業リハビリテーション機関への移行の目安
3 職能科における連携の実際
おわりに
第6章 相談支援
I 情報収集とアセスメント
1 情報収集
2 支援を描く
3 専門的医療機関の活用
4 面談を行うときの配慮
II 社会保障制度の活用
1 医療費負担軽減
2 自動車保険
3 労災保険
4 公的年金
5 雇用保険
6 障害者手帳
7 障害者自立支援法
8 介護保険
III 当事者への支援
1 当事者が抱く困惑
2 生活障害の確認と方略の検討
3 当事者の内実
IV 家族への支援
1 生活に伴う負担
2 波及していく負担
3 一体的に行われる当事者支援と家族支援
V 地域福祉サービスの活用
VI おわりに
第7章 当事者団体の取り組み
I 協働事業室
1 体験の共有による相互支援(ピアサポート)
2 高次能機能障害に関する生活相談(ソーシャルワーカー等との協働)
3 情報収集と提供
4 本人の学習・作業活動の開催(社会参加への支援)
II 家族会の活動
1 家族会の設立
2 障害者団体としての出発
3 行政への働きかけ
4 「その他の障害」からの脱却
5 居場所のない当事者への支援
6 全国実態調査の実施
7 全国組織としての取り組み
III おわりに
おわりに
索引








