やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 厚生労働省が,「高次脳機能障害者支援モデル事業」に着手したのは,平成13年でした.それ以後,高次脳機能障害とは,どのような障害なのだろうか,どのような原因で発症するのだろうか,どの程度の人数の方が困っているのだろうか,どのような対応と支援が必要なのだろうか,という問題が全国的に調査されてきました.その結果,高次脳機能障害に関する社会的理解はだいぶ深まり,各都道府県においても,高次脳機能障害普及事業支援拠点機関が徐々に設置され,支援体制が整備され始めてまいりました.
 以上の経過より高次脳機能障害者の社会的認知度が高まった結果,病気や事故で脳に損傷が起きても,再び,社会参加する機会が増えてきたことは,誠に喜ばしいことだと思います.しかし,高次脳機能障害は人それぞれ,異なった障害像を呈します.言葉を話すのが苦手な人,言語を理解することがむしろ苦手な人,記憶のみに障害がある人,左側にあるおかずに気づきにくい人,つい怒りっぽくなってしまう人などさまざまです.そのために,高次脳機能障害者への対応は一律にはいきません.高次脳機能障害者が,病院でのリハビリテーションを終えて,自宅や地域で生活を再開した時に,高次脳機能障害者と向きあうご家族や,行政,福祉職,就労先の職員の方々の戸惑いは非常に大きいのが現状です.
 本書および付属のCD-ROMは,このような問題に対し,高次脳機能障害者それぞれのもつ障害と対応策について,第三者に平易に伝える情報提供書を作成したいとの願いから作られました.高次脳機能障害者の生活のしやすさや回復は,周囲の方々の対応方法で大きく異なってまいります.高次脳機能障害者それぞれの障害を十分に理解したうえで,支持的に対応することこそ,大切だと,私たちは考えております.そのために,一見しただけではわかりにくい高次脳機能障害について,個人個人の障害と対応方法を明示し,情報提供書としてお示しすることの意義は大きいと思います.本書および付属のCD-ROMは,高次脳機能障害者の社会参加にとって有益な助けになればと考え,執筆者一覧でお示ししましたように,各立場の筆者によりまとめあげられたものです.
 2011年5月
 渡邉 修

本書の構成
 本書はCD-ROMの内容を解説するとともに,その背景となる考え方を補足しました.
 第1章は,高次脳機能障害者についての情報提供を行ううえで,知っておいていただきたい要因を記載しました.すなわち,情報提供の必要性と高次脳機能障害の多様性,高次脳機能障害の原因となる疾患の特徴,高次脳機能障害に影響を与える環境要因,そしてご家族の視点です.
 第2章は,CD-ROMに盛り込まれている内容(生活全般に関わる高次脳機能障害,日常生活動作)を詳述しました.第1節では,生活全般に関わる高次脳機能障害による症状と対応策について,第2節では,日常生活動作の問題点と対応策についてまとめました.
 第3章は,CD-ROMの活用例を提示しました.医療スタッフの立場では,どのように使用できるのか,一方,家族としては,誰に対してどのように使用するのかをお示ししました.
 第4章は付録として,第1節では,高次脳機能障害に関する基礎事項をまとめました.ついで第2節では,記憶障害,注意障害へのアプローチ,情緒行動障害へのアプローチを私たちの経験と現在までの研究報告から記載しました.そして第3節では,高次脳機能障害者とそのご家族にとって有益な家族会関連の情報をまとめて記載しました.最後に第4節では,CD-ROMの取扱説明書を画面でわかりやすく解説しました.
 はじめに(渡邉 修)
 本書の構成(渡邉 修)
第1章 高次脳機能障害を“伝える”ために
 第1節 なぜ情報提供が必要なのか(渡邉 修)
  1 高次脳機能障害は人それぞれ異なります
  2 高次脳機能障害は気づかれにくい障害
  3 生活の場をすごしやすくすることが回復につながります
  4 高次脳機能障害の現れ方は場の状況によって異なります
 第2節 高次脳機能障害者の重複する障害像(渡邉 修)
  1 道順を覚えられない
  2 料理ができない
 第3節 年齢による社会環境の相違(渡邉 修)
 第4節 疾患による相違(渡邉 修)
  1 脳梗塞
  2 脳出血
  3 くも膜下出血
  4 脳外傷
  5 低酸素脳症
  6 脳腫瘍
  7 脳炎などの感染症
 第5節 “伝える”ために家族が感じること(細見みゑ)
  1 病院や施設と“自宅”では,高次脳機能障害の現れ方に違いがあること
  2 医療機関よりも“家族の声”で障害や症状が判明することも多い
  3 脳を損傷するということは,“自分の健康管理が困難になる”ということ
  4 オーダーメイドの支援を
  5 家族の介護負担感
第2章 情報提供の内容
 第1節 生活全般に関わる高次脳機能障害による症状と対応策(廣實真弓)
  記憶について
  集中力について
  計画性について
  感情や行動について
  自発性について
  コミュニケーションについて
  その他
 第2節 日常生活動作(ADL)の問題点と対応策(斎藤和夫・斎藤祐美子)
  1 従来の日常生活動作評価表
  2 運動機能
  3 日常生活動作の項目と手助けの種類
   1 食事動作は,用意された食事を咀嚼して嚥下し最後まで食べる行為を意味します
   2 トイレ動作は,下衣,下着の上げ下げ,後始末を含むトイレの行為と,尿意,便意の有無をさします
   3 乗り移り動作は,ベッドと車いす間の移動について取り上げます
   4 車いすでの室内移動は,室内での車いす移動とエレベーター利用を取り上げます.車いすをこぐこと・ブレーキや足台の操作を含みます
   5 歩行での室内移動は,室内での歩行と階段・エレベーター利用を取り上げます
   6 手洗いは,洗面台で手を洗うことと手を拭く行為をさします
   7 歯みがきは,歯ブラシに歯みがき粉をつけて,歯をみがき,口をゆすぐ行為をさします
   8 ひげ剃りは,電気カミソリでひげを剃る行為をさします
   9 化粧は,口紅やファンデーションを塗る行為を意味します
   10 上衣(肌着,上着)の更衣は,上衣(肌着,上着)を着る,脱ぐ行為を意味します
   11 下衣(肌着,ズボン)の更衣は,下衣をはく,脱ぐ行為を意味します
   12 入浴は,脱衣所で衣服の着脱,浴室への移動,体を洗う動作,体を拭く動作,浴槽への移動をさします
   13 外出は,屋外の移動とバスや電車の利用について取り上げます
第3章 情報提供の実践例
 第1節 情報提供書 作成支援ソフト(CD-ROM)活用例(渡邉 修)
  1 家族⇒行政窓口に提出する場合(地域の福祉施設のデイサービスを利用するため)
  2 病院スタッフ⇒家族にお渡しする場合(回復期病棟を退院し,在宅生活を開始するにあたり)
 第2節 問診表(廣實真弓)
  問診表を実施する目的
  問診表の活用例
第4章 付録
 第1節 高次脳機能障害の概要(渡邉 修)
  1 主に左右の前頭葉損傷の症状として,注意障害と遂行機能障害があります
  2 主に左大脳半球の損傷によってみられやすい症状に,失語症,失行症,失算があります
  3 主に右大脳半球の損傷によってみられやすい症状に,左半側空間無視,左半側身体失認,地誌的障害,着衣失行があります
  4 その他
 第2節 高次脳機能障害へのアプローチ(渡邉 修)
  1 記憶障害へのアプローチ
  2 注意障害へのアプローチ
  3 行動と感情の障害へのアプローチ
 第3節 高次脳機能障害関連団体リスト(細見みゑ)
 第4節 情報提供書 作成支援ソフト(CD-ROM)取扱説明書
  1 はじめに
  2 利用規定と注意事項
  3 動作条件
  4 インストール(ソフトのセットアップ)手順
  5 ソフトの起動と終了
  6 各画面の名称と機能
  7 ソフトの使い方1:情報提供書の作成方法
  8 ソフトの使い方2:以前に保存した情報提供書を読み込む,変更する
  9 ソフトの使い方3:作成した情報提供書の文面を修正する,追加する
  10 本ソフトについてのお問い合わせ先

 COLUMN
  ・メモを使いこなせる人(渡邉 修)
  ・記憶障害(廣實真弓)
  ・記憶障害のある人の服薬管理の例(廣實真弓)
  ・記憶障害のある人に渡すメモの作り方(廣實真弓)
  ・記憶障害のある人のスケジュール表の作り方(廣實真弓)
  ・記憶障害のある人に役立つグッズ(廣實真弓)
  ・「自分で計画を立てる」ための援助(廣實真弓)
  ・「自分で問題解決をする」ための援助(廣實真弓)
  ・環境調整とは(渡邉 修)
  ・病識の低下(渡邉 修)