やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 高齢社会のわが国では,今後の増加が確実な認知症の予防とリハビリテーション,ケアのあり方が問われている.本書は,認知症の人にかかわりをもつ作業療法士にとどまらず,保健・医療・福祉関連職種の方と,作業療法士をめざしている学生に,認知症の作業療法を行う手がかりを示すものである.
 作業療法士は,2009年4月時点で50,000名近くとなり,これは2002年の約2.5倍で作業療法士の急増を示している.『作業療法白書2005年』(作業療法2006年8月特別号,協同医書出版社)によると,作業療法士の勤務する施設は,医療領域が5割,保健・福祉・介護領域が4割となっている.そして,各領域において5割〜6割もの作業療法士が,認知症の人を担当している.これらから推測すると,認知症の人にかかわりをもつ作業療法士は相当数で今後さらに増加していく.しかしながら,作業療法士によって認知症の作業療法を体系立て,そして多くの事例をとおして作業療法の実践やその技術をまとめあげた著書は皆無といってよい.
 したがって,作業療法士はこれまでの臨床活動で蓄積してきた経験則に基づいて,作業療法を行っているのではないかと危惧をいだいている者も少なくない.また,作業療法の手段としての回想や音楽,園芸,現実見当識法なども,活動の提供に終始してしまい,本来めざすべき「認知症の人の生活」を支える視点での作業療法はかすみがちになってしまい,それを批判する人さえいる.単に回想や音楽を行うだけであれば,必ずしも作業療法士は必要ない.
 作業療法士による認知症の人へのアプローチとは,認知症の人が営む生活を見据え,これまでにその人が積み上げてきたその人らしさと誇りを尊重したうえで,生活上の困難に支援の手を差し伸べるものであろう.つまり,リハビリテーション分野のなかでも,作業療法士は,心と体の関係性を常に考えて,個人が行いたい作業(生活していくための作業)を通して,その「存在」に応えようとするものでなくてはならない.
 本書の特徴は3つある.第1に,これまで単に「認知症」とひとくくりにまとめて論じられてきた作業療法の実践を,認知症のタイプ(アルツハイマー型,脳血管性,レビー小体型,前頭側頭型)と生活環境別(病院,介護保険施設,通所)に対応させて示したことである.
 第2に,第1の特徴に即して,それぞれの豊富な作業療法実践例と,その根拠を示していることである.
 第3に,認知症の作業療法で必須となる医学的視点に加えて,認知症の人には包括的な支援が求められていることから,保健と福祉領域それぞれで必要な知識も整理して掲載している.
 認知症の症状は脳の機能障害に起因する部分に,個人のそれまでの生き方が強く関連しながら出現し,また環境によりそれは変化していく.いうなれば,環境要因を考えながら,ナラティブとエビデンスの接点をしっかりとみつめ,対応していくことに,この病気の理解と作業療法の鍵があるといえる.
 「I now begin the journey that will lead me into the sunset of my life.」
 (私は今,私の人生の黄昏に至る旅に出かけます)
 第40代米国大統領ロナルド・W・レーガンの言葉である.彼は,大統領の職を退いた6年後の1994年に,アルツハイマー病に侵されていることを自ら告白している.
 日本には,「旅はみちづれ,世は情け」という人情味あふれる言葉がある.私たちは,認知症の人が歩んでいるその旅に,どのような添い方ができるのだろう.本書が,そうしたことを自らに問いかけ,そしてこれまでとこれからの作業療法を考えるきっかけになることを願っている.最後に,医歯薬出版の米原秀明さんと,本書の質を高めるために労をいとわなかった編集部の山中裕司さんに感謝したい.
 2009年6月
 編者:小川敬之 竹田徳則
 はじめに
第I章 認知症を考えるにあたって
 老年期のこころ
第II章 認知症の現在―知識の整理
 1.高齢社会と認知症
 2.認知症への取り組みの歴史
 3.認知症発症と関連因子
 4.定義と分類・症状
 5.認知症の人の評価に向けて
 6.薬物療法
 7.非薬物療法
 8.コミュニケーション
第III章 認知症の作業療法の実際
 1.認知症をどう理解するか
 2.評価の実際
 3.作業療法の技術
 4.対応の実際・事例編
  4-1)若年認知症
   若年認知症者に対する役割転換を目標とした作業療法
  4-2)アルツハイマー型認知症/病院
   排泄の訴えが多いアルツハイマー型認知症高齢者への作業療法
  4-3)アルツハイマー型認知症/老健または特養
   徘徊がみられた重度アルツハイマー型認知症への作業療法
  4-4)アルツハイマー型認知症/通所(デイケア)
   環境調整により周辺症状が改善したアルツハイマー型認知症に対する作業療法
  4-5)脳血管性認知症/病院
   混乱の強い脳血管性認知症高齢者への作業療法
  4-6)脳血管性認知症/老健または特養
   徘徊と攻撃的行為が多い重度脳血管性認知症への作業療法
  4-7)脳血管性認知症/通所(デイケア)
   介護者の介護負担の軽減に向けてアプローチした脳血管性認知症に対する作業療法
  4-8)レビー小体型認知症/病院
   幻視を伴うものとられ妄想,暴言・暴力行為が著しいレビー小体型認知症への作業療法
  4-9)レビー小体型認知症/老健または特養
   転倒を繰り返すレビー小体型認知症高齢者の作業療法
  4-10)レビー小体型認知症/通所(デイケア)
   レビー小体型認知症への作業療法
  4-11)前頭側頭型認知症/病院
   食行動異常が著しい前頭側頭型認知症への作業療法
  4-12)前頭側頭型認知症/老健または特養
   前頭側頭葉変性症への作業療法
  4-13)前頭側頭型認知症/通所(デイケア)
   前頭側頭型認知症への作業療法
  4-14)事例編まとめ
   事例の普遍性・再現性
 5.社会的資源
  5-1)認知症の人のための施設
  5-2)認知症と福祉用具
  5-3)家族会・啓発活動
  5-4)関連法規
第IV章 今後の展望
 認知症の作業療法―これからの展望
第V章 まとめ
 1.15年目の手紙―作業療法をとおして出会う人たち
 2.リハビリテーションにつなげること―認知症の人の尊厳

 索引