やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 歩行分析の歴史は古く,臨床応用についても多くの研究が行われてきました.しかし今,「歩行分析は臨床に役立っていますか」という問いに対して,ほとんどの方が自信をもって「はい」と答えられないのではないでしょうか.自信をもって答えられない理由は何でしょう.計測器が高くて買えない,使い方がわからない,高級な計測器を使ってみたけれどデータが多すぎて何をみたらよいかわからないなど,いろいろな理由があると思います.
 歩行分析の計測器は,数千円のストップウォッチから数千万円の3次元動作分析装置までさまざまなものがあります.多くの方が,高級な計測器を使えばいろいろなことがわかるはず,わからないことがわかるかもしれないと考えているのではないでしょうか.しかしこれは間違いです.簡単な計測器も高級で複雑な計測器も,目で見たことを確かめる道具でしかありません.患者さんの動きを観察して現象を理解できなければ,計測器を使っても意味のある結果を出すことはできません.それでは計測器は何のためにあるかというと,目で見たことを確かめるため,観察でわかったことを客観的なデータとして自分以外の人を納得させるためにあるといっても過言ではないでしょう.このように考えると,歩行分析が臨床で役立たないというのは計測器に過大な期待をかけているためではないかと考えられます.
 計測器の役割を知ったうえで,役に立つ計測をするためのキーポイントは「狙いを定めて計測する」ことです.手術後に歩行が改善したからどうなったか計測してみようではなく,術後に股関節の伸展が出てきたので立脚後期の股関節伸展角度がどのくらい変化したか計測で確認してみようという具合です.さらに考えれば,歩幅はどのくらい増えたのか,体幹の前傾は本当に減ったのか,股関節屈曲モーメントが増えたのではないだろうか,などいろいろな考えが出てきます.このように調べたいことがわかったら,これをデータとして数値化するにはどんな計測器を使ってどのように計測したらよいかを理解しなければなりません.
 本書は最適な計測器の選定と適切な計測法を理解するための解説書です.本書では,現在,歩行分析で使用されているほぼすべての計測器についてそれぞれの特性と正しい使い方が述べられています.もちろん高級な計測器ほどたくさんのことがわかります.しかし,計測の狙いが決まっていれば簡単な計測器でも意味のある結果が得られるはずです.反対に高級な計測器であっても漠然とした計測では役に立つ結果を得ることはできません.計測器を使用した歩行分析の意味を考えたうえで,本書を活用して役に立つ臨床歩行分析が行われることを期待しています.
 なお,本書は1989年に発行された「臨床歩行分析入門(臨床歩行分析懇談会編,医歯薬出版)」をもとに内容を全面的に見直したものですが,特に計測器を使用した計測に重点をおいたため,「臨床歩行計測入門」の書名の下に新たに発行されたものです.
 2008年10月
 山本澄子 江原義弘
 序(山本澄子・江原義弘)
 計測項目別計測器探索表(江原義弘)
 計測器別計測項目探索表(江原義弘)
第1章 歩行分析概説(根本明宜・江原義弘)
 1.歩行分析の歴史(根本明宜)
  1)観測と推理による分析の時代
  2)客観的運動記録法による分析
  3)コンピュータ以前の近代的歩行分析の発達
  4)コンピュータを活用した近代的な3次元動作解析装置の登場
  5)日本における動作解析の歴史
 2.歩行分析の方法論(江原義弘)
  1)歩行分析関連の用語を理解する
   (1)矢状面,前額面,水平面 (2)歩行周期 (3)歩行速度 (4)立脚期,遊脚期,単脚支持期,両脚支持期 (5)PerryやNeumannらの相分け (6)ケイデンス (7)ステップ長,ストライド長 (8)歩隔 (9)歩行角
  2)健常歩行のメカニズムを知る
   (1)筋の名前,骨の名前を覚える (2)機能解剖を学習する (3)運動力学を理解する (4)健常歩行のメカニズムを理解する
  3)計測の目的を明らかにする
   (1)計測の目的を具体的に文章に書いてみる (2)活用できる計測器を選択する (3)計測の日程を決める
  4)計測器の性質を理解する
   (1)直線性 (2)ヒステリシス (3)分解能 (4)周波数帯域 (5)干渉 (6)計測周波数 (7)データ演算と誤差 (8)キャリブレーション
  5)データを計測する
   (1) 座標系を確認する (2)健常者でリハーサルする (3)何歩目のデータをとるか (4)対象者のデータを計測する (5)何回データをとるか (6)計測チャートに記録する
  6)データを処理する
   (1)その日のうちにデータを処理する (2)データをアニメーション化する (3)データを表にする (4)データをグラフ化する (5)時間を正規化してグラフ化する (6)周期ごとのデータを重ね合わせてグラフ化する (7)1周期のデータを平均化してグラフ化する (8)データを正規化してグラフ化する (9)静止時のデータを意識してグラフ化する (10)縦軸基準を意識してグラフ化する (11)グラフ中に位相を表示する縦線を入れる
  7)グラフを読む
   (1)健常データを確認する (2)健常データを頭に入れておく (3)ビデオで把握しておく (4)スティックピクチャーなどの動画を再生して全体の動きを把握しておく (5)グラフの読み方
  8)特徴量を抽出する
   (1)歩行周期時間 (2)ステップ長 (3)歩行速度 (4)その他の特徴量
  9)特徴量を統計解析する
   (1)有効数字について理解する (2)データに差があるかどうかを調べるには複数回のデータが必要であることを理解する (3)統計処理を行う
  10)データを分析する
   (1)力学の基本をマスターしておく (2)健常データが分析できるまで学習する (3)ビデオ,動画データを最大限に活用する (4)データ分析を図学として行ってはならない (5)2つのデータを波形として比較してはならない (6)できない動作を探す (7)できない動作と,してしまう動作を区別する (8)できない動作は本人にとって不利か? (9)異常をどう改善するかを考察する (10)データは自分の考えを第三者に説明するために使う
第2章 ストップウォッチによる歩行計測(金 承革)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.歩行速度の計測
  1)歩行区間の設定
  2)時間の計測
  3)データの信頼性を増す工夫
 2.歩行速度で何がわかるか
 3.歩行周期時間とストライド長の計算
 4.比較できるデータに加工する
第3章 フットスイッチによる歩行計測(関川伸哉)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.フットスイッチとは
 2.信号処理回路
 3.計測システム
 4.フットスイッチの動作原理
 5.セッティングと計測
  1)計測器の準備
  2)スイッチの貼り付け
  3)試歩行(練習)
  4)計測(本番)
 6.数値データの整理と統計処理
  1)データの表示
   (1)グラフ表示 (2)数値データ表示
  2)数値データ処理(統計)
   (1)2群間の差の検定(対応がない場合) (2)2群間の差の検定(対応がある場合)
 7.臨床応用例
  1)計測方法
  2)データ処理
  3)結果および考察
  4)失敗談
   (1)理由 (2)原因およびトラブル対処法
第4章 電気角度計による歩行計測(倉林 準)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.センサー部の構造
  1)1軸型電気角度計(ポテンショメーターを使用するタイプ)
  2)フレキシブル電気角度計
 2.キャリブレーション
 3.どのように計測するか
  1)電気角度計の身体への取り付け
  2)計測
  3)データの表示
 4.3次元の計測ができる電気角度計の例
第5章 ビデオカメラとVTRによる歩行計測(畠中泰彦)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.どのように計測するか(1台のカメラによる簡易計測)
  1)ビデオ解析の特徴
   (1)ビデオカメラ1台の計測の留意点 (2)サンプリングレート(取り込み周波数)
  2)より正確なデータを得るための撮影のポイント
  3)ビデオから動画ファイルの作成
  4)ビデオ再生ソフトウェアによる歩行周期の計測
 2.どのように定量化するか(手作業による処理の方法)
  1)フリーソフト[Image─J]を用いた分析の手順
  2)歩行周期中の膝関節角度変化の分析手順
  3)関節点の座標を計測し,歩幅,ストライド長,歩行速度などを分析する方法
  4)身体重心位置を計算する方法
 3.どのように定量化するか(市販ソフトの活用)
  1)2次元計測と3次元計測の違い
  2)3次元計測の手順
   (1)3次元標点位置計測システムの計測処理手順 (2)アナログ信号との同期 (3)ビデオ解析の精度
  3)各社のビデオカメラによる標点位置計測システム
   (1)オフラインかオンラインか (2)操作の容易さも重要な性能
 4.臨床応用例─変形性股関節症患者の水中歩行分析
  1)対象
  2)方法
  3)結果
  4)考察
第6章 加速度計による歩行計測(根本明宜)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.加速度計による計測の原理
 2.加速度計の種類
  1)ピエゾ抵抗型
  2)歪みゲージ型
  3)静電容量型
  4)熱検出型
  5)FET型
  6)サーボ型
 3.加速度計の選択
 4.どのように計測するか,計測上の留意点
 5.床反力と重心加速度の関係
 6.臨床応用例
第7章 ジャイロセンサーによる歩行計測(黒田 篤)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.ジャイロセンサーとは
 2.コリオリの力
 3.計測原理
 4.どのように計測するか
 5.動作分析で用いられる角度定義への変換
 6.臨床応用例(骨盤角度の計測例)
第8章 圧力センサーによる歩行計測(勝平純司)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.どのように計測するか
  1)靴のなかに入れるセンサーの場合
   (1)インソール型圧センサーの仕組み (2)インソール型圧センサーによる計測方法 (3)インソール型圧センサーにおける留意点
  2)床型足圧センサー(床に置くタイプの足圧センサー)
   (1)床型足圧センサーの種類と仕組み (2)床型足圧センサーの留意点
 2.データの再生と分析
  1)インソール型圧センサーのデータ再生と分析
  2)床型足圧センサーのデータ再生と分析
 3.臨床応用例
  1)先行研究における臨床応用例
   (1)変形性股関節症患者の歩行分析 (2)筋ジストロフィー症の歩行分析と靴型装具開発への応用 (3)小脳性運動失調に対する新しい靴型装具の開発 (4)糖尿病性足壊疽の予防と対策─F─scanを用いた足圧分布測定 (5)糖尿病性足壊疽の予防と対策─糖尿病性足病変患者に対する整形外科靴の作製 (6)義足ソケット内における圧分布計測
  2)片麻痺者を対象とした臨床応用例
   (1)足圧分布の比較 (2)床反力鉛直方向成分 (3)基本的な歩行パラメーター (4)杖にかかる荷重
第9章 床反力計による歩行計測(殷 祥洙・大橋正洋)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.床反力計とは
  1)床反力計の特性
  2)床反力作用点の位置の算出
  3)鉛直軸周りの回旋モーメントの計測
 2.床反力データの計測
  1)どのように床反力計を踏ませるか
  2)椅子からの立ち上がりの計測
  3)ステップ台を使用した計測
  4)サンプリング周波数の決定
 3.床反力データの表示方法
  1)床反力波形の表示
   (1)時間・距離因子 (2)力学的因子
  2)床反力特性値の表示
   (1)ピーク値とピーク時間 (2)積分値 (3)フーリエ変換による分析
 4.床反力の読み方
  1)床反力と重心の加速度との関係
  2)体重心速度と変位の位相
  3)躍度(jerk)
  4)水平方向の床反力
 5.臨床応用例
  1)脳血管障害
   (1)症例と計測条件 (2)結果および考察
  2)大腿義足
  3)床反力のフーリエ変換による応用例
   (1)対称指数 (2)再現指数 (3)円滑指数 (4)床反力スペクトル解析による脳卒中片麻痺患者の短下肢装具処方効果 (5)考察
第10章 筋電計による歩行計測(相馬俊雄)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.筋電計測の概要
 2.計測と処理の方法
  1)電極の種類
  2)導出方法
  3)筋電図の確認
  4)筋電図の処理
  5)各筋の最大筋力による正規化
  6)各筋の動作中の最大筋活動時による正規化
 3.臨床応用例
  1)歩行中の下肢筋活動
  2)通常歩行と速い歩行の下肢筋活動の比較
第11章 呼気ガス分析装置による歩行計測(石黒圭応・阿部 薫)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.どのように計測するか
  1)計測の原理
  2)計測センサー
  3)測定機器の種類
 2.計測の方法
  1)計測実験の準備
  2)運動負荷方法の選択
   (1)段階的漸増負荷法(incremental multistage法) (2)連続的漸増負荷法(ramp法)
 3.計測の手順
  1)計測機器の構成
  2)装置のセットアップ
  3)キャリブレーション
  4)負荷の設定
  5)被験者の準備
  6)被験者へのオリエンテーション
  7)計測開始
  8)解析パラメーター
   (1)最大酸素摂取量 (2)嫌気性代謝閾値
  9)計測機器のメインテナンス
 4.研究応用例―ダイエットウォーキング用サンダルの開発と効果検証
  1)緒言
  2)対象と方法
   (1)サンダルの設計
  3)計測実験
  4)結果
  5)考察
  6)結語
第12章 大規模な歩行計測システムによる歩行計測(櫻井愛子)
 何が計れるか(江原義弘)
 1.関節モーメントとは何か
  1)力のモーメント
  2)関節モーメント
  3)関節モーメントのパワー
 2.どのように計測するか
  1)計測システム
   (1)動作計測システム (2)計測空間とカメラの配置
  2)3次元化に必要な原理と方法
   (1)座標系とは何か (2)位置データの3次元化 (3)キャリブレーションの方法 (4)座標系の一致の確認
 3.計測の方法
  1)計測の準備
   (1)計測順序の決定,被験者情報の聴取 (2)機器の設定 (3)マーカーの貼り付け (4)計測動作の練習
  2)計測
   (1) 静止立位の計測 (2)動作の計測
 4.データ処理の方法(DIFFプログラムを使用した処理)と読み方
  1)DIFF変換
  2)DIFFプログラムを使用した処理
   (1)DIFFプログラムを使用した処理の概要 (2)計算処理プログラム「DIFF Gait」 (3)データ表示プログラム「Wave Eyes」
 5.データ処理(市販のソフトを活用した処理)の方法と読み方
  1)VICONデータ処理の概要
  2)関節中心点と関節モーメントの算出
  3)データの表示
 6.臨床応用例─片麻痺者の非対称な動きを引き起こしている原因の推察と検証
  1)症例紹介
  2)裸足歩行の分析
   (1)計測方法 (2)裸足歩行における関節角度,関節モーメント (3)仮説
  3)裸足歩行と装具歩行の比較
第13章 装具の開発に歩行分析を活用した事例(山本澄子)
 1.はじめに
 2.装具の機能を知る
 3.装具歩行の分析
 4.装具の開発
 5.歩行分析による装具の効果
 6.おわりに
第14章 臨床指向的トレッドミル歩行分析(才藤栄一・大塚 圭)
 1.研究と臨床の深い溝
 2.なぜ機器による歩行分析が臨床で活用されていないのか?
  1)計測・解析に長時間かけられない
  2)専有の大きな空間が確保できない
  3)低歩行能力者の計測が困難
  4)得られる情報の治療上の有用性が低い
 3.トレッドミル歩行分析による3次元解析の利点
 4.トレッドミル歩行と平地歩行の関係
 5.新しい3次元解析システムの開発
 6.リサージュ図形表現
 7.おわりに
第15章 脳性麻痺患者の歩行分析(金 承革)
 1.はじめに
 2.どのパラメーターで何を判断できるかを知る
 3.どのように計測するか
  1)関節角度の表現(カルダン角)
  2)標点マーカーの貼付
   (1)骨盤座標系の決定と股関節中心点の推定のための条件 (2)大腿座標系の決定と膝関節中心点の推定のための条件 (3)下腿座標系の決定と足関節中心点の推定のための条件 (4)足部座標系の決定
  3)歩行計測時の条件
 4.計測後のデータ処理
 5.計測結果,症例データの供覧
  1)被験者情報と計測前準備
  2)骨盤姿勢と関節角度データ
  3)関節モーメントデータ
  4)まとめ,留意点,展望
付録1 統計・微分・積分・時間正規化(勝平純司)
 1.統計
  1)統計検定とは
  2)正規分布と等分散
   (1)正規分布 (2)等分散
  3)パラメトリック検定とノンパラメトリック検定
  4)2群の検定
   (1)パラメトリック検定 (2)対応のあるt検定と対応のないt検定 (3)ノンパラメトリック検定
  5)3群以上の検定
   (1)パラメトリック検定 (2)多重比較検定 (3)二元配置分散分析 (4)ノンパラメトリック検定
  6)相関と回帰―2変数間の関係を知る
   (1)回帰分析
 2.エクセルによる微分
 3.エクセルによる積分
 4.時間正規化の方法
付録2 特殊な計算の例(江原義弘)
 1.電気角度計で関節座標位置を推定する
 2.電気角度計でステップ長(歩幅)を推定する
 3.ビデオで歩行角を推定する
 4.加速度計で重心位置を推定する
 5.加速度計で歩行速度を推定する
 6.加速度計で位置エネルギーを推定する
 7.加速度計で運動エネルギーを推定する
 8.床反力で歩行角を推定する
 9.床反力計で重心位置を推定する
付録3 用語集(江原義弘・山本澄子)

 索引

 コラム目次
  ステップ長とストライド長(江原義弘)
  フィルター・平滑化(金 承革)
  筋電データと関節モーメントデータの比較(相馬俊雄)
  DLT(Direct Linear Transformation)法(金 承革)
  オイラー角,カルダン角(金 承革)