やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

日本語版への序文
 アクセント法は,いろいろなタイプのコミュニケーション障害をもつ患者の治療のために1930年代にSvend Smith教授により開発されました.以来,ヨーロッパ,中東,東アジアなど世界各地で臨床に使われてきました.私は,Svend Smith教授ご本人から直接指導を受けたことを光栄に思っています.長年,この分野の臨床と研究を行ってきましたが,アクセント法の基本と応用について本を書くように依頼され,1995年にSingular社から英語版のThe Accent Method of Voice Therapyを出版しました.本書はこの本を渡辺陽子さんが日本語に訳されたものです.
 私が,1984年に平野実教授の率いる久留米大学耳鼻咽喉科教室において,日本で初めてアクセント法を紹介したことは喜びであり,光栄であります.そこで,渡辺陽子さんに出会い,アクセント法を紹介したことはさらなる喜びであります.1984年以来,私はほとんど毎年日本を訪れ,日本の文化にふれ,美しい景色を見ることができました.そして日本語も学び,いくらか話せるようになりました.
 その間,私やその他の人による講習会が何度も開かれて,日本各地の言語病理学,耳鼻咽喉科学,リハビリテーション医学の分野に広がりました.最近さらにアクセント法が日本の各地で用いられるようになり,この方法を使っている臨床家の数も増え続けています.そこでアクセント法を実施している人々や,またアクセント法についてもっと知りたいと思う人々に十分に参考となる書物が必要となってきました.私の本The Accent Method of Voice Therapyは英語で書かれた唯一の総合的な本です.これから増えつつある日本の学生や臨床家にアクセント法を紹介するためには日本語に訳す必要がありました.渡辺陽子さんがその仕事をされ,いま皆様のお手元にある本となりました.私の英語の本は韓国語にも訳されています.
 アクセント法は発声行動を再調整する訓練でさまざまなタイプの音声障害に,特に非器質的なもの,またある特定の器質的疾患に用いられています.長期にわたる声の外傷の結果としてのMAPLs,特に声帯結節,接触性喉頭肉芽腫にも用いられています.また話しことばの非流暢性に対しても広く使われており,Svend Smith教授はまさにこのためにアクセント法を開発したのでした.さらに運動障害性発声・構音障害の治療にも効果を現しています.このようにアクセント法はコミュニケーション障害や,耳鼻咽喉科の分野においてさまざまな症状を呈している患者の治療にすぐに役立つ方法です.
 アクセント法は,この数十年間臨床において活用されていますが,まだまだ調査および研究は続けられなければなりません.アクセント法の研究と臨床を行っている仲間が,何らかの疑問を抱いたら遠慮なく,さらなる研究のために綿密な調査を行うことを強くすすめます.
 わが友,渡辺陽子さんがこの本の翻訳に専念し,日本語で読めるようにしてくださったことに感謝します.
 2004年2月3日
 M. Nasser Kotby, M.D.


訳者序文
 Kotby先生にお会いしたのは,1977年のコペンハーゲンでの国際音声言語医学会(IALP)の晩餐会のときでした.そこは,アクセント法の創設者であるSvend Smith先生のお膝元でもあります.3年後の1980年,そのSmith先生のお姿をワシントンD.C.でのIALPの講演のとき拝見しました.普通,演者は座長に名前を呼ばれると会場の前座席から立ち上がりますが,彼は共同演者と2人で声を出しながら,踊るようにして演壇に登場しました.その仕草がアクセント法の訓練場面を再現しているものとはまったく知りませんでした.
 久留米大学病院に就職した当時は英語の専門書を読み,わからないところは平野実教授にお尋ねして,手探りで音声訓練を行っていました.1981年にアメリカのDiane Bless先生が半年間滞在されたときに初めていろいろな音声訓練の方法を実際に学びました.そして,1984年にKotby先生が久留米大学に3カ月滞在されたときにアクセント法の存在を知りましたが,当時の言語療法士2人には直接先生からの指導はなく,患者さんとのやりとりを通訳をしながら見ているだけでした.Kotby先生が帰国されてからは,先生の訓練を見て覚えたことを実行するのみでした.
 しかし,私はアクセント法に強い関心をもっていましたので,1985年に,アクセント法の本がほしいとSmith先生に手紙を書きました.Smith先生は病床に伏しているということで,ドイツの弟子という方からアクセント法の本2冊が送られてきました.デンマーク語とドイツ語の本でしたので私にはとても歯が立ちませんでした.1987年にスウェーデンのBibi Fex先生の所に見学に行く機会を得て,初めてアクセント法の直接指導を受けることができました.
 その後,Kotby先生とBibi Fex先生がたびたび来日され,講習会で改めてアクセント法について学び,臨床で使っていました.しかし,やはりアクセント法の基本を紹介した本がほしいと思い,Kotby先生に英語で本を書いてくださいとお願いをし,1995年に本書「The Accent Method of Voice Therapy」が出版されました.
 その頃,アクセント法を多くの人に知ってもらおうと,関西では溝尻源太郎先生らが音声懇話会で,関東では清水充子さんと私が音声治療技術勉強会で伝達講習会を開いてきました.この講習会を通じて,日本語のアクセント法の本があるとよいと強く思いましたので,溝尻先生と一緒にお願いし,Kotby先生に翻訳のお許しを得,ここに日本語版の完成となりました.
 アクセント法は,以前に学んだ音声訓練法とは何か異なる,実施上の面白さがありました.細かい説明をしなくてもスポーツ感覚で行う,まさに「習うよりなれよ」という方法と,呼吸調節が基本であるという考えに共感しました.
 翻訳にあたり,Kotby先生はじめ多くの方々にご協力をいただき感謝いたします.本書が読者の皆様の音声訓練技術向上の一助になれば幸いです.
 2004年2月
 渡辺陽子



 私は1972年の夏にSvend Smithが開催したアクセント法の集中講義に参加し,強い興味を抱いた.そして,当時音声医学の勉強をしていたスエーデンに戻り,さっそくアクセント法を使い始めた.それ以来,さまざまな声の病状をもつ多数の患者にこの方法を用いて訓練を行い,効果をあげてきた.私の患者は,ヨーロッパ,エジプト,中東そして日本にまで及んでいる.
 長年にわたる臨床経験の中で,アクセント法についてたくさんの疑問が生じてきた.それらについてSvend Smithと個人的に話し合ったり,彼の弟子であるデンマークのArthurおよびUlla Bobergや,スエーデンのBibi Fexと討論を行った.そして,彼らはAin Shams大学の音声言語医学部門でのアクセント法の講義,演習,臨床において実際に援助してくれた.それは,私の後輩たちの教育のために多大なる貢献をし,同様にこの分野での私自身の経験を広げてくれた.この親密なお付き合いと情報交換が実を結ぶこととなったのである.
 本書ではアクセント法を用いた音声訓練法を示し,音声障害の病態生理学的モデルと音声障害の原因分類を概説する.アクセント法の理論と適応範囲と利用方法を理解することは必須である.訓練計画を立てる前に発声状態について詳細な評価を行うことの重要性を本書のいたる所で述べている.総合的な評価プロトコルの概要を付録1に記述した.読者が他の訓練法をアクセント法へ見通しをもって置き替えることができるように,代替的訓練法について簡単に示してある.
 この序文に続いて,アクセント法の理念と実施方法を詳細に記述した.本書にはアクセント法の基礎的な訓練法を収めた録音テープ(訳書ではCD)を添えてあるので,それによって実際の方法を自己学習することができ,読者の理解は深まるであろう.録音テープはビデオテープよりも実践的で効果的であると思われる.
謝辞
 私は,Ain Shams大学医学部耳鼻咽喉科の同僚Ali G.Abd El-Rahman博士と,音声言語部門の同僚Samia Bssiouny,Marwa Saleh,Aliaa Khidr,Mona Hegazi,Nirvana Gamal,Amal Sayed博士の皆様が,この仕事を実現させるために多大な努力と絶大な援助を与えてくださったことに対し,感謝の意を表します.


はじめに
 コミュニケーション障害に関する歴史は古く,すでに古代エジプトの医学書に言語障害の症例が記載されている.しかし,治療方法については述べられていない(E.Smith Surgical Papyrus,Case 20,Brested,1930より引用).
 その後,ギリシャの医学者達が,声の変化は何らかの系統的な疾患を表す症状として臨床的に重要であると認めたことにより,音声障害についての知識が高められたのである(Hippocrates,ca 460-377 B.C.E.,Stevenson & Guthrie,1949より引用).それから約600年後に,Galen(ca 130-200 C.E.,Stevenson & Guthrie,1949より引用)が喉頭の軟骨と筋肉の模式図を描き,反回神経の支配の記述を加えて,喉頭のメカニズムを説明した.彼は喉頭が発声の源であると決定づける証拠を示した.Demosthenes(ca 384-322 B.C.E.)の教育と実践により,音声訓練voice therapyの分野が大きく進歩した.声と話し言葉の改善を目的として呼吸と構音について正確に記述したDemosthenesの高度な方法は(Plutarkhos,1947),現在われわれが行動調整訓練behavioral managementと呼んでいる方法へと発展するための基石となったのである.
 中世以前に書かれた多数の書物の中に音声訓練の進歩が見られる.Al-Razy(ラテン語でRhazes)(865-925 C.E.,Hussein & Al Okbi,1977より引用)は,Al-Hawi(ラテン語訳Continens)という彼の総合的な医学書の中で,音声障害,声の衛生の原則,音声訓練について詳しく述べている.Ibn Sina(ラテン語でAvicenna)(980-1037 C.E.)は,彼の医学書Al Qanunの中で音声障害とその治療法についてAl-Razyの教えを詳しく述べている.最も注目すべき点は喉頭の解剖についての詳細な論文である.カイロの医学書の執筆者Ibn Al-Nafis(1288 C.E.)は,肺循環についての最初の発見者であり,記述者であるが,音声障害の患者に対して今日使われているものと同様の声の衛生プログラムをすすめている.
 15世紀から16世紀にかけて,ヨーロッパのルネッサンス時代における医学の発展により,喉頭の構造と機能について重要な知識が得られた(Vesalius,1542 C.E.,Stevenson & Guthrie,1949より引用).しかし,音声障害と音声訓練について特別な記述はない.
 19世紀になって,洞察力の鋭い臨床的観察のみならず,数多くの実験結果に基づいた喉頭科学の臨床教育が始まった.これは,Manuel Garcia(1855)がのどの奥に小さな鏡を入れて,太陽光を用いて喉頭の視覚化に初めて成功したことにより可能となった.この方法により現代の喉頭科学の発展に道が開かれた.それ以来,数人の偉大な人々が喉頭と音声についての科学的研究に専念して,その後の喉頭と音声の知識を高めることとなった.
 喉頭科医が,手術で治療できる器質的病変が発見できない特別な種類の音声障害の存在に気づいたことにより,音声訓練の必要性が出てきた.喉頭科医はそのような症例の治療には従来の手術や薬物治療はほとんど役に立たないことに気づいたのである.患者の発声習慣を調整する方法が手術や薬物治療に代わるものとして考えられたが,どのようにして発声習慣を望ましいものに変えるかについてはあまり知られていなかった.そこで音声訓練の必要性が出てきたのである.
 19世紀から20世紀初頭にかけての論文や教科書は主に歌声の訓練についてのものであった.話し言葉における病的な声のための音声訓練の出現と発達は,もっとあとになってからである.少数の音声医phoniatriciansと言語療法士logopedistsが,話し言葉の声の訓練法について臨床経験に基づいたものを記述しているのみであった.そのプログラムには声の衛生vocal hygieneと発声法のドリルが含まれていた.その訓練法では横隔膜,顎そしてのどなどの発声発語器官の特定の部分に焦点が当てられており,“教師”をモデルとして,その支配的な方法に習って訓練を行っていた(Murphy,1964).
 一方,喉頭科学,言語病理学そして音声医学により蓄積された科学的,臨床的情報をもとに,生理学的根拠をもった新しい音声訓練の技術が話し言葉における音声障害の治療に取り入れられるようになってきた.そのような技術は1920年代あるいは1930年代のヨーロッパの指導的音声医学センターではすでに実用化されていた(Forchhammer,1974;Froeschels,1932;Gutzmann,1910[Brodnitz,1971より引用]).アメリカ合衆国でも同様にVan Riper(1939)やその他の人々が言語病理学の分野で科学的,臨床的実施法としての音声訓練法を確立していた.
 その後,世界中の先駆者達が彼らなりの音声訓練法を記述して出版してきた(Boone,1971;Froeschels,1952;Smith & Thyme,1978;Weiss,1955).なかには喉頭の生理学,構造,病理に関わる臨床家達の偏見や先入観の影響を受けているものもある.
 音声訓練の分野では,今なおそれぞれの訓練法についての科学的根拠と治療効果を明らかにするために,まだまだ多くの研究が必要であると考えられている.
音声治療 アクセント法 目次

日本語版への序文
訳者序文

謝辞
はじめに

第1章 音声障害の分類
 音声障害の症候学
 音声障害の病態生理学的モデル
 音声障害の病因論
 文献

第2章 音声障害の治療
 診断
 音声障害の治療
 音声外科
 薬物療法
 技術的器具
 発声行動再調整訓練
 文献

第3章 アクセント法:一般的概念
 歴史
 アクセント法の基本原則
 文献

第4章 アクセント法:技術の解説
 ラポートの形成
 呼吸訓練
 発声訓練
 アクセント法の実施法
 アクセント法の実施上の留意点
 訓練の終了
 訓練効果
 おわりに
 文献

付録1
付録2
訓練用CDの内容
索引