やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

 研究は楽しい.研究はロマンだ!知的冒険だ!
 研究は,仕事でもなく,義務でもノルマでもない.趣味やスポーツのように楽しく,時には刺激的で,人生の目標にもなる.大きな夢といってもいい.恋愛と同じくらい情熱的で,ロマンに満ち溢れているものだ.
 僕はたまたま眼科医を生業としているため,このエッセイの中にも眼科の話が出てくるけれど,それにこだわらずに広い意味で読み取ってもらえたらと思う.どんな分野,領域でも,基本はみんな同じ,共通するストーリーだと思う.
 医学のみならず,何か自分の興味のあることをテーマに研究をしたいと考えている若い人たちに,ぜひ伝えたいメッセージをここには書き綴った.「研究なんて,そんな…」と不必要に敷居を高くしてしまっているキミ,「お金もないし,施設もないから…」とつまらない言い訳をしているアナタ,好奇心と情熱さえあれば,ものごとは前に進むのです.「思い」こそ,すべてなのだ.
 今からさかのぼること10年前,僕が考える研究のノウハウを一冊のガイドとしてまとめた本『理系のための研究生活ガイド』(講談社ブルーバックス)という本がある.おかげ様で毎年増刷されてベストセラーとなった.それから10年間にわたり僕の“研究生活”を『あたらしい眼科』(メディカル葵出版)という雑誌で連載してきた.それを一冊にまとめたのがこの本である.よくもまあ10年も書き続けたものだと我ながら感心.自分をほめてあげたい気持ちだ.っていうか,やっぱり好きなことは続くのですね.
 ここに書いた僕の体験から,読者のみんなが何かしら,自分の研究に生かせるメッセージを拾ってもらえれば,嬉しく思う.
 研究に対する社会の考え方は急速に変化している.現在では“センター・オブ・エクセレンス”といって,先端的な特定分野に集中して高度な研究を行うこと,つまりフォーカスを絞った研究が求められている.ぜひキミも,何かしらにフォーカスを定めてみてほしい.僕自身も,お金はない,設備はない,人はいない,という中で,眼の「角膜」という狭い部分にフォーカスを定めて研究を続けてきたおかげで,その世界ではトップといえる実績を築くことができた.このフォーカスという行為は,言うのは容易いが,実際には難しい.周囲をみると,こんなことにこだわっていていいのだろうか,もし失敗したら取り返しがつかないぞ…と不安になることもある.スキーで片足に思いっきり重心をかけて滑るのに似ている.そのときは恐怖心もよぎる.でも,それを支える技術と基礎体力があれば,素晴らしい滑りを実現することができるのだ.
 科学の世界はいま加速度的に進化している.コンピューター技術のおかげで,どの分野においてもその解析力は飛躍的に進化した.ヒトゲノム・遺伝子解析がすすみ,研究のステージはさらに神秘的でエキサイティングな世界となっている.現代は素晴らしいチャンスに満ち溢れている,というわけだ.
 そんな中で,自分がシンプルに感じた疑問やテーマに向かって研究に取り組んでいくことは,知的冒険以外の何物でもない.科学の世界にいるキミたちに,ぜひ研究の真の楽しさを知ってもらいたい.自分の個性と情熱を,自由に,存分に発揮して,未来に羽ばたいてもらいたいと思う.
 最後に,10年間の自分の史跡ともいうべき貴重なこの本の出版にあたり,10年の長きに渡り連載を見守って下さった『あたらしい眼科』の編集委員長・木下茂先生および編集委員の先生方,メディカル葵出版の橋本賢則氏に深く感謝申し上げます.また,この本をまとめて下さった医歯薬出版の岩永勇二氏,MCLの宇治由紀子さん,そして素敵なデザインで本を仕上げてくださったイトーデザインスタジオの伊藤守さんに厚く御礼申し上げます.そして,僕の研究生活を支えてくれている僕にとって宝物の家族と,いつもいっしょに研究に取り組んでいるごきげんな仲間たちに心より感謝いたします.
 2007年2月
 坪田一男