やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 医療用漢方製剤が医療保険の薬価基準に収載されてから25年が経過した.そして,その臨床応用も,かつてのように「慢性肝炎に小紫胡湯」というような病名対応から,患者の体質傾向や自他覚症状に応じて漢方製剤を選択するという,漢方医学の本質的な理解を基盤とした方向へとシフトしている.
 このような医療界,そして国民のニーズに呼応して,医学教育のコア・カリキュラムの中に「和漢薬を概説できる」という一項目が記された.これからの医学生は卒業までに和漢薬あるいは漢方医学の基本的な理念について,そのアウトラインを修得することになる.
 このような動きの中で,漢方製剤の質の高いエビデンスを構築することも急務となっている.それは「経験知」を「形式知」に置き換える作業であり,漢方医学の普遍化を押し進めるひとつの有力な方法論である.
 しかし,漢方医学の治療体系の魅力は,個々の患者の病態に合わせた「個の医療」の実践であり,また,症状・病態の流動的変化に応じた逐次修正を行って,最終的によい結果を得る点にある.
 他方,エビデンスの構築とは,一般的には「集団」を対象として推計学的有意差を求める作業であって,「個の医療」や「流動性を認識する治療体系」を評価するのには本質的になじまない.本書はこのジレンマを前提としつつ,現時点で得られている漢方製剤のエビデンスを精選した.さらに,漢方医学の視点から治療戦略を概説した.いまだ「経験知」の部分が多いのが現状であるが,今後のエビデンス構築のための事項を整理したものとご理解いただきたい.
 ここから東西医学融和への第一歩が始まることを信じ,あえて本書を世に問うゆえんである.
 寺澤捷年

本書の目的

 本書は現時点における漢方療法のエビデンスを俯瞰し,エビデンスに基づく漢方治療を実践するための一助となることを第一の目的としている.この目的は,西洋医学を専門とする臨床医が漢方治療を実践するファースト・ステップに対応している.
 本書はエビデンスだけでなく,証を同時に考慮した漢方治療を実践するためのヒントを提供することを第二の目的としている.この目的は,西洋医学を専門とする臨床医が漢方治療を実践するセカンド・ステップに対応している.
 本書は現時点におけるエビデンスが不十分な領域において,新たなエビデンス構築に向けた臨床研究を計画する際のデータベースとしての役割を担うことを第三の目的としている.
 本書に収載した文献の不備や遺漏を補完し,新たなエビデンスを集積していくことで,今後さらに充実したデータベースを構築していくための礎とすることを第四の目的としている.
 ■は外字です.
 序文
    編集者・執筆者一覧
    本書の目的
    凡例
    証診断における4つの病態概念の用語解説

第1章 総 論
 1.エビデンス(根拠)に基づく医療(EBM) 寺澤捷年
 2.漢方医学の特質とEBMの意義 寺澤捷年
 3.漢方医学における質の高いエビデンスの構築 寺澤捷年
 4.漢方製剤のプラセボ開発の諸課題 寺澤捷年
 5.本書におけるエビデンスのランク付けと治療戦略 寺澤捷年
第2章 各 論
 1.循環器
    高血圧と釣藤散 新谷卓弘,田原英一
    起立性低血圧と五苓散 新谷卓弘,田原英一
    レイノー現象と当帰四逆加呉茱萸生姜湯 新谷卓弘,田原英一
 2.呼吸器
    かぜ症候群と小柴胡湯・麻黄附子細辛湯・麦門冬湯 伊藤 隆
    気管支炎と小青竜湯 伊藤 隆
    副鼻腔気管支症候群と葛根湯加川■辛夷 伊藤 隆
    気管支喘息と柴朴湯・小青竜湯・麦門冬湯 伊藤 隆
    睡眠呼吸障害と補中益気湯 伊藤 隆
    慢性閉塞性肺疾患(COPD,慢性肺気腫)と補中益気湯・柴朴湯 伊藤 隆
 3.消化管
    上腹部不定愁訴と六君子湯 小暮敏明,萬谷直樹
    急性胃炎・慢性胃炎・消化性潰瘍と半夏瀉心湯・三黄瀉心湯・黄連解毒湯 小暮敏明,萬谷直樹
    胃下垂症と補中益気湯 小暮敏明,萬谷直樹
    潰瘍性大腸炎と柴苓湯 小暮敏明,萬谷直樹
    クローン病における腸閉塞と大建中湯 小暮敏明,萬谷直樹
    イレウスと大建中湯 小暮敏明,萬谷直樹
    過敏性腸症候群と桂枝加芍薬湯・平胃散 萬谷直樹,小暮敏明
    腹痛と当帰四逆加呉茱萸生姜湯・芍薬甘草湯・甘草湯 萬谷直樹,小暮敏明
    便秘症と大黄甘草湯・防風通聖散 萬谷直樹,小暮敏明
    肛門疾患と乙字湯・芍薬甘草湯 萬谷直樹,小暮敏明
 4.肝・胆・膵
    C型慢性肝炎と小柴胡湯 柴原直利
    肝硬変と人参養栄湯・五苓散 柴原直利
    肝硬変に伴う腓腹筋痙攣と芍薬甘草湯・八味地黄丸・牛車腎気丸 柴原直利
    肝硬変からの肝癌移行と小柴胡湯・十全大補湯 柴原直利
    胆石症と大柴胡湯 柴原直利
    閉塞性黄疸と茵■蒿湯 柴原直利
 5.血 液
    術前自己血貯血と十全大補湯・人参養栄湯 柴原直利
    特発性血小板減少性紫斑病と加味帰脾湯 柴原直利
    再生不良性貧血と人参養栄湯 柴原直利
    骨髄異形成症候群と人参養栄湯 柴原直利
 6.腎・泌尿器
    慢性糸球体腎炎・ネフローゼ症候群と柴苓湯 三潴忠道
    糖尿病性腎症と柴苓湯 三潴忠道
    特発性血尿と柴苓湯・■帰膠■湯 三潴忠道
    保存期腎不全患者・透析患者の■痒症と黄連解毒湯・温清飲 三潴忠道
    透析患者の筋痙攣と芍薬甘草湯 三潴忠道
    透析関連骨関節症と柴苓湯 三潴忠道
    前立腺肥大・老齢者排尿障害と八味地黄丸・牛車腎気丸 三潴忠道
    尿管結石と猪苓湯 三潴忠道
    尿道症候群と猪苓湯・猪苓湯合四物湯 古田一史
    男性不妊症と補中益気湯・牛車腎気丸 古田一史
 7.内分泌・代謝
    糖尿病と清心蓮子飲 高橋宏三
    糖尿病性神経障害と牛車腎気丸 藤永 洋
    高脂血症と大柴胡湯・柴胡加竜骨牡蠣湯 高橋宏三
    肥満症と防風通聖散・防已黄耆湯 藤永 洋
 8.免 疫
    MCTDにおけるレイノー現象と人参養栄湯 高橋宏三
    癌術後の免疫抑制と十全大補湯 藤永 洋
    シェーグレン症候群と麦門冬湯・人参養栄湯 高橋宏三
    ベーチェット病と温清飲 藤永 洋
    関節リウマチと柴苓湯・防已黄耆湯 高橋宏三
    慢性疲労症候群と補中益気湯 藤永 洋
 9.神 経
    頭痛と葛根湯・呉茱萸湯・桂枝人参湯・釣藤散 嶋田 豊
    痴呆と黄連解毒湯・釣藤散・当帰芍薬散 嶋田 豊
    脳血管障害と黄連解毒湯・真武湯・釣藤散・八味地黄丸・当帰芍薬散・桂枝茯苓丸 嶋田 豊
    パーキンソン病と黄連解毒湯・川■茶調散・六君子湯 嶋田 豊
 10.精 神
    うつ病・抑うつ状態と補中益気湯・加味帰脾湯・半夏厚朴湯・六君子湯・小建中湯・人参養栄湯・柴胡加竜骨牡蠣湯 喜多敏明
    神経症と加味帰脾湯・半夏厚朴湯・抑肝散加陳皮半夏・柴胡加竜骨牡蠣湯・加味逍遙散 喜多敏明
    統合失調症と黄連解毒湯・八味地黄丸 喜多敏明
    不眠症と酸棗仁湯 喜多敏明
 11.骨・関節
    骨粗鬆症と桂枝加朮附湯・牛車腎気丸 喜多敏明
    変形性膝関節症と防已黄耆湯・越婢加朮湯 喜多敏明
    腰下肢痛と八味地黄丸・牛車腎気丸 喜多敏明
 12.皮 膚
    アトピー性皮膚炎と柴胡清肝湯・消風散・補中益気湯 新谷卓弘,田原英一
    ざ瘡と十味敗毒湯・黄連解毒湯・荊芥連翹湯 新谷卓弘,田原英一
    掌蹠膿疱症と温清飲・黄連解毒湯 新谷卓弘,田原英一
    老人性皮膚■痒症と黄連解毒湯・牛車腎気丸・八味地黄丸 新谷卓弘,田原英一
 13.眼 科
    サルコイドーシスの眼病変と柴苓湯 小林 豊
    ドライアイと人参養栄湯 小林 豊
    黄斑浮腫と柴苓湯 小林 豊
 14.口 腔
    口腔乾燥症と人参養栄湯・白虎加人参湯 小林 豊
    口内炎と黄連湯 小林 豊
    舌痛症と黄連湯・柴朴湯 小林 豊
 15.耳鼻咽喉科
    アレルギー性鼻炎と小青竜湯・麻黄附子細辛湯・苓甘姜味辛夏仁湯 関矢信康
    咽喉炎と桔梗湯 関矢信康
    咽喉頭異常感症と柴朴湯・香蘇散 関矢信康
    耳鳴と牛車腎気丸・柴胡桂枝湯・釣藤散 関矢信康
    滲出性中耳炎と柴苓湯・小青竜湯/越婢加朮湯併用 関矢信康
    慢性副鼻腔炎と葛根湯加川■辛夷・辛夷清肺湯 関矢信康
    末梢性顔面神経麻痺(Bell麻痺)と柴苓湯 関矢信康
    めまいと半夏白朮天麻湯 関矢信康
 16.産婦人科
    機能性子宮出血と■帰膠■湯 巽 武司,長坂和彦
    月経困難症と桂枝茯苓丸・芍薬甘草湯 巽 武司,長坂和彦
    更年期障害と桂枝茯苓丸・加味逍遙散・当帰芍薬散・八味地黄丸・女神散・柴胡桂枝乾姜湯・柴胡加竜骨牡蠣湯 巽 武司,長坂和彦
    高テストステロン血症・高プロラクチン血症と芍薬甘草湯 巽 武司,長坂和彦
    骨盤内うっ血症候群と温経湯 巽 武司,長坂和彦
    子宮筋腫と桂枝茯苓丸 巽 武司,長坂和彦
    多嚢胞性卵巣症候群と柴苓湯 巽 武司,長坂和彦
    乳腺症と桂枝茯苓丸・桃核承気湯・四逆散・加味逍遙散・通導散 巽 武司,長坂和彦
    老人性膣炎と六味丸 巽 武司,長坂和彦
 17.麻酔科
    三叉神経痛と五苓散・柴苓湯・小柴胡湯/桂枝加芍薬湯併用 喜多敏明
    帯状疱疹後神経痛と桂枝加朮附湯・補中益気湯・柴苓湯 喜多敏明
 18.小児科
    起立性調節障害と柴胡桂枝湯・半夏白朮天麻湯・小建中湯・補中益気湯 酒井伸也
    上気道炎と小柴胡湯加桔梗石膏 酒井伸也
    かぜ症候群に伴う鼻閉と麻黄湯 酒井伸也
    反復気道感染症と柴胡桂枝湯 酒井伸也
    気管支喘息と柴朴湯・小青竜湯 酒井伸也
    急性胃腸炎に伴う嘔吐と五苓散・柴苓湯 引網宏彰
    感冒性胃腸症に伴う下痢と五苓散・柴苓湯 引網宏彰
    便秘症と大建中湯 引網宏彰
    肛門周囲膿瘍と十全大補湯 引網宏彰
    慢性糸球体腎炎・ネフローゼ症候群・IgA腎症と柴苓湯 引網宏彰
 19.薬物による副作用
    NSAIDsによる消化器症状と六君子湯 後藤博三
    頻尿改善薬(塩酸オキシブチニン)による口腔内乾燥症と人参養栄湯 後藤博三
    子宮収縮抑制剤(塩酸リトドリン)による頻脈と柴胡加竜骨牡蠣湯 後藤博三
    抗癌剤(塩酸イリノテカン)による下痢と半夏瀉心湯 後藤博三
    抗癌剤(化学療法)による副作用と十全大補湯・補中益気湯 後藤博三
    向精神薬による口渇と五苓散・麦門冬湯・柴苓湯・白虎加人参湯 後藤博三
    向精神薬による排尿障害と猪苓湯 後藤博三
    向精神薬による便秘と大建中湯 後藤博三
    Gn-RHアナログ療法による副作用と桂枝茯苓丸 後藤博三
    放射線療法による副作用と人参養栄湯 後藤博三
 事項索引
 方剤索引

用語解説◆
 水滞と胃部振水音
 太陽病期・少陽病期・少陰病期
 脾虚と腎虚
 心下痞■
 柴胡剤
 八味地黄丸投与基準
 駆■血剤
 ■血と下腹部の抵抗・圧痛
 熱証と寒証
 中間証
 八味地黄丸証
 下焦の熱
 裏熱
 消渇
 胸脇苦満
 HOMA指数
 厥冷と厥寒
 口渇と口乾
 風と湿
 気虚と血虚と気血両虚
 心理的葛藤の病態
 BPRS(brief psychiatric rating scale)
 気逆と臍上悸
 「かえる腹」腹証
 虚実スコア
 肝の異常
 陰液不足と燥
 実熱と虚熱
 拡張Mantel法 (Mantel-extension法)
 気欝スコア
 エキス剤
 Visual analogue scale(VAS)
 Kupperman閉経期指数
 簡略更年期指数(simplified menopausal index:SMI)
 虚実度スコア
 腹直筋攣急
 成熟度指数
 起立性調節障害(OD)の診断規準