やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 臨床瑣談という言い方はあるが,臨床瑣論は耳馴れない表現で,これでよいのかどうかわからない.瑣は小さい,細かいという意味で些細なことを表すのに瑣事などの使い方がある.臨床瑣談は,臨床で経験したこと,あるいは臨床上のコツ,臨床で覚えておくと役に立つような一寸したことなどを取り上げた内容の話とでもいうことができようか.その内容は,どんなことを取り上げてもよいが,系統立った論議というよりは,臨機応変な内容で,むしろ教科書で系統的に取り上げられていないようなことを体験を交えながら,まとめ,考え方を話すようなもので,臨床家にとっては,生きた材料として,話を聞きたいという気持ちに駆り立てられるものである.最近の講演会では,内容を明示した表題がつけられているが,以前は臨床瑣談とだけ表示してあって,どんな内容が講演されるのか,当日聴かないとわからなかった.このことが,聴き手側にしてみれば,内容が前もってわからないだけに詮索的興味もあり,話を聴くのが楽しみでもあった.日常大変忙しい臨床の大家にしてみれば,演題をはっきり明記しておくよりは,臨床瑣談とだけしておけば,流動的に内容をどのようにでも整えて話すことができるという余裕があったのではないかと思われる.とにかく,臨床瑣談という表題だけのものがあったことは確かである.
 瑣談に比べ,瑣論というのは見かけない.辞書で探してみても瑣談すら見かけないものがあるくらいだから,ましてや瑣論など見当たらない.こうした使い方を勝手にすることははなはだ乱暴なことかもしれない.瑣論は,サロンにも通じるし,サロン的に些細なことをお互いに話し合う,語り合う,論じ合うというようなことにもつながると考え,臨床的に思いついたことや考えなどを述べてみる場といったような感じで使ってみることにした.
 ここに収めてあるものは,巻頭言,エディトリアル,メディカルエッセイ,論壇,瑣談,寸論など,各欄での原稿を主体としているが,特別なテーマについての考え方,評論などのほか,さらに様々な問題に関し,独自な見解を述べたものが含まれている.内容的には,一般臨床,神経病関連,心身医学に関するもの,高齢者医療,長寿科学など,いくつかの領域にわたっている.転載にあたっては,文献はすべて省略した.その時々話題になったり,関心をもたれたものが取り扱われているが,時の流れとともに話題性に変化が生ずるので,内容的には必ずしもしっくりしないものがあるかもしれない.
 医学,医療の場では,疾病の診断や治療に関連する問題が,何といっても話題性としては中核的なものであることはいうまでもない.ここに収めた種々のテーマは,内容そのものは直接疾病自体を取り扱ったものではないが,それを取り巻く周辺的な問題として,疾病の理解にも何らかの関連をもっているものが多い.サロン的雰囲気の中で,瑣論を交わす素材となり,さらに論議がいっそう発展することに役立てばと考えている.
 本書の出版にあたっては,医歯薬出版株式会社の深いご理解,ご支援をいただき,特に同社板橋辰夫氏には一方ならぬお世話になった.心から感謝の意を表する.
 まえがき

I 健康と医療
 健康とは何か
 QOLと脳のはたらき─新しい健康観─
 生体リズムと生活リズム
 健康寿命と健康日本二十一プロジェクト
 両極性とバランス
 これからの医療と先端技術
 これからのリハビリテーション医学,医療
 原疾患に伴う二次的症候
 診療の原点としての症候─症候の分析と意義─
II 脳と人間,神経学
 脳科学研究の世紀的課題
 周囲認識における前額と指尖
 神経学─表と裏─
 神経学─タテとヨコ─
 神経学─左と右─
 神経学のトレンド─関連分野との接点─
 神経症候とアナロジー
 神経疾患治療雑考
 スモン,運動失調から神経ペプチドの臨床応用へ
 神経学とリハビリテーション医学
III 心,身体,生きがい
 マインドへの関心
 心から身,身から心
 見えない心身医学,見える心身医学
 生きがいの医学
 生きがいの気づきとサポート
IV 高齢医学
 新しい高齢者像
 高齢者の自律神経機能
 高齢者のリハビリテーション
 高齢者をめぐる医学,医療,ケア
V 長寿社会とその底流
 長寿社会の光と影
 長寿科学─源流とこれからの新しい展開─
 長寿科学と人間
 長寿科学とリハビリテーション
 長寿科学の新しいシステム化と発展への期待
 夢の長寿薬