やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 秋月伸哉
 がん・感染症センター都立駒込病院精神腫瘍科・メンタルクリニック
 「がん患者に真実を伝えたら自殺してしまうのではないか」.1960~1970年代の欧米では,こうした懸念を背景に患者への“告知”をめぐる議論が始まり,精神腫瘍学ががんの心理的,社会学的,行動的,倫理的側面を網羅する専門領域として認知されるに至った.
 日本では1987年に河野博臣氏らにより日本サイコオンコロジー学会(Japan Psycho-Oncology Society:JPOS)が設立され,1995年には国立がんセンター研究所支所に精神腫瘍学開発部が設置された.これにより国内の研究基盤が整い,がん患者の多くが何らかの適応障害やうつ病(気持ちのつらさ),せん妄などの精神症状を経験している実態が明らかになった.また,心理状態が免疫系や予後に与える影響についても疫学的,生物学的な研究が行われた.
 2006年の「がん対策基本法」成立は,日本の精神腫瘍学にとって大きな転換点となった.身体的苦痛のみならず,精神心理的苦痛を“がんの標準的な苦痛”として捉え,全国どこでも緩和ケアや心理社会ケアを受けられる体制整備が加速した.特に医療者のコミュニケーション技術向上に向けた研修(communication skills training:CST)が普及した意義は大きい.さらに2016年のがん登録の法制化により,全がん患者を対象とした精度の高い自殺疫学調査が可能となり,ハイリスク群の同定などエビデンスに基づく予防策が講じられつつある.
 2023年からの「第4期がん対策推進基本計画」では“誰一人取り残さないがん対策”を掲げている.がん治療の高度化・長期化に伴い,サバイバーシップ支援,AYA(adolescents and young adults;思春期・若年成人)世代や高齢者への個別化ケア,精神疾患併存患者への対応,そしてSDM(shared decision making;共同意思決定)の推進など,多職種連携による学際的アプローチが不可欠となっている.本特集では,がんの人間的側面を扱う精神腫瘍学のあゆみを振り返り,これからの課題を展望する.
特集 精神腫瘍学(サイコオンコロジー)の実践と課題
 はじめに(秋月伸哉)
 「がん患者における気持ちのつらさガイドライン」を読みとく(藤澤大介)
 がん患者のせん妄(伊藤哲也)
 がん患者家族および遺族の心理的適応と支援(石田 航・松岡弘道)
 がん医療における患者-医療者間コミュニケーション─ガイドラインの概要とエビデンスに基づく介入(岡村優子)
 がん患者の自殺対策─全国がん登録に基づくエビデンスと手引きをふまえた精神腫瘍学の実装(藤森麻衣子)
 心理社会的要因とがん罹患・生存(中谷直樹・中谷久美)
 高齢がん患者と精神腫瘍学(小川朝生)
 精神疾患を有する患者のがん医療(藤原雅樹・他)

TOPICS
 再生医学 iPS細胞由来「成熟心外膜」の創出と心臓再生研究への展開(吉田善紀)
 救急・集中治療医学 外傷診療もABCからCABの時代へ!(久志本成樹・髙橋直樹)

連載
医療にいかす行動経済学(23)
 医療安全と行動経済学─「注意してください」を超えて,行動を支える安全へ(辰巳陽一)

知っておくと役に立つ!臨床医のための臨床検査医学講座(11)
 肝・胆道機能検査(肝炎を含む)(水田貴大・他)

FORUM
 病院建築への誘い─医療者と病院建築のかかわりを考える(13)(亀谷佳保里)
 分子生物学の臨床応用 “分子“から“疾患・患者”へ(10) RNA修飾を基盤としたバイオマーカーの探索と疾患の早期診断技術開発(今野雅允)

 次号の特集予告